ガラスごしのVisions   作:ホワイト・ラム

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今回は少し、長くなり過ぎました。
書きたい話だったから、力を入れ過ぎましたね。


ウェルカムトゥホーム

「はぁ~……なんだか、暇だねぇ……

研究、研究でやって来たが少々飽きてしまったよ」

理科準備室のPC前の椅子でタキオンが、背もたれにもたれ掛かり伸びをする。

身体を伸ばし天地が逆転した景色の中で、扉が音もなく開く。

 

「やぁカフェ、君も実家に帰るのかい?」

現れた相手の手にぶら下げられた荷物を見てタキオンが首を持ち上げる。

 

「はい、レースの事やトレーナーさんの事など、実家の両親に話したい事も沢山ありますから」

 

「それなら選別に――」

 

「要りません」

タキオンが保管庫に目をやる瞬間、カフェの言葉が遮った。

 

「タキオンさんは実家に帰らないんですか?

お世話するトレーナーさんも大変でしょうし。

あの人にも予定があるのでは?」

 

「お盆に墓参りに行く位しか、聞いて無いね」

椅子の上で腕を組み、紅茶を口にする。

夏休み期間で食堂や風呂、洗濯の一式が止まっている中で、タキオンはなお小綺麗なまま過ごしている。

これは彼女のトレーナーの恩恵に他ならないだろう。

 

「つかぬ事を聞きますが、下着類はどうしてるんです?

ジャージや私服は当然、洗濯させてるとして、自分の使用済み下着まで洗わせているんですか?」

 

「え、えっふ!?えっふ!!」

飲んでいた紅茶が変な所に入ったタキオンが、椅子から転がり落ちる。

 

「げっほ、けほ……そんな訳ないだろ、流石の私もうら若き乙女なんだよ?

確かに服は洗濯してもらって、食事は作ってもらって、シャワーはトレーナー室の物を使っているが流石に自分の下着は自分で洗っているに決まっているじゃないか……」

呼吸を整えながらタキオンが話す。

 

「一応、羞恥心の様な物はあるんですね。

てっきり自分の下着まで洗わせているのかと」

 

「彼には私の下着類はデリケートだから洗濯機に入れる訳にはいかないと、言ってあるからね。

出さない事で不審に思われる事も無い訳だよ」

 

「小賢しいですね」

その時、トレーナーが部屋の中へ入ってくる。

 

「タキオン、洗濯が終ったから持って来た」

紙袋をタキオンに差し出すトレーナー。

 

「ああ、ありがと――う!?」

紙袋を見てタキオンが固まる。

ジャージや普段着、お弁当に紛れて自身の下着を見つけてしまった。

 

「こ、これは……」

 

「安心しろ、洗濯機は使わず()()()()()()しておいた」

その言葉を聴いた瞬間、タキオンの顔が真っ赤に染まる。

タキオンの態度のトレーナーの言葉を聞いて、何となく状況を理解するカフェ。

 

「結局洗わせているんじゃないですか……」

カフェの言葉を聞いてタキオンの顔が青く成り、次に赤く成る。

視線はグルグルと渦巻、口はパクパクと声に成らない声を出したと思えば、横一文字に結ばれたりもする。

 

「体調不良か?」

色の変わるタキオンの顔を覗き込みトレーナーが首を傾げた。

 

「だ、だいじょうぶさ、何も問題は無いとも、何も……」

油の切れた機械の様なぎこちない動きでタキオンがそっと、自らの後ろに紙袋を今更ながらに隠す。

 

「マンハッタンカフェも帰省するのか」

 

「はい、実家に報告もしたいので」

カフェの言葉に頷くと、トレーナーも一枚の手紙を取り出した。

葉書ではなく、キチンと封のされた物で封蠟までされている。

一目で『特別な物』だと分かる。

 

「タキオン、お前に手紙だ」

 

「私に?宛名は――ほぉ」

手紙を受け取り宛名を見た瞬間、タキオンが目を細めた。

 

「珍しいね、放任主義の実家からだよ」

タキオンがペーパーナイフを取り出し、中身に目を通す。

 

「トレーナーくぅん、私の実家に興味は無いかい?」

 

「無い」

 

「釣れない返事だね……

手紙の内容を要約すると、偶には実家に帰ってパーティーに顔を出せという事らしい。

先日の行方不明の件も合わせて社交界組にも無事な姿を見せろという訳だよ」

本当に面倒だ、とタキオンがボヤく。

 

「偶にの実家だ、楽しんで来い。

ご両親を安心させてやれ」

トレーナーの言葉にタキオンがきょとんとする。

 

「何を言っているんだい?君も来るんだよ」

 

「興味は無い」

 

「コレを気に、様々なパイプを作る事が出来るかもしれないよ?

私のトレーナーとも成れば、必ず注目されるハズさ」

 

「興味は無い」

尚も無表情でトレーナーが言い返す。

すこし、ムッとするタキオン。

 

「パーティのダンスに付き合えと言ってる訳じゃないんだ。

私の横でいつも通り無表情でいれば良いんだよ!」

 

「断る」

 

「つーいーてー来ーてーおーくーれーよー!」

 

「断る」

 

「今日は珍しく強情じゃないか?

一体何が不満なんだい?」

不機嫌を現す様に、タキオンが腰に手を当て口をとがらせる。

 

「畏まった場所は得意ではない。

ご馳走は魅力だが、話しかけられてはゆっくり食べる事も出来ない」

 

「あ、ご馳走は食べたいんですね」

事の顛末を見守ていた、カフェが呟く。

 

「ローストビーフは、俺の好物だ」

トレーナー言葉を聞き、タキオンがにやーっと笑みを浮かべる。

 

「おやぁ、それは残念だねぇ。

我が家は歴史は浅い家の分、こういったパーティーは盛大にやるんだ。

当然、来賓を持て成す料理にも力を入れているよ?

今、君が付いて来てくれると約束してくれるのなら、私からシェフに頼んで好きな料理を用意してもらおうじゃ無いか」

 

「……カラフルな、洋風のかまぼこは有るのか?」

 

「え、なんだい、それ?」

 

「テリーヌの事では?」

困惑するタキオンに、カフェの言葉が付いて出る。

 

「それだ!君が望むなら、斬る前の丸々一本を君に食べさせてあげるよ。

寧ろおみやげに10本程度、味が違うのを持たせてあげようじゃないか。

なに、君は会場の端で黙々と料理を食べていれば良いさ。

と言う訳で、私の実家のパーティーに来るかい?」

 

「行く」

トレーナーの返事を聞き、タキオンが満足気にうなづいた。

 

 

 

 

 

内封されていた新幹線のチケットの示す駅で降りると、ホーム内で執事服を着た老人が深々と頭を下げた。

 

「長旅ご苦労様です、タキオンお嬢様」

頭を下げる執事の後ろに控える2人のメイドも同じく頭を下げる。

 

「ああ、挨拶は別にいいよ、それより車は何処に止めてあるんだい?」

タキオンが声をかけ顔を上げた2人のメイドが目を見開く。

片方が数珠を取り出し念仏を唱えだし、もう片方が十字架を取り出し祈りを込める。

 

「いや、彼は幽霊じゃないよ!」

 

「執事とメイドか、久しぶりに見た」

トレーナーが言葉を発した事に、執事とメイド2人が大層驚いた顔をする。

 

「た、大変失礼いたしました」

3人が必死になって頭を下げる。

 

「夕飯はてりいぬが食べたい」

 

「照り、犬……ですか?」

 

「犬を調理?」

 

「照り焼きにした犬?」

執事とメイドが困惑した顔をする。

 

「テリーヌだよ、いや、これは、その、彼なりのジョークさ。

君達の行動をジョークと捉えて、彼なりに返したのさ。

私のトレーナー君はユーモラスにあふれる人物だからね!」

必死になってタキオンがトレーナーの言葉を取り繕った。

 

 

 

迎えに来たリムジンの中で、執事が感極まって涙を流しだす。

 

「お嬢様、ご無事で何よりでございます。

ニュースでの死亡事故を聞いた時、旦那様も奥様の大層、お悲しみに成られました。

私もお嬢様の無事な姿が見れて嬉しゅうございます」

 

「アレは、新聞社が悪いんだよ。

どこぞの別人を私と間違えて、最初は不確定情報だったハズがドンドン真実として独り歩きした結果さ。

無人島に流れ着いたが、彼のお陰でこの通り無事だよ」

成人男性がボロボロと涙を流す様をタキオンが困惑しながら見る。

 

「タキオンは皆に大切にされているのだな」

トレーナーがハンカチを執事に差し出す。

 

「一度は、退学の危機とさえ言われたお嬢様が、レースで輝かしい結果を出された。

そんなお嬢様の再度の悲報に涙を流さない者は屋敷におりません!

無論、その無事を喜ばぬ者もおりません」

受け取ったハンカチで鼻をかみながら執事が話す。

 

「…………」

執事の言葉をタキオンは冷めた眼で見ていた。

 

「トレーナー殿もご一緒と聞いていたので、旦那様も奥様も会えるのを楽しみにしておいででしたよ。

しかし残念ながら――」

執事が口ごもる。

 

「まさか、仕事が入った、とかじゃないだろうね?」

ジロリとタキオンが詰め寄る。

 

「お二人とも急なお仕事でして、なんとかパーティに間に合わせるとおっしゃられていました。

本日はパーティ会場で団らんを温めてくださいませ……

誠に申し訳ございません」

ペコペコと執事が頭を下げる。

 

「はぁー!呼びつけて置いてコレかい!あの両親は!

放任主義が過ぎるんじゃないかい!!」

まさかの自体にタキオンが怒りを露わにする。

 

「お嬢様、お屋敷につきましてにございます」

リムジンが音もなく止まると、メイドがドアを開ける。

 

「行くよ!トレーナー君!!

荷物は彼のゲストルームへ送っておいてくれ!」

いらだつタキオンが指示を飛ばし、のしのしと豪奢な庭園を進んでいく。

 

「お帰りなさいませ、お嬢様」

20人ほどのメイドと執事がタキオンを見て一声に頭を下げる。

その後ろをついていくトレーナーを見て、数人が数珠と十字を構える。

 

「生きてるよ!私も!後ろの彼も!」

苛立つタキオン後ろをトレーナーは幽霊の様に着いていった。

 

 

 

「お嬢様、お召し変えを、失礼ですが少々お召し物のサイズが合っていない様なので……」

 

「パーティの準備に取り掛かります、段取りのご説明とドレスとお化粧の準備を――」

屋敷に入るとタキオンはあっという間にメイドたちに囲まれる。

 

「トレーナー君、私は少し準備に時間が掛かるから、時間に成ったらパーティの会場で会おう」

メイドに囲まれながらタキオンが声を投げる。

 

「トレーナー様にはゲストルームでお待ち頂く事になります」

 

「了解した」

トレーナーもメイドに促され、タキオンと別れる。

 

 

 

 

約2時間後――

 

夕日が庭園を染める頃、続々とゲストが現れタキオンの実家では社交界が始まった。

巨大なシャンデリアが照らすホールの中を、ドレスの美女や上等なスーツの男たちがグラス片手に話しに華を咲かせる。

 

「いやぁ、此度のニュースには驚かされましたな」

 

「けど、無事で良かった良かった」

 

「レース界でも華々しい結果を出したと聞きましたからな。

危うくレース界の宝が一つ失われる所でした」

グラスを持つ指にはダイヤの指輪、腕に巻き付くのはブランドの黄金の時計。

煌びやかな会場をこれまた煌びやかな服装の男女が彩ていた。

 

そんな中――

 

「君、初めて見る顔だね?お仕事は何を?」

一人の中年が男に話しかける。

 

「トレーナーだ」

タダ一言そう話すと、料理の皿に向き直った。

 

「こんな物か」

トレーナーが自身の皿に、大量の料理を盛りその場を後にする。

欲しい物は粗方、皿の上に乗せた。

 

「………………」

皿を持ったまま、バルコニーに出る。

壁一枚を隔てた外は、一気に寂しい感じがした。

昼は美しく見えた庭園も、夜の闇の中でぎこちなくライトアップされ静まりかえっている。

 

「喰うか」

バルコニーの手すりに皿を置いて料理に手を合わせる。

 

「おやおや、明るいパーティー会場に背を向けて食事かい?

そんなに我が家の庭園が気入ったのかな?」

その言葉に、トレーナーが振り返る。

栗色の髪に良く見知った顔をした少女が、初めて見せるドレス姿でそこに立っていた。

 

「昼間の方が好きだった」

 

「くくく、それは残念だ」

その言葉に喉を鳴らして笑う。

 

「ねぇ、トレーナー君。

せっかくのパーティなんだ、一曲踊ってくれないかい?

それにせっかくのドレスなんだ、褒めてくれたって良いじゃないか」

 

「まだ、食べている途中だ」

フォークの先にローストビーフを刺し、口に運ぶ。

 

「はぁ、釣れないねぇ……

ある意味、今夜の主役は私と君なんだよ?」

 

「主役は、お前の両親だろう」

丁度会場に入って来た夫妻に会場の皆が駆け寄る。

どうやらタキオンの両親がやって来た様だった。

あっという間に、両親は人だかりに飲まれる。

 

「挨拶をしたいが、今は無理そうだな」

 

「誰も彼もが、お見知り置きに成りたくて夢中なのさ」

ニヒルに笑って見せる。

 

「ねぇ、トレーナー君。

実は昔から憧れてるセリフが有るんだ。

今夜ようやく、言うチャンスが出来た」

料理を食べるトレーナーの胸に飛び込み、顔をこすり付けて甘える。

 

「こんなくだらないパーティ、2人で抜け出さないかい?」

 

「そうだな」

その言葉を聴いたトレーナーは、フォークを静かに皿の上に置いた。

 

 

 

「ここ、ここー、この木だよ!

昔、私がかけっこをしてた時、脚がもつれてこの木に頭から突っ込んだんだ。

結局、頭を縫う事になったんだけど、執事や皆が一斉に頭を押えに来て怖かったねぇ。

だから未だに頭を触られるのは苦手なんだよ」

 

「そうか」

木を指でさし、熱心に話す様子をトレーナーが聞く。

 

「おいおい、せっかく私が幼少期の話をしてやってるのに、もう少しリアクションをしてくれても良いんじゃないか?」

若干不機嫌そうに話す。

 

「もっと、込み入った失敗談が聞きたいかい?

おねしょを何歳までしていたとか、怖いTVを見てひとりで寝られなくなったとか。

それとも――」

ドレスが翻り、再度トレーナーに体を預ける。

 

「今、私が抱いている君に対する感情とか……

ねぇ、知っているかい?実は私には許嫁が居るんだ。

将来その人と結婚する事が、赤ん坊の頃から決まってる。

今日、この会場に来ているかもしれないね。

家が大きくったって、なーんにも自由なんかじゃない……

こうしてみると分かるよ、君といる時が私の一番の自由だって。

だから私と――」

 

「それは、もっと相手を知ってから話すべき事だ。

()()()()()()()()に対して、思い切りが良すぎるぞ」

 

「は?」

トレーナーに抱き着く女が困惑する。

 

「こんな所に居たのか!

散々探したんだよ!」

トレーナーの背後、彼の担当バのタキオンが怒と共に姿を見せる。

 

「タキオン、すまない。

2人でパーティを抜け出すというのを、俺もやってみたかった」

 

「何してるんだよ、バ鹿モルモットは……」

たった今、走って来たタキオンがトレーナーの胸に居るもう一人の人物を見つける。

 

「何をしてるんだい、()()()?」

タキオンが不機嫌を示す様に耳を絞る。

 

「い、いやー、お姉ちゃん、タキオンのトレーナーさんがどんな人か気に成っちゃって……

化粧してドレス来て、声としゃべり方似せればバレないかなって?

ちょっと、からかっちゃいました!サプラーイズ!」

そう言って片目を閉じてウインクする姿は、確かにタキオンによく似ていた。

姉妹と言うのも本当だろう。

 

「けど、ちっとも騙されてくれなかった……ちょっと、ショック」

 

「フン!トレーナー君と私は長い間、連れ添った信頼関係があるのさ!

例え姿が似ていても、簡単に分かってしまうのさ!」

自身を見分けたトレーナーに対して、タキオンが誇らしい気持ちで胸を張る。

 

「ドレスと化粧で多少、雰囲気が変わっても俺がタキオンを見間違うハズがない。

この前、OL風のスーツを着て公園で中学生の子供と遊んでいる時も直ぐに分かった」

 

「そっちは私じゃないねぇ!!」

 

「違うのか!?確かにウマ耳も尻尾も無かったし、タキオンより大人びていた気がする。

ならば、コ■コ■コミックを読んでいた、あのダウナー系のお姉さんは一体?」

 

「知らないよ!!」

珍しく戦慄に目を見開くトレーナーにタキオンが叫ぶ。

 

「彼に余計な事、話して無いだろうね?」

ジロリとタキオンが姉を睨む。

「えっと、昔タキオンに許嫁が居た事、位しか話して無いわよ?」

 

「なっ!?そんなとっくの昔に立ち消えた話をしたのかい?

私がまだ5歳にも満たない時の話だろ!!

第一、私は相手の顔も名前も知りはしないんだよ?」

突然の姉の言葉にタキオンが動揺する。

そして、同じく動揺しているであろう自身のトレーナーの顔を伺う。

 

「タキオン、許嫁が居たのか。

偶然だな。俺にも昔は許嫁が居た」

 

「いや、嘘ついてまで張り合わなくて良いよ……」

トレーナーの予想外の言葉にタキオンが、脱力する。

 

「君は本当に嘘が下手だなぁ……

さっきのパーティでも思ったが、腹芸は本当に向いて無いね」

 

「腹に顔をかいて踊るアレか?」

 

「君だとそう受け取るのは何となく理解出来てたよ……」

 

「あはは、タキオンのトレーナーさん面白い」

姉が指をさして笑う。

 

「はぁ、君達の相手をするとドッと疲れるよ……」

 

「タキオン、照り焼き犬をまだ食べて居ない。

会場に戻りたいが、道が分からない。

案内してくれ」

 

「テリーヌだよ!なんで、遠ざかって行くんだい!!

ほら、さっさとついて来な!」

ドレスの裾を持ち上げ、小走りで走り出す。

 

「タキオン、今夜のお前はキレイだ」

 

「なんで、今言うんだい!?」

 

「せっかくのドレスだから、褒めろとお前の姉に言われた」

 

「あー、はいはい、受け売りね。

そんな事だろうと思ったよ」

ため息を吐いてタキオンが先を行く。

 

「あー、ダメダメ。トレーナーさん、そこはちゃんと本心だって嘘でも言わなきゃ」

 

「そうなのか?」

背後から聞こえてくる会話にタキオンが頭を押さえる。

 

 

 

 

 

メインホールに入ると、中はライトが消され薄暗くなっていた。

 

「どうやら、メインのイベントに間に合った様だね」

タキオンが胸を撫でおろした。

 

「それでは、本日はアグネスタキオンのヴァイオリンでの一曲で締めと成ります」

進行役がようやく、戻って来たタキオンにスポットライトを当てる。

タキオンに巻き込まれ、自分にもライトが当たったトレーナーが目を細める。

 

「ただいま、ご挨拶に預かりました。アグネスタキオンです。

生きていますよ?この通り、脚もちゃんとついて居ます」

スカートの裾を上げるカーテシーをし、足先を皆に見せる。

会場に小さな笑いが起こる。

 

「宴もたけなわ、稚拙ながら私のヴァイオリンでお開きといたしましょう」

進行役がカートに乗せて、いくつかのヴァイオリンを持ってくる。

タキオンはその中で、自身に合う物を選び持ち上げ、弓を弦に乗せた瞬間――

 

「トレーナーは弾かないのか?それに彼の紹介も無いじゃないか」

観客の中から声がする。

それはさっきトレーナーに話しかけた男だった。

 

(誰かは知らないが、トレーナー君に恥をかかせる気か……

それもそうか、走らないハズのウマ娘である私が走った事で、皆の中での私の順位が揺らいだ。

私を手にする為、もっとも邪魔なのはトレーナー君だ。

結果は十分残した、ならば、故障前にそのトレーナーには静かに消えて貰うだけってワケか……)

タキオンが内心で舌打ちする。

一体どうやって彼をこの場から逃がそうか、頭を巡らせると――

 

「お耳汚しになりはしますが、リクエストならば。

この一曲を私の自己紹介の代わりとさせていただきます」

ずいっと、トレーナーがスポットライトの中に姿を見せる。

まさかの行動にタキオンが目を見開く。

 

「タキオン、一挺ほど借りて構わないか?」

タキオンの選ばなかったヴァイオリンの中から、自身の体格に合う物を選び持ち上げる。

 

「か、構いません、が……」

成れない敬語を使う前で、トレーナーが弦を指ではじき、弓を見る。

そして、眼を閉じ弦に触れた瞬間――

 

「――、――、――、」

タキオンが目を見開いた。

いや、タキオンだけではない。

会場の皆が、驚き目を見張った。

それほど、までにその曲は美しく、儚く、神聖な物に聞こえた。

 

「っ」

一瞬、意識が飲まれたタキオンがトレーナーの演奏に続く。

続くというより、追いすがると言った方が正しい。少なくとも弾いているタキオン本人にはそう感じた。

それほどまでに、トレーナーの奏でる音は別物だった。

 

それは聞いた者の耳を楽しませる音。まさに音楽。

 

それは心の迷宮の深部に入り込む音。まさに魔曲。

 

それはその名を決して忘られない音。まさに名曲。

 

予定にすらなかった小さな余興は、一瞬にして会場皆の心を掴んだ。

 

弓を緩やかに動かしていた指が弦を摘まみ『ピン』と鳴らす、ピチカートと呼ばれる奏法で曲の終わりを告げる。

夢の様な、幻の様な、しかし確かにそこに在った空間が消失した。

 

観客に向けて、トレーナーが深々と頭を下げていた。

それに気が付きタキオンも、慌ててお辞儀をした。

 

 

 

パーティも終わり、部屋で着替えを済ませたトレーナー元へタキオンが姿を見せる。

「いやー、君がまさかヴァイオリンの演奏まで出来るとは思わなかったよ」

 

「昔、母に習わされた物だ。

俺自身も気に入って、夢中で練習した物だ」

少しだけ誇らしげにトレーナーが話す。

 

「人は見かけに寄らないねぇ……」

しみじみと話すタキオンの前でトレーナーがカバンを背負う。

 

「ん?何処に行くんだい?」

 

「祖母の家だ。墓参りを手伝うと約束してある。

今出ないと、寝台車に間に合わない」

トレーナーが壁の時計を指さす。

 

「な、今から!?今から行くのかい!?」

 

「タキオンの実家が、祖母の家の途中に有って良かった。

少々時間は厳しいが、何とか成るだろう。

ではタキオン、休み明けに学園でまた会おう」

 

「待ちたまえよ!私を家に放置する積りかい!?」

 

「世話なら執事がしてくれるだろ?」

トレーナーがドアに手を掛ける。

 

「私も行こうじゃないか、君だけが私の実家を知ってるなんて不公平――

いや、どうせならこの休み楽しもうと思ってね。

君の祖母の家とやらへ連れていっておくれよ」

 

「何もないぞ」

諦めさせるような、意図を込めるトレーナー

 

「君が居るじゃないか。

私にはこの家より、君の傍が居心地が良いのさ。

さぁ、そう決まれば旅行の用意しなくてはね。

安心しておくれよ、遅れた分は執事の誰かにリムジンで駅まで送らせるから」

タキオンはマシンガントークで言い切ると部屋を凄まじい勢いで出て行く。

 

「仕方ないか」

半場諦める様にして、トレーナーが部屋を出る。

扉の前で一人の男と出会う。

 

「タキオンのお父様ですね」

トレーナーの前の相手が小さく笑みを零し、手に持った酒瓶を見せつけて来る。

これから一杯付き合えと言いたいらしい。

 

「いいえ、残念ながらこれから父方の祖母の実家に向かう予定が有ります故、失礼させていただきます。

ご挨拶遅れ、大変失礼いたしました。

改めて、ご挨拶させていただきます。

アグネスタキオン専属担当トレーナーの『牛頭 灯』です。

以後、お見知り置きを」

一枚の名刺を差し出し、トレーナーはその場を後にした。

 

 

 

タキオンの父親が、自室の本棚を開く。

そこに収められていた家族のアルバムを取り出しページをめくる。

そして、一枚の写真を見つける。

 

「お父様ー、昔タキオンの許嫁と撮った時の写真ある?

直ぐ相手の家が潰れちゃって、無くなったアレ!

あ!それそれ!お父様ナイスー!」

タキオンの姉がアルバムから取り出した写真は、ようやく歩き出したばかりのタキオンとそれを支える小学生くらいの笑みを浮かべた男の子が写っていた。

裏にはその日付と2人の名前が書いている。

アグネスタキオンと牛頭 灯と。

 

「…………」

タキオンの父が小さく何かを呟いた。




最終回じゃありません。
まだ続きますよ。
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