What Am I Fighting For   作:袋小路 詰磨呂

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特種機動捜査隊

 

『命中を確認。次弾の必要性はないと判断する』

「流石だな。行くぞ皐月」

「さすがだよ長月! スポッターいらずだね」

『当然だ。……スポッターはいないことの方が多いしな』

「皐月より如月へ、これより菊月と皐月は被疑者を追うよ」

 

 一瞬にして青い血糊に彩られた現場には意も介さず、菊月は無力化を確認するやすぐに店を飛び出していった。呆然とする大鷹と、気絶した択捉を一瞥するや皐月も同様に駆け出した。やれやれ、荒事慣れしてる連中は怖いねえ。こちとら未だにショットガンの銃口がちらついてぶるっちゃうよ。

 

『ちょっと、何したの』

「望月より報告。海防艦日振、登録IDを38E1153、これを制圧しようとするも叶わず、やむを得ず現場の判断で射殺処分とした。どうぞ」

『ハァ!? ……もう、被害は?』

「現場の窓ガラス1枚ってとこ」

『ちゃんと最小限に抑えてるのがホント……その判断を追認します』

 

 菊月と皐月が被疑者(松輪)を追いかけてさっさと出てった直後、慌てた如月から状況の確認が入ったが、さしたる問題はない。陸の上で銃を取る艦娘に基本慈悲はない。

 

「あーあ、ひどい有り様」

 

 日振の残骸を調べるが、一目でそれとわかる脳殻全損。これでは"女神(クラウドバックアップ)"を使わないとメモリー復元は難しそうだ。それもそのはず、狙撃銃を叩き込まれて耐えられるほど海防艦は頑丈にはできていない。そもそも装甲を備えているのは戦艦などの大型艦に限られる。あたしにだってそう遠い世界の話じゃない。艤装がなければ耐衝撃装甲も起動できない、ましてや標準装甲もない駆逐以下艦娘の耐久力なんて人間とさほど変わらないのだ。

 まあ、こうしてあたしらが処分対象にしたやつらはそれ相応の理由があるとして当然バックアップごと消されるわけだが。これは業界の闇だとかそんな話じゃない。退役艦娘法にそう定められているのだ。

 

「ど……どうして……」

 

 呆然自失といった体の大鷹が絞りだした。ふらり、と幽鬼のように立ち上がった彼女はうわごとのように呟く。

 

「日振ちゃんをあんな、ひどい……それをして、どうしてあなたたちはそうも……」

 

 ようやく交差した彼女の視線は虚ろだった。ああ、いつも通りだ。

 

「平然としていられるの……」

 

 なんとなく、答えてやる。特にそうしてやる義務はないが、無視する理由もなかった。

 

「なんども言わせないでほしいな。公務執行妨害。退役艦娘法違反。逃走幇助。これ以上に言葉いる?」

「違う、そんなこと聞いてるんじゃ」

「私らには艦娘が社会において守るべき秩序を乱した際に、即刻鎮圧する義務がある。つまりいつも通り、任務だよ。今回日振を射殺したのは単にそれが一番早く、周りへの被害を抑えて処分できる方法と判断したに過ぎない」

 

 大鷹が目を見開いて固まった。まさか、忘れていたのだろうか。軍務についていたときに、私達が替えの利く消耗品扱いされなかった日などないだろうに。

 

「ああ、あんた『大鷹』なんて名前だから紛らわしいけど、春日丸型(ほぼ輸送用)か。ID見るに後期生産みたいだし、それなら実戦なんてありやしないよね」

「ええ、そうです。……激戦だった頃は、味方殺しも任務の内だったとはつゆほども知りませんでしたけれど」

「そりゃあね。そんな軍務受けたことないし」

よかった(・・・・)です」

 

 いや幸せなことではあるけど。曲がりなりにも公権力たる望月たちに歯向かうということはそういう覚悟はあるものだと思っていた。択捉に電脳錠をかけ終えた三日月が続いて大鷹に向かう。後ろに回って電子錠をかけようとしたその瞬間、それまで糸の切れた人形のようだった大鷹は突如三日月をはねのけた。

 

「大鷹に……私に触れないで! この……人でなし!」

 

 先程のモップを手に取り、まっすぐあたしのほうへ駆ける速度はなるほど艦娘だ、人の出せる速度ではない。人を外れたその力を以てすればそのモップの柄を用いてすらもあたしの頭蓋くらい砕くことは余裕で可能だ。どちらが人でなしだ。まあ、大鷹が人でないのは確かだし、それはまたあたしも同じってね。

 

「人でなし、ね」

「もっち!」

「あたしら艦娘が人だったことが1度でもあったもんか」

 

 こちらを殺さんと迫る大鷹の眉間に照準を合わせ、トリガーを引く。撃鉄が起こされ、雷管を叩く。設計された機構の通り、S&W M360は.357マグナム弾を発砲炎と共に亜音速で撃ち出した。射撃の腕前は正直言って下の下のあたしだが、訓練の甲斐あって今回は寸分たがわず大鷹の眉間に弾痕が刻まれ、大鷹という艦娘だったものはがくんと勢いそのままに倒れこみ、あたしの足元に転がった。

 

「もっち! 大丈夫!?」

「この通り五体満足。……ごほ、やっぱり硝煙は嫌いだよ」

「この仕事してるのに……はやく」

「肺は変えないよ。愛着があってねえ。これもおんなじ」

「もう……」

 

 紙巻きに火をつける。三日月がたいそう不満そうだが許してほしい。大鷹が「平然」なんて言ってたけど、あたしだって平然なモノか。

 今そこでまさしく糸の切れた(・・・・・)人形と化した、額から青い循環液を垂れ流す存在とあたしには何の違いがあるだろう? あたしはまだ額の風通しが悪く、プログラムに従って脳殻()が身体を動かしてるだけ?

 

「ちょっとあんた、そっちは……!」

「うるせぇ、こんなバカスカ銃声が聞こえて娘の様子1つ見せねえってのかよ!?」

「あっ、ダメです柏木さん!?」

「どけよ、なん……」

 

 なにやら表が騒がしいと思ったら、店主が来ちゃったらしい。あーあ、見てもいいことなんかないのに。中年男の視線はまず真っ青になったカウンターに散らばる金属片あたりをさまよい、次にあたしの下で風穴の空いた大鷹を見た。たっぷり30秒は経ったかな、やっと目が合った。

 ああ、いつも通りだ。

 

「で、あんたも言うの? 人でなしってさ」

 

 

 

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「──ということがあったんです……」

「相変わらず、なんというか望月にはいっつもそんな役回りさせちゃうな」

「いや、あれは……」

 

 有線接続(ワイヤード)での記憶の共有を終え、事の子細を知ったが、暢気にハンバーガーを食べていた裏で望月がそんなことになっていたとは思いもしなかった。昨晩の自分にいら立つが、したところでしょうがないのはわかっている。言いよどむ三日月を促しているとその後ろ、扉が開いた。慌てて入口付近からどいたが、出てきた人物はそれを苦笑して止め、部屋に僕らを招き入れた。

 

「2人とも外で話してないで、入ってくればいいだろう」

「いや、なんとなく……」

「気が引ける? 望月が処分した艦娘の周辺を煽って(・・・)生傷負って帰ってくるなんてもはや恒例行事じゃないか。全損まで行ったのはまあ久しぶりだが……」

 

 招き入れた人物、長月はこの部屋、通称「霊安室」の管理を一手に担っている。今回望月は大鷹らを処分したのち、狂乱した店主に相当(・・)痛めつけられたらしく、呑気にハンバーガーをかっ食らっていた僕らが現場に駆け付けたときには、特に頭部は原型が残っていなかった。それで、義体再建造ということになったのだという。僕の目の前、『棺桶』と揶揄される長方形の装置の中で、望月の義体が今まさに「高速建造」されているところだ。

 

「見てるしかないなんて、本当に……」

 

 三日月は顔を覆った。止めることならいつでもできる場所にいたのは彼女である。そうしなかったのは、ひとえにできなかったからだ。この部隊では随一といっていい優しさにあふれた彼女だ、目の前で痛めつけられる望月を見て何もしないなんて大層心が痛むことだろう。

 

「しょうがない。そう決まっているんだ。望月だってそれは理解しているだろう」

 

 艦娘法、第二条*1。僕らの行動原理において何よりも優先される、不文律の1つである。

 

「捜査任務の権限がないときの私たち、本当になにも……」

「自己防衛すら認められないなんて、どうかしてるよ」

 

 つい、拳を握りしめすぎた。カーボンの関節が軋みを上げる。

 

「憤るのはわかるが、手は開いておけ。私の仕事を増やしてくれるな」

「わかってるよ」

 

 長月に窘められ、ようやく手を緩めたが、とっさに走らせた自己診断プログラムでは中指の第一関節が圧壊していると警告が出ている。この程度なら自己修復する、僕は努めて警告を無視した。そんなときに、少し重苦しくあったこの部屋の空気に合わない軽い調子の声を聴覚が拾った。

 

『いやー流石に全損するまでには警察のおっちゃんたちが止めてくれると思ったんだけどねえ』

「もっち!?」

 

 望月の声だ。『棺桶』の横、統合ターミナルのスピーカーから聞こえる声は確かに彼女の声だった。いっそ拍子抜けするほどいつも通りの彼女の声だった。

 

「目が覚めたか。気分はどうだ」

『いいと思う? これで特注の肺(・・・・)はまっさらピカピカ新品だよ』

「元気そうで何よりだ。建造終了まではあと30分ほどだ。しばらく大人しくしていることだな」

『こういうなにもできない時間って長いんだよねえ……』

 

 なんだか望月があまりにもいつも通りすぎて、こっちが深刻でいるのがあほらしくなってきてしまった。まだ顔は見えないが、いつものうんざりした顔をしているのが想像できる。

 

「やあ、望月。とりあえずまた会えてうれしいよ」

『お、その声は皐月か。どう、ちゃんと捕まえたかい?』

「もちろん。ばっちりだよ」

『流石。君らに限って海防艦1隻逃がすなんてことないとは思ってたけど、”女神”の時間的にねえ』

 

 よかったねえ、なんて軽く言う彼女に伝えるか迷ったが、一応言っておこう。いや、僕が伝えたいだけかもしれないけど。

 

「あの店主なんだけど、捕まったよ」

『まあ、そりゃねえ。立派な器物損壊(・・・・)だし。そのくらいはあのおっちゃんたちも仕事してくんなきゃ』

 

 そう。望月を全損状態にした店主は器物損壊罪で逮捕された。すべて済んでから、悠長にあの中年警官は店主に手錠をかけたという。「気は済んだか?」とでも言うように肩をポン、と叩いて。あの態度から半ば想定内ではあったが、実際にやられるとやるせないものだったとは三日月の言だ。

 

「ああ、そうだ。皐月、お前に伝えなきゃいけないことがあった。ちょっと外で話そう」

「え? いいけど、もう少しもちづ……ぁ痛」

 

 望月の様子をこのまま見ていようと思ったのだが、脇を小突かれた。昨日もあったような、これ。抗議の目線を長月にやると、これまた見覚えのある仕草、つまり顎で促される。その先には……。

 

「そうだった。すぐ出よう。今すぐ出るよ」

「ああ、早くしろ」

『なにさ急に。せっかく舞い戻ったんだぜ、復活祭とかないの?』

「生憎、それは私の役目じゃなさそうだ。やる気満々の聖母様に任せるさ」

『は?』

 

 閉めた扉、そこそこ気密性の高いそれをあっさり貫通する三日月の怒声が聞こえてきたのはそれから間もなくだった。

 

「どうして! いっつもいっつも! 私の目の前で! もっちがボロボロになるさまを見てるだけが! どれだけ!」

 

 

 

 

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 『霊安室』を後にして談話室へ戻ると、珍しくメンツが勢ぞろいだった。当然望月と三日月を除いてだが。

 

「おかえり、皐月ちゃん、ナガナガちゃん。望月ちゃんも無事目が覚めたみたいだし、とりあえずこれでホントの作戦完了、かにゃ?」

「睦月! 珍しいじゃないか」

「おい、水無月はどこだ。あの呼び方が広まるのは好ましくないぞ」

「よいではないか~」

 

 特にこの睦月はほとんど顔を出さないのだ。僕と菊月をはじめとした実働部隊、如月が束ねる諜報部隊とあって、その両方を統括する……ことになっているのが睦月だ。でも実際は交渉や根回しを専門にしているらしいが、なにをやってるのかはよく知らない。はっきりしてるのは長月をからかうのが好きなこと。

 

「水無月ちゃんなら今お茶を入れてるよー。睦月ちゃんのお土産で、クッキーがあるんだってー」

「クッキー。嬉しいけど、気を使わなくて、いいのに」

「ううん、久しぶりだったからねえ。それに、みんなにお話ししたいこともあったから」

 

 文月がソファに転がりながら長月に答えた。それに押されてちょっと迷惑そうな弥生は睦月に礼を述べたが、にっこりと笑って睦月はそれを制した。そう。睦月がこの事務所にやってくるのは、決まって話があるときだ。

 

「睦月の話だと、厄介事の気がするのは。……私の、気のせいだろうか」

 

 ソファの間、四角い机にはちょうどいいとばかりに麻雀のセットが広げられ、面子は弥生、卯月、菊月、睦月らしい。菊月はいつにも増して渋い顔だ。どうも旗色はよくなさそうだ。

 

「ぷっぷくぷ~! それ、リーチだぴょん!」

「……おこった」

「え? う、うっそぴょ~ん……」

「……うそ」

「どれどれ。ほう、面白いじゃないか」

 

 長月が手牌を覗き込んだ卯月の捨て牌には索子がない。なるほど、アガれば高そうだ。

 

「さあ、お茶が入ったよ!」

「クッキーもいい感じよ。ありがとうね? 睦月ちゃん」

「いいんだよう、如月ちゃん! さあみんな! 会議始めるから、ちゃんと座ってくれるかにゃ? ちなみにツモにゃしい」

 

 しかし、そんなわかりやすい待ちに振り込む者は案の定おらず、さらに睦月がアガった。これは僕の感覚だが、睦月は異常にツモアガりが多い気がする。運がいいというかこれは、どうなのだろう。

 

「む、勝ち逃げか。……大三元、字一色!?」

「相変わらず、強い」

「勝てないぴょん」

「つまり私は……いくらだ? 計算したくない」

「さあさ、あとできっちりいただくのですよ! それはそれとして! お仕事の話ですよ!」

 

 消沈する麻雀組を尻目に睦月は手を合わせて声を張り上げた。今日もこの特別機動捜査隊、略して特機捜には厄介ごとが舞い込んでくる。

 

 

*1
第二条(人間への危害の禁止)

艦娘は、しかるべき機関がその必要性を認めた場合を除き、人間に対して直接的または間接的に危害を加えてはならない。




ちなみに睦月は半荘で17万稼いだ。
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