遠く離れた地に、男はいた。
何もなく、ただひたすらに歩いていた。
そして彼には、右腕がなかった。
かつて彼は誰かを守る為に腕を失った。
そして、その腕をなくしたことで、守れなかった命もあった。
その全てを、彼は記憶していた。
なんと役立たず。
なんと恥知らず。
この身はただの木偶の棒ではないか。
そう思い、彼はここまで辿り着いた。
誰もが足を踏み入れないであろう地を、彼は訪れたのだった。
彼の目前には、古びた右腕がひとつ。
否、それは義手であった。
それが祭壇の上に飾られていた。
あれは力だ。
彼は確信した。
きっと誰かを守ることのできる力なのだ。
故に手を伸ばす。
そして握りしめる。
それだけで彼には激痛が走った。
人には過ぎたるもの。
それはかつてこの地に存在した神、ヌァザの右腕であった。
しかし、彼は諦めなかった。
かつて一緒に暮らした隣人。
愛するべき誰か。
そして、これから救うことのできる命。
それらのために、彼は力を求めたのだ。
暫く経ち、彼には存在しなかったはずの右腕があった。
彼は腕の様子を確かめると、その場を立ち去る。
『汝の成すべきことを成すがいい』
こんな言葉が届いた。
彼の名はトキ。
否、かつての名を捨て、トキを名乗る偽りのトキであった。
彼女――立花響はため息をついた。
かつて出会った兄のような存在を思い出し、アンニュイな気持ちになったからである。
「響ー、またあの人のこと考えてるんでしょ?」
彼女の親友、小日向未来はその様子を見て仕方がなさそうな顔をしていた。
響の中で、その兄のような存在はとても大きいものだったからだ。
しかし、その兄は突如として姿を消した。
まるで最初からいなかったかのように。
「未来ぅー、あの人は今どこにいるんだろうー?」
「今は入学式の準備をした方がいいんじゃない?」
「……あ」
その先の話。
彼女、立花響は守る為の力を手に入れた。
その名はガングニール。
その力はシンフォギア。
しかし、まだ足りなかった。
誰かを守る為には足りなかった。
目の前で消えてしまう命を守りたかった。
しかし。
ああしかし。
手が届かない。
あと一歩。
あと一歩あれば。
私の足がもう少し早ければ。
私の腕がもう少し長ければ。
目の前の命を救えたはずなのに。
「―――――あきらめてはいけない」
しかしそれは。
彼女の腕とは別の何かによって救われた。
「あ……」
その男はぼろ布を纏っていた。
まるで戦場から帰り着いた戦士のような姿だった。
彼は白銀の雷光を纏った右手を掲げて何かを指さしていた。
ああ、しかし。
立花響にとってそれはどうでもいいことだった。
あの人だった。
自分を守り、助けてくれたあの人だった。
自分のためにノイズと戦い、右腕を失った、あの人だった。
「お兄ちゃん……」
雷光は止まず、ただ放出されていく。
その光を纏った彼は、銀の聖者にさえ見えた。
「再び戦場に戻ることができた」
するりと右腕を下ろし、独特の構えをする彼。
その動きは洗練されており、よどみなど一切なかった。
「さあ―――――かかってくるがいい」
彼の名はトキ。
名前を捨て、トキを名乗る、ヌァザの腕を持つ男である。