What Am I Fighting For 作:袋小路 詰磨呂
「松輪は!?」
『八代通り沿いに繁華街を南下してるぴょん』
「通り沿いね……人が多くて車は使えないな」
菊月を追って店の外に出ると、先程の銃声を聞き付けてか、そもそも野次馬が減ってないのか、相変わらず人だかりが規制線のすぐ外にある。
「足があるだろう」
上から菊月の声。振り向くと既に彼女は喫茶店の瓦屋根の上に登っており、「さっさと来い」と屋根の向こうに消えていってしまった。
「まあ、そうだけどさ!」
規制線に背を向け、エアコンの室外機や雨どいを足場に喫茶店の屋根へ飛び乗る。そのまま建物の屋根づたいに僕らは通りへ駆け出した。
「こっちだ」
「言われなくても!」
屋根から屋根へ次々に飛び移る。このような移動も艦娘の脚力あってのことだ。ちょっと僕らの重量的に瓦屋根のところは割りながらの移動になるが、そこは勘弁してほしい。
「うわったた!?」
なんて思ってたら木造の屋根が抜けた。天井を突き破って階下の床に叩きつけられる。なんとか全部ぶち抜かずに済んだのはいいが、あんぐりと口を開けた家主らしき男性と目が合った。あら歯磨き中か。邪魔してごめんね。
「……こ、このバカ野郎! どうしてくれんだうちの屋根!」
「ごめんておじさん! 請求は警察に送っといて!」
「ああん!?」
おじさんの怒鳴り散らす声を尻目に先を急ぐ。もうそろそろ八代通りだ。計算通りなら先回りできてるはずなんだけど。
『何をしているんだ』
「木造の屋根抜いちゃって……」
『気を付けた方がいい。あの類いのクレームは所轄から全部如月に行くぞ。あとが面倒だ』
「面目ないね……」
老若男女さまざまな人で埋め尽くされた通りを見やる。あの中からあの小さな体躯を見つけるのは中々難しいかもしれない。
『皐月、菊月はもうすぐ目標との接触地点だぴょん。周りに注意するぴょん』
反応はまだこの通りを過ぎてない。なんとか間に合ったらしい。とはいえ、雨が降っているとはいえちょうど定時は上がりの時間だ。眼下の通りは人でごった返している。
「ここからでは到底見つからん。行くぞ」
言うが早いか、屋根を蹴って飛び降りる菊月。僕も続いて、目標着地点は屋台の布屋根。この高さでもあそこに降りれば大丈夫なはずだ。布がたわんで衝撃を吸収──することなく僕を青果の棚に叩き込んだ。
「何しやがんだてめぇ!」
「ごめーん!」
思ったより屋台が経年劣化してたのか屋台が崩壊してしった。リンゴやスイカといった青果類があたりに転がる。菊月のほうは直接着地したらしい。無茶をする。歩道が陥没してるじゃないか。
「始末書と小言が少ない方を選んだまでだ」
「さっきクレームが如月に行くって」
「如月にな。私には関係のないことだ」
「……ところで、降りたのはいいけど、そのあとのプランあるの?」
「あるなら聞くが」
「つまりないと」
『皐月ちゃん、菊月ちゃん?』
微妙な空気になりかけたところで電脳通信。文月か。どこ行ってたんだ、と言いたいのを堪えて応答する。
「はい皐月だよ。どうしたの?」
『今マルヒの反応が二人と重なるところにあるんだけど……近くにいる?』
重なるところに、とはいってもこの人ごみじゃわからない。どこだ?
そんな僕らの隣でぱきり、と音がした。散らばったリンゴの1つが踏み砕かれた音だ。普通に前を見てれば踏まなそうなものだが。──頻りに後ろを気にして走り去る小さな影。
「いた!」
「逃がすな!」
「こちら皐月!マルヒを発見、確保します!」
『うーちゃんからも確認したぴょん。照合完了、さっきの松輪で間違いないぴょん』
「クソ、人が多すぎるぞ」
艦娘の中でも小柄な僕ら駆逐艦に対しても松輪他の海防艦はさらに小柄だ。ぼくらが中途半端に人にぶつかるのに対して松輪は足元の隙間を潜るようにしてすり抜けていく。3人目にぶつかってガンをつけられたところで菊月が拳銃を抜いた。
「警察だ! 道を開けろ!」
「うわぁ!?」
突如拳銃を持ち出した菊月に群衆が慌てて飛び退く。これで進みやすくなったが、松輪も僕たちに気づいたようでこちらを振り向く。そして焦った様子で艤装の単装砲が展開される。……こんな人ごみの中で。これだから未登録の艦娘ってのは。悲鳴を上げて散り始めた人々の隙間、青白い顔でこちらに砲口を向ける松輪が見えた。
「みんな伏せて!」
単装砲が火を噴く。即座に計算した弾道に僕は身を躍らせた。避けて周囲に被害が出るのと艦娘1体の損害のどちらがマシかという話だ。刹那の判断で盾になることを選んだ(褒めてほしい)僕を激しい衝撃と熱が襲う……はずだったが、かわりに僕を襲ったのは硬いアスファルトにダイブする感覚だった。それに一拍遅れて、ゴンとなにか硬くて重いものが落ちたような音が2つ響いた。
「マルヒ確認したよ。斬っちゃっていーい?」
「街中での艤装発砲だ、問答無用」
「わぁい!」
目の前には文月が白鞘を振り抜いた姿勢で立っていた。
横を見やると、信管部分を叩き切られた砲弾が転がっている。
「皐月ちゃん、相手が海防艦だと思って油断しちゃってた?」
振り返り、こちらにいたずらっぽい視線を差し向ける文月。
まったく、油断してなくたって僕にはこんな芸当できっこない。
「無駄口は後だ。逃がすな」
「わかってるよぉ」
『相手はこんな人もたくさんいる街中で艤装使ったし、もう容赦しなくていいぴょん』
「幸い今ので群衆も捌けたしね。強行制圧といこう」
僕も
「うぅっ」
僕の狙い通りくるぶしを撃ち抜かれ、松輪はその場に崩れ落ちる。そして、足を止めればそこはもう文月の間合いだ。
「──つかまえた」
白刃が煌めき、次いで循環液の飛沫が石畳を青く染め上げた。四肢を失った松輪にはもう艤装を扱うことはできないだろう。刃についた循環液を袖で拭った文月がこちらを振り向く。
「終わったよー」
「皐月より如月。マルヒを確保。四肢は落としたけど胴体と脳殻は無傷だよ」
『こちら如月、よくやったわ。卯月ちゃんを回収に向かわせるわね、ご苦労様』
「了解だよ」
『現場で長月と望月が派手にやったから、そっちの処理に時間がちょっとかかるわ』
「派手に?」
長月はともかく、その類に望月の名前が出るのは珍しい。何かあったのかな?
『長月ちゃんのほうは知ってるでしょうから省略するわ。その後に大鷹が拘束にかかった三日月を振り払って望月ちゃんに襲いかかったらしいの』
「なるほどね。じゃあそっちが先だね? 菊月、文月、そういうことだってさ」
『……いいえ。卯月ちゃんには先にそっちに向かってもらうわ。少し待ってて』
「だって」
「了解した」
「はーい」
望月が発砲するなんて珍しい。あいつは基本銃は威嚇のためで、撃たないのが一番いいって憚らないのに。
『あの、皐月』
弥生だ。そういえば、頼んでたあれは結局艦娘たちの妨害でうやむやになっていた。彼女が今話そうとしたのもそのことで、一応伝えに来てくれたらしい。
『被害者の男の人は、だいぶ少女趣味、じゃないよね。まあロリコン、だったのは間違いないと思う』
「これは……」
送られてきたログはなかなかに猟奇的なものだ。まあ出るわ出るわ緊縛、暴行、ロリコンの異常性癖特盛といった有り様。やはりというべきか非合法なスナッフフィルムまであった。悪い予感は当たってたらしい。事件の経緯は見えただろう。松輪が掃除かなにかでトイレに行ったところを被害者が襲撃、ところが相手は男のお好みのか弱い少女ではなく艦娘だ。返り討ちにあったところで、騒ぎを聞き付けた店主や他の店員がそれを発見、一連の隠蔽工作をしようとした。ところがそこに巡回の警察が現れ、中途半端に事件発覚、といったところか。
「それに」
「まだあるの」
「いや。これは違う話」
弥生から送られてきたニュース記事には、大湊警備府の提督が逮捕されたとの大見出し。自衛隊法*1によって裁かれた結果防衛用器物損壊罪を世に知らしめ、そして世間が珍しく艦娘へ同情したその事件とは、軍務のストレスの捌け口に艦娘、とくに駆逐艦や海防艦を日常的に破損していたというものだ。そして弥生の言うことには、松輪が脱走したのはその大湊警備府第6支部からで、ちょうど時期も被っているらしい。
「はあ、なんとも」
「何がだ」
展開機構の機嫌が悪いのか、何度か腕を振ってようやく武器腕を収納した望月がやってきた。
「見たい?」
「そのような言い方をされると途端に見たくなくなってくる」
そんな流れを菊月にも説明してやる。普段は頑として表情を崩さない菊月だが、今回はさすがに悲しげな顔をした。
「……そうだったか」
説明を終えて見やると、菊月は自らが叩き落とした松輪の単装砲を拾い上げて何やら見つめていた。文月のほうはいつの間にかどこかへ消えている。相変わらず気まぐれなやつ。
「どうしたのさ」
「いや、何もない」
僕が近づくと、さっさと立ち上がって松輪のほうに歩いていってしまった。まったく、神妙な顔してるから気をやったってのに。心配しがいのない。
その松輪はいつの間にやら降り始めた雨に打たれながら倒れ伏し、空を見上げていた。意識があるのかないのか、虚ろな目で一言も発さない。文月が達磨にした断面からは青い循環液が流れ続け、石畳の水溜まりと溶け合ってまるで青い水溜まりにトルソを浮かべたような、妙な光景を作り出していた。
「まあ、こいつも可哀想なやつだ」
菊月は独り言を言うように呟いた。「何がさ」僕は煙草をくわえながら答えた。どうもライターがうまいこと働かない。
「今回のことは、こいつ自身にとっては殺されかけたから正当防衛をしたに過ぎない。そしてそのこと自体はこれまでにもさんざんやっていたことだろう。人類対
そう吐き捨てると菊月も煙草を取り出して火を着けた。まったく何をいうかと思えば。それは当然だ、艦娘の至上命題は──僕らのような例外は稀だ──海の脅威から御国を守ることだ。あいつらに殺されかけたから殺す、普通のことだ。しかし──おかしいな、ちゃんとオイルは補給してきたのに。
「正当防衛として暴力を返すその相手が深海棲艦から人間に変わると、片や英雄、片やお尋ね者。後者の果ては私たちのようなのに終われて達磨にされる」
哀れなもんだな、と紫煙を揺らす。その顔は事件を解決したというのになんだか憂いを帯びているようにも見えた。ちょっと、このライターそんなに安くなかったのに。使えなくなるには早いんじゃないの。
「あの」
「なんだ」
「火くれない?」
「聞いてたか?」
「ん? ごめんもう一度」
「……いや、なんでもない」
「それで、どうしたのさ急に。珍しく感傷的だね」
「聞いてるじゃないか。茶化してるのか」
これまた彼女には珍しく肩をすくめた後、いつもの厳めしい面構えに戻る。なにか、考え事をしているのは間違いないみたいだけれど。
「どうしたと言われてもな。どうしたんだろうな」
菊月らしくもなく、天を見上げる。石畳や露天の幌をたたく雨音に混じってヘリコプターのローターの音が聞こえてきた。卯月が到着したらしい。こちらを照らすヘリのライトの光の中に降りしきる雨粒がよく見える。
『お待たせしたぴょん!』
「ここだよ、ここ!」
『わかってるぴょん、今下ろすからまってるぴょん』
猛烈な風と雨粒に叩かれつつ、ヘリの着陸を待つ。さすがは卯月というべきか、狭い道路だというのに難なく機体を下ろして見せる。後部のハッチが開き、中から人影が姿を現した。
「や、さっちん、菊月。お待たせ。今回はお疲れ様」
水無月だった。松輪の体を指してやると、一瞬真顔になったがすぐにいつもの様子に戻り、苦笑する。
「これはふみちゃんが?」
「お察しの通りだよ」
「なるほどね。……こんだけ派手に斬っといて、脳殻周りとシャットダウンに繋がりかねない重要回路は避けて綺麗に残してあるのはさすがってところかなあ」
文月が派手に斬り飛ばした腕部や脚部もしっかり回収すると、最後に松輪の胴体を抱え水無月はヘリに乗り込んだ。松輪は結局なにか反応を示すこともなく、人形のように運び込まれ床に転がされた。その隣には四肢が袋づめされて並べられる。そして現場には濁った青の水溜まりのみが残された。そうして積み込んだものの前で、水無月はぽつりとつぶやく。
「正当防衛、ねえ」
「なんだ、聞いてたの」
「まあ、ね。ごめんね!」
まあ、オペレーター担当の彼女だ。基本的に僕らの電脳通信はオペレーターには全部入るようになっているからいやでも聞こえることもあるだろうけど。というか、このヘリには長月も乗っていたはずじゃなかったか。
「ナガナガなら、さっちんたちの援護が終わってすぐ飛び降りちゃったよ。『揺れる足場は好かん』だって。艦娘なのに、おかしいんだ」
「なんだいそりゃ」
相変わらず、支離滅裂な理由で持ち場を放棄するペアだ。たまに如月が眉間を揉んでいるのにもちょっと同情する。
「ところで、乗ってく?」
「いや、今回は車で来てるんだ」
「だってさ、うーちゃん?」
『りょうかーい! それじゃ、お疲れぴょん!』
来たときと寸分違わぬ鮮やかな手腕で危なげなく飛び去っていったヘリを見送る。随分と低い位置にある雲に隠れるように航行灯が夜闇に消えていった。
結局今日は1日中雨が降り続いていたな。先程の青い水溜まりももう色が薄れ始めている。水面に写り始めた町並みも雨粒の波紋で歪にその形を変え、なにが起こったなどもうわからなくなり始めていた。
「ねえ菊月」
「なんだ」
「今回の僕らは、極論人間の自分勝手な欲望がきっかけになった事件で、艦娘を破壊した」
──僕らのやってることって
目の前に車が止まった。濃いスモークガラスの黒のスウィフトスポーツ。ナンバーが1925。つまりそれは僕の車だ。助手席のウィンドウが開き、文月が顔を出す。運転席には長月が座っている。ヘリで来た二人だ。帰りの足に僕の車を勝手に乗り回してくれたらしい。
「へいへい彼女~。ごはん食べに行かない?」
「それ、僕の車なんだけど」
言外に鍵は? と問うとこれには長月が答えた。
「生体認証はやめておけ。艦娘のはごまかすのが楽だ」
「あっそう」
「まあまあ。行くよねえ?」
なにがまあまあだ。抗議の視線をじろりと向けるも揃ってどこ吹く風。まったくこのコンビは何時でも何処でもこんな調子だから、無神経というべきか大物というべきか……。
「いや、行くけどさ。菊月は?」
「私は……断ると足がなさそうだ」
「わかってるなら早く乗れ、私は腹が減った」
「なんで人の車勝手に乗り回しといてそんなに偉そうなのさ」
「わたしお寿司食べたいなあ~」
「なんでわざわばっ……」
仕方なく後部座席に乗ると、扉を閉めるか閉めないかというタイミングで長月はアクセルを踏んだ。間の悪いことに菊月は舌を噛んだらしい。
「うわっ、煙草くさい! 2人ともまた煙草吸ってたでしょ!」
「そうだな」
「う~落ち着いてみると車の中も結構……でも下りたら足がないし……でもこの臭いかあ」
「嫌なら下りたらいいだろう」
これだ。なぜか菊月と文月は相性が悪い。先程菊月が同乗を渋ったのもほぼこれだろう。なぜか、というより愛煙家と嫌煙家の時点で相性がいいはずもないか。今回に関しては勝手に僕の車を足にした文月が悪いので擁護はしない。
「皐月よ、ハンバーガーなんかどうだ? そろそろ十五夜バーガーの時期だ」
「もうなんでもいいよ……」
なんだか、急に疲れが来た気がする。とにかくなんでもいいから早くどこかで降りないと文月に通気性をよくするとか言って物理的にルーフオープンされそうだ。