What Am I Fighting For   作:袋小路 詰磨呂

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特機捜

 雑然とした繁華街はいつも統一感のない人の群れで溢れ返っているが、今日は特別人が多いように思える。加えてみんなどこか浮足立っている。まあそれも当然か。現場に近づくにつれ、ちらほらと赤い回転灯つきの車両が見えはじめ、それに伴って警察官や交通整理が目に入るようになる。混乱の伺えるメインの通りを逸れ、脇道に入るとさらに人だかりが密度を増した。どうやら近くなってきたかな。

 

「まさかこれ、全部野次馬か」

 

 助手席に座る菊月がうんざりした顔で吐き捨てた。まあ僕も同じ思いだけれど。こんな昼間から無遠慮にたむろしちゃって、まったく暇なようで羨ましいよ。こちとら非番のところを駆り出されてるってのに。

 連絡にあった場所に近づいてきた。人の隙間からわずかに規制線が見える。どうやら現場に着いたらしい。なんとか人の少ないところを見つけて車を止める。

 

「ここが?」

「そう。情報の通りならここのはずだよ」

「煩いところだ」

「しょうがないさ。こういうところで殺人なんて起きたからには人も集まるよ、さ降りて降りて」

 

 不機嫌そうに煙草をダッシュボードに突っ込む菊月を尻目に、車のドアを上げて外に出る。降りしきる雨がすぐに冷たく僕に突き刺さる。真冬の寒さに加えてこれはなかなかに厳しい。寒がりの菊月にはなおさら堪えるらしく、車を出て早々に彼女は顔をしかめた。

 

「まったく、雨ばかり元気に降る」

「元気なのは雨ばっかりでもなさそうだよ」

 

 前を指してやると、菊月はさらにげんなりとした顔になった。残念ながら指した僕も同様の顔である。目の前にはビニールをかけたカメラのレンズとマイク、スピーカー、それに人、人、人。

 

「東亜報道機構の沢渡です、今回の事件の犯人は!?」

「週刊真実です!」

「東洋放送ですが!」

 

 これだ。

 

「いまからそれを調べるんだよ。ちょっと退いててね」

 

 いったいどこから嗅ぎ付けたのか、もうマスコミの人だかりができている。こいつらは本当にどこから湧いてくるんだろう。このご時世、事件が1つしかないなんてことないだろう、他のとこいけばいいのに。

 

「こちら太平洋新聞です、あなたも艦娘ですよね? これは身内の犯罪の可能性とは思われないのですか!?」

「知らない。邪魔だからどいてくれ」

 

 菊月は冷たくあしらっているようだが、立ち塞がる記者を前に攻めあぐねているらしく歩みが重い。誰か被疑者について口を滑らせた警官でもいるのか、もう犯人のことを聞く記者までいる始末だ。面倒くさい。僕らも艦娘とはいえ、駆逐艦だから物理的に小さい。ゆえに大きい記者たちに囲まれると非常に動きづらくなる。もちろん力任せにぶっとばして道を開けることはできるが、それをすると面倒なことになるのは想像するまでもない。結果として小さな体躯で人の足の間を潜り抜けるように進むほかない。結局、記者の壁を抜けるのに随分と時間がかかってしまった。

 

「もう、いきなり疲れちゃったよ」

「ああいう相手に優しくしてやる必要はないぞ、皐月」

「僕はそこまで割りきれないんだよ」

 

 ほうほうの体で抜け出した僕に対し、菊月のほうはしゃんとしているように見える。しかし制服が所々よれているあたり、かなり強引に突破してきたらしい。そんな有り様の僕らに対し現場の若い警官が怪訝そうな視線を無遠慮にぶつけてくる。

 

「あのね、お嬢ちゃんたち、ここは君たちみたいな……」

 

 ああ、またか。この時ばかりはこんな見た目を恨むよ。あと何回このやり取りをすればいいんだろうね。

 

特機捜(とっきそう)の菊月だ。こっちはバディの皐月。文句ないか」

「トッキソウ? あー、ごめんねお嬢ちゃん。今お兄さんたちは大事な仕事をしててね、ごっこ遊びに付き合う余裕はないんだ」

「は?」

「あっははは、困ったね」

 

 どうもこの若い警官はその若さからか僕たちのことを知らないらしい。特機捜の名前を出しても通じなかったのは久しぶりだ。面倒くささを顔からにじませた菊月が懐から手帳を取りだそうとしたその時、若い警官の頭が急に傾いた。後方から中年の警官が彼をひっ叩いたからだ。

 

「バカ野郎」

「痛った! 何ですか先輩!」

「黙ってろ。いやすまんねどうも。さあ入ってくれ、先に2人来てる」

 

 年配の警官が慌てて飛び出してきて若い警官をひっぱたいた。それでようやく僕らは現場入りすることができた。規制線を抜ける僕らの後ろから、先の若い警官の不満げな声が聞こえる。

 

「先輩、あの子達、何者なんです?」

「お前な、現場が初めてっつってもそのくらい……まあいい。現場のデカには関わっちゃいけねえモノがいくつかあるが、そのうち1つがあれだ」

「つまり?」

「あれは『特種機動捜査隊』。略して特機捜(とっきそう)……既存の機動捜査隊の執行権限を拡大した部隊とも言えるものだが、実質は対艦娘の専門だ」

「艦娘! ははぁ、なるほど、あれが。それで、どうして関わってはダメなんです?」

「まあ、お前もこのヤマでわかるだろうよ」

 

 噂話ならもう少し聞こえないようにやってくれるといいんだけど。まあ僕たちの耳がよすぎるのもあるし責めるのもかわいそうか。

 

「ち、聞こえよがしに」

「まあまあ菊月、落ち着いて」

「やあ、遅かったねお2人さん」

 

 ようやっと規制線をくぐった僕らに暢気に声をかけてきたのは望月。なにが面白いのかにやにやとした表情だ。遅かったね、というあたり僕らが記者に揉まれるのをわざわざ見に来たのか。まったくいい趣味をしている。それにしても、もう来てたのか。僕らもそこまでちんたらしていたわけではないんだけど。

 

「たまたま近くに来てたからねぇ。運がいいんだか悪いんだかって感じだよ。……ごほっ」

「運は知らんが少なくとも調子は悪そうだな。さっさと肺を交換しろというんだ」

「まいっちゃうねあはは」

 

 望月は呼吸器系の器官に異常を抱えている。早く取り替えればいいと思うのは彼女以外の総意なのだが、当の本人が「咳してないと生きてる心地がしない」という調子だからそのままだ。菊月が理解できないものを見る顔をするのを止めるのは酷と言うものだろう。

 

「今回はたまたま幸運に繋がったけど、急にパトロールの道順ずらしたのは許してないんだからね」

 

 横合いからの声に「げっ」とばつが悪そうにする望月。その声の主、三日月は「げっ、とはなによ人を悪者みたいに」と不満げにした。パトロールの道順をずらしたとは。なるほど、望月たちの担当区域からは遠いのに早い到着だと思ったらそういうことだったか。それにしてもずいぶん大胆な変更だ、三日月がぷりぷりするのもわかるというものだ。

 

「あたしの勘がこっちのほうがいいと思ったんだって」

「もう、調子のいいことばっかり言って」

「こっちには最近評判の肉まん屋があるもんね。こないだテレビで見たけど美味しそうだったなあ。わりと流行に敏感な望月の気を引くには十分以上だったよね」

「ちょ、ちょっと皐月」

「もっちー?」

「いや、今のは誤解で……あー咳が、ごっほごぉっほ」

 

 咳き込むフリをしながら恨めしげにこっちを見てくる望月の視線をあえて無視する。僕は世間話をしただけだもんね。決して先程の意趣返しとかそんなことは考えていないよ。決して。

 

「で、現場はどうなんだ」

「まああとで聞きます。こっちです」

「ふぅ。ほら、あの看板」

 

 僕らの小さな抗争には興味なさげに呟いた菊月のおかげで、三日月は追求をやめることにしたらしい。露骨にほっとした様子の望月が指差した方向には「Cafe Voyage」の看板。現場となってしまった喫茶店だ。小ぢんまりとした店だが、この繁華街に珍しく清潔感がある佇まいである。そんなところで事件が起こってしまうのだから実に皮肉なものだ。

 周りの目から隠すように張られたブルーシートをくぐり、中に入る。数人の警官に囲まれ、事情聴取を受ける男がひとりと、まだ年のさほどいかぬ娘が3人。こちらは店のカウンターでおとなしくしている。所轄の警察官が事件発覚の経緯と彼らの説明をしてくれた。

 

「まず被害者を発見したのは巡回の警察官です。争うような音がすると近隣住民から通報があり、現場に向かったところトイレに男の死体を発見したとのことでした」

「第一発見者が警官?」

 

 訝しげな顔の望月に、三日月が同調した。

 

「近隣住民から通報があった、とのことでしたよね?」

「そんな音で争ってるってのに店の店員は誰も見に行かなかったっての?」

「裏の通りでよくある喧嘩の音だと思ったそうなんですが」

 

 警官も神妙な顔をした。その視線の先には男、そしてまだ中学生にもなっていないと思しき少女が3人。

 

「彼が店主です。柏木 久三、54歳。肉親は両親のみですが、父母ともに他界。今は店員とこの喫茶店を経営していました」

「それで、その店員がこの娘たちってことか。時代が時代とはいえ、労働基準法どうしてるのさ」

 

 中肉中背、ところどころ頭髪に白いものが混じり始めた頭を何度か下げつつ、事情聴取に応じている男。いかにも優しそうなその顔に反して、別に血縁でもない小さな女の子を既に働かせてるとは。呆れた僕をこづく肘。菊月のものだ。顎で娘たちを何やらさしている。

 

「よく見ろ」

 

 よく見ろというのでよく見てみる。3人の中では1番年長に見える少女の顔にどこかで見たような既視感を感じた。具体的には軍にいた頃に見た気がする。服装は各々艦娘のそれではなく給仕の制服だが、顔までは変わるものでもない。それでようやく見分けがついた。

 

「ああ、艦娘」

「ついでに言うと登録済み。左から5年前、半年前、2年前に退役してる」

()()()()()()し、見ればわかるよ」

「いや……まあいいか」

 

 情報だけもらって警官を返したらしい望月が補足してくれた。彼女が言うには退役済みで市民登録も済ませているらしい3人は、なるほど首筋の端子が潰れている。艦娘がその任務を終えて退役するためには、市民社会において不必要な艤装を使えなくする処置を受ける必要がある。"艦娘(少女)"が"(兵器)"に等しい活躍をするには、艤装を首筋の端子を介して接続し、電脳から直接艤装を操ることで以て初めてその力を発揮するという手順を踏まなければならない。つまり、その端子が潰れている以上は12cm砲でこの店が一瞬で瓦礫になる心配はしなくてよいということだ。

 それで、この幼い(ように見える)3人が店員というのも合点が行く。退役艦娘は見た目と精神年齢が一致することの方が少ないのだ。小学校すら卒業していないような体躯で立派な賃金労働者をしている例など枚挙に暇がない。

 尤も、予めそう設定された自我の精神年齢は見た目不相応とはいえ、この世に"生"を受けてからの実年齢だとそのうら若き見た目から想定されるものをさらに下回ることの方が多いのもまた事実であるが。

 

大鷹(たいよう)択捉(えとろふ)日振(ひぶり)か」

 

 データを照合したらしい菊月が呟く。どの子もあまり戦闘向きの艦ではなかったようだが、艦娘はそもそも作りが人とは一線を画している。小さななりでも筋力や皮膚の剛性は人間とはモノが違う。給仕の仕事をやるにあたって困ることはなかっただろう。むしろ加減を間違えて金属製でもない食器を割らぬように気を使う必要さえあったのではないだろうか。

 

「退役して平和に喫茶店店員か。いいねぇ、あたしもそうしたかったよ」

「ちょっともっち、状況考えてよ」

 

 少なくとも僕たちが仕事でここに来ている時点で平和に店員生活ができているとは言い難いのは確かだ。現に艦娘たちはみな沈痛な面持ちをしている。大鷹だけは海防艦の2人を気遣ってか気丈に振る舞っているようだ。青ざめる択捉を慰めるように、その前にかがむ。

 

「大鷹さん……」

「大丈夫です。きっと大丈夫です」

 

 それでも、あまり落ち着いた様子には見えない。早く事件を解決した方がよさそうだ。望月に先を促す。

 

「それで、被害者(マルガイ)はどこに?」

「こっち」

 

 望月に連れられてきたのはトイレ。その個室の1つに死体はあった。

 

「真壁 海也34歳、現在無職。ここの常連客だったらしい」

「へえ、恨まれる顔には見えないけどね」

「計画的な犯行とも思えませんから、ここで何か突発的なトラブルがあったんでしょうね」

 

 三日月の言うように、閉じた洋式便器の上に座るようにして息絶えている男性の首もとには圧迫されたあとがあり、一目で窒息死、それも手で首を絞められての絞殺とわかる。現場となった個室の壁には穴があいていたり、トイレ用の芳香剤が置かれた棚もめちゃくちゃになっているので、相当に抵抗したようだ。

 

「それで、被疑者は」

『それについては私から話すわね』

 

 単刀直入な菊月の問いに、脳内に割り込んできたのは如月の声だ。いい加減慣れてきたが、電脳ネットで急に思考に割り込まれるのはいつでも妙な感覚だ。

 

「あ、如月か。終わった?」

『大体はね。望月のデータをこっちで分析にかけたけど、死体の死因は首の圧迫による窒息死とみて間違いなさそうね。それから、圧迫痕に重なるように店主の男の指紋が出てるわ』

 

 なんだ、それなら話は早い。さっきの店主を捕まえてこの事件は一件落着だ。そう思いかけたのだが、しかし如月の話はそれで終わりではなかった。

 

『でも、どう見ても圧迫の跡と大きさが合わないのよね。十中八九後からついたものだわ』

「後からぁ?」

『指紋に比べて圧迫痕が細すぎるわ。そもそも位置もずれてるし』

「めんどくさいなぁ」

「もっち」

 

 あからさまに面倒さを隠さぬ顔で頭をかく望月を三日月が窘めた。如月が転送してきた図が展開されると、たしかに圧迫痕と指紋に微妙なズレがある。

 

「どういうことだ」

『圧迫のあとを分析すると指は細く、手のひらも小さい。子供の手の跡に近いわ。普通の人間ならそんなことあり得ないけど』

「艦娘ってわけね」

 

 僕の呟きに『だからあなたたちがここに呼ばれているってわけよ』と如月は肯定した。なるほどこれは面倒なことになったかもしれない。あの3人のうちの誰かが、人を殺しているかもしれない。

 

「つまり、あの3人のうちの誰かがこの男の首を締めて、それを庇うために店主がそのあと首を絞め直したということか?」

「そういうことになるねえ。やれやれ、かわいそうに。死んでからもう一度首を絞められるとは」

 

 望月は気の毒げに男を見やり、ナムナムと拝む。

 

『そういうことだから、万が一に備えてB(強行制圧)装備の長月ちゃんと文月ちゃんをバックアップに送ったわ。必要なら如月か卯月ちゃんに連絡してね』

「わかりました。それから、先程の解析結果は所轄の警察には?」

『いいえ? だって如月からはコンタクトとれないもの。着信拒否されてるようなものよ』

 

 相変わらず冷たいわよねえ、とぼやく如月を尻目に、三日月は如月による解析結果を他に回しに行くとこの場を立ち去った。

 

「あの子らに話を聞いてみる必要があるね」

「そのようだな」

「尋問は苦手なんだけどねえ」

 

 頭を掻きながら望月が出ていく。それに続いて僕らもトイレを出て、カウンターへ戻る。僕はなんだか気を取られて、1度死体を振り返った。相変わらず死体はうんともすんとも言いもせず、争う過程でかなり芸術的にねじ曲がった腕をだらりと投げ出している。開いたままの目には切れかけの電灯が瞬いていた。

 

「何してる」

「ああごめん、今行くよ」

 

 


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