ガラスごしのVisions   作:ホワイト・ラム

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少し、休んでたつもりがこんなにも時間が空いてしましました……!
週一以上の頻度で書ける作者さんたちは、フツーに化け物なのでは?


追って追われて終わって

雲一つ無い、何処までも抜ける様な青空の下。

広いターフの中でレースが行われている。

 

『さーて、レースもいよいよ大詰め!総勢14名のウマ娘たちが、最終コーナーで互いを睨みあう!

先頭が逃げ切るのか?はたまた、ここから勝負を仕掛けるのか――ああっと!!

固まるバ群から抜け出る影が一人!!まさか、まさか、まさかここからスパートをかけるのか!?

飛び出したのは、やはりと言うかアグネスタキオン!!

序盤の出遅れは作戦だったのか!?バ群を後ろから差し、更に突き抜け走っていく!!』

おおよそ、10名の名だたるウマ娘たちの間から『超光速のプリンセス』とあだ名されるウマ娘が1人抜きん出た。

有る者は驚きを、有る者は絶望を、有る者は更なる闘志を燃やす。

皆が皆、今日という偉大なるタイトルのレースに力を磨いてきた歴戦の猛者たち。

 

だが、その中でただの一人もアグネスタキオンに追いすがる事は出来はしない。

 

 

 

「ふっ」

タキオンの視線の先、先頭を走っていたウマ娘の姿を捉える。

 

「さぁ、実験を始めよう」

先頭の更にその先――フィニッシュラインに狙いを定めた瞬間、踏み出す足に力を入れる。

瞬間、()()()()()()

タキオンの視界の中、世界がスローモーションになった。

 

景色が溶けて行く――

 

音さえも消えて行く――

 

苦しかった呼吸が楽になる――

 

翼が生えた様に足が軽くなる――

 

(へぇ、そうか、これが――!)

ウマ娘、アグネスタキオンはたった今『走る』という行為について、ようやく最適な形を得たように思えた。

自らに埋まっていた更なる可能性の鉱脈に、タキオンの胸が高鳴る。

 

チラリと観客席に目を遣ると無数の老若男女の中に、こちらを見る自分のトレーナーと眼が合った気がした。

観客席には1000人、2000人の観客が居る。その中でたった一人の相手と眼が合うハズがない。

第一トレーナーがどこに居るかも分かりはしない。

だが、しかし、確かに自分はあの無数の観客の中で自らのトレーナーと眼で会話した。

タキオンの中にはそんな不思議な確信が有った。

 

 

 

「これが、実験の成果さ」

呟くと同時に世界に景色と音が戻る。

気が付けばレースは終わっていた、もっと走りたいと願ったが無情にもフィニッシュラインは過ぎていた。

 

『はやい、はやい、はやい!!アグネスタキオン!!

今、2着に3バ身以上差を付けてゴールです。

何という事でしょう!?遂に、遂にアグネスタキオン!!6個目の栄冠を手にしました!!

たった今、無敗の六冠のウマ娘が誕生しました!!

私たちは!!今日という日の!!偉業の目撃者となりましたぁああ!!!』

実況の声を聴きながら、タキオンは観客席に悠然と手を振って見せた。

まだ周囲が何か言っている気がしたがタキオンはそんな事など気にはしない。

たった今、たった今味わった感覚を無くさない様に、忘れない様に、消えないように必死に成って脳裏に焼き付けようとする。

 

 

 

控室の前、タキオンのトレーナーが見慣れぬ男と話している。

トレーナーの口元に、ボイスレコーダーを掲げ、その表情を見ている。

どうやら相手は新聞社の人間の様だった。

 

「では無人島での生活の詳しい実態を――」

その時、トレーナーがタキオンの姿に気が付いた。

 

「タキオンが戻って来た。約束通り、この話はここまでだ」

トレーナーが男の言葉を遮り、足元にある荷物を手にし帰って来たタキオンを伴って控室の扉を開ける。

選手控室の中で、トレーナーがタキオンの前に膝を付く。

その手には大きなバケツ、その中にクラッシュアイスとペットボトル入りの水が入っている。

備え付けの椅子にタキオンを座らせ、その前にトレーナーが座り込む。

 

「タキオン、脱がすぞ」

 

「ああ」

バケツで氷水を作りてタオルを濡らし、ストッキングを脱がしたタキオンの脚を冷やしていく。

指先で力を加えて、アイシングとマッサージを同時にこなす。

 

「っ……」

 

「冷たいが我慢しろ」

タキオンが僅かに顔を歪めた事に気が付き、トレーナーが口を開く。

 

「氷水だからね。すこし驚いただけさ。

不快ではないよ」

 

「そうか」

タキオンの言葉を聞き、トレーナーが作業を再開させる。

つま先、足の甲、踝の辺りと触って異常を確かめつつ、トレーナーがアイシングをしていく。

 

「痛み及び異常を感知する場所は?」

 

「無いよ。今、表にいた男は君の知り合いかい?」

 

「過去に会った事はあるかもしれないが、俺の記憶にはない。

ここは関係者以外は立ち入り禁止だがうっとおしく付きまとって来た。

仕方なくタキオンが戻るまで、と条件を付けて話をした」

独り言の様に呟き、なおもタキオンの脚を冷やすトレーナーが顔を上げる。

 

「安心しろ!怪しい男が居ると警備をたった今呼んだ!直ぐに捕まるだろう!」

扉の向こうに居るであろうダレカに聞こえる様に、大きな声を発する。

一瞬後、誰かが走り去る足音が聞こえ、トレーナーが作業を再開する。

 

「最後の仕掛けるタイミングが少し、早かった」

 

「……バ群に飲まれかけたのが原因だね。完全に包囲される前に抜き出たかったのさ。

多少、レース計画に変更は有ったが、許容の範囲内だろう?

それよりも――」

タキオンが口を開こうとして辞める。

 

音と景色が消えたあの走りの境地(ゾーン)

身体が最適化され、苦しかった息が楽になり、ある種の全能感すら湧いてくる。

一部のアスリートが体験するという都市伝説をタキオンは身をもって体験した。

そのことを話そうとして、口を噤んだ。

 

「どうした?」

相変わらず、何時もの無表情でトレーナーが尋ねる。

 

(あの感覚は、話しても決して理解されないだろうね)

決して数値化できないであろう、実際に走った者のみがたどり着ける感覚。

説明は不可能だとタキオンは説明を放棄した。

代わりに――

 

「トレーナー君、今日のレースのデータは撮っているだろう?

何時もの様に、気が付いた部分を纏めたレポートを提出してくれたまえよ」

 

「承知している。今夜にもまとめ、明日の午前中には提出しよう」

トレーナーはポケットからスマフォを取り出し見せる。

 

「ああ、そうしてくれたまえ」

あの境地を自由に引き出せるように成ればと、タキオンは夢想する。

新たな研究対象を見つけたタキオンは、勝利の余韻も含めて大得意だった。

 

「ああ、一刻も早く帰ってレポートに取り掛かりたいよ」

トレーナーは上機嫌のタキオンの脚から手を放し、乾いたタオルで水を拭き取っていく。

 

「レポートはステージの後だ。

それと勝利の祝いだ。何か欲しい物は有るか?」

コレは多くのウマ娘とトレーナーのルーティン。

レースで努力し見事勝利を飾った担当ウマ娘に、『ご褒美』あるいは『祝勝会』の名目で何かをするというもの。

日常的にストイックに己を厳しく律し、身体を鍛えぬくウマ娘たちは、この日ばかりはアスリートから年頃の女の子へと戻る。

当然タキオンとトレーナーも例外ではなく、これまで幾度もの祝勝会を上げていた。

 

「実験に付き合うのは何時もの事だし、料理を食べに行くのも、買い物に付き合ってもらうのも、正直十分だ。

6度目ともなると特別感も薄れて来るものさ。

今、私が欲しいのは研究をするための時間だね。

その為にも、早くレポートを仕上げてくれよ?」

 

「承知した」

トレーナーは手早くタキオンの服を戻し、ライブへと送り出した。

 

 

 

 

 

「ッ~~~あンの、鉄面皮トレーナー、な~んも新しい情報を吐きやがらねぇ……

せっかく、バレる危険を冒してこんなトコまで来たのによ」

首からカメラをかけた男が悪態を吐いた。

ピリリリリ♪

そんな態度を諫める様に、携帯の着信が鳴る。

 

「ゲッ!?あ、もしもし編集長?お世話になっております」

着信相手の名前を見ての一瞬の悪態、瞬時に声色と表情を変えて電話に出る。

 

素玖部(もとくべ)ぇ!!お前、何処ほっつき歩いてやがる!!

今日のレースのインタビューは出来たのか?

いいや、誰が勝ったとか正直どうでもいい。

狙うはアグネスタキオン一人だ。良いな!?誰が勝っても、一番の注目株はそいつだ!!

絶対に新しいネタを取って来るんだぞ!!』

電話口の男は酷くお怒りの様だった。

 

「了解です編集長。必ずや、スクープを取ってきて見せますよ!

あ、そういえばこの前、ワクチン接種を実施してる産婦人科を見つけましたよ。

院内にモロに産婦人科のポスターあるから、ワクチン接種に来た所を取れば、妊娠騒動で一本書けますよ?

ま、このネタの前にタキオンを探してみますよ!」

男はそう言い放つと、相手の返事も聞かずに通話終了ボタンをタップした。

 

「さぁ~て、お仕事がんばりますかぁ!」

男はズボンに突っ込んでいた帽子を、指先でくるくると回して目元を隠すようにニヤリと口角を釣りあげた。

 

この男の名は素玖部(もとくべ) 熱蔵(ねつぞう)

新進気鋭の新聞社、USOジャーナルの契約社員だ。

今まではフリーのカメラマンで、学生時代からの相棒のカメラで様々な写真を撮り、多くの新聞社にスクープを提供してきた。

真実は関係無い。自分の撮った写真に相手がどの様な印象を抱くか気になどしない。

ただ、現実に合った瞬間を切り取り、それを欲しがる場所に提供する。

今の会社の社長にスカウトされて、今はUSOジャーナルにその全てのスキルを捧げている。

 

「まずは、お前からだぜ?

将を射んとすれば、まず愛バからってね」

熱蔵は懐から、タキオンのトレーナーの写真を取り出す。

 

「あ、今回は逆だわ」

いけね、と笑い自らの頭を掻いた。

笑い顔を浮かべた事で、絞られた眼が再度開かれた時、怪しい光がその眼に宿っていた。

 

 

 

 

 

翌朝、旧理科準備にて

 

「レポートだ」

やはりと言うか、既に部屋の中でPCを叩いていたタキオンに、トレーナーが白いUSBを渡す。

 

「ああ、ありがとう。トレーナーくん。

2、3日は研究に没頭するから、そのつもりでいてくれ」

早速、眼の下に隈を作ったタキオンがPCの画面を見ながらUSBを受け取る。

 

「了解」

トレーナーが踵を返し、部屋を出て行く。

タキオンの様子を見るに、昨晩からずっとPCに向かっているのが分かる。

彼女の言葉通り2、3日はカンヅメだろう。

 

「時間が出来たな」

トレーナーが呟くいた。

彼は何時もの無表情のまま、トレーナー室へと向かっていった。

 

 

 

「う~ん、怖がらなくていいわ!ワタシは迷えるウマ娘ちゃんの味方、安心沢さんよ!!

さっそくだけど、ズブッと行っちゃいましょ!!」

三女神の噴水の前、怪しいサングラスを着けて、真っ赤なボディコンスーツと白衣を身に纏った女が両手に針を持って一人のウマ娘を追いつめている。

 

「ひょ、ひょえ……お、お助けを……」

針に怯え、尻尾を自らの脚に巻き付けて震えているのは、アグネスデジタルだった。

 

「ダイジョーブよ!あんしーんして、ね?ワタシには貴女の悩みが見えているわ!

恋の悩みも、暮らしの悩みも、レースの悩みもワタシの針で一気に解決よ!」

キラリと女の針が光る。

 

「あ、あわわわわわ……」

アグネスデジタルが更に縮こまり震える。

まだまだ中等部のアグネスデジタル、身体能力で勝っているのは頭では理解出来ているが、突如出現した変質者に怯えて力が出せていない。

変質者の手の中の針という凶器が再度光を反射する。

 

「大丈夫、心配ない、心配ないわ……」

女がひどく興奮した様子で、針を手ににじり寄って来る。

 

「め、女神さま、お助けを――」

 

「貴様、変質者か?」

デジタルの声に被せる様に、背後――噴水の中から声が聞こえる。

 

「「え?」」

アグネスデジタル、女の2人の声が重なる。

バシャリと水が跳ね噴水の中から、タキオンのトレーナーが現れ女の腕を掴む。

 

「え、え?」

 

「ふんッ!」

混乱する女を他所に、トレーナーがその女を地面に投げた。

 

「デジたん大丈夫か?」

振り向いて、なおも震えるデジタルを心配する。

ポタポタと髪の先から、水滴が滴る。

 

「な、なんで、噴水の中に……?」

 

「三女神像を掃除していた。む?逃げたか」

デジタルに意識を向けた僅か数秒、その間にその女は消えていた。

ウマ娘も驚きのスピードに、トレーナーは感嘆の声を漏らした。

 

「あ、ありがとうございます、たすかり、まし……ぉと!?」

 

「デジたん?!」

デジタルが立ち上がろうとした時、バランスを崩す。

咄嗟にトレーナーが腰に手をまわし、倒れかけるデジタルを支えた。

 

「あひょ、い……?」

突如、トレーナーに抱きすくめられて、デジタルがその眼を白黒させた。

口が乾き、漏れ出る言葉が意味を成さない。

 

「恐怖で腰が抜けたか。すこし、休むと良い――む?」

手を放そうとした時、トレーナーがとある事に気が付く。

 

「すまないデジたん。せっかくのお洒落着だが、汚してしまった様だ」

トレーナーの身体は噴水の中にさっきまで居た。

当然、全身はずぶぬれであり、そんな状況下で何かを抱き留めれば必然的に、服は台無しに成ってしまう。

申し訳なさそうにするトレーナーと、そんな彼を必死でカバーするアグネスデジタル。

 

 

 

そんな、2人を一人の男がカメラのファインダー越しに覗いていた。

場所は学園の木の上、迷彩服を着てまるでターゲットをスナイプする暗殺者の様に息を殺していた。

当然取材許可など取っていない。朝の早い時間に無断で学校に侵入しただけだ。

倫理も道徳も、そして真実である事さえ、この男の中では軽視され何の感情ももたらしはしない。

 

「ダメだ。トレーナーの奇行程度じゃ、世間は、ニュースは燃えねぇ。

あの変質者の女もあんまり珍しくねーし。

もっと、もっと熱くなる様な記事じゃねーとよ」

デジタルを連れ立って歩いて行く姿に、男は再度カメラの狙いを定めた。

 

 

 

「ひょー!ここが、トレーナーさんとタキオンさんの愛の巣――じゃなくてトレーナー室ですか!!」

酷く興奮した様子で、デジタルがトレーナー室の中を見る。

その恰好は私服からトレーニング用のスポーツウェアに着替えている。

 

「以前も来たことがある」

隣の部屋で洗濯を終えたトレーナーが戻って来る。

 

「アレは原稿の時ですし、じっくりお部屋の中を見ていなかったのでノーカンです!」

デジタルが胸の前でバッテンを作って否定する。

 

「半日もすれば、乾くだろう。

幸い、今日の予定は何もない。

服が乾くまで、自由に過ごしていけ。

ビデオ映像がある、今後の参考にすると良い」

トレーナーが話すや否や、部屋の中の大量のビデオを指さす。

 

「う、うひょー!!これは、伝説のウマ娘ちゃんのビデオ!?

こ、このお方のも!?ああ、これも、こっちも!?

ひょえ!!これはまさか、このレーベルの名前はケガで引退してしまった幻のあの人の!!

どれもこれも、皆さん引退してしまった方ですが伝説と呼べる方ばかりです!!

ああ、こんな貴重なビデオがあるなんて!!」

タイトルを見ながら、デジタルがひどく興奮する。

 

「デジたん」

 

「あ、ごめんなさい。興奮しすぎました……」

背後から掛けられた声に、デジタルが冷静さを取り戻した。

 

「デジたんのレースは芝やダート、距離もまだ決まって居ないのだったな」

 

「は、はい……どれもこれも選べなくて……

けど、走りたいレースも多すぎて……

そのせいか、なかなかトレーナーさんも付いてくれなくて……」

いじけた様に、両手の指を突き合わせ唇を尖らす。

 

「自分のやりたい事をするべきだ。

トレーナーとは、ウマ娘の才能を引き出しレースで結果を残させる事だ。

デジたんは多くの適性がある。自信を持て。

この部屋のビデオ、芝、ダートを問わず様々なデータが保存してある。

好きなだけ、見てくれて構わない。何時でもこの部屋に来て構わない」

いじけるデジタルの前にしゃがみ込み、その顔を覗き込んだ。

 

「こ、こ、これって……もしかして、デジたんをす、スカウトしてます?」

尚も指を突き合わせながら、デジタルが顔を上げる。

座るデジタルを見下ろす様に、トレーナーが真っすぐ澄んだ瞳でデジタルを見ていた。

交差する視線にデジタルは自分の胸が、大きく高鳴るのを感じた。

 

「あ、アナタの事を、で、デジたんも、わ、『私のトレーナーさん』って呼んでも、良いんで――」

つまりながらも、ようやく言葉を絞り出し始めたその時――

 

ガチャ――

 

「ふぅー、逃げ切れた様ね。ここでほとぼりが冷めるまで――」

開いた扉。その向こうから姿を見せたのは先ほど逃げ出した不審者の女。

三者三様の視線が絡まる。

 

「なん、で?ここ、使われてない旧トレーナー寮じゃ……?」

 

「この建物は6人だけ、トレーナーが使っている。知らなかったか」

ゆらりとトレーナーが立ち上がり、不審者の女に向き直る。

 

「変質者を確保する。デジたんは下がっていろ」

 

「あ、あの!?」

半場突き飛ばす様に、デジタルを押しのけ自らの背に隠した。

 

数秒の(のち)、2人が同時に走り出した。

 

 

 

 

 

「はぁーダメだ。どうも、形にならない……行き詰って来た……」

旧理科準備室で、苦い顔をして、タキオンが頭をガリガリと掻く。

明朝トレーナーが用意してくれたレースのデータとレポート。

そして、ネットに上がっている複数の人間が録画したレースの映像を確認する。

 

「…………」

いくつもの自身の走る様子を見て、タキオンが眼を細める。

速い、確かに速い。だがそれだけだ。

あのゾーンに入っている時との明確な違いが、外部からは分からない。

 

「やはり、内面的な要因が大きいか。

ドーパミン等の内分泌系が作用しているだけで、身体的に変化はない……?

いや、そこではない。重要なのは走りが効率化した点で……」

カチカチとキーボードを叩いて、トレーナーのレポートを確認する。

 

「ああダメだ!!トレーナーくぅん!休憩にするから、お茶を淹れて――

あ、居ないんだったね」

一瞬、トレーナーを呼ぶがすぐに居ない事を思い出す。

 

「はぁ、休憩にするか……」

力なく立ち上がったタキオンが、電気ケトルのスイッチを入れる。

 

 

 

 

 

「2度もデジたんを狙うとは許せん!!」

 

「ご、誤解よぉ~ん!!」

 

「五回目だと?」

廊下を、階段をと2人が走って行く。

トレーナーの身体はタキオンとの実験で、強化されている。

だが、その強化を以てしても不審者の女の脚の速さを詰め切れない。

 

「む」

旧トレーナー寮の外、見慣れない男がカメラを胸の前に下げていた。

バズーカ砲の様な巨大なレンズにトレーナーの視線が向く。

 

そして――ピカァ!!

 

トレーナーが指先を光らせ、カメラのレンズに光を当てる。

レンズが光を反射して、不審者の女の眼に当てる。

 

「眼、眼がぁ!?」

安心沢がフラッシュを受けて、ごろごろと悶絶する。

 

「今こそ好機」

そうつぶやくと同時にトレーナーの姿が消えた。

否、正確には目の見えない犯罪者の背後に高速で回り込んだだけだ。

 

「え!?ナニ!!ナニが起きたのぉ!?」

安心沢の脚に巻かれた針をまとめたホルスターを抜き取り、投げ捨てる。

次は白衣が引っ張られる様に脱げ、次々服をはぎ取っていく。

時々、地面に落ちた衣服から針が転がる。

 

「は、はわわわわわ!」

眼の前で服をはぎ取ら有れる不審者を見て、追いついたデジタルが両手で眼を塞ぐ。

 

「ああん!?だめぇ!!イヤぁ!!お嫁に行けなくなっちゃう!!!」

女が上げる悲鳴に、複数人の生徒達が野次ウマを始める。

 

「コイツは、スクープだぜぇい!!撮らないとなぁ!!」

茂みから男が飛び出し、地面に押さえつけられる不審者とそれを成し遂げた男を写真に撮っていく。

眼の前で起きるのは話題のウマ娘のトレーナーが不審者を捕らえるという話題性抜群の出来事。

相手方の女は美人な部類であるし、世間の眼を集めるのは十分。

そんな美人にトレーナーが襲い掛かる様にしている。

この記事は高く売れそうに思えた。

 

「デジたん!警察を呼んでくれ!」

 

「は、はい!!」

トレーナーの言葉を聞き、ポケットからスマフォを取り出した。

 

 

 

 

 

ファン!ファン!ファン!ファン!

 

「ッ~~~~~!!なんだい!?五月蠅いねぇ!!」

外から聞こえてくる、けたたましいサイレンの音に、苛立ちながらタキオンが立ち上がる。

旧理科準備室の窓から顔を出し、喧騒に耳を傾けると『変質者』のワードが聞こえてくる。

 

「一体、何が起きたんだ……い!?」

その光景に、タキオンが眼を見開く。

 

 

 

「おとなしくしろ!変質者め!まだ10代の学生を狙うなんて、とんでもないヤツだ」

一目見て、熱血漢と分かる警官が、お縄を頂戴した人物を引き連れていた。

既に現場には警官とパトカー、そしてそれを円になる様に囲む学生たち。

少し遅れて、数人の教職員たちが走って来る。

 

穏やかなハズの休日の学園の中庭はカオスと成っていた。

 

「弁護士、弁護士を呼んでちょうだぁい!!」

学園で何度か見たことの有る不審者の女がパトカーに乗せられていく。

 

「これは、これはスクープだ……!ネットで派手に燃えるぜ!!」

興奮した様子を男がカメラで、警察に連れていかれる女の写真を撮っていく。

 

「所で、オマエは誰だ?」

トレーナーがカメラマンの肩にポンと手を置く。

 

「あ、えっと、通りすがりのカメラマン……です?」

言い訳をするカメラマンの手に手錠が掛けられた。

見ると険しい表情をした警官が居た。

 

「不法侵入及び盗撮の容疑で逮捕する」

 

「……はい」

手に掛けられた手錠を見ながら、カメラマンは力なく項垂れていた。

 

「あと、アンタも婦女暴行の現行犯ね」

警官が今度はトレーナーの手にも手錠をかける。

 

「そうか」

一言トレーナーが呟くと、促されるままパトカーに乗った。

 

「トレーナー君!?」

居てもたっても居られなくなったタキオンが、転がる様に現場に走って来た。

 

「担当バの方ですか?ショックかもしれませんが、彼は……」

警官が同情する様な顔をタキオンに向ける。

彼なりの情けなのか、パトカーの窓を下げトレーナーが顔を見せた。

 

「タキオン。少々誤解が起きた様だ。

少し話をしてくる。食事はトレーナー室の冷蔵庫に入っている。

温めて食え。根を詰めすぎるのはお前の悪い癖だ」

逮捕されていると言うのに、トレーナーは平然と話す。

 

「トレーナー……くん……なんだか、愉快な事に成ってるね……」

 

「子供の頃は警官に憧れた時期も有った。

パトカーに乗るのは、初めてでワクワクするぞ。

感想のレポートは後日送る」

何時もの無表情のまま、だが若干楽しそうな声色でトレーナーが話す。

それと同時にパトカーが音も無く走り出した。

 

「そっちは、要らないんだよ!!バ鹿モルモット!!」

 

「と、トレーナーさーん!!カムバぁああああック!!」

声を荒げるタキオンの隣で、デジタルの声が響いた。

走り去るパトカーの中から、親指を立てる手がにゅっと這い出てきた。




この後トレーナーは無事解放されました。
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