重い上に長い長い……
プシュー……
機械音と小さな揺れが、眠りの中にいたタキオンの意識を揺り起こす。
寝台列車の外を見ると、今ようやく朝陽が山の向うから顔を出し始めたばかりだった。
寝ぼけ
ピピ……
5時丁度に携帯のアラームが鳴ると同時に、トレーナーが起き上がる。
「起きろタキオン、終点だ」
パチリと目を開け、同乗者に声を投げる。
「君はずいぶん寝覚めが良いんだね」
タキオンが先に起きていたことに、トレーナーが小さく驚く。
「降りるぞ」
「分かったよ」
2人は人もまばらな駅の構内に降り立った。
「んー、私の実家の最寄り駅から一本で来れる、とは言ってもずいぶん時間がかかったね」
背伸びをして強張った体を解す。
「まだ到着ではない、ここからバスを使う。
が、今のうちに朝食を買っておく」
トレーナーが視線を投げる先に、一件のコンビニがあった。
この先にはもうない、とトレーナーが付け加えた。
「いやー、何も無い田舎だなんて言うがコンビニが有るじゃないか。
これさえあれば、大体の物は揃うというのに、君は大げさだな」
トレーナーの買い物かごに、タキオンが菓子パンと紅茶を入れる。
「飲み物を重点的に買っておけ、時間はまだかかる。
紅茶は水分補給に向かない、スポーツドリンクを買っておけ」
そういって、トレーナーはタキオンの入れたペットボトルをつかむ。
「おいおい、私がウマ娘であることを忘れたのかい?
君の感覚で話されても、比較対象にすらなりはしないさ」
自信たっぷりにはっはっはとタキオンが笑う。
「ぜー、はー、ぜー、はー……ま、まだ着かないのかい?」
山の中、タキオンが息も絶え絶えに、必死でトレーナーの後をついていく。
「まだだ」
「か、かれこれ、一時間近くは歩いていないかい!?」
あの後、駅からバスに乗り山の麓まで、約1時間。
ここがそうなのか、と油断したらトレーナーが山をかき分け初めて、さらに1時間が経っている。
「山を迂回するならば、平坦な道だが所要時間がさらに1時間ほど追加になる。
初めて来る人間であれば、迂回ルートを使うがタキオンはウマ娘。
問題は無いと判断した」
チラリと振り返ると、再度山の中を泳ぐようにかき分け進みだした。
「私は芝を走ってるから山道は、得意じゃないんだよ!」
付け加えるなら、今着ている服はトレーナーの実家の両親の心象を良くする為に、メイドに見繕わせた物。
当然ながら、山の中を歩くのに適してはいない。
何とか開けた場所に出ると、カバンからペットボトルを取り出す。
しかし、中身はもう既に空になっている。
「新品ではないが、飲め」
察したトレーナーが戻ってきて、半分ほどになったスポーツドリンクを差し出す。
「……貰うよ」
飲み口に口を付けたとか付けてないとか、普通の状況なら気にするだろうが、今はそんなこと一切気にしている余裕などタキオンに有りはしなかった。
「んぐ、んぐ……」
水分を求めて、ペットボトルの中身を一気に空にする。
「そろそろ、着く。がんば――」
言葉の途中でトレーナーが、何かに反応する。
「どうしたんだい?」
トレーナーがタキオンを守るように、手を広げ自身の影に隠す。
耳を澄ませれば何か聞こえてくる。
植物が揺れる音、地に落ちた枝が踏み砕かれる音、そして何かの息遣い――
「…………べあぁ」
トレーナーとタキオンのすぐ目の前の藪かから黒い熊が姿を見せた。
黒い瞳が2人の姿を捉える。
「べあぁ…………」
4つ足だった熊が、後ろ足で立ち上がり威嚇行動をする。
「く、くくくくくくま!?」
「珍しいな」
タキオンがパニックに陥る。
熊という動物は知っているが、実際に目の前で見るとかなりの衝撃だった。
思ってみれば、ここまで近距離で自分より大きな生き物など見たことはなかったかもしれ無い。
「タキオン、対閃光用防御だ」
「光るから、目を潰れって事だね?」
熊と対峙したトレーナーが意識を集中させ始めた時――
「ムゥウゥウ……!」
「べぇあぁああああ!?」
野太い別の動物の声がして、熊が地面に倒れる。
その背中には、巨大な蹄で背中が押さえつけられていた。
「な、なんだい、アレ?」
タキオンの困惑など他所に、その巨大な生物は押さえつけた熊に顔を近づけ、背中の毛をむしり始めた。
「ムゥウウ……」
「ベ、べあああああ!!!」
ぶちぶちと容赦なく、毟られる毛に熊が悲鳴にも似た声を上げる。
「ひぃいいいい!!!」
目の前で起こるスプラッタに、タキオンがトレーナーにしがみつく。
熊も、熊を食うこの謎の生き物も、人気の無い山も全てがタキオンのとって恐怖でしかなかった。
「タキオン、安心しろ。ハナコは大人しい牛だ」
「う、牛!?」
トレーナーの言葉に改めて、巨大生物を見ると確かに頭に2本の角に、体に白黒の模様をしていた。
おまけの様に首には小さなカウベルが申し訳程度に揺れている。
「あ、ありえない!?だ、だってどう見みても3メートル近くあるじゃないか!!」
「ハナコは、体が大きいだけで普通の乳牛だ。
悪戯好きで熊を見ると全身の毛を毟るのを止められなくなる。
そのせいか、村で熊を見ることは滅多にない」
「べ、べやぁああああん!!」
全身の毛を毟られ、パンダみたいな姿に成った熊が這う這うの体で山の奥へと逃げていく。
「むぅぅぅう」
どこかやり切った顔をした牛が鼻息を吐く。
「ハナコ」
「むううう!」
トレーナーの言葉に反応したのか、足元にいた彼に顔を近づける。
巨大な顔にトレーナーが抱き着く。
「今、帰ったぞ」
「むぅうう!」
ハナコの背後で、小さな木がなぎ倒された。
おそらく尻尾を振ったのだろう。
どぅすん
小さく地面がが揺れ、ハナコが座る。
「タキオン、さっきのペットボトルを」
「あ、ああ」
タキオンから空のペットボトルを受け取ると、ハナコの腹のほうへ小走りで歩いていく。
そして――
「故郷の味だ」
トレーナーがペットボトルに入った牛乳を飲み干す。
「…………」
何か言いたそうな顔をして、タキオンがうまいうまいと牛乳を飲み干すトレーナーを見る。
「タキオンも――」
「要らない、要らない!どーみても牛じゃないよ!
明らかにクリーチャーだよ!!よく、そんな生物の母乳を飲めるね!」
「熊は逃げた。おそらくだが、村に帰るのだろう。
乗せて貰うぞ」
座ってるハナコの背中にトレーナーがよじ登る。
「タキオンも来い、移動が楽になる」
そう言って手を差し出してくる。
「わ、分かったよ」
いろいろと言いたい事はあるが、それでも楽になるの言葉に釣られて、巨大牛の背に乗る。
「ハナコ、頼むぞ」
「むぅぅううう」
トレーナーが声をかけると唸るような声を上げ、地面を揺らし、いくつかの木をなぎ倒しハナコは歩きだした。
「へぇ、ここが君の実家かい?思った以上に、田舎くさい所なんだねぇ」
ハナコから降りたタキオンが、田舎のあぜ道を歩いていく。
あるのは古い家と田んぼ、小川、道を歩く鶏などの動物たち。
「実家の定義による。ここは父の両親の家がある場所だ。
幼少期は俺も住んではいたが、最も長く住んでいたのは都会にある父の建てた家だ。
だが――『
珍しく、トレーナーにしては非常に珍しく、その声には楽しそうな感情が滲んでいた。
「ふぅん?小さい頃に、両親の都合で引っ越したパターンか」
「過不足なく、その説明であっている」
その時、田んぼの中から老婆が走り出てくる。
「おお、アンタかい!良く帰って来たんだね!!」
麦わら帽子に日焼けした肌、手に持つのは鎌、背負うのは大量の野菜。
老婆はトレーナーの顔を見て、ニヤッと白い歯を見せつけて来た。
「祖母だ」
トレーナーが一言呟く。
「あ、はじめまして、私は――」
出来る限り、ネコを被ってタキオンが口を開く。
「言わなくても分かるよ!
アンタ、孫の連れて来た嫁だろ?」
タキオンの言葉を遮って、老婆が笑いだす。
「え、嫁じゃ――」
「いやー、別嬪さん捕まえたねぇ!流石、アタシの息子の息子だよ!
若くて良いウマ娘じゃないか、えーとこっちの方は……」
そういってしゃがんで、タキオンのトモを撫で始める。
「いい!?」
「あー、ちょっと細いね……脆い……いや、そうでも無い、か?
あんまり、見ないタイプだねぇ」
ブツブツと顎に手を当て、何かを考え始める。
「トレーナーくん、少し聞きたいんだが君の父親の職業って、もしかして?」
「トレーナーだ」
伺う様な視線を投げるタキオンに、平然とトレーナーが答えた。
「ほら、孫も嫁も突っ立って無いで、さっさと家に行くよ。
いろいろ頼みたいことが、溜まってるんだよ」
祖母が二人を伴って、あぜ道を歩き出す。
(なんというか、嵐の様な人なだねぇ……)
口を開けば、常にマシンガントークの老婆にため息を吐いた。
「帰る途中までに適当に好きな野菜を買って来な!
夕飯はカレーにするよ」
先を行く老婆が声を上げる。
「了解した。タキオン、もう少し歩くぞ」
いうやいなや、トレーナーが老婆とは違う道を歩きだした。
「買い物?商店に行くんだね」
山の中を出て、歩き安くなった道をタキオンが駆ける。
「せっかくの夏だ。夏野菜を中心に買う。
タキオンは何の野菜を入れたい?」
川の傍を歩きながらトレーナーが尋ねる。
「夏野菜カレーかい?トマトは必須としてナス、コーン、オクラ辺りじゃないか」
「とりあえず、トマトだな。丁度良かった」
その言葉と共にトレーナーが川の傍で立ち止まる。
足元の太い杭に結ばれた紐を手繰り寄せ始める。
紐の先は川の中、水音を上げて穴の開いた鉄のバケツが出てくる。
「4つ、いや6つほどだな」
バケツの中から、艶の良いトマトを6個取り出す。
近くの空き缶の中に、100円を6枚入れる。
カバンの中からビニール袋を取り出し、トマトを入れていく。
「歩いて腹が減っただろ、食え」
トレーナーがよく冷やされたトマトをさし出す。
「直接、食べろって?ドレッシングはおろか、塩も無いのにかい?」
タキオンの言葉を聞いてトレーナーがトマトに食らいつく。
みずみずしい真っ赤な果肉が弾ける。
その様は、無言で「美味いぞ」と言っていた。
「ふぅ」
半分ほど食べ終わると、一息つく。
「食うか?」
ビニール袋から新しく、もう一個取り出す。
タキオンは無意識にトマトに噛り付いていた。
「おいしい、じゃないか!!」
「次に行く、祖母を待たせたくはない」
トマトの美味しさに目を輝かせるタキオンを伴い、再度歩き出した。
川の傍は無人販売所の集合場所だったようだ。
木や標識、地面に打ち付けた杭に紐が結ばれ、川の中に垂らされている。
その先は何らかの入れ物に野菜が冷やされている。
近くを見れば同じように、空き缶があり100円を入れるように成っている。
「美味い」
「おいしいねぇ」
トレーナーがキュウリを、タキオンが人参を齧りながら、次々とビニール袋に野菜を入れていく。
「スイカも欲しい。
タキオン、運んでくれ」
最後に川から小玉のスイカを取り出す。
「うーん、冷えてるねぇ」
ひんやりとした冷気と、中身が詰まっている重さにタキオンの期待に胸が膨らむ。
今日食べたどの野菜も、実家で食べる高品質の料理に負けな美味しさがあった。
古ぼけた家の扉を開けて、二人が入っていく。
「ただいま」
「お邪魔します」
トレーナーに促され、台所に行くと既に祖母が料理をしていた。
「ずいぶん、買ってきたね。
そこ、置いておいておくれ」
「祖母よ、タキオンの家のお土産で、てり、てり?てりやき……洋風カマボコを貰ってきた」
「ああ、テリーヌかい。アンタ昔食べて気に入ったって言ってたね」
チラリと受け取ると、部屋で休んできなと2人を追い返す。
僅かに軋む音のする廊下を歩き、突き当りの部屋を開く――
「適度に風通ししてくれたようだな。懐かしい」
「ほぉう、ここが君の部屋か」
タキオンが部屋の中を見て回る。
「珍しいものなど、何も無いぞ」
「そんなことは無いさ、私は初めて見る部屋だよ」
タキオンが興味ありげに部屋の中を物色する。
子供服の入った箪笥、野球のボールとバット、そして帽子が置かれた使った勉強机。
本棚は数冊の絵本と昆虫、動物、植物の図鑑が並んでいた。
「トレーナー君、君の卒業アルバムは無いのかい?」
今まで知らなかったトレーナーの中を覗き込んでいる様で、タキオンは楽しくなってしまう。
「無い。そもそもこの部屋は――」
カシャーン
タキオンが触れた時、何かが床に落ちた。
それは古い時計だった。
「これは?」
タキオンが落ちた懐中時計を見る。
壊してしまったのか、動いていない。
「それは父の遺品だ」
「君の……父親の……」
レーナーの言葉にタキオンが強張る。
決して聞き流すことの出来ない重すぎる言葉に、タキオンが押し黙る。
「ここへ来た理由は、君の祖母の行く墓参りに付き合う為だったね……」
「ああ、祖父と父の墓だ」
「…………」
タキオンは沈黙した。
トレーナーの実家を見てみたい。そんな軽い気持ちで来た自分に罪悪感を感じた。
意図せぬ内に、知らず知らずのうちに彼のデリケートな部分に、触れてしまっていた。
「ご、ごめんなさい、壊してしまった……」
震える手でタキオンが止まった懐中時計を見せる。
亡くなった父との思い出の品、それを壊してしまった。
手先が震える。
「いや、この時計は随分、昔に壊れてしまっている。
タキオンが壊した訳ではない」
安心させるように優しい声色で、トレーナーが説明する。
「この時計は俺がこの家に来る時に、父が持たせてくれた物だ。
父はこの家で生まれ、都会に行きトレーナーとなった。
そこで母と出会い俺が生まれ、仕事が軌道に乗り時間に追われる様になった両親から、ここで暮らす様にと言われ、その時持たされた物だ」
「…………」
どこか遠い過去を思い出す様な目。
タキオンが初めて見る目をしてトレーナーが語る。
「決して悲劇的な部分など、無い。
祖母や村の住人は良くしてくれたし、偶に呼ばれ両親との時間も過ごした、この場所でも沢山の思い出もある。
そんな中で、ある日貰った時計が壊れた。
ただ、それだけの事だ。
お前は何も気に病むことは無い、もう随分昔の事だ」
トレーナーが語り終わる。
「やっぱり、大切な物――」
「アンタら!夕飯が出来たよ、早く来な!!」
祖母の呼びつける声が聞こえた。
「行くぞタキオン、祖母はあれで気が短い」
壊れた懐中時計を机の上に置いて、トレーナーが部屋を後にする。
「昔の事、か。大切に仕舞ってた癖に……」
チラリと時計を見て部屋を後にする。
「うーん……寝れない」
深夜、タキオンが起き上がる。
夕飯を食べ、風呂に入り、扉を開け放った客間に広げられた蚊帳の中に2組の布団。
隣ではトレーナーが寝息を立てている。
「朝、変な時間に起きたせいでも、慣れない場所だからでも、夕飯を勧められるまま大量に食べたからでも、田舎の生き物の五月蠅さのせいでも無い……」
心がモヤモヤするからだと、起き上がったタキオンが蚊帳の外へ出る。
「おや、嫁じゃないか。都会の娘にゃ田舎の夜は五月蠅すぎるかい?」
縁側で老婆がうちわ片手に、庭を見ていた。
「嫁じゃない、です」
「ほぉん?ウチの孫は嫁じゃない娘っ子を、自分の田舎に連れてくるのかい?
それに旦那でもない男と同じ部屋で寝るなんて、都会の娘は怖いねぇひぇっへっへっへ!!」
いじわるな笑みを浮かべて笑う。
「…………」
タキオンはそれに対して黙る。
この老婆はどうにも得意には成れそうに無い。
「あの子は、随分暗く成った……いや、空っぽに成ったというべきかねぇ」
老婆が星を見ながら、ぼそりと呟いた。
「昔ッから、落着きの無い子でねぇ。
学校サボって、虫取り網を片手に山の中、入って行って傷だらけで帰ってくる……たまに、山の中に泊まって帰って来ない時も有ったかねぇ?」
くくくと喉を鳴らし笑う。
「…………」
いくらか、思い浮かぶ事はあった。
人、一人抱えて平然と泳いだり、キャンプ好きだったり、山の中を自由に歩いていたり――
だが
「
学問必須のトレーナー業、自然の少ない都会での生活、先日見せた見事ヴァイオリン演奏。
今のトレーナーの姿と過去の話がどうしても、かみ合わない。
まるで別々に2人の人間を人生を混ぜたかの様な、ひどくチグハグな情報たち。
「タキオン、ここに居たのか。
居ないから心配した」
後ろから掛かる声に、タキオンが振り返る。
「ひっひっひっひ!嫁イビリしてるのを見られちまったね!」
祖母が声を出して笑う。
「明日は、朝から墓参りだ。
眠っておけ」
トレーナーがタキオンの手を引く。
「アンタ等、明後日はまだコッチにいるんだろ?
アタシの用事に付き合いな!因みに拒否権は無いよ」
祖母が楽しそうな、如何にも何かを企んでいます。という顔をしながら2人に確認する。
「ええ、構いません……」
出会ってばかりだと言うのに、嫌な予感が断ち切れないタキオンがぎこちなく返事をする。
「用事とは何だ?」
「そりゃ、決まってる。人生の一大イベントさ」
孫の問いに対して、にししと笑みを零して祖母が言う。
翌日――
トレーナーの祖父と父の墓参りを終えた後――
大きな白い箱の前で、坊主が木魚を叩く。
部屋の中には線香の香りが立ち上り、送られゆく者への手向けとなっている。
「かの者の旅立ちが安らかなる物で有ることを、祈りそして――」
お経を読み、祈りを捧げ
部屋の中には、喪服のトレーナーと制服姿のタキオンが正座をして事の顛末を見ている。
「はい、では此れにて、葬儀は全て終了となります」
お経を読み終わり、生前の思い出を語り、すべての段取りが終わった坊主に、トレーナーがお布施を渡す。
その言葉を聞き、部屋の中の人間にお茶と菓子を出し、しばらく談話の時間を作る。
時が経つにつれて、一人また一人と葬式会場であるトレーナーの祖母の家を後にする。
「…………」
タキオンが棺桶の中で、横になるトレーナーの祖母を見下ろす。
「ふぅ、動けないってのは、思った以上に苦痛だね!」
祖母はパチリと目を開けて、起き上がる。
「生前葬なんて、初めて見たよ……」
「嫁、人は何時か死ぬもんさ。むろんアタシもね。
けど、アンタらは都会で帰ってくるまでに時間が掛かるだろ?
だから、慌てなくても良いように、今葬式をしておいただけさ」
死装束のまま、葬式饅頭を食べ始める。
「親は絶対、子供より先に死ぬ。
それはルールなんだ、それを破るのはとんでもない親不幸者さね」
チラリと部屋の隅の仏壇に飾られた、写真を見る。
「息子はコロっと逝っちまったが、孫のアンタは直ぐに来るんじゃないよ?
むろん、息子の嫁のアンタもさね!」
祖母がそういうが、トレーナーの顔色は良くない。
「ほら、バカ孫!しゃっきりしな!
夕飯はアンタがお土産にもらったテリーヌ切ってやるから」
葬儀が終わっても、トレーナーの顔は暗いままだった。
翌朝――
「祖母よ、そろそろ帰る」
昨日より持ち直した、トレーナーが告げる。
「ああ、そうかい、そうかい。
んじゃ、2人とも達者でな。
東京帰ったら、高そうな菓子をありったけ送っておくれ。
高い給料貰ってるんだ、ケチケチするんじゃないよ!」
未だに頭に三角のアレを付けたまま、祖母話す。
「了解した。
賞味期限を考え、半年分ほど送る」
「ほい、アタシのリクエストだよ」
祖母が一枚の紙を渡し、トレーナーがそれを確認する。
手からこぼれ落ちると回転しながら、ながーいリストが地面を転がる。
「オイ、モヤシ娘」
「はぁ、なんだいお婆様?」
トレーナーが紙の内容を見ている時、祖母がこっそりタキオンに耳打ちする。
「孫は今は根暗で無口な暗いヤツに思えるかもしれないが、本当は明るくて楽しいヤツなんだよ。
イヤに成る時もあるかもしれないが、根気よく接してやっておくれ」
「彼が明るいヤツって評価は無理があるが……
彼は私のトレーナーだからね、手離したりはしない積りですよ」
「ふーん、それを聞いて安心したよ。
所で早く、ひ孫の顔が見たいんだが、子作りはいつの予定だい?
老い先短いから、なるべく早めに頼むよ」
「しないしないしない!!全く!!嫁じゃないって何度言えば分かるんだい!!」
「あっはっはっは!アンタは本当に可愛いリアクションをするねぇ!!
アタシはね、近所の奴らにアグネスタキオンが義理の孫に成ったって、吹聴したくて仕方ないのさ」
ケラケラと笑いながら言う。
だが、その笑い声がピタリと止まる。
「相手が何を持ってるかじゃない、金や社会的地位なんぞ気にせず、好きだから一緒に居たいヤツと一緒になるのが一番さ。
大人になると、それが出来なくなるもんさね。
アンタにはまだ早い話かね?」
急に真面目なトーンで話しだし、タキオンが困惑する。
「それは――」
「オイ、バカ孫!そろそろ、出なきゃ電車の時間に間に合わないよ!
遅刻なんて、社会人のマナーとしちゃ最低の行為だよ」
「わ、分かった、すぐに出る」
懐になんとか巻き取った紙を仕舞いながらトレーナーが祖母の家を出る。
「…………」
家の入口、トレーナーが立ち止まる。
タキオンは、その意図を直ぐに理解した。
別れが寂しいのだ、生前葬をしてその気持ちがより、実感として感じているのだ。
「しばらく、耳を閉じておくよ。行ってくると良いよ」
その言葉に弾かれるように、家の中にトレーナーが走り出す
「バアちゃん、俺――」
トレーナーが何かを話す声をタキオンは約束通り、耳に手を当てて音を遮った。
「ふっ、誰かに押されないと、自分の気持ちもわからないなんてね。
とんだバ鹿モルモットだよ」
タキオンがポケット古びた懐中時計を取り出す。
その時計は、正確に時を刻んでいる。
「徹夜で直したんだ、帰りの電車の中でせいぜい驚いてもらうよ?」
くくくとタキオンも笑う。
朝方だというのに、どこかでヒグラシが鳴いている声がした。
今年の夏ももう終わりだろう。
夏の物語が随分長くなってしまった……
まぁ、現実の夏も最近長いし、ある意味リアリティ。