「デビュタント?」
「そう、君のヴィランとしてのデビュタントさ」
寂れた客の居ないbarで、何の気なしにそんな会話があった。
「前に言っていた仕事が近々実行される。弔から聞いているだろう?」
「そこでアタシのデビュタント? もっと目立つ場所かと思ってた」
疑問するが、目は爛々と輝いていた。
「不安かい?」
「うんにゃ、仁兄が一緒なら大丈夫」
「ふふ、煙羅は本当に彼が好きだね」
「そりゃそうだよ。仁兄はアタシのヒーローだもん」
「ヒーロー、ヴィランがヒーローとは皮肉が利いてるね」
煙羅は本来守られる筈だった。
しかし、父親の恐怖に負けた愚か者達の暴走により、唯一の家族の母親と祖母を喪い、それからも迫害を受け続けた。
そして、ある日の豪雨の中に姿を消した。
守る筈の者達が奪い、奪う筈の者が彼女を守り育てた。
これ以上の皮肉は早々無いと、AFOは嗤う。
「なあなあ、爺さん。アタシはどんなデビューすんだ?」
「華々しく華麗に、しかし惨劇の幕開けに相応しい絶望を。つまり、ド派手にぶちかましてほしい。誰にでも解る様に、君が来たってね」
「何人か死んでもいいの?」
「いいとも。それこそ、君と弔が君臨する世界を思えば慈悲となるだろうからね」
次代の魔王と暴君が君臨する世界はどうなるのか。
それが見れないのは口惜しいが、子を想えばその程度の事はどうでもいい。
「あはっ、それすっごい楽しそう!」
「ははは! 楽しんでおいで。上手くいったらご褒美をあげよう」
「やった! 欲しいのがあったんだ」
それに、孫は可愛いものだ。
弔も可愛いものだが、孫である煙羅の可愛さはまた違うものだ。
「何人かな? 何人いこうかな? アタシの大事なものを奪った悪いヒーローを、何人母さんと婆さんの所に謝りに行かせようかな? 楽しみ過ぎる!」
嗚呼、本当に可愛い可愛い孫だ。
自分の好みでのみ判断し、自分の好かないものは全て否定する。
究極の自分勝手、自身の利にならないものは要らぬと切り捨てる。
素晴らしい。
「じゃあ、爺さん。楽しみにしててよ」
「ああ、ヒーロー達が後悔するのが楽しみだよ」
この素晴らしい孫に、何か一つでも多くのものを遺さねば、あの世の息子に殺されてしまう。
ああ、でもやりすぎはいけない。
彼女には素敵な兄が居るのだから。
「レディースアーンドジェントルメーン! 楽しみにしてたろ? アタシはすごく楽しみにしてた!」
ゲラゲラと笑いながら、林間学校中の雄英高校生徒の前に現れたのは、自分達とそう変わらない少女だった。
戦闘機のパイロットの様な確りとした作りの服装、顔はガスマスクの様な仮面で見えない。
だが、体の凹凸と声で解る。
「……何を楽しみにしてんだよ?! お前らだろ! こんな事したのは……!!」
「んー? オールマイトはご不在? あはっ、ヒーローの卵ばっかり。……つまんね」
「なにを……っ!」
やけに食って掛かってくる男子生徒を拳一発で黙らせる。
鉄の塊でも殴ったかの様な手応えだが、煙羅の前では精々がベニヤ板程度のもの。
その証拠に、男子生徒は額から血を流して昏倒する。
「んー? 硬化系っぽかったけど、まあダメダメじゃーん」
「哲っ……!」
「次、お前な」
ガスマスクの奥、見えない筈の少女の顔は凄惨に嗤っていた。
そう理解出来る程度には、彼女の放つ雰囲気は禍々しく、理解を放棄したくなる程に絶望的だった。
「すぐには楽になんかしてやらない。アタシは玩具は大事にする主義なんだ」
「おい、トゥワイス。奴は大丈夫なのか?」
襤褸切れで顔を隠したトカゲ面のスピナーが、奇妙な言動を繰り返すトゥワイスに問い掛ける。
「あったり前だろ! いーや、ダメだね!」
「だが、あの様な年端もいかぬ……」
「それを言うなら、俺達がどうこうしようとしてる相手も同じだろうよ」
些か迷いの様なものを見せるスピナーの言葉を遮り、全身に火傷を負った荼毘が気怠い様子で森を見下ろす。
「あれは同じさ。肝心な部分がぶっ壊れてる」
「おいおい、人の大事な妹に何て言い種だよ。 いいぞ、もっと言ってやれ」
どうにも締まらない雰囲気だが、森から漂う気配が気を引き締める。
「まったく、あの〝黒腕〟の娘は本物だったって訳だ」
荼毘が呟くと、莫大な量の煙が森を飲み込んだ。
そして、幾つかの悲鳴が聞こえすぐに静かになる。
「ああ、大変だなぁ。大事に大事に育てる筈だったヒーローの卵がどんどん潰れてく。本当に可哀想だぜ」
そうとは欠片も感じていない表情で、荼毘は蒼い炎を森へと落とす。
瞬く間に燃え広がり、生木を燃やす煙が一ヶ所へと集まる。
「さあて、ヒーロー達。後悔の時間だぜ」
「お? おお?」
その感情は意外という他無かった。
そして今まで理解出来なかった感情でもあり、欲しかったものでもある。
「君がこれをやったのか?!」
「あー、ちょっと待って。マジで待って。やだ……、どうしよ?」
「何を、言っているんだ……?」
嗚呼、そんなまさかそんな事があるなんて、煙羅は仮面越しに自らの顔を確認する。
「マグ姉! どうしよ? アタシ今日メイクがナチュラル過ぎる!」
「だから言ったでしょ! 乙女たる者、何時だって常在戦場よ というか、そのマスクだと顔見えないわ」
筋骨隆々としたサングラスの男が、見た目にそぐわぬ女言葉で煙羅に言う。
足元にはマンダレイや虎、障子や常闇が倒れている。
「でもさでもさ、こんなのって無いよ!」
「もう! この子ったらトガちゃんを見習いなさいな」
「ヒミコは可愛いからいいの!」
一体、何を言っているのか理解出来ないが、緑谷が倒れた四人の救助に動けない程度に、二人は殺気を放っていた。
「うわーん! 仁兄助けてよー! アタシ、こんなの予想してなかった!」
「ああもう! 目的は達成したんだから、早く逃げるのよ!」
「ま、待て……!!」
マグネは戸惑う煙羅を抱えると、一目散に森へと駆け出す。
「追ってきてもいいけど、早くしないと仲間は死んじゃうかもね!」
「っ……!!」
その言葉に緑谷の足は止まり、二人を見失う。
そして煙が晴れた後、緑谷が知ったのは自分達の完敗と、幼馴染みが誘拐されたという事実だった。
煙羅コスチューム
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軍服風
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作業着風