あ、高評価有り難う御座います。
今回の話は、私が個人的にあの世界なら有り得るんじゃないかなって話
「煙羅、あんた進路志望出したのかい?」
朝、出掛けに祖母から掛けられた言葉は、そんな内容だった。
「……ああ、出した出した」
「本当に出したんだろうね?」
祖母がその言葉を疑う。煙羅はその様子に分かり易く苛立った。
「出したって言ってんだろ!」
煙羅はそう吐き捨てると、苛立ちを隠さず乱暴に扉を閉め、家を出る。
「何だってんだ、クソ」
まだ冷え込む朝、煙羅は今日の学校はサボると決めた。
あの日から、八木の言葉を聞いてから、正体の判らない苛立ちに襲われていた。
――君は越えられる人間だ――
何を馬鹿な事を言うのだろうか。
煙堂煙羅という少女は、ヴィランの娘なのに、ヒーローになれる筈がない。
ヴィランの娘は、ヴィランになるしかない。
それか碌な事にならずに、のたれ死ぬか。
どちらにしろ、煙羅の未来に光は無い。
どうにも出来ない現実、ヴィランの娘はヒーローになれない。
ヴィランの娘は、ヴィランの娘でしかなく、本人がどう願い望もうとも、そうなるしかない。
煙堂煙羅はヒーローになりたい。
煙堂煙羅はヒーローになれない。
煙堂煙羅は緑谷・出久とヒーローになりたい。
煙堂煙羅は爆豪・勝己とヒーローになりたい。
煙堂煙羅は緑谷・出久とヒーローになれない。
煙堂煙羅は爆豪・勝己とヒーローになれない。
無理、なのだ。
どれだけ影で努力して、個性を磨いても、ヒーローに足る知力を身に付けても、ヴィランの娘はヒーローになれない。
「……禁煙、止めるか」
ヒーローになれないなら、それらしく非行に走り、自分から自分を諦めるしかない。
そうすれば、周りが煙堂煙羅とはやはりそうだったと納得して、煙羅も諦められる。
だが、何故だろう。
煙草を買おうにも、足はそちらに向かない。
諦めようにも、彼の、緑谷出久と爆豪勝己の言葉が消えない。
「はっ、まだ諦めたくないってのかよ」
自嘲する煙羅の黒髪が、風に燻る。自らの個性を現す毛先が煙る黒髪、大好きで敬愛する母親から受け継いだ個性。
これがあれば、ヒーローになれる。そう言い切れる程には、煙羅の個性は強力だった。
母から受け継いだ誇りある個性だが、それと同時に煙羅は自分の個性を嫌悪している。
「……お前さえ居なきゃ、アタシは……」
ヒーローになろう。そう思えた。
煙堂煙羅は父親を憎悪している。ヒーローであった母を穢し、挙げ句の果てに道連れの様に煙羅から母を奪った父親を憎悪している。
否、それ以上に憎悪しているのは自分自身だ。
「アタシさえ居なきゃ、母さんは……」
煙堂煙羅さえ居なければ、母は死ななかった。
被害者として、まだ生きていたかもしれない。まだヒーローとして、誰かを助けていたかもしれない。
煙羅さえ居なければ、母は自分を庇って死ななかった。
「……クソが」
誰も居ない路地裏で、煙羅は握り締めた自分の右拳を睨む。
まるで、黒曜石の如く黒く染まったそれは、間違いなくあの憎い父親の個性であり、忌むべき個性だ。
しかし、それと同時に煙羅の命を救った個性でもある。
母は〝煙〟
父は〝凝縮硬化〟
あの憎い男の個性が無ければ、煙羅は幼い頃に本当に煙となって消えていた。
こんな個性要らなかった。どうして、愛する母との唯一の繋がりの中に、お前が居るんだ。
憎い。憎んでも憎んでもまだ足りない。
「くそったれ」
煙堂煙羅はヴィランの娘である。
それは覆しようがない事実であり、どうしようもない現実であった。
苛立ちを誤魔化す様に、自分の中にこびりつく男を振り払うかの如く、煙羅は打ち捨てられたコンクリートブロックを殴り付ける。
「ははっ」
およそ生身の人間からはする筈の無い異質な硬音が、路地裏に小さく響き、コンクリートブロックは破砕した。
個性の発動を止めた煙羅の拳には、当たり前の様に傷はおろか擦過の跡すら無い。
消えない。消えてくれない。
自分の中からきえてくれと、今までも苛立ちが限界まで来ると、度々こうしてこの憎い個性で何かを殴り付けてきた。
だが、結果は全て同じ。消える訳がない。個性という超能力は、使えば使う程に強くなっていく。
使えば使う程に、母との繋がりの中であの男が強くなっていく。
「嫌だ」
何故、お前がそこに居る。
消えろ、消えろ、消えてくれ。
私の中にお前が居る限り、私はヒーローになれない。
「嫌だ、いやだ。やだよ……」
薄暗い路地裏に蹲り、煙羅は今日も人知れず涙を流す。
煙堂煙羅はヒーローの娘である。
煙堂煙羅の個性はヒーローになれる個性である。
煙堂煙羅はヒーローに足る娘である。
煙堂煙羅はヒーローになれる娘である。
煙堂煙羅はヒーローになりたい娘である。
「いやだ、いやだよ。だれかたすけて……、かっちゃん。たすけて……、いずくん……」
何時の間にか呼ぶ事を止めてしまった呼び方で、嗚咽混じりに大事な幼馴染み二人を呼ぶ。
だが、この場に、声が聞こえる場所に二人は居ない。
煙堂煙羅はヴィランの娘である。
「で? 話ってのはなんだよ」
「かっちゃん、先生だからね?」
爆豪が実に機嫌悪く、自分と緑谷を呼び止めた教師に問い掛ける。
実際、爆豪の機嫌は最悪だった。
最近、緑谷のトレーニングは順調であり、このままいけばヒーロー科は無理でも、確実に雄英高校に入れるだろう手応えを感じていた。
順調だった。そう順調だったのだ。
煙羅の事以外は。
「まずは爆豪、お前の第一志望は雄英のヒーロー科だったな。緑谷も」
「だから、それがどうしたってんだ?」
「かっちゃん、落ち着いて」
爆豪の機嫌は最悪だった。緑谷も良いか悪いかで言えば悪かった。
理由は二人の目の前に座る担任教師だ。爆豪や他の所謂将来有望な生徒を贔屓し、そうでないものはそれとなく遠ざける。
無個性である緑谷を、あからさまに見下す態度を隠さないそんな男。だが、そんな事はどうでもいい。
二人にとって、この男は教師ではなく敵に近い。
「まあ、二人は成績、内申共に問題は無い。雄英も受かるだろう」
「だぁーから、何が言いてえんだ! こちとらテメーと違って暇じゃねえんだ! あのバカ煙女、探しにいかなきゃなんねえんだよ!」
爆豪の不機嫌の理由は煙羅だ。元より、煙羅は勉学と実技に関しては問題無い。この最近はサボりの頻度も減り、内申もこの調子ならかなり厳しいが、どうにか圏内には引っ掛かるだろう。
そう思えていた。
だが、最近の特訓の後、何時かに戻ったかの様に、煙羅は学校に来なくなった。放課後と休日の特訓にも顔を出さない。
家に居ない事だけは長い付き合いから分かる。
爆豪勝己は、緑谷出久は知っている。
煙堂煙羅という少女が、噂に聞く様な少女ではないと。
血も涙も無い冷徹な不良少女でも、どうしようもない悪人でもない。
ただの泣き虫で強がりな幼馴染みの女の子。
それが本当の煙堂煙羅だと知っている。
だからこそ、二人はこの男が嫌いだ。
「この際だから、はっきり言うぞ。もう煙堂と関わるのはやめろ」
「あ゛?」
「かっちゃん! ……先生、それは一体どういう意味なんですか?」
教師の言葉に一瞬で沸点まで到達した爆豪を、先んじて諌め、緑谷は答えの分かりきった問いをする。
分かっている。
この男が何を言い出すのか。嫌という程知っている。
「あのなぁ、お前達はあの天下の雄英の受験が待っている。なのに、〝あの〟煙堂に関わっている。お前達だけだぞ? 煙堂に自分から関わっているのは」
何かとてつもなく陰湿で悪辣な言葉を言い含めた声で、煙堂の名を強調する。
爆豪の額に幾つもの青筋が浮かび、緑谷も机の下で拳を握り締める。
この男が言う言葉は分かっている。だからこそ、二人は敵意を以て睨む。
「お前らは将来有望なんだ。だから、あんな奴に関わるな。お前らも知ってる筈だ。煙堂は……」
ヴィランの娘だ。
煙羅コスチューム
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軍服風
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作業着風