時間は掛かりましたが、その分長く成っています。
短くて、良い文章が書きたい……
「タキオン、明日は投薬実験の予定は有るか?」
理科準備室でタキオンのトレーナーが尋ねる。
時間は昼前、手に持った弁当箱をタキオンに突き出してくる。
トレーナー室で食事を取っていたのだが、最近は理科準備室に籠っているタキオンの為に弁当を持ってきてくれている。
米を炊くという、拘りは捨てないのか弁当箱のそこはまだ温かい。
「投薬実験?いいや、その予定は無いよ、こっちの研究はまだその域まで行ってはいないんだ。
君が自発的に実験に協力してくれるというなら、構わないよ?
保管庫の君用の薬品は何時でも使用してレポートを出してくれたまえ」
何時も怪しくゴボゴボと沸騰しているビーカーたちが今日、というか最近は見当たらない。
今しがた話した冷蔵庫の薬品の残りも、少なくなってきているハズだ。
「了解した。明日の朝一に弁当を届けに来る。
オカズの希望が有れば、夜までに連絡をしろ」
そう言いながら部屋の冷蔵庫の中から、薬品を全て外に出し数を数えて頷く。
すべきことは済んだと言わんばかりに、身を翻し去っていく。
「ふぅん?珍しいじゃないか」
PC画面から視線を外しながら、受け取ったレポートをめくる。
「珍しい、とは?」
同じ部屋の一角、マンハッタンカフェがコーヒーに手を付けながらポツリと漏らす。
揺れるコーヒーの水面を見て、失敗したとカフェが思い至る。
「彼の表情さ、あんな顔は滅多に見ないね」
タキオンが紙の束から顔を上げる。
「あの人の……表情?」
さっきまでここに居た、トレーナーの事を思い出す。
基本所か、徹底して無表情。
言葉数も決して多くなく『了解した』『対処する』『構わない』『拒否する』程度の短い言葉を話しているイメージしかない。
無論もっと話しているのは聞いているが、カフェの中では短い単語ばかり話しているイメージがある。
「あの人、感情の起伏あるんですか?」
無表情、無感動、不干渉、動かざること山の如し。
それがカフェがタキオンのトレーナーに対して持つイメージの全てだ。
「な!?カッフェ!!なぁにを言ってるんだい?」
タキオンが心外とばかりに、勢いよくPC前の椅子から立ち上がり、デスクの中から写真を取り出す。
「ほら、見たまえよ!」
そう言いながら、コーヒーを置く机の上にトレーナーの顔写真をばら撒く。
「比べてみれば、一目瞭然だろう?」
ふんと鼻息荒く、タキオンが写真を指さす。
無表情と、無表情、無表情に、無表情。
どの顔も口は真一文字に閉じられ、瞳は虚ろな光を僅かに宿すのみで感情は読み取れない。
「……どれも、同じですよ」
思ったままの感想をカフェが言う。
なぜ、自分のトレーナーの顔写真を持っているのかは、聞かない事にした。
カフェにもタキオンの気持ちがなんとなく分かったからだ。
「全然ちがーう!!これだから、トレーナー君シロウトは……」
数枚の写真を手に取って、カフェに突き出す。
「これが喜んだ顔、口角が上がってるだろ?
それで、こっちが不機嫌顔、眼が細くなってるだろ?」
「どっちも、一緒です……」
その言葉通り、眼の前の写真のトレーナーはカフェにはほぼ同じに見えた。
多少違うのは分かるが、何がどう違うのか、説明するのは不可能なくらいの違いだ。
「ほら、こっちが弁当の箱を返すのを忘れた時の顔。
それでこっちが……えと、紅茶に砂糖を入れすぎた時の顔?
いや、洗濯する勝負服に紙を入れっぱなしにした時だったかな……?」
「分かってないんじゃないですか」
「喜怒哀楽の凡そは分かってるんだよ!」
カフェの言葉にタキオンが声を荒げた。
「主な4つしか、分からないんじゃないですか」
「あ、いや、ちが……わない……はず?
さっきの彼がポジティブな感情を見せていたのは分かる……多分」
困ったようにタキオンが声を小さくしていく。
その様を見ているとかわいそうに成って来たので、カフェは次の言葉をコーヒーと共に流し込んだ。
これ以上の追撃はカフェとて流石に躊躇した。
うーん、うーんと苦々しく唸るタキオンを眺めていた。
翌日
「今日の分の弁当だ」
朝一で、トレーナーは理科準備室に現れ、朝食用と昼食用の2人分の弁当を差し出してきた。
「ああ、そこに置いておいてくれよ」
紅茶を飲みながら、チラリとトレーナーの恰好を見る。
何時もよりも、ラフな休日の装い。
そして、小さなカバンを肩から下げている。
(間違い無い、これはお出かけ!!)
トレーナーが去ったのを確認すると、タキオンが机の下から私服を取り出し着替え始める。
「知らない事があるのなら、調査するのが当然さ!」
変装の為に、帽子を被り何時かトレーナーから取り上げた眼鏡を掛ける。
研究者、そして何より恋する乙女の心がタキオンを駆り立てる。
「さぁ、何処に行くんだい?」
校門を抜けようとする影を密かに追う。
「待たせたな、デジたん」
「トレーナーさん!!待ってないですよ?」
校門の外、やはりというかなんというかアグネスデジタルが同じくお洒落をして待っていた。
「約束の時間の1時間前だ」
ポケットから懐中時計を取り出し、今の時間を見せる。
「お、遅れるワケには行かないので……」
「早めに、出るか。
バスもそろそろ来る時間だ」
「は、はい!」
デジタルを伴って、トレーナーはバス停へと向かっていく。
「やはりというか、デジタル君か……」
タキオンの脳裏に、最近デジタルがトレーナーから練習を見てもらっているのを知っている。
ひょっとしたら自分との実績を買われ、チームを作らないかと上から指令が来ているのかもしれない。
そんな事を考えていると、視界の端にバスが入り込む。
彼の言葉通り、バスが来て2人が乗り込む。
隠れる様にコソコソとタキオンも2人の後に付いて行った。
席に座る2人の後ろの席でタキオンが、耳を澄ませる。
「今日の予定を改めて確認する。
第一目標は、テーマパークだ。
この時間ならば、開園と同時に入る事が出来る。
一部計画を早められるだろう」
テーマパークの地図を取り出し、デジタルに見せる。
「テーマパークのエリアは合計4つから成る。
遊園地エリア、グルメエリアの2つの重要性は低いと判断している。
目標を達成した後に、散策する程度の時間はあるだろ。
動物ふれ合いエリア、水族館エリアが今回のメイン目標となる」
トレーナーの説明をデジタルは熱心に聞きながら頷く。
(なんで、軍事作戦みたいなんだい……)
2人のすぐ後ろで、タキオンが話を聞く。
「入口から離れた水族館エリアは後ですか?」
「確かに水族館エリアは後回しだが、動物ふれ合いエリアを優先する理由がある。
モルモットふれ合い体験に行きたいが、動物たちが疲れてしまい、早めにお家に帰ってしまうかもしれない。
よって、ここは最優先事項だ」
「なるほど……」
真剣な顔をして話す2人の会話を、吹き出しそうになりながらタキオンが聞く。
声に気が付いたのか、トレーナーが背後を振り返ったがタキオンは帽子を深く被り誤魔化した。
「水族館エリアは、正午を狙いたい。
食事の為に客足が少なくなったタイミングを狙う。
昼飯は弁当を用意した、適当な時間で食べる」
「お、お、お弁当ですかぁ~!?トレーナーさん、手作りの!?」
リュックから取り出した弁当箱を見て、デジタルが眼を輝かせる。
「食事の場所は――」
楽しそうにデジタルが話すのを、トレーナーが受け答えする。
テンションの高いデジタルに対して、低いテンションでトレーナーが回答をする。
「…………」
その様を見るタキオンの額に皺が刻まれて行く。
一見、デジタルが一方的に話して、トレーナーが興味なさげに受け答えしている様に見える。
しかし――
(ずいぶんと楽しそうだねぇ……!)
タキオンが怒りのままに、奥歯を軋ませる。
無表情に見えるがトレーナーが楽しそうにしているのが、タキオンには理解出来た。
その後、バスを降りて目的地へのシャトルバスに乗り換える。
楽しそうに話すデジタルを見ながら、タキオンがその後ろを付いてゆく。
「チケットを買ってくる」
目的地に着くと同時に、速足でトレーナーが販売所に向かう。
「あわわ、トレーナーさん、結構足速い……流石は変質者を捕まえただけは有りますね!」
密かにウマソウルに火が付き掛けるデジタル。
直ぐに、今日はそっちじゃないと、頭を振って考えをかき消す。
(ふむ、研究の成果は十分出ているね)
同じく小走りで、自らの研究の成果をかみしめるタキオン。
「子供、いや、大人2名頼む」
料金表を見ながら、トレーナーが財布を出そうとする。
「あ、あの!トレーナーさん!」
デジタルが上ずった声を上げる。
「安心しろ、デジたんの分も出しておく」
「あ、ありがとうございます。けど、あっちのプランならちょっと安いですよ」
プルプルと震える指で料金表のカップルコースを指さす。
「お、おごってもらうのなら、す、すこしでも、お、お安く仕上げたいです!」
「そう、か」
トレーナーが困った様に、言葉に詰まる。
半場フリーズするトレーナーの手を引いて、受付のスタッフに話しかける。
「わ、わたし、たちは、付き合うか付き合わないかのタイミングのカップルです!」
鼻息荒く、デジタルが受付のスタッフに宣言した。
「カップルコースですね、かしこまりました」
受付の女性店員が妙に生暖かい微笑みで差し出したチケットを、デジタルが受け取り何かを言う前にトレーナーの手を引きゲートをくぐった。
そのまま2人の姿は人込みの中に消えて行った。
「大人、一人頼むよ」
「はい、
「…………」
店員の何気無い、お一人様の言葉に小さくダメージを受けながらフラフラとタキオンが2人の後を追う。
入口の人込みで2人を見失ったが、前もって彼らが何処に向かうのか盗み聞きしていたので追うのは容易だった。
「プイプイプイプイ」「ぷいぷい」「ぷぅい?」「ぷいぷ!」「もっもっもっ」
もふもふ、ふわふわのモルモットたちが、網で囲われたエリアで自由に歩いている。
「ひょえ~!ぷりちー!ぷりちーですよぉほぉ!!」
デジタルが小さなモルモットたちを見て声を上げる。
「デジたん」
「むぐぅ!?」
トレーナーが無言で、デジタルの背後に回り込み彼女の口を押える。
「あまり、大きな声を出すとモルモットたちが驚いてしまう」
「そ、そうでした、ごめんなさい」
しゅんと耳を垂らし、デジタルが項垂れる。
「気を落とすなデジたん。
ココは遊園地、楽しむ場所だ」
「そ、そうですね!デジたん、今日はトレーナーさんとのデー……お出かけを楽しみにしてたんですから!」
「そうだ。今日は楽しむぞ」
「はい!」
広いスペースの中でモルモットたちが思い思いに寛いでいる。
その様を見て、トレーナーが息を小さく吸う。
「すぅー……ぷいぷい、ぷいぷいぷいぷいぷい」
「と、トレーナーさん?!」
真顔のまま、モルモットの真似をし始める。
その姿をみたデジタルが、再度大きな声を出そうとして口を押える。
「ぷい?」「ぷいぷい」「ぷいぃ?」
トレーナーの声に反応して、モルモットたちが集まって来る。
「よし、来たか」
集まって来たモルモット数匹を、しゃがんで撫で始める。
「――トレーナーさんって、モルモット語が出来るんですね」
同じく寄って来たモルモットを、デジタルが抱き上げながら呟く。
「声を真似ただけだ。出来る語学は教え込まれた英語、それも日常生活レベル程度だ」
ふれ合いコーナーにあるベンチに座り、モルモットを撫で始める。
「ふへぇ~、モルちゃん撫で放題です~
と、トレーナーさんはモテモテですね」
さっきの、鳴き声の影響か。足元には撫でられ待ちのモルモットたちが集まっている。
もっきゅもきゅ、ぷいぷい、ぷぷいと声を上げて撫でられるのを待っている。
「よしよし、良い子だ」
トレーナーは律儀に、モルモットたちを順番に可愛がっていく。
「全部、撫でるんですか?」
「仲間外れは、かわいそうだろ?」
「ッ…………」
トレーナーが一瞬漏らした瞳に宿した光。
そこには何処か寂しげなものが宿っていた。
「次だ」
「ひょあぅん!?」
次のモルモットを撫で始めた時、デジタルが横で奇声を上げた。
「デジたん、どうした?」
尚もモルモットを撫でながら、トレーナーが首を傾げる。
「と、トレーナーさ、ひゅふ、ん、ぐふっ、それ、モル、ひゃモットじゃ、ンンない、です……」
「ピンクのモルモットは珍しいと思った。すまない、ここは
トレーナーが手を離すピンクのモルモット。
それは、モルモットではなくデジタルの尻尾だった。
「すまないじゃ、許しません!これは、
ちょっとやそっとじゃ人に触らせたりしません、ココは本当に特別な人だけにしか触らせないんです。
トレーナーさんとのデートの為に時間をかけてセットまでしてきたのに、乱暴に撫でて……
こ、これは、謝罪と賠償を要求します、こ、こんど、デジたんの尻尾をブラッシングしてください!
で、デジたんは断固抗議して、原状回復を求めます!」
ぷいとそっぽを向いてデジタルが要求してくる。
向こうを向いている頬には朱が差しているのが見て取れた。
「すまなかった、デジたん」
トレーナーが手を伸ばし、デジタルに許しを請う様に頭を撫でる。
「ご、ごごご、ごまかされませんからね!ま、マッサージ用のた、高いオイルも買ってもらいますから!」
未だにそっぽを向きながら、デジタルが要求を重ねる。
その声は裏返っている。
「了解した」
「……」
何時もと同じトーンで返すトレーナーの言葉に、チラリとデジタルが視線だけを戻す。
数秒して、デジタルがため息を吐く。
「許します。トレーナーさんはそういう人ですからね」
仕方ないと、デジタルが話した。
「…………」
「…………」
トレーナーはそれっきり黙った。ただ、自らの前に並ぶモルモットを無言で撫でて行く。
2人の間に、気まずい沈黙が満ちる。
「た、タキオンさん、レースですごい成績出しましたね!」
誤魔化す様にデジタルが話題を出す。
「良い成績が出すぎた。
用意していたプランを変更して、別の計画を変える事に成った」
「ああ、うれしい誤算ってヤツですね」
「――――――そう、だな。嬉しい誤算だ」
数秒の逡巡、あるいは迷いを経て、トレーナーが応えた。
「そろそろ、水族館に向かう。イルカのショーが始まる」
話は終わりだと言わんばかりに、トレーナーが立ち上がる。
その後をデジタルが付いて行く。
更にその後を、こっそりとタキオンが付いて行く。
(ここでは、流石に聞き取れないねぇ……けど)
楽しそうにする2人を見て、タキオンが小さく歯嚙みした。
夕方――
2人がシャトルバスに乗って、学園の近場へと帰って来る。
気が付いていないが、タキオンもついて来ていた。
「デジたん、今日は一日付き合ってくれて感謝する」
「あ、いえいえ!トレーナーさんの為なら、何時でも駆けつけますから。
たまに走り方とか指導してくださってるお礼です」
ニコニコと笑みを浮かべるデジタル。
(ずいぶん、仲が良いじゃないか?
君たちは10年以上歳が離れているんだよ?)
その様を、見ていたタキオンは面白くない。
今日1日中、ずっと、心の中に嫉妬の炎がメラメラと湧き上がって来る。
その時――
ドンッ!
何者かが、デジタルの背に当たる。
意識が目の前に集中していたデジタルがあっさりと転ぶ――事は無かった。
「危ないぞ」
トレーナーが正面から、デジタルを抱きしめ受け止める。
デジタルの眼の前、ほんの直ぐ近く、吐息の掛かりあう距離にトレーナーの顔がある。
「あ、あはは、危ないトコ、でしたね……」
誤魔化す様に笑いながら、しかしデジタルはそっと抱き返す。
「あっ……そうか……」
2人の様子を見て、燃える様な感情がサッとタキオンの中から消えた。
その様をタキオンがぼおっと、他人事の様に見ていた。
分かった。分かってしまった。
(私の好意は、一方通行だった……何が起きてもトレーナー君は無表情。
飽くまで私たちの関係は、トレーナーと生徒と言う
結局、私の気持ちはずっと空回りしていただけなんだね……)
タキオンの心の中に、諦めの感情がじわじわと染み込んでいく。
熱が消えてゆく。
怒りも、驚きも、悲しみも、あらゆる感情が消えてゆく。
ただただ、心の中に虚無が広がって行く。
「虚しいねぇ」
タキオンは2人に背を向ける。
「デジたん、今日は楽しんでくれたか?」
「はい!デジたんとっても楽しかったです。
そ、そのハジメテの……デ、デートってこ、こここんな感じなのかなって!
思ったり、思わなかったり、して、その……」
照れた様に、困った様に自身の人指し指同士をくっつけ、困ったかのように視線をトレーナーに投げては外してを繰り返す。
「そうか、それは良かった。感謝する」
右手をデジタルの頭に乗せて撫でる。
「はう、あう……ちょっぴり乱暴な手触りが、逆にグッド……」
眼を細めトレーナーに撫でられるままになるデジタル。
「これで、タキオンさんも気分転換出来ると良いですね。
最近研究に行き詰っているらしいですし」
デジタルの言葉にトレーナーの顔が若干、曇る。
「年頃の娘が何を喜ぶか、俺には分からない。
凡そのプランを立てたが、デジたんの意見が聞けて良かった」
「タキオンさんの趣味はデジたん如きでは理解しきれませんが、きっと大丈夫です!
デジたんは今日一日、とても楽しかったですから!
タキオンさんも、きっと喜んでくれます!」
「そうか」
デジタルの屈託のない笑みを見て、トレーナーも頬をほころばせた。
これは全て、研究に行き詰まるタキオンを思ってトレーナーが計画した事。
少しでも気晴らしをさせるべく、流行りのスポットを調べ、デジタルに頼み、一緒に下調べをしてきたのだった。
「トレーナーさんは、本当にタキオンさん思いですね」
「無論だ。タキオンの喜びが俺の喜びだ」
「そーれーをー!!言葉に出したまえよ!!」
トレーナーの背中に投げつけられた言葉に、驚き振り返る。
「タキオン、部屋から出て来たのか」
トレーナーが珍しく、笑みを浮かべて駆け寄った。
「ちょ、ちょっと気分転換だよ!
それより君は私のお世話をサボって、デジタル君と遊んでいたのかい?」
ムリヤリ不機嫌顔を作って、にやつきそうになる顔をなんとかしながらタキオンが不機嫌を演出する。
出来なかった。黙って帰る事など。
それどころか、あのデートが自分の為だと知ってしまった瞬間、タキオンの心はいとも簡単に復活した。
「最近のタキオンは、部屋に籠りきりだったからな。
前回のレースの打ち上げも兼ねて、何かを贈る計画を立てた。
だが、タキオンの年頃の娘が何をしたら喜ぶか、俺は知らなかったからな。
タキオンの知人のウマ娘たちに、好みを聞いていた。
よく話すマンハッタンカフェからは、一緒に居てやるだけで十分だと言われたが、やはり何か形にしたくてな。
ポッケクンには大きいパフェを出す洋菓子店を、ダンツフレームからは肌や尻尾の手入れ用のクリームを、デジたんには出かけ先でおススメのお出かけ先を教えて貰って来た。
時間を空けて置いてくれるか?」
指折り数え、説明する。
「っ~~~!!!なんだい、なんだい、なんだい!?キミは!キミはもう!
ああ、もういい、もういいよ。
付き合ってやろうじゃないか!バ鹿モルモットが頭を使って考えたデートプランを見せてごらん!!
ほら、早速出かけるよ!!」
タキオンがトレーナーの腕を掴んで引っ張る。
「今から、か?」
若干、トレーナーが困惑をする。
「明日は学校だからねえ。
さぁ、休日の残りを使って全力で私に尽くすんだよ!!
それが、君の喜びだろう?」
尚も乱暴にタキオンがトレーナーの腕を引いて行く。
「無論だ。タキオンは俺の大切なパートナーだからな」
「わ、分かっているじゃないか!それでこそ、私のモルモットだよ」
タキオンがトレーナーの腕を引っ張り、人混みの中へと消えてゆく。
その様を、デジタルが小さく手を振って見送る。
「……はぁー、デジたんすこし嫉妬しちゃいます……トレーナーさんったら、あんな楽しそうな顔をして……」
他人から見れば無表情。
しかし、デジタルは彼が喜んでいるのがアリアリと伝わっていた。
「…………」
彼女の顔から、すっと表情が消える。
先日、トレーナーの部屋で見せて貰った、過去のウマ娘たちのレースの記録。
レース映像から、練習中の記録データ、ちょっとした幕間の表情まで。
前者はともかく、後者は決して流出しないはずのデータ。
「あの、データ……トレーナーさんのお父さんのデータだったんですね……」
映像の娘たちは皆、同じトレーナーに担当された娘達だった。
突如、流星の様に現れたその男は瞬く間に、天才トレーナーの名を欲しいままにした。
当時の時代で、彼の担当したウマ娘の事を知らない者は居ないだろう。
そして、本物の流れ星の様に、地に堕ち、燃え尽き、砕け、そして跡形もなく
そのトレーナーは、タキオンの
「……やっぱり、才能が無いと駄目ですか?お家が大きくないと駄目ですか?」
自らの心の痛みを隠す様に、胸に手を当てる。
「やった!見つけた!見つけた!!やっぱりだぁ!!ヤツの息子だ!!」
とある3流ゴシップ雑誌の、一角で一人の記者が喜色満面と言った顔で立ち上がる。
その男の眼の前には古い雑誌がうず高く積まれている。
この男の名は素玖部。先日レースで勝利したタキオンとそのトレーナーのゴシップを掴むため、学園に無断で侵入して警察に連行された男である。
逮捕さえされなかった物の、厳重注意を受け尚且つトレセン学園からは事実上の出禁を言い渡された男である。
長年スクープを売り続けたUSOジャーナルから追い出されるのも時間の問題だろう。
「あんの鉄面皮トレ!覚悟しやがれ!!お前のトレーナー人生も終わりにしてやる!!」
恨みを込めた顔をして素玖部がPCのキーボードを叩き始める。
「ヤツの、ヤツの生まれは牛頭家だ!!ウマ娘を必ず勝たせる奇跡のトレーナーの息子!!
そして、数々ウマ娘を故障させ再起不能にした悪魔の息子!!」
素玖部のデスクに散らばる資料には、タキオンのトレーナーとよく似た顔をした男が乗っている。
多くは悲しそうな顔をしたウマ娘ばかりで、見出しには『足と引き換えの勝利』『勝利の糧に足を奪う』『奇跡の代償はウマ娘の命!!』などなどセンセーショナルな見出しが載っている。
「噂じゃ、世間のバッシングに耐え切れなくなって自殺したらしいが……まさか、息子が居たなんてな。
悪魔の息子、再びレース世界へカムバック……くくく!!売れる!!この記事は売れる!!」
ケタケタと狂ったように男は笑いながら、キーボードを叩き続ける。
「名家のお嬢様をトレーニングして、一発逆転狙いかぁ?
まさか、あの鉄面皮トレにこんなヤベェ、バックボーンを抱えてるとはな!!」
悪意を乗せた指が、同じくたっぷりの悪意を乗せ、面白半分で露悪的な記事を制作していく。
デジタルが思った以上に、キャラとして育ってきてる……
ヒロイン誰だっけ?
モルモット?