本当はね、もっと細かいのよ?
縫い方に関しては、YouTubeで動画を見てもらった方がよき。
休日、予習と復習も終えて、煙羅は机の前で思案を重ねていた。
ノルマは終わらせ、課題も昨晩に済ませてある。全ては今日という休日を趣味である裁縫、特にレザークラフトに当てる為だ。
しかし、
「使える革は四枚、鞄を作るには金具が無い」
机の上に置かれた四枚の革、それを見ながら煙羅は幾つかの型紙を取り出す。
幾つかの型紙を革に当て、その色を見比べ質感を確かめる。現状、手元にある金具はバネホックとジャンパーホック数個のみ、ベルトを切り出す分の余裕はあるが、ベルト金具も無ければ、それを鞄に繋ぐナスカンもDカンも無い。
久々に大物を作ろうとしていた煙羅は、出鼻を挫かれた形で型紙を睨み付けていた。
創造の個性を持つ八百万に頼む。という手もあったが、彼女にそんな事を頼んでいいものかと、悩みに悩んで頼まない事にした。
さて、どうしよう。革の量とサイズから、二つ折りの財布は余裕で作れるが、今は縫い合わせが面倒に感じる。
出来るだけ、部品の切り出しが少なく、あまり手間の掛からないものが作りたい。
出鼻を挫かれた煙羅は、革と型紙を合わせる手を止め、一度天井を仰ぎ見てから、幾つかの通知を報せる携帯に目を移す。
こんな事なら、先週の休みに外出して、材料を買い揃えておくべきだった。
よくよく考えれば、布も綿も残り少ないのだ。何故、買い出しに行かなかったのか。
「……来週、行くか」
悔やんでも仕方ない。
今日外出している芦戸達が送ってきた写真に、口元を綻ばせながら、もう一度金具類を納めている引き出しを探ると、奥の方に真鍮製の差し込み金具と、リュックカンが一つあった。
煙羅は今日の製作物を決めた。
「ベルトポーチ、やってみるか」
使う革は牛の厚さ二ミリのヌメ革、薄いベージュに近い茶色に染色された
ここで雑に線を引くと、切り出しの時に部品を歪んだ形に切り出して、最終的な出来に影響する。また、型紙がズレたりすると、銀面に余計な傷が付いて、場合によっては別の部分から線を引き直さねばならなくなる。
だから、煙羅は工程の一つ一つを丁寧に進めていく。
型通りに線を引き、革で作った道具箱から木製の柄の刃物を取り出す。
革包丁、革細工の部品の切り出しの時に使うヘラに似た刃物を、煙羅は逆手に持ち、部品を大まかな形に切り出していく。
そして、大まかに切り出した部品を、型通りの形に切り出していく。
革細工の工程の中で、煙羅が最も気を使う作業だ。
ここで失敗すれば、その部分は使えなくなる。
直線の部分は止まる事もぶれる事も許されない。出来る限り、真っ直ぐに一息に研ぎ上げた刃で裁っていく。
逆に、角や丸みを帯びた部分は慎重に、部品を回しながら、引いた線に沿って裁つ。
専用の鋏やナイフを使う方法もあるが、煙羅はこの革包丁一本で、これらの工程を行う。
理由は色々あるが、単純に革細工に用いられる道具類は高い。
安い道具でも、五百円を超えるのはざらで、煙羅が愛用している革包丁でも三千円、他の道具も基本はその位の値段であり、高価なものだと万単位の品になる。
勿論、材料となる革も、そう安いものではない。
道具から材料から、兎に角金が掛かる趣味だが、煙羅は辞める気は無かった。
楽しいというのも、勿論あるが、それ以上に煙羅にとっては大事な理由がある。
――母さんは、どんな風にやってたんだろう――
母と共通の趣味、残り少ない煙羅と母との繋がりであり、母を想起する大事な時間でもある。
母、煙堂火無は煙羅の前で革細工を作った事は無い。二人の生活に、そんな余裕は無かった。
母を亡くし、荒れていた煙羅に少しでもと、祖母が裁縫や料理を教える傍ら、彼女に伝えたのがこの趣味の始まりだ。
それを繰り返していく内に、この時間は、母が側に居てくれる様な気がして、煙羅は多くはない小遣いを遣り繰りして、少しずつ道具や材料を集め、趣味というには些か本格的になり過ぎた有り様だ。
今の自分を、母はどう思うだろうか。
きっと、まだまだ甘いと言うだろう。
それでも構わない。
煙羅にとって、この時間が大切なのだ。
「よし」
裁ち終えた部品を確認し、ズレや歪みが無い事に頷いた煙羅は、部品を裏返し毛羽たった床面を表にする。
そして、引き出しからプラスチックの容器と、一枚のガラス板を取り出す。
これから行う作業は、床面処理という工程。
専用のワックスを塗り込み、革の手触りを良くし強度を上げる為、欠かせない工程であり、これを行うと行わないとでは、仕上がりに雲泥の差が出る。
ヘラで
水分を含ませた革は柔らかくなり、あまり力を加えすぎると伸びてしまい、折角切り出した部品の寸法が狂ってしまう。この性質を用い、紋様を彫り込んだり刻印を打ち込んだりするが、今は違う。
丁寧に刷り込み、全ての部品を磨き終えると、処理剤が乾くまでの間、煙羅は次の作業の為の準備と片付けに入る。
使わない道具を片付け、次に使う道具を机に出し、革のハギレを使える物は取って置き、そうでないものは捨てる。
そして、その他諸々の片付けと準備を終え、大体三十分が経過した辺りで、処理剤が乾いた。
次に行う作業は、部品の整形。使う道具はヘリ落としと紙ヤスリ、そしてまた処理剤とコーンスリッカーという木製の道具だ。
「今回は二㎜のやつでいくか」
V字になった刃を、部品の
革への刃の当たり方を探り、抵抗無く刃が入る角度に合わせたら、焦らず一定のペースで刃を押し進めていく。
このヘリ落としという道具は、文字通りに革の縁を削ぎ落とす為の道具で、この刃物で部品の縁を削いで丸みを出し、紙ヤスリで整え、処理剤をコーンスリッカーで刷り込み磨く。
革の質や厚さによって、ヘリ落としを使わず紙ヤスリだけで整える事もあるが、今回は厚めの硬めの革なので、しっかりと縁を処理しておく。
そして、各部品の処理しなければならない部品を処理したら、次は貼り合わせと金具の取り付け、縫製に入る。
まず最初は、型紙通りに後ろ胴とかぶせを、接着剤で張り合わせ、縫い線を千枚通しと物差しで引いていく。
引き終わると次に、菱目打ちという、レザークラフトに欠かせない金属製のフォークの様に、菱形の針が付いた道具を取り出す。一本目打ち、二本目打ち、四本目打ちと使い分けて、ハンマーで縫い線に合わせて縫い穴を開けていく。
コツは一度で穴を開けるのではなく、一度当たりを付けて、目打ちを変えつつ何度かハンマーで打ち、
大体の部分は四本目打ちで開け、残りは二本目打ちで調整し、隙間が空いたなら一本目打ちでその隙間を埋める。
この作業は全体の仕上がりを決める最重要工程。気を引き締めた煙羅が、ハンマーを手にした時、部屋にノックの音が控えめに響いた。
さて、誰だろうか。緑谷のノックはもう少し強く、爆豪はノックも無しに入ってくる。
自分の部屋に来る人間は、本当に限られている。
芦戸や葉隠はもう少しノックが激しく、個性繋がりで話をする切島は、ノックと一緒に声を掛けてくる。
「煙羅ちゃん、居るかしら?」
首を傾げながら、煙羅がドアに近付くと、そんな声がした。
来客は蛙吹梅雨だった。
「梅雨ちゃん」
煙羅は来客を確認すると、小走りでドアへと向かう。
皆が快癒祝いを催してくれた日での出来事以来、煙羅は蛙吹に懐いていた。
「いらっしゃい、梅雨ちゃん」
「ケロ、煙羅ちゃん。部屋から出てこないから、皆心配したのよ?」
「あ? えー、ちょっとあれ作っててさ」
そう言って、煙羅が指差したのは目打ちの最中である革細工だ。
「あら、前に言ってた趣味ね」
「そうそう、腰に提げる小物入れでもって」
「そうなの。見ててもいいかしら?」
「いいよ!」
煙羅の人間関係は、基本爆豪と緑谷、その家族で完結していた。それ以外は敵か、そうでもない何かでしかなく、友好的に他人に接するという事は、極めて少なかった。
雄英に入ってもそうだろう。どうせ、父親の事で攻撃してくる連中ばかりだ。そう思っていたが、雄英高校というオールマイトを始めとした、名だたるヒーロー達を排出した学舎の門を、その様な者達が潜れる訳は無く、煙羅達が在籍するA組の全員が、煙羅の事を知った上で易々と受け止め受け入れた。
「その釘?で穴を開けるの?」
「そうだよ。こうやってハンマーで打ち込むんだ」
そのA組の中でも二人を除けば、蛙吹には特に懐いている。その理由が煙羅のトラウマを受け止めるのが、一番早かった事の他に、煙羅自身が気付いていない事がある。
「そしたら、こうやって蝋を引いた糸の両端に糸を付けて、開けた穴に交互に入れて縫ってく。この時は、絶対に表面を先に入れて、後ろ面は先に入れた針の後ろから入れないと、ガタガタの縫い目になる」
「普通の裁縫とは違うのね」
「そうなんだ。布だと玉止めするけど、革は最後にこうやって、糸を割らない様に一つ前の穴に通して、作った輪に逆側の糸を潜らせた後絞めて、それで最後にもう一回縫い終わりの穴に入れて、糸を切って針か千枚通しの先に付けた接着剤を、糸をほぐしながら付けて止める」
糸の種類によっては、結んだ後ライター等で焼いて止める方法もあると、煙羅は楽しそうに蛙吹に語る。
蛙吹はその煙羅の様子を見ながら、実家の弟妹を思い出す。
好きな事を語る姿が、あまりにもそっくりだった。
「私も、やってみようかしら?」
「やる? いいよ! 教える!」
煙羅も蛙吹も気付いていない事がある。
蛙吹梅雨は、容姿自体はそこまで似ていなくとも、人柄は煙堂火無にそっくりだと。
実は梅雨ちゃんは、煙羅ママと身長体重、髪の長さがほぼ一緒。
髪の結び方以外、後ろ姿がほぼそのままで、煙羅パパはエンデヴァーと同サイズ。
煙羅パパ、君犯罪やで
煙羅コスチューム
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軍服風
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作業着風