What Am I Fighting For 作:袋小路 詰磨呂
トイレを出て戻ると、店主への尋問がいよいよ佳境を迎えたらしく、店主も警官もどこか熱くなっているように見える。ついに若い警官が壁に拳を叩きつけた。
「被害者の首からお前の指紋が出てる! お前が犯人なのか?」
「ああそうだ、俺が犯人だよ! さっさとムショでもどこでも連れてけってんだ!」
「そうかいい度胸だ! あとの話は署で──」
「まってまってください刑事さん!」
店主が連れて行かれそうになったすんでのところで三日月が割り込み、先の如月の解析結果を交えて事情を説明する。
警官のほうは渋々ながら店主を放したが、面倒なのはこちらのほうだった。
「指紋が出たんだろ!? 俺が犯人なんだよ、ムシャクシャしたからあいつを殺したんだ、俺を連れてけっつってんだろ!」
顔面蒼白でまくし立てる男に、ついに望月が我慢しきれなくなったかこちらも早口でまくしたてた。
「えーいやかましい。あんたは首のあとにあるような細い指してないでしょうが。そもそも、圧迫痕それ自体には指紋も爪の痕も残っちゃいないんだ、そんなのは人間が首を絞めて殺した事件じゃありえないんだってば」
「じゃあ俺は手袋して殺したんだよ、そういうことだ!とにかく連れてけ!」
「指紋が出てるってのはどうしたんだよもう支離滅裂じゃんか! ……っほ、ごほっ」
「ちょっともっち! 柏木さんも落ち着いてください」
「だいたいあいつは昔からいけすかねえ男だったんだ、俺の娘たちを変な目で見やがって……」
変な目で、ね。
「如月、被害者の身元漁れる?」
『ちょっと今手が離せないわ、弥生ちゃんに頼んでくれる?』
「皐月、なにか気づいたのか」
「望月と店主の口論の中でちょっと気になることがあって」
「娘ということか? あれは血縁ではなく、単に娘のように見ているというだけだぞ」
「いやそりゃわかるけど」
「……そうか」
したり顔で指摘してきた菊月を軽くいなす間に弥生が出た。
『おまたせ。なに、皐月』
「ああ、市民コード19F14R81のこいつ。真壁の経歴と、あとは通販の記録、特にアダルト書籍とかDVDのログが欲しいんだけど」
『……わかった」
心なしかイヤそうな声色にちょっと申し訳ない気持ちになる。弥生は表情があまり動かないほうだが、あれで意外に感情豊かなのだ。
「頼むよ」
『10分待って』
「了解、ごめんね」
『おこって、ないよ』
さて、これでいい。弥生には何か土産でも買っていこう。現場に意識を戻すと、菊月が警官の方を胡乱な目で見ながら首を傾げている。
「鑑識は何をやってるんだ。あのくらい、私たちの視界リンクを介しての解析でもわかったことだぞ」
「鑑識ならいないよ」
「何?」
やっとおとなしくなったらしい店主を警官に任せ、望月がこちらにやってくる。店長の男とは一区切りついたらしいが、相当に苦労したらしい。少なくとも見た目は歳を取らないはずの艦娘であるのに急に老け込んで見える。
「お疲れさん」
「ふぃー。まったくあの店長ったら頑固だよ」
「こっちが論理立てて説明しても全く聞き入れてくれませんでしたからね……」
三日月が望月関連以外で愚痴をこぼすのは 珍しい。あの店長、なかなかのやり手だ。そう揶揄すると「冗談じゃありません」とそっぽを向かれてしまった。ごめんてば。
「まーともかく店長は白だね。状況証拠からしてもそれは明らかだけど、それにあの態度。間違いなく何か庇ってるし」
「まあ、そうだろうね」
「被害者については?」
菊月が続けて尋ねたそれにも望月はため息交じりに首を振る。ついでに懐から煙草を取り出したが、それは火がつけられる前に三日月によって一瞬で回収され、据わった目で見られた望月は頭を掻いた。
「めっ、ですよ」
「……あー、かなりうざったく思ってたのは確かなようだけど、殺意にまで至る動機はなさそうだよ。あくまであの場で話したことだけの憶測には過ぎないけどね」
それを信用するとやはり艦娘たちの中に、ということになる。
「それで、鑑識の話だっけ?」
「そうだ」
「えーとですね」
いわく。所轄の鑑識は来ていたらしいが、三日月ら、要はおそらく艦娘を見るなり踵を返したらしい。
「またかあ」
「まあ、いつものことでしょ」
「協力する気はないのか?」
「あったらこっちを見るなり鑑識を帰らせたりはしないと思いますよ」
三日月には珍しくトゲのある言葉とともに、彼女が視線をやった先には若い警官の頭を小突いていた中年の警官。周囲にはひっきりなしに警官が指示を仰ぎに来ている通り、彼が現場指揮らしいが……。
「結局一言も僕らと話さないもんね、彼」
「小さい男だ」
『ちょっと、あなたたちの言動でまで反感買ったらたまらないわ。無駄口叩いてないで動いてくださる?』
今は僕らの視界を介しての現場検証やら送ったデータやらの処理で忙しいだろうに、発言内容の検閲までするんだから如月は実に有能だ。もう少し休んでくれるといいんだけどな。具体的には僕らの軽口を聞き逃すくらいには。
「へいへい」
『ただでさえこっちには情報回ってこないんだから、あなたたちが頼りなのよ。現場とは仲良くしてちょうだい』
さて、艦娘たちに話を聞こう。今回の事件の起こりは見えてきたかもしれない。そちらを見やると、先程よりかは幾分か落ち着いてきたようだが、まだ不安げにしている3人が見える。あの中の一人は。
「人殺し、か」
「皐月」
紫煙を薫らせて菊月が戻ってきた。よく見るとさっき三日月が回収していた望月のお気に入りの銘柄だ。ちゃっかりもらってきたらしい。
『これを見てみろ』
菊月から送られてきたのは文書データ。数年前のこの自治体の広報誌のようだ。わざわざ電脳通信で送ってくるあたりなにかある。どうやらただ一服していたわけではないらしい。
『これが?』
『21pだ。『街角看板娘』のコーナー』
言われた箇所に飛ぶと、今よりもいくぶんか新しく見えるこの店の外観と、同様に若々しい店主の写真、それと娘が2人。大鷹と日振だ。何やら町の看板娘を紹介するコーナーらしく、店と娘について人気メニューの紹介を交えて綴られている。
『おいしそうだなあこのオムレツ』
『おい』
『わかってるよ。これ何年前のやつ?』
『2年前だ。だからまだ択捉はいない』
だが問題はそこじゃない、と続けてテキストデータ。先程の紹介文の一部抜粋だ。
『"1人は最後まで姿を見せてくれなかった。美人3人娘との評判でこういうことは慣れっこと思いきや、恥ずかしがり屋な一面もあるようだ"』
『3人目だ。択捉が半年前に退役してるのは軍の記録で明らかだ、疑いようがない。つまり』
『艦娘はあの3人だけじゃない。4人目の可能性ね』
『そういうことだ』
電脳通信の感覚はあんまり好きじゃないが、唇を動かさずに意思の疎通ができるのは便利だ。突然黙ったように見えるのがアレだけど。現に目の前の大鷹は明らかに不審な目でこちらを見つめている。視線をひしひしと感じながら歩み寄ると、一歩引かれた。ちょっと傷つくなあ。
「……あの、なんでしょう」
「いや、被害者について聞こうと思ってね。常連客だって聞いたから、店主さんに聞こうかと思ったんだけどあの調子だからさ」
露骨にこちらを警戒しているのか、大鷹は声色も態度も刺々しい。よく見ると全員同じようなもんか。何か隠してるのは間違いないだろうが、それは果たして4人目のことなのかな。
「大鷹さんは?」
「……いえ、大鷹としては、特には」
海防艦2人の方を見やると、こちらもおっかなびっくりといった様子である。まったく、不審者かなにかでも見るみたいだ。
「日振としても、特には……ないです。はい。ありません」
「択捉も、同じです」
日振は面接でも受けるみたいに(後で思ったけどまあ圧迫面接みたいなものだ)カチコチになりながら、択捉は編まれたおさげをいじりながらそう答えた。うーん、とりつく島もないな。これは。ハナからこちらに協力する気がない。びっくりするくらい嘘をついている反応だ。人間社会で暮らすようになった艦娘にはある程度人間の生理的反応が移るというが、ここまではっきりと顕れると偽装されてるのか疑いたくなる。
『当たり前だ。仲間が捕まる捜査に協力する奴がそうそういるものか』
『同時に声紋分析にもかけてるけど、まあ嘘ついてるかしら……ちょっと純粋すぎて心配になるわねえ』
僕としては、まだ外部犯の可能性も捨ててはいないんだけど。この反応を見るに、4人目も含めた中にいるのは確定なのかな。大鷹の方へ向き直ると、もうほぼ睨まれていた。だんだんと視線に剣呑さすら感じる。
「そっか。店長さんとは仲がよくなかったのかな?」
「……店長はあの人を嫌っていましたけど。あの人がどうだったかは、知りません」
「それじゃあ、別の質問なんだけど。この店って、ほかにも店員がいたりしない?」
「いいえ、私たちだけです」
「前からそうなの?」
目を見た。一瞬、本当に一瞬だけ大鷹はこちらを睨んだ。普通の人間なら気がつかない程度の表情の変化だが、こちとら艦娘だ。眉毛1本が風にそよいだだけでもわかる。
「はい。そうですね」
「3人だけで回してるの。大変じゃない?」
「いいえ、3人でも平気です」
「そっか、頑張ってるんだね」
ありがとう、と告げて3人娘のところを去る。菊月が壁に背中を預けてこちらを見やる。
「で、どっちだ」
「まあ十中八九黒だね」
『それで間違いないわ。SNSを漁ってみたけど、1年くらい前までは大鷹、日振ともう1人で回していたのは間違いない。客の発信した内容を信じるなら、形式は択捉型海防艦の松輪。残念ながら写真はないけど』
軍のデータに登録されてる松輪はこれね、と送られてきた諸元に目を通した。戦時も終わりに近づいてきた後期には海上警備に安価な海防艦が大量に生産され、そして戦争の終結とともに多くが
「まあ形式さえわかれば姿はそう違わんだろう」
『そうであってほしいわ』
「確かこの建物には2階があったな」
「うん。望月、三日月、聞こえてる?」
『はいはい』
『なんでしょう?』
「そういうことだから、ちょっと店主さん連れ出しといて」
『ふうん。如月、説明』
『はいはい』
わかってしまえば呆気ないものだ。既に現場周辺のカメラには艦娘らしき存在が移っていないことは所轄が確認済みで、そうなるとまだこの建物にいるということだ。そして所轄から現場を引き継いだ時、まだ2階は捜索していなかった。つまり、松輪は2階に隠れていると考えるのが自然である。
「どちらへ? そっちは私たちの生活スペースです」
「そうきたか」
そう確信し、店の奥、階段へ続く扉の前にやってきた僕と菊月の前に、いつの間に移動したやら大鷹と択捉が立ちはだかった。手にはそれぞれモップと箒。
「2階も捜査する必要があってね。そこをどいてもらえるかな」
「恥ずかしながら散らかっておりまして、まず掃除させていただけませんか」
「悪いけどそういうわけにもいかなくてね」
大鷹の双眸は真っすぐにこちらを見つめている。何よりも雄弁に語る瞳には梃子でも動かないと書いてある。……面倒なことになった。僕と大鷹が睨み合っているのにしびれを切らしたか、菊月が一歩進み出る。
「もう、わかっているだろう。今なら
1人、のところで目に角が立った大鷹だが、すぐに戻すと微笑んで言った。
「なんのことかわかりかねます」
「ふむ」
「強いて言うなら、これ以上あの子が辛い目に遭うのは私たちは耐えられません」
菊月が飛びのいた。そこに大鷹の頭上を飛び越えて択捉が襲い掛かり、自在箒が振り下ろされる。不幸にもその先にあった机が叩き割られると、その破片、折れた机の足がささくれだった面を僕に向けて投げつけられた。それを払ったときには、眼前に大鷹の持つモップの先が迫ってきていた。上体をそらして何とか躱す。その勢いを利用して放った蹴りで柄を蹴り上げるも、まるでその衝撃がなかったようにピタリと柄が止まった。大鷹型は非戦闘要員って聞いたことあるんだけど、さすがに空母か。基礎的な馬力が段違いだ。馬鹿力でもって僕の蹴りをなかったことにした大鷹は、続いて袈裟懸けにモップを振り下ろした。それを半歩下がって避け手近なコップを投げるが、これは返す刀ならぬモップで粉砕され、青いグラスの破片が床に飛び散った。
「大鷹……!」
「そちらもこれでおわかりでしょう」
お互いに大型艦ではないから装甲はほとんどない。だが、義体の出力だけは一丁前に備わっているから互いに一撃必殺だ。この間合いでは悠長に銃を抜いてから照準する暇なんてない。見ると菊月の方も似たような状況らしく、一瞬のにらみ合いとなった。
その刹那、かすかにガラスが割れる音が聞こえ、小さな影が店の表、駐車場に飛び降りていったのが窓越しに確認できた。
「逃走はやめなさい! 大人しくしていれば危害を加えはしません!」
店主を出して戻ってきていたらしい三日月の呼び掛けも虚しく、おそらく松輪であろう影は店の裏に消えていった。
「……既に1階でドタバタやってんのにそれは説得力ないって三日月さんや」
望月がため息を吐き、懐のリボルバーを抜いた。それを見て三日月も懐の銃に手をかけた。心なしか憮然としているのは気のせいだろう。
「ごほん。私たちで追跡します。お2人でこの子たちをお願いします」
「気を付けてね」
そうして三日月が動きかけたそのとき、如月の悲鳴のような通信が脳をつんざいた。
『待って、護身用に─』
「あッ……!?」
それに思い至ったときにはもう遅く、日振がカウンター裏から飛びだした。手に持ち出してきたそれはこちらに向けて今にも火を噴かんとしている。
「動かないで!」
日振の張り詰めた声が現場の空気を一変させた。その小さなからだには不釣り合いな長物、水平二連ショットガンを構えてこちらを睨みつけた。
「おいおい冗談でしょ」
「一歩でも動いたらこれで撃ちますからね……!」
カウンター裏に備えてあったらしいショットガンを持ち出し、こちらへ向ける日振の目からは覚悟が見える。未登録の艦娘が捕まったらどうなるかなどはわかっているのだろう。それ故に店主は庇ったしこの子たちもこうして妨害するわけだ。
「ええっと、そんなもの振り回したってしょうがないよ、落ち着いて……」
とりあえずなだめにかかった望月の足元が爆ぜ、フローリングが無惨に捲れ上がる。
「次は当てます」
なるほどこれは困った。どうやら本気で僕らをここから追わせないつもりらしい。こんなことしたって彼女らに待つのは破滅だけだってのはわかるだろうに、なにがそうさせるんだ? たまらず三日月が如月に通信を飛ばす。
『援護は出せませんか?』
『文月ちゃんを向かわせるわ。水無月ちゃん、エスコートしてあげて』
『いや、僕たちでなんとかするよ。それより文月には松輪を追わせて』
『なんとかって、あんなものここで乱射されても困るわ。あなたたちはともかく普通の警官も野次馬もいるじゃない。あんまり刺激しちゃダメよ』
『私は皐月に賛成だ。未登録の艦娘なんていつ暴発するかわからん。最悪はあれを野放しにするほうだと考えるが』
『そもそも仮にここで日振が暴れたって
『あのね、そんな簡単な話じゃないんだから』
『私も反対です、ここは援護を待った方が……』
思考加速まで用いての議論は僕と菊月、如月と三日月で割れて暗礁に乗りかけたが、そこへ長月が珍しく割り込み通信を入れる。
『神妙な議論に割り込むのは気が引けるが、報告を2つ。1つ目は長月及び文月、到着した。現場から1km付近の上空にて待機中だ。2つ目は文月がもうアレを追ってることだ』
『ちょっと長月ちゃん、それどういうこと』
『もうとっくに飛び降りていったぴょん。うーちゃんに言えばどこにだって降ろせるのに』
『”なんだか、この子の出番がありそうだよねえ?”って白鞘一振り持ってさっさとね。止める間もない』
『……ああもう、あの子ったら!』
『一振りって、B装備は?』
『私の隣で寝てるよ』
『うふふ、最高ね。2度と軽口叩かないで』
『さて現場組、こっちはいつでもいい』
とりあえず文月が松輪を追っているらしい。それなら大した問題はなさそうだけど、問題は日振だ。その小さな体躯に不釣り合いな長物の先はこちらをにらんで動かない。
「武器を置いてください! いくら艦娘だって、殺せますよ!」
「落ち着いてください、今なら間に合います、日振さん……」
「武器を! 置いて!」
三日月の説得にも聞く耳を持つ気はなさそうだ。外をちらりと確認し、聴覚センサの感度を最大にする。小さくティルトローターの駆動音が聞こえたことを確認し、センサを切った。
『長月』
『了解』
店の窓ガラスが砕け、日振の頭が爆ぜて循環液と金属片を撒き散らす。びくりと痙攣して力を失った手からショットガンが床に転がり、思わず僕から視線を外した大鷹の表情から色が抜け落ちた。音を戻すとまだガラスが飛び散っているのか、場違いに澄んだ高音がちらほらと聞こえる。
『命中を確認。次弾の必要性はないと判断する』
「流石だな。行くぞ皐月」
「さすがだよ長月!スポッター要らずだね」
『当然だ。……
「皐月より如月へ、これより菊月と皐月は被疑者を追うよ」
菊月は