「なあなあ、仁兄」
「どうしたよ?」
「これどう? 似合う?」
ウキウキとした様子で、煙羅が分倍河原に見せてきたのは、装飾の無いシンプルなワーカーズキャップだった。
「ああ、似合うぞ。いーや、最悪だね。捨てちまえ!」
「やった! いやー、爺さんから小遣い貰って良かった」
「お前、本当にビビらねえな。もっと小遣いせびろうぜ」
「流石にそこまで甘えたら、仁兄と居られないよ」
祖父から出された条件の中には、必要以上にこちらを頼らない。というものがあった。
分倍河原の保護下に居るのだから、援助は必要最低限。
月に一度の小遣いと、仕事による報酬のみ。
それ以上を必要とするなら、分倍河原の元を離れろ。
「爺さんは優しいから好きだけど、アタシは仁兄が一番だもん」
「そうか。何処にでも行っちまえよ」
「だから、ここに居るんだよ」
微かに動くものを踏みつけ、煙羅は分倍河原から貰った煙草に火を点ける。
「一仕事終えた後の煙草は沁みるよね」
「煙羅、早くずらかるぞ。もっと騒ごうぜ」
「はーい。……そんじゃ、さよなら。アタシに喧嘩売ったのが間違いだよ」
微かに動く頭を力を込めて踏み、煙羅は分倍河原の後をついて闇の中へ消えていった。
「またヴィランの殺害か」
「今回も手口は同じ。刃物による死傷と、一酸化炭素中毒です」
「火元は?」
「確認されません。しかし、今回の遺体の一つは、肺が中から破壊されていたそうです」
「肺だけか?」
「ええ、肺だけが破壊されていたそうです」
刑事は頭を抱えた。長い事この仕事をしているが、肺だけを破壊する様な手口は初めてに近い。
このご時世、臓器を破壊された遺体には慣れてしまったが、肺のみをピンポイントで破壊しつつ、一酸化炭素中毒で殺害するのは一体どういった手口なのか。
「倹死も参ってましたよ。なんで肺を内側から破壊出来るんだって」
「内側? ああ、中からって言ってたな。しかし、内側からか……」
自らの身体を変化させる個性、それも一酸化炭素中毒が発症していたなら、煙に変わる個性。
刑事の脳裏に、ふとあるヒーローが思い浮かぶ。
「スモーキー……、まさかな」
「スモーキーって、裏切りのスモーキーですか?」
「……一つ言っておく。俺の前で、彼女を裏切り者と呼ぶな。彼女はヒーローだ」
「は、はい! 申し訳ありません!」
静かな、しかし確かな怒りを滲ませて、刑事は部下を叱責する。
ああ、そうだ。例え、ヴィランの娘を産む決断をしたとして、親の罪が子にまで及ぶ事を許しては、司法の番人は務まらない。
「それに彼女はもう亡くなっている」
「そう、でしたね……」
「……しかし、関係各所を当たれ。何か嫌な予感がする」
ヒーロー〝スモーキー〟は、暴走したヒーローに殺された。
そして、その娘もまた行方不明となり、豪雨の川に飲まれて死亡した。
遺体は見付からなかった。
あの時程、刑事は己の無力を悔いた事は無い。
――命の恩人、その恩を返す事も出来んとは……
刑事は部下に更なる情報を集める様に命じ、最近になり活発化の兆しを見せているヴィランの集団の情報に目を通す。
目的はオールマイトの殺害だと、そう語ったらしいが本当の目的は別にあると、刑事は見ている。
「オールマイト、平和の象徴。柱と言えるそれが無くなればどうなるか……。言わずとも明らかだな」
平和というのは抑圧に似ている。
言ってしまえば、現代はオールマイトという強力強固な蓋で、ヴィランという不平不満を抑え付けている。
その蓋が無くなれば、抑え付けられ続けたものは一気に湧き出す。
連中の狙いはそこだ。
オールマイト殺害を計画する思想、実行力。そして、それに対する迷いの無さに加え、背後にあるだろう支援の底知れなさ。
これに、なんらかのカリスマめいたものが加われば、あの集団は手がつけられなくなる。
「……願わくば、あなたの娘がこれから起きるだろう惨劇を目にしませぬよう……」
刑事は引き出しの奥に仕舞っていた写真を手に呟く。
その写真はスモーキーが娘を産み、各地を転々とする直前に撮った一枚。
日の光の様に暖かく、しかし陽炎の様に消え入りそうな優しい笑みを浮かべたスモーキーと、カメラを構える自分を訳の分からない呆けた表情で見る娘。
刑事が守りたかったものは、もうここにしかない。
「刑事、あのヒーロー殺しが保須に現れたと!」
「分かった」
刑事は写真をまた仕舞い立ち上がる。
そして知る。この世界に救いなぞ無く、手から溢れ落ちたものを取り返す事など出来ないという事を。
「なあ、先生。いつまであの娘を好きにさせるつもりなんじゃ?」
「煙羅かい? ドクターはどう思う?」
「どうもこうも、あの〝黒腕〟の個性を発現させるだけじゃなく、母親の煙まで発現させた逸材。正直欲しくて欲しくて堪らんわい」
「ははは、ドクターなら言うと思ったよ。けど、彼女はダメだ。弔とは違う方向でね」
魔王は笑いながら言う。
彼からしてみれば、煙羅は孫に当たる。
そして、その父親は〝黒腕〟と呼ばれ恐れられたヴィラン。
「それにね、分倍河原。彼は煙羅の鍵だよ」
「鍵? あの男がか? 確かに奴の個性は強力だが、トラウマで使い物にならんだろう」
「ははは、違う違う。もっと原点さ」
「原点?」
魔王は笑う。
顔を失い、五感の半分以上を失った今でも思い出す。
〝暴君〟、そう呼ばれた息子を傘下に加えようとし、手痛い反撃を受けた。
その傷が無ければ、忌々しいオールマイトにも負けなかっただろう。
「ドクター、〝暴君〟の目覚めには興味はあるかな?」
「先生、まさかとは思うが……」
「彼女は第二の〝暴君〟なりうる」
己の次代と息子の次代、まさか手に入れられるとは思わなかった。
〝魔王〟と〝暴君〟、この二人が君臨する世界はどんな世界になるだろうか。
「先生、聞こえるか?」
「ああ、聞こえるよ。弔、動くんだね?」
「まずはヒーロー殺し、あいつ次第だ」
「いいよ、やってみるといい」
恐らく、自分は見る事は出来ないだろう世界。
だが、この上無く楽しみで仕方がない。
「煙羅はどうしてるかな?」
「トゥワイスと向かっている」
「ああ、それはいい。正解だよ」
このつまらない世界が壊れるなら、自分の未来なぞ些事だ。
魔王はくつくつと笑いながら、二人の成長を待つ。
煙羅コスチューム
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軍服風
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作業着風