相変わらずの亀スピードですが、気長に待ってくださると幸いです。
「――こちらが、今秋に発売されたばかりの最新モデルでして、基本的な機能は全て入っておりまして、中でもデータ容量が以前より大幅に増加しておりまして、具体的なギガ数ですと1080ギガになっており、これだけあれば写真と動画をたくさん撮りたいというご要望に適しております」
黒い制服を身に纏った太った人物が饒舌に、熱く語っている。
テーブルを挟んで向かい合うのはタキオンのトレーナーその人。
制服の人物――店員がそれはもう熱心に熱心に商品とサービスの説明を続けていく。
その様をトレーナーは真剣な表情で、時折頷きながら聞いている。
「今ですと、携帯を入れる為の容器も格安でサービスいたします。
なんとコレ、お米を炊く事が出来る機能も付いた携帯カバーでして、可愛い柄が大人気なんですよ」
べっぷりと太った店員がはぁはぁとひどく興奮した様子で、次々と商品を紹介してくる。
「本体もそうですが、今夏に発売されたばかりの周辺機器も非常に良いものがそろっておりまして。
スマフォを置くだけで充電が出来る時計がおすすめですよ。
一見、ただのデジタル式の置き時計ですが、先ほども言ったように上にスマフォを置くだけで自動充電が開始されます。
更にこれもコード式で、電池切れの心配が無く何時でも時間が確認で出来ますよ?
万が一電源が切れても安心です、内部電源内臓でさらに電波時計となっている為、充電が完了しだい現在の正確な時間が表示されます。
目覚まし機能、西暦、月、日時、秒単位での時間表示、曜日の表示に更に現在の湿度と温度、緯度経度まで表示、極めつけは世界時計機能でして、国を指定すれば今そこが何時かまで分かるんですよ。海外に旅行してもこれさえ持っていけば安心して時間が確認できます。
これ、私の一押しです」
「そうか」
ヒートアップする店員に対するトレーナーの態度は何時もの様に平坦だ。
平坦なのだが、何処か困っている様に見えるのは気のせいではないだろう。
「せっかくですから、機能以外にも出来る事がありますよ。
ひと昔前に若い女性の中で流行った、携帯をデコレーションする文化。
それを会社の方でやってしまおうというプランでして、本体の形は共通ですがカラーリングの変更といくつかのパーツを追加する事と、本体のガラス部分を強化ガラスに変更、さらに前もってデザインを頂いてお時間が有れば文字通り世界に一つだけのオリジナルデザインを作る事が可能です。
世界に一つとなると、心配なのは当然修理の時ですよね?しかし安心してください!
その件もこちらの専用修理プランに加入して頂ければ――」
「どうだい、良い機種は見つかったかい?」
背後から、他の機種を見ていたタキオンが姿を見せる。
そしてトレーナーの目の前にうず高く置かれた周辺機器や契約書類をざっと眺める。
「娘――いえ、妹様ですか?
もし、妹様も契約の変更をお考えでしたら、こちらのご家族プランがおすすめとなっております」
「妹?ふぅん?」
店員の言葉に、若干言葉尻に不機嫌を滲ませる。
「妹様にはこちらの――」
「トレーナーくぅん、君が今回買い替える端末に求めるスペックは何だい?」
店員の言葉を遮ってタキオンが口を開く。
「まずは、データ容量。仕事がら写真や動画を多く撮る事になる。
同じ理由でカメラ機能も優れている方が良い。
防水、対ショック機能は絶対ではないが欲しい」
トレーナーが話す度に指を1つ、2つ、3つと立てていく。
「高性能カメラ、耐久性、そしてデータ容量が希望のスペックだね?」
「それでしたら、先ほどからおすすめしている様に――」
「トレーナーくん、君はカメラマンのプロを目指しているのかい?
今までの機種のスペックでは不満だったかい?」
再度話そうとする店員の言葉をタキオンが遮る。
「いや、あくまで記録を取る用だ。
以前の携帯でのカメラ程度で不足は無い」
「前の機種と同程度で良ければ、大体の機種が同じ事が可能さ。
技術は日々進歩しているからね。
もう一つ、上げるとすれば1080ギガなんて途方もないバイト数は必要無いね。
定期的にPCに移して、しまえば十分さ」
ぺらぺらとタキオンが語る。
「ぐ、ぐぐ……しかし耐久性能は――」
「そちらも、少し耐久に自信のある機種にすれば問題無いね。
最新型モデルは高いから、1世代前の型落ち品で十分さ。
カメラ性能、耐久性能、データ容量も君が求める物は全て満たしているよ」
「こちらの方が大分安いな。助かる」
トレーナーはタキオンの指さすカタログを見る。
「な、ならば、この持ち運びに便利なスマフォ入れと置くだけで充電できる時計はいかがですか!?」
「普通に充電するから不要だよ。時計も充電器も既にある。
あとそのスマフォ入れは米が炊けるのが売りらしいが、どう見ても小型の炊飯器じゃないか?
一体、どういう社員教育をされたらそんな物を売る気になるんだい?」
「うぐぐ……ぐぐぐ……」
便利なスマフォ入れ、もとい小型炊飯器を手に店員が苦虫を嚙み潰した様な顔をする。
「どれどれ、プランの方も私が見てあげようじゃないか」
「あ”!?」
太った店員の差し出していた提供サービスのプラン表を摘み上げる。
軽く一瞥してから今度はタキオンが、顔を顰めた。
「これは……随分と
「これ位は最低限と聞いた」
たっぷりと皮肉を聞かせたタキオンの言葉に、トレーナーが何時もの様に感情の読めない声色で返事する。
「軽くだけど、私が見積もってあげようじゃないか」
店員が止める間も無く、タキオンがトレーナーの隣の椅子に腰かけた。
「助かる。機械には疎い」
「あ、え、その」
淡々と余分なプランをタキオンがそぎ落としていく。
それと同時にさっきまで艶々していた店員の顔もげっそりと、生気がそげ落ちていく。
2日前――
「少し聞きたいんですが、タキオンさんは夏休みの間はトレーナーさんとずっと一緒だったんですよね?」
憧れる様な、羨む様なキラキラとした羨望の瞳でダイワスカーレットがタキオンに尋ねる。
夏休みも終わり、今日は久方ぶりに2人が顔を合わせている。
「勿論さ、長期休暇の最中でも私のお世話は彼の仕事だからね」
砂糖たっぷりの紅茶を手に、理科準備室の椅子に腰を深く沈ませる。
「部屋割はどうしたんですか?トレーナーさんの実家も含めて」
興味津々と言った様子で、ダイワスカーレットが身を乗り出す。
「部屋割?船旅の時は2人部屋を借りたし、私の実家ではゲストルームに彼がいて、寝台車は4席予約して向かい合って眠ったね。
彼の実家にお邪魔した時は基本一緒に居たが、寝る時は彼の部屋に蚊帳を敷いて一緒に寝たよ」
ガシャン!!
「スカーレット君!?」
ダイワスカーレットが手から紅茶のカップを取り落とす。
幸い中身は既に飲み干されていた為、床が派手に汚れる事は無かった。
その事実を含めても、ダイワスカーレットの興味はそこではなかった。
走り寄り、タキオンの両手を手に取る。
「おめでとうございますタキオンさん!私、感動してます!
まさか、夏休みの間にそんなにもトレーナーさんとの関係を深めるなんて……
恋のレースも、超光速のプリンセスなんですね!」
先ほど以上に目をキラキラさせ、ダイワスカーレットが尊敬の眼差しを向ける。
「えっと、スカーレット、君?」
事態が良く読み取れないタキオンが困惑の表情を見せて来る。
「トレーナーさんとお泊り旅行、それも海外と国内の2回も!
ドッチも同じ部屋だなんて、攻め攻めじゃないですか。
それどころか、お互いの実家に招待しあうし、遭難先の無人島では2人きりで水着でいたんですよね!?
流石です!大人の階段、登っちゃったんですね!」
「おとなの、階段!?え、えっふん!?エフん!!」
キラキラした瞳でこちらを覗き込んでくるダイワスカーレットの前でタキオンが紅茶で噎せる。
「あわわわ!ごめんなさい!」
大急ぎでダイワスカーレットがハンカチを差し出してくる。
「ふぅー、ふぅー……けほ、げほ……」
口の周りの紅茶を拭きながらタキオンが呼吸を整える。
「スカーレット君、確かに君の言った事象自体は有ったが、残念ながら大人の階段云々は無かったよ」
「ええ!?周りの目の無い無人島で2人きりですよ?同じ部屋にお泊りする旅行ですよ?お互いの実家に顔を見せに行ったんですよね?
全部夢のシチュエーションじゃないですか!!」
信じられないと言わんばかりでスカーレットが話す。
「それら全てで、彼は私のお世話をしてくれたよ。
残念ながら、そんな色気の有るイベントは無かったがね」
両手を横に広げてヤレヤレとジェスチャーをする。
その様子にダイワスカーレットが何かを考え込む。
「ああ、成る程。さっき自分で言ったようにタキオンさんのお世話は、あの人にとって仕事でしかないという訳ですね――あ」
しまった。半場無意識に話した自らの言葉に慌ててスカーレットが口を噤む。
「は、はは、彼は朴念仁だから、ね」
油の切れた機械の様にタキオンがぎこちなく笑う。
表に出さない様にしてるが、明らかに顔色が良くない。
「タキオンさんのトレーナーさんはきっと表情が見えにくいだけですよ!
心の中じゃ、きっとタキオンさんの事が大好きに決まってますから!
案外、告白したら付き合ってくれるんじゃないですか?
紅茶、ごちそうさまでした!では、失礼します」
必死になって取り繕い、紅茶を一気に飲み干すとその場を逃げる様に後にした。
「また、何時でも遊びに来てくれたまえよー」
走り去るダイワスカーレットの背になんとか、タキオンが言葉を投げる事に成功する。
「……スカーレット君に気を遣わせてしまったねぇ……」
脱力するようにPC前の椅子にダランと身体を投げ出す。
「……ふぅ」
目を瞑り、先ほどのダイワスカーレットの言葉を思い出す。
そのまま脳内で自らの心の中を整理し始める。
(第一前提として、私は彼が好きなのか?
答えは
抜けている所は確かにあるが、意外と頼りになる人間だし、私の実験に嫌な顔一つせずに付き合ってくれる。
仕事という面もあるだろうが、私の世話も献身的にこなしてくれる所も好感が持てる)
単純な
(では、私は彼とどうなりたい?)
その疑問が出て来た瞬間、タキオンはピタリと思考が止まる。
(どう、なりたい?だって?)
改めて思い直すとタキオンは固まってしまう。
その時、床に落ちていた雑誌を見つけ、拾い上げる。
「スカーレット君の落とし物かな?」
それはティーンズ雑誌。流行のコスメやコーデ、憧れのデートコースに多少過激な恋人との火遊び体験などが赤裸々に語られている。
「ふむふむ?『年上彼氏が、付き合いだしたら甘えん坊になって大変』?『厳しいカレが2きりになった瞬間、駄々甘のイチャイチャ系』……ふむ?」
『タキオ~ン!お前は可愛いヤツだなぁ、世界一大切な俺のプリンセスだぞ。俺はお前の事が大好きだぞ』
デレデレしたトレーナーがタキオンを抱きしめ、頬ずりをする。
その様は、遭難した時に夢で垣間見た彼の姿に似ている気がする。
「……違う。彼はそんなタイプじゃない。
所詮、くだらない雑誌さ」
頭を振って、机の上に雑誌を置く。
「はぁー、どうするかねぇ」
チラリと今しがた置いた雑誌に視線を投げる。
「…………もう、すこしだけ、見てみようか」
再度雑誌を広げて、中身を読み始める。
目に飛び込んできたのは、ショッピングモールでのデートの見出し。
「タキオン。この後、時間はあるか」
部屋に入って来たトレーナーがタキオンに尋ねる。
突然の登場に、タキオンが持っていた雑誌を慌てて閉じる。
「な、なんだい突然?」
「壊れたスマフォを買い替えたい。
詳しいのなら、付いて来て欲しい。
場所は駅前のデパートの予定だ」
ポケットから取り出したスマフォ
「そうだね、連絡が取れないのは不便だからね。
君よりは詳しい自信があるから付いて行ってあげようじゃないか」
チラリとタキオンの脳裏を先ほどの雑誌のデートの文字が横切る。
「助かる。礼として夕飯代くらいは出してやる」
雑誌を置いたタキオンがトレーナーの後ろを付いて行く。
その尻尾は彼女の機嫌を示す様に、大きく揺れていた。
「はい……では、1世代前のハードタイプ機種でプランは通常プランですね……
こちらのスマフォのデータの移行サービスとデータ移行作業中の代理スマフォのレンタルとなりますね」
店員ががっくりと肩を落とし、すごすごと店の奥に帰っていく。
2人は並んで、店の外へ出ていく。
「全く!君は本当に困ったヤツだね。
あの店員、明らかに不必要な物を契約させようとしていたじゃないか……
騙されそうになっている事に気が付かなかったのかい?」
店の外に出たタキオンが、不機嫌に口をとがらせる。
「あの店員、だまそうとしていたのか?
こちらの要求を聞いてくれていた様に思えたが」
「確かに、要求は満たしていたさ。
けど、全て明らかに過剰だった。
分からないと思って、不要なサービスを足そうとするんだよ。
君の言う通り、私が付いて来て正解だったよ」
褒めるが良いと言わんばかりにタキオンが横で胸を張る。
「夕飯には少し早いな、先に買い物を済ませる」
胸ポケットから懐中時計を取り出し、時間を確認する。
「明日の弁当のオカズなら、チキン南蛮が食べたいねぇ。
お肉はもも肉の方を希望するよ。
勿論、タルタルソースも自作してくれたまえよ!」
「お安い御用だ。その程度」
2人がそのまま、買い物をしに向かう。
エスカレーターで2人が並んでいる時――
「タキオン、福引をやっているぞ。
当たり景品は旅行か」
「前、当たった時は君が売ってしまったからねぇ」
以前の事を出し、チクりとトレーナーの過去の行いを刺す。
「あの後、OGの先輩方に怒られた。
特にいつもニコニコしているゴドルフィン先輩が激しく怒っていたのをよく覚えている。
お三方の前で3時間ほど正座してお叱りを受ける事になった」
良くない事を思い出したのか、珍しく彼が小さく震える。
「誰かは知らないが、私の気持ちを代弁してくれた人が居るようだね。
それなら、私からはもう何も言わないよ」
「……タキオン、スマフォ入れを買うのを忘れた」
「炊飯器だよ!あ、ほら、くじ引きの当たりに有るみたいだから引いてきたまえよ!」
「よし、買い物が終わった後、引きにいくぞ」
相変わらず、独特の空気感を持つトレーナーの姿を見て、タキオンがため息をつく。
(ほんとうに、私は彼とどうなりたいんだろうね?)
未だに出てこない答えに頭がモヤモヤする。
だが直ぐに頭を振って、タキオンはトレーナーの後を付いて行くことにする。
翌日
「♪」
小さく歌を口ずさんで、タキオンが軋む階段を上がっていく。
その歩みはやがて、自らのトレーナーの名が掲げられた部屋の前で止まる。
ドアノブに手が触れようとした時、ドアが勝手に開く。
「来たか、タキオン」
若干いつもよりも、声が高くなったトレーナーが扉を開いた。
その表情は何時もの様に一見、無表情にも見えるがなんとなく、心なしか若干浮かれている様にも見えた。
「私を呼び出すとは、君もふてぶてしい要求が多くなったね」
僅かな嫌味を言いつつも、トレーナーに導かれるままトレーナー室のソファーの上に座る。
タキオンの目の前の机にトレーナーがお弁当を置く。
「今日が、デビュー戦だ」
その言葉と共にトレーナーが机の上に先日、
期待を込めて蓋を開ける。
「良い出来だ。炊き立ての内に食べるぞ」
トレーナーが炊いた米を盛った茶碗をタキオンに差し出してくる。
「…………今更だがなんで、トレーナー室でご飯を炊いているんだい?」
ほかほかのごはんを受け取ったタキオンが尋ねる。
「秋は米の旨い季節だ。
そして、白飯は炊き立てが一番旨い。
タキオンにうまい飯を食べて欲しかった」
「ふぅん?つまり君は私と同じ釜の飯を食う仲、というヤツになりたかったという訳かい?
いやはや、君は随分と遠回しなアピールをするんだ――」
ガチャ
トレーナーが再度炊飯器を開けて、ごはんをよそう。
「うまい、うまい」
夢中に成って炊き立ての米を頬張る姿はタキオンの言葉など、一切耳に入っている様子はなかった。
「ッ~~~!この、バ鹿モルモットは……!」
怒りを爆発させる前に、トレーナーが三度炊飯器の蓋を開ける。
そして、しゃもじを手にしタキオンの方を向く。
「食べないのか?遠慮などするな」
「食べるよ!私も栄養の接種は必須――美味しいじゃないか!」
「ああ、俺の故郷で取れた米だ。たくさん食べろ」
空になったタキオンの茶碗に、お代わりをよそう。
「うんうん、おいしいねぇ」
炊き立てのご飯を頬張りながら、タキオンが思う。
タキオンが全身で幸福を感じた時、つい気が付く。
(ああ、ようやく答えが出た。いや、理解したというべきかな?
こうして、ごはんを作ってもらうのが、私の世話をしてもらうのが、私が彼に求めている物だったんだねぇ)
しみじみとしながら、タキオンは再度、空になった茶碗をトレーナーに突き出した。
「トレーナー君、これからは毎日私の為に、ごはんを炊いておくれよ!」
「構わない。炊飯器もまだまだ活躍させたい」
「いいや、ごはんだけじゃないね。
これからもずっと、私のお世話を頼むよ?」
「無論、タキオンが走るために世話をするのが、トレーナーである俺の仕事だ」
トレーナーの言葉に満足して、タキオンは炊き立ての白米を頬張った。
秋空の下、2人の幸せな時間が過ぎていく。
気が付くと、文字数が増えている……
短くシンプルにまとめる作者さんは、憧れますね。