煙の少女のヒーローアカデミア   作:ジト民逆脚屋

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はい


Ifルート
煙のヴィランアカデミア


暗い部屋、窓から差し込む陽の光しか光源の無い部屋で、男は窓の外を眺めながら煙草に火を点けた。

町行く人々は誰もが希望に満ち溢れた顔をしていて、虚ろな表情の男とはまるで違う。

皆が皆、明るい毎日を過ごし、綺麗な日々を満喫している。

吸殻を灰皿に押し付け、まだ僅かに煙が舞うそれを尻目に、男は部屋から出た。

明るい世界に歩み出た男と額には、中央縦一直線に深い傷痕があった。眉を剃り落とした彫りの深い顔立ちも相俟って、男を堅気と見る者は居ないだろう。

事実そうなのだから。

 

咥え煙草に青いシャツ、ジーンズで町を歩く男を誰も見ない。

この綺麗な町にそんな者は存在しないと、見なければ居ないと同じだと、誰もが目を逸らす。

結局、世界とは多数の為にある。少数の陽の当たらない場所に居て、蹴落とされた者の事など一向に気にしない。

だって、居ないと同じなのだから。

 

 

──いや、居るね!──

 

 

「ぐっ……!」

 

男は煙草を握り潰しながら、頭を押さえ付け裏路地に姿を消す。

 

「ああ、消える。俺が消えちまう……。俺は俺か、俺なのか……?」

 

裏路地の壁に手をつき、男は譫言の様に意味不明な言葉を呟き続ける。

 

「違う。お前は俺じゃない。俺は俺なんだ。裂ける、分裂しちまう……。違う、違う違う違う違う違う違う違う」

「はいはい、仁兄。ちゃんと被ろうね」

 

次第に激しくなり始めた譫言を遮る様に、男の頭に紙袋が被せられた。

 

「……包めば一つでしょ?」

「ああ、そうだ。包めば一つだ。いや、違うね。包んでも一つだ」

「どっちも一緒じゃん」

 

紙袋に開けられた穴から見えたのは、男がよく知る姿だった。

明るい茶色のカーゴパンツに、黒のブーツ。ベージュのマウンテンコートと若草色のニット帽を被った鋭い顔立ちの少女が、黒髪の毛先を煙の様に揺らめかせ立っていた。

 

「煙羅、ごめんな。余計な事しやがって」

「ホント、仁兄は大変だよね。あ、煙草ちょうだい」

「ほらよ。いや、ダメだね」

 

紙袋の男から煙草を受け取る少女の絵面は、些か脱法的な臭いがする。

 

「……煙羅、お前何処に行ってた? 何処にでも行っちまえよ」

「ん? 弔のとこ。借りてたゲーム返しに行ったら、あいつなんか怪我してんの」

 

先程から支離滅裂な発言を続ける男だが、紙袋を被せられる直前の様子とは違い、語気は落ち着いている。

 

「仁兄が受けるなら、アタシも受けるよ」

「そうか。いやお前はダメだ」

「どっちでもいいよ。くそったれのヒーロー共を殺せるならさ」

 

男、分倍河原仁から受け取った煙草を口の端に挟みながら、少女、煙堂煙羅はそう言った。

 

「母さんと婆さんを殺した奴らを殺せるなら、アタシはなんだっていい」

「煙羅……」

 

あの日、偶然拾った少女は憎しみに染まっていた。

自分は、分倍河原仁はただ運が無かっただけで、そこまで強い憎しみは持っていない。

だが、煙堂煙羅は憎みに憎んでいる。

 

何を?

決まっている。この世界と世界のルールになっているヒーローをだ。

 

「煙羅」

「アタシはヒーローが大嫌いだけど、仁兄だけは違うよ」

「俺はヒーローじゃない」

「ヒーローだよ。アタシにとって、アタシだけの優しいヒーロー。でも、煙草は減らした方がいいかな」

「なら、お前も煙草を止めろ。そしたら、俺も止める」

「無理ー。それ超無理」

 

揺れる髪の毛先が漂い、仁と煙羅は短くなった煙草を踏み消す。

半端に踏み消された吸殻が、残った火種を橙色に主張するが二人は気にしない。

気にしたところで、二人を咎めるのは誰も居ないのだから。

 

「んで、どんな仕事?」

「ん? なんでもド派手なパーティーらしいな」

「パーティー! いいないいな、アタシも行きたいな!」

「ダメだ。いいぜ、行くか!」

「もー、どっちだよ」

 

本音を言えば、煙羅を連れて行きたくはない。

でも、仁には理解出来ている。

この本当は優しい娘の中に渦巻き燻っている憎悪は、仁がどれだけ言葉と意思を尽くしても、どうする事も出来ない程に暗く強いものだ。

護られるべき子供が、護る筈だった者達から全てを奪われた。

目の前で唯一の肉親である母親と祖母を殺され、生まれだけで周囲から罵倒され、転々とした施設で虐げられて行き着いた先は愛してくれた母親と敵対するヴィラン。

あの日から出来る限りの事をして、仁は煙羅の面倒を見続けた。

 

 

――一人はいやだよ……

 

 

それは大人としての義務感や正義感からではなく、ただの自己満足でしかない。

誰からも否定されて、ただ運が無かったと慰められて自暴自棄になった男が、誰からも虐げられて一人になった少女を拾って、ただ認められたかっただけだ。

 

なのに

 

「アタシは仁兄に会えたから生きてる」

「いや、お前なら大丈夫だ。そうだよ。お前は俺が居ないと死んでた」

「うんうん、仁兄のそれにも助けられた」

 

なのに、煙羅は何も求めず仁と共に居続けている。

本当は何処にでも行けて、何にでもなれる筈なのに、分倍河原仁という終わってしまった男の側に居続ける事を選んでいる。

そんな突き放す事も出来ない情けない性根が、どうしても煙羅を手放せない。

 

「……煙羅、行くか?」

「行くよ。爺さんに小遣い貰うつもりだし」

「いいな。ついでに飯代も貰おうぜ」

 

誰かと一緒に居たい。

誰かに認められたい。

そんな欠けた二人は裏路地の闇の中に消えていく。

 

そして、この国は震撼する事になる。

近代最悪のヴィラン、その象徴たる黒腕と裏切り者と蔑まれた母親の個性。

その二人の愛を憎しみに変え、煙堂煙羅は世界に悪意を振り撒く事になる。

 

全ては愛してくれた二人と、自分に笑いかけてくれた不器用な兄の為に。




ヴィランルートは、とある仕事熱心なヴィジランテが間に合わず、デクとかっちゃんにも出会えなかった結果です。
悪意には悪意を。二人と祖母が止めた感情が爆発し続け、遂には覚醒弔と二人でわちゃわちゃ大暴れする事になります。

煙羅コスチューム

  • 軍服風
  • 作業着風
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