ガラスごしのVisions   作:ホワイト・ラム

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いろいろと力不足ですが、よろしくお願いします。
タキオン良いよね……


異端のウマ娘と幽霊と呼ばれる男

「おや、奇遇だねぇ。カフェ」

昼食を取ろうと歩いていた一人のウマ娘、マンハッタンカフェがトレセン学園の中庭で、良く見知った()()()の姿に気が付いた時は、既にその件の相手に話しかけられた後だった。

 

「…………」

 

「おいおい、何処へ行く気なんだい?

気づかないフリなんて酷いじゃないか」

咄嗟に取った作戦も失敗し、それどころか相手は座っていたベンチから立ち上がり、楽し気に歩み寄ってきた。

この時点で非常に残念だが()()と無関係で過ごすのは不可能となった。

それはカフェが静かに昼食を取ることが不可能になった事を示していた。

 

「いえ、本当に気付かなかっただけなので……」

変に無視して逆に絡み着かれても困ると、そっけなく返事をする。

 

「そうか、なら良かったよ。

無視されてしまったら、流石の私も悲しいからねぇ。

所で――」

悲しいという言葉を発しながら、その表情には薄ら笑いすら浮かべている。

 

何処か暗く曇った瞳、僅かに上がった口角、そして絡み付く様な言葉。

 

彼女の名は――アグネスタキオン。

このトレセン学園で彼女の存在は有名だ。

茶色の髪に、光を感じさせない濁った瞳に宿る狂気。

その細足から繰り出される走りは、有象無象のウマ娘から遥かに飛びぬけた正真正銘の天性の才。

だが、彼女を説明するのに重要なのは、そこではない。

 

様々な個性を持ったウマ娘たちの中でも取り分け異質。

授業に参加する事は稀、ターフの上で走る姿を見るのも稀、日夜研究室に閉じこもり、日々怪しげな薬品の製造とデータ収集に明け暮れている生粋の異端児。

そして、同じウマ娘を始め、学園のトレーナー、更には自分自身さえ研究材料と言って憚らない数々の問題発言。

風の噂では生徒会から退学の勧告すら受けていると聴く。

 

「実験なら付き合いませんよ」

カフェの言葉にタキオンが目を丸くする。

 

「ははは、違う違う。今回の目的はそっちじゃないよ。

いいや、実験にも確かに付き合って貰いたいが、今の私にはもっと重要な事を君に尋ねたいんだ。

なに、簡単な質問さ。

この辺で()()()()()()()()かい?」

 

「『幽霊』ですか?」

思いもしない言葉にカフェの耳がピィンと立った。

 

「貴女はどちらかというと、そう言った類の物は信じていないと思っていました」

 

「ん?生き物が死後、魂だけこの世に残って勝手に動いて生前の恨みや行動原理を成そうとするアレかい?

あっはっはっは!冗談はよしてくれよカフェ。

私があんな物を信じている訳無いじゃないか。実に非科学的だ。

そんな物があるなら、肉体なんて不要になってしまうじゃないか?

いやしかし、完全に否定は――」

タキオンがぶつくさと何かを考えだす。

彼女は考えだすと何時もこうなる。

 

だが今日は違った。

 

「おっと、いけないいけない。話が逸れた。

そうだね、さっきの質問は少し言い方が悪かったよ。

正確には――そう『幽霊みたいな男を見なかったか』だね」

 

「幽霊……みたいな……?」

何が言いたいのか、一向に分からずマンハッタンカフェが首をかしげる。

そして、何となく、本当に意図せずタキオン背後の木へ視線を外す。

 

「あ……」

一言で言えば()()

中庭の木の影から、男の顔がじっとこちらを睨んでいた。

一文字に閉じられた口に、黒く窪んだ眼。

その男がぬぅっと、木の影から姿を現す。

 

「タキオン。すまない、待たせた。

頼まれていた『ハチミー』の制作に手間取った」

 

「おお!トレーナーくぅん!遅いじゃないかぁ!」

タキオンが振り返り、尻尾を強く振る。

声色までもが、さっきよりも一段階か二段階ほど高くなっている気がする。

そして心底嬉しそうにその『幽霊』に小走りで歩み寄っていく。

 

いや、それよりもマンハッタンカフェには気になる事が有った。

それは――

 

「タキオンさんの……()()()()()?」

その男は手に持っていた手提げをタキオンに渡すと、無言でカフェの元まで歩み寄って来た。

日の当たる場所に出てくると男の纏っているのは喪服の様な礼服、そして少しだけ黒く色のついた眼鏡。

どうやら、この全身に黒を纏う恰好が日陰にいた彼の『幽霊』という、イメージに一役買ってしまった様だった。

 

「これを」

一瞬の間が空き、幽霊の様な男は黒い礼服の胸ポケットから一枚の名刺を取り出す。

 

「ウマ娘トレーニングセンター学園。通称トレセン学園所属トレーナー。

高等部ウマ娘『アグネスタキオン』担当トレーナー牛頭(うしのと) (ともす)だ。

よろしく頼む」

 

 

 

「え、あ、は……い……」

男のプレッシャーと名刺を出すという予想外の行為にカフェが茫然とする。

気が付くと手の中には彼の名刺が収まっていた。

 

「トレーナー君!早くしておくれよぉ!」

手提げの中にあったのか、敷物を芝生の上に広げその中央で靴を脱いだタキオンが声をかける。

 

「すぐに準備をする」

タキオンから受け取った手提げから水筒を取り出すと、更に奥から弁当箱を二つ取り出す。

 

「待たせてすまない。今日の弁当だ」

 

「おぉおう!キチンと玉子は甘くしてくれたかい?

午後の実験の為にもブドウ糖の摂取は必要不可欠だからね」

弁当箱を開いたタキオンが目を輝かす。

 

「無論だ、お前の好みに合わせ健康に害の無い程度に甘くしておいた」

タキオンがフォークを手に取り、カラフルなおかずの並ぶ弁当に手を付けた。

 

「俺も昼食にする」

男もタキオンと向かい合う様にして、手提げの中に手を入れる。

 

「なんですか……コレ……?」

目の前で繰り広げられる()()()()()光景にカフェが声を漏らす。

 

それもそうだ。

 

タキオンをスカウトしに無数のトレーナーが姿を見せたのは今はもう昔の話。

個性的すぎる彼女の言動に辟易し、トレーニングに対する消極的すぎる態度に業を煮やし、或いは実験と称した薬品の投与とその副作用を恐れて彼女をスカウトに来たトレーナーは皆が逃げ出した。

そんな事を繰り返すうちに、彼女をスカウトしようとするトレーナーは誰も居なくなったと聴いている。

だからこそ彼女は退学寸前という現状まで追い込まれているハズだった。

 

だが、今、眼の前に居るハズの無いトレーナーが座っている。

 

「一体何処で……いえ、それよりも――」

上手くやっていけるのか?という疑問がカフェの口から出かかった。

 

「うーん!実に私の好みの甘さだねぇ!

研究室から外に出てみるっていう、君の意見も悪くなかった」

嬉しそうなタキオンの声と、それに静かに答えるトレーナーの様子をみて、カフェは自身の言葉を飲み込んだ。

どうやら、非常に、非常に珍しい事にタキオンはついに自分の望む条件を満たすトレーナーを見つけたらしい。

 

「ところでなんだか静かだねぇ。

どうしたんだい、トレーナーくん?」

さっきから一言も話さないトレーナーが気になったのか、タキオンが自らの正面にいるトレーナーに目を向ける。

トレーナーは空っぽになった手提げを見つめたまま固まっている。

 

「おかずを家に置き忘れた様だ」

自身の弁当箱を開けると、そこには一面の米。

梅干しの一つも無い完全なる白一色の世界。

 

「おかずの部分を別に作って、入れるのを忘れたんですね……」

カフェがあまりの惨状を気の毒に思う。

 

「タキオン」

 

「なんだい?」

トレーナーの言葉を受けても尚、タキオンは箸を動かし続けている。

気まずい沈黙が流れる。

 

(まぁ、ここはお願いして分けてもらうしかありませんよね)

学園内部にも売店はあるが、おかずのみを販売しているという場所はカフェの頭には浮かんでこなかった。

 

「午後の実験の予定を前倒し出来るか?」

 

「構わないよ、記録はこちらで取る」

制服のポケットからメモと数本の試験管、更には数粒の錠剤を取り出す。

おぞましい事にその試験管の中の液体は怪しい濁ったピンクの色をしていた。

 

「え、ちょっと、まさか……!」

 

「感謝する」

カフェの見ている目の前で、トレーナーが試験管の栓を抜き自らの白米に掛ける。

数滴垂らすでも、端に少し掛けて様子を見るでも無く、弁当の白米全体がドバドバとピンクの液体で染まる。

 

「トレーナー君、白米とそれだけじゃ栄養が偏ってしまうよ?

ほら、最近御無沙汰の栄養剤さ。

白米に対して必要な量はっと……」

 

「たすかる」

タキオンから受け取ったサプリメントを、ピンクの白米にトッピングする。

 

「え、冗談ですよね……?」

 

「いただきます」

カフェの目の前で、トレーナーが箸を取り――

 

パキ、ぺしゃ、ポキ、ポリポリ……

 

「た、た、た、食べたー!?」

 

「トレーナー君、どうだい?」

 

「美味い、とは言えないな。

やはり、栄養剤は味気ない」

弁当箱からトレーナーが顔を上げる。

驚くべきことに、しっかりと弁当箱の中身は減っていた。

 

「反応が出たら、キチンと言うんだよ?」

 

「分かっている」

一瞬普通に聞こえる会話だが、その実、いともたやすくえげつない行為が繰り返されてる。

 

「おや、口の中がピンクに発光し始めたね」

 

「体調に変化は無しだ」

 

「良く見せてくれたまえ」

もぐもぐと口を動かしたトレーナーが咀嚼を終えて口を開ける。

実はこれはドッキリでは?実は夢なのでは?実は彼はタキオンの作り上げたロボットなのでは?

カフェの脳裏に、このあり得なさすぎる人物への疑問がすさまじい勢いで募っていく。

 

「あ、貴方一体なんなんですか?!」

珍しくカフェが口調を荒げる。

 

「俺はトレセン学園所属トレーナーの――」

 

「トレーナー君、もう名刺は渡しただろう?」

胸ポケットに手を突っ込んだトレーナーをタキオンが止める。

 

「そうだったな」

そう言うと、再度弁当に箸をつける。

 

「他人からすると、おかしな状況に見えるかもしれない」

タキオンのトレーナーが視線を寄越さずに、言葉を投げかけた。

 

「だが、俺はこの現状を自ら望んだ。

俺はタキオンのトレーナーとして、彼女の為になる事はどんなことであろうとする気だ」

弁当箱から顔を持ちあげ、カフェの目を見る。

うっすらと色のついた眼鏡の奥、そこにはある種の異常な『念』が渦巻いている様に見えた。

 

「うん、良いね。そのガラスのレンズの向うに、キミの強い意思を感じるよ。

私のトレーナー兼モルモット君はこうでなくちゃ務まらないねぇ」

タキオンが満足そうにうなづく。

 

「なぜ、そこまで……」

 

「俺がタキオンのトレーナーになった理由は――む?」

突如トレーナーが口を閉じた。

 

「おや、どうしたんだいトレーナー君?」

トレーナーの様子にタキオンが首をかしげる。

 

「タキオン、すまないが少々席を外す。急用が出来た」

そう言うとトレーナーが腹を抱えて、ゆっくりと立ち上がる。

無表情のままだが、体は僅かに震え、よく見ると額に汗がにじんでいるのが分かる。

 

「あ!お腹壊しましたね?あんなの食べるから案の定!」

 

「すぐ戻る」

 

「ん、了解したよ」

カフェの隣をトレーナーがすさまじい勢いで走り去った。

後に残されたのは二人のウマ娘。

 

 

 

「おやおや、想定よりも大分足が速く成ってるね。研究の成果さ。

ストップウォッチが無いせいで正確な時間データが取れないのが残念だよ。

ふぅ、ごちそう様」

両手を合わせるとタキオンは弁当箱を閉じた。

 

「彼は一体何なんですか?」

 

「『何』?誰では無く、何?

彼は私のトレーナー兼モルモットだよ。

ああ勿論モルモットの件は彼も了承済みだよ?」

 

「なんであんな惨状に眉一つ動かさないんですか?

幽霊ですか?サイボーグですか?それとも、トレーナーを捕獲して薬で心身喪失状態にして操っている……

なんてのは、非現実的ですね」

カフェは自身の言葉の突拍子の無さに、口を噤む。

だが、あのトレーナーの無感情さは異質だった。

 

「サイボーグな訳無いだろぅ?、彼はさっき君と私の目の前で普通に食事をしたじゃないか。

幽霊か、どうかは……まぁ、正確には言えないだろが違うだろうね。

触れるし、壁もすり抜け無いし、何より昼間に姿を見せてる。

触れて、壁をすり抜けず、昼間に姿を現す幽霊なんて物がいるなら少々その定義は怪しくなるかな?

けど、ファンタジーやメルヘンじゃあるまいし彼は幽霊なんかじゃないよ。

見た目が『そう』っぽいからか、彼は偶にそう呼ばれるみたいだけどね」

タキオンがトレーナーのおいていった、プラスチックの蓋のついた紙コップを手に取る。

 

「薬の件も否定してくださいよ」

 

「いや、出来なくは無いから」

無論して無いよ、とタキオンが言葉を続ける。

 

「幽霊だなんだって、いう奴もいるが、彼はキチンとした人間だよ。

健康データを採取したから間違いはないね。

それに……」

 

「それに?」

 

「彼は基本無表情で、機械的に話すがかなり()()()()()所が有ってね」

手提げの中からタキオンがストローを探す。

 

「さっきの彼、眼鏡をかけてたろ?

うっすら色のついた奴」

 

「あ、はい」

 

「実はアレ、パソコン用のブルーライトカット眼鏡なんだよ。

かけたは良いけど、そのままかけてるの忘れたんだろうね。

彼は基本的に裸眼だよ。

ま、しょっちゅうだから気にして無いけど」

 

「ええ……」

さっきの鉄面皮のイメージが一気に崩れる。

タキオンがストローをようやく見つけ、小さく笑いだす。

 

「まだまだあるよ?彼のうっかりや、ミステイクは。

くっくっく、思い出したら笑えて来た!

この前、彼と実験をした時に――ぐぅへぇ!?」

突如ストローを吸ったタキオンが口を押えて倒れこむ。

 

「タキオンさん?!」

 

「これ、ハチミーじゃ……な、い」

タキオンの手からこぼれ落ちる紙コップの蓋が開き赤い細かな粒子がこぼれ落ちた。

 

「唐辛子?胡麻に、麻の実に……?」

 

「ああ、七味!それに一味をくわえて八味、ハチミーですね!」

 

「そういうんじゃ……ないんだよ……」

パタリとタキオンが倒れたと同時に、昼休憩の終了を知らせるチャイムが鳴った。

 

「あ、お昼……」

学園の厄介者とおかしな偽幽霊に巻き込まれて、カフェは昼食を食べ逃した事に気が付いた。

 

「トレーニング前に、なにか買おうかな」

なんだか疲れたカフェは倒れるタキオンに背を向けて歩き出す。

その最中、顔色の悪いさっきのトレーナーとすれ違う。

感情の読み取れない表情と黒い服装に、青白い顔が足されてより『幽霊』らしい見た目に変わっていた。

 

「確かに『幽霊』という、あだ名は彼にあってるのかもしれません。

今更だけど、本名の崩して読むと『ゴースト』が訛った様な感じになりますね。

けど――」

タキオンを置き去りにした方に、トレーナーの必死な声が聞こえて来た。

 

 

 

 

 

「タキオン!!どうしたのだタキオン!!何が、何が有った!?

暗殺か?事故か?通り魔か?

タキオン……タキオーン!!!!」

 

「こぉんのぉ!!バ鹿モルモットぉおおおお!!!!」

 

 

 

「なんだ、人間っぽい所も有るんですね……」

マンハッタンカフェは、タキオンのトレーナーの慟哭とその担当バの怒号を背中越しに聴きながら一人つぶやいた。

 




八味ー

赤め、辛め、強め

トレーナー君の秘密①
実は学園内で偶に迷子になる。
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