意外と書きたい展開通りにならない……
チクショウ……
ガチャ――
「む」
「あ……」
開かれた扉越し、部屋の中にいる者と外にいる者の両名の視線が絡んだ瞬間、気まずい空気が二人の間に流れる。
一人は栗毛に制服の上に白衣といういで立ちのウマ娘アグネスタキオン。
そして彼女と視線を交わすもう一人は人間、彼女のトレーナーだ。
此処はトレセン学園のトレーナー寮。
トレセン学園の端の端に位置する、古びた寮だ。
当然トレーナーが駐在し、その担当するウマ娘が姿を見せる事は珍しい事ではない。
そう、ウマ娘とそのトレーナーというのはこの学園では
さて、話しは僅かに変わるがここでこの学園の『あるある』ネタを一つ紹介しよう。
ウマ娘たちのダービーの後には、勝者によるライブ『ウイニングライブ』が存在する。
歌って踊って華々しく勝利を飾るステージだ。
その練習を他人に見られるのを恥ずかしがったウマ娘が、ライブの練習にトレーナー室を借りるという物。
三女神の悪戯なのか、誰も来ないと安心しきったウマ娘がライブの練習に夢中になり、部屋に近づく足音に気が付かず、しかも丁度振り付けの中のキス顔のタイミングでトレーナーがドアを開けてしまうという不幸な事故だ。
不思議な事にこのタイミングで扉を開けてしまうトレーナーは数多くいるらしい。
今回、運命の三女神はこの悪戯のターゲットに、タキオンとそのトレーナーを選んだようだ。
ただ、一つ違うのは――
「え、トレーナー君?
一体何をして、いるんだ、い?」
困惑するタキオンを他所に、ダンスのポーズのまま固まった
「ウイニングライブの練習だ」
「な、ンで!!君が踊ってるんだい!!」
声を荒げるタキオンの前で、
「ウイニングライブの踊りの練習もまた、トレーナーの役目だ。
ならば、俺自身が踊れなければ指導は出来ない」
真剣な面持ちで、ドレス姿のトレーナーが語る。
「ど、ドレスを着た理由は!?趣味か?君の趣味か?
一体何処で手に入れた?」
「自作だ。より、クオリティの高い踊りのデータを見るために服装もより、本番に近くした」
そう言ってトレーナーは自身のスカートの裾を摘まむ。
トレーナーの身長はおよそ170後半、やせ型体系ではあるが明らかなミスマッチすぎる組み合わせである。
砕けた言い方をすると、キモイし不気味なのである。
「はぁー、バ鹿モルモット!!
努力の方向性がおかしい上に、なんで変に思い切りが良いんだよ、キミはぁ!!」
「褒めるな」
「褒めてない!!」
「にしても……トレーナー寮というのは初めて入ったが、聞いていた噂ほどでは無いんだね」
部屋のソファに腰かけたタキオンが、トレーナーの淹れた紅茶に手を伸ばしつぶやいた。
「噂?」
机でキーボードを叩きながら、トレーナーが答える。
タキオンに指摘された結果、服装は何時もの礼服に戻っている。
「とても快適で過ごしやすいとか、授業をサボって入り浸りたくなる、なんて噂さ。
私にとっては、自分の研究室の方が過ごしやすいね」
ソーサーに紅茶を戻すとゴロンとソファに横になって、あくびをする。
天井にはシミ、壁には小さなヒビ、校舎と比べあまり快適とは言えない部屋だ。
「この寮のこの階は特別だ。
増築とリフォームが繰り返され、その中で唯一取り残されたのがこの階だ」
「ふぅん……確かに、全ての部屋を完全に工事してしまうとトレーナーたちの仕事に支障が出るだろうからね。
仕方なく残る場所もある、という事か。
貧乏くじを引いた様だね」
タキオンは内心(幽霊にピッタリの場所だ)と密かに笑った。
「構わん。この階を使っているのは皆、俺の同期だが文句をいう奴など居はしない」
「そう言えば、案内板で君の名前を探してる時に、他のメンバーもいたね」
「俺と切磋琢磨するライバルたちだ。
互いの夢と野望を語り合った戦友だ」
「ふぅん……」
興味なさげに、タキオンがソファの上で転がった。
「退屈か?すまないが明日、提出用の書類が溜まっている。
作業に支障の出るタイプ副作用の出るクスリの実験には付き合えない」
パソコンから顔を上げて、トレーナーが視線を投げる。
「別に実験目的で来た訳では無いよ。
弁当箱の返還とトレーナー寮を見に来ただけさ。
まぁ、君に拒否権は在りはしないんだが」
「そこのビデオデッキにウマ娘のレース記録がある。
興味があるなら見ても構わない」
トレーナーが指で指示した先に、タイプは古いがレースを写したビデオがぎっしりと集められていた。
「ほほぉ!興味深いね、是非とも見せて貰おうかな?」
タキオンが座り込み、ビデオの山のレーベルの名前を確認し始める。
「ん?」
その中の一本を見てタキオンの動きが止まった。
きっちりと名前とナンバリングの振られたビデオの中で、一本だけ何も書かれていないビデオが存在した。
「見てみようかな」
人とは不思議な物で、他と違いのある物というのは気になる。
それはウマ娘である彼女も同じだった。
数秒のラグの後、画面に映像が映し出される。
『――問題の学校は一月前に既に廃校となっていたが、当時の姿をそのまま残している』
それはレースの画像では無かった。
リポーターと思しき人物が、モザイクの掛かった学校と呼ばれた施設に入っていく。
『ここが、件の写真が取られた教室です。
今は誰も居ませんね……
一ケ月前まで生徒が居たとは思えない、静けさです』
重い雰囲気、不安を煽る番組内容。
それは所謂『ホラー番組』という奴だった。
「なんで、こんな物が紛れてるんだい?」
呟いたタキオンが振り返ると、トレーナーまでもがじっと画面を凝視しているのに気が付いた。
『では、スタンドで改めてこの部屋で撮られた心霊写真を見てみましょう。
この怨霊は未だ、この学校にいるのか……』
その言葉と共に、TV画面に子供たちの日常を切り取った写真があげられる。
『ソレ』を見た瞬間、タキオンが小さく息を飲む。
教室の端で、子供には似つかわしくない射抜く様な目を滾らせた、少年の霊……
「コレ、君じゃないか?」
「小学生時代の俺だ」
「ぶっふ!!幽霊に間違われて、番組に取り上げられてるのかい!?」
笑いながらタキオンが床を叩く。
『これは、非常に強い力を持った悪霊ですね。
私ね?この道30年やって来たけど、これほどの悪霊見たこと無いよ。
この教室のみんな、絶対10年無事でいられる訳ない。
これ、本当に危ない悪霊よ。
寧ろ『祟り』って呼んでも良いレベルね』
霊能力者が真剣な面持ち、小学生時代のトレーナーを示す。
「あっはっはっは!!悪霊!!祟り!?
はぁ~っはっはっは!!こ、こんなに笑ったのは久しぶりかもしれないねぇ」
「俺のTVデビューだ」
「そうか、君は、君としては喜ばしいんだな?
あっははっはっは!!
ああ、お腹、お腹痛いよ!!はっはっはっは!!」
タキオンがダンダンと床を手で叩く。
「タキオン、静かにしろ。
他のトレーナーに迷惑が掛かる。
しまった、見入ってしまった。
資料が遅れると、たづな秘書に怒られてしまう」
「あー……彼女は私も少し苦手だねぇ……」
タキオンがたづなの名を聞いて苦い顔をした。
「教室での実験でちょっとしたミスをした時、ずいぶん追いかけられたよ。
張り付いたような笑顔で、どんなに走ってもずっと付いてきて……
あまり、思い出したい記憶ではないね」
脚には自信があったタキオンにとってあまり思い出したくない記憶の一つだった。
「それより、なんでいきなりウイニングライブの練習なんだい?
先に走りこみや、タイムの測定とか、やるべき事はいくらでもあるハズだろ?
なぜ、君は勝利の為に必要な事よりも、
話題を変える様に、言葉を発する。
「次のデビュー戦、お前の敵はいない」
なんてことも無い様にトレーナーが言い放った。
仮にもレースだ。
参加しているウマ娘たちも皆、ダイヤの原石である。
そのなかで、トレーナーという優秀な職人によって実力は開花されていく。
誰が勝ってもおかしくはない。
勝利出来る保証など何処にもない。
だが、このトレーナーはそれでも、『勝利出来る』と言い放った。
「お前の基本スペックは契約を決めた『あの時』に見せて貰った。
そして、エントリーしているメンバーの実力を見て判断した。
もう一度言おう、
自信に満ちた、強い言葉遣いでトレーナーが断言した。
「やれやれ、まともにトレーニングもせずにプレッシャーばかり掛けて……
君は本当にひどいトレーナーだな」
諦めた様に、だが少しだけ嬉しそうにタキオンが答えた。
「トレーナー君、紅茶のおかわりを淹れてくれよ。
出来ればクッキーとかの茶菓子も一緒にね」
「そうだな、俺もすこし休みにしよう。
丁度、提出用の資料がひと段落した所だ」
そう言うと、トレーナーはノートパソコンを畳んで立ち上がる。
「休憩にはこれに限る」
部屋の小さな冷蔵庫から、牛乳パックを取り出す。
「少なく成って来た。また、買いに行かないといけないな。
一日一杯が健康の秘訣だ」
「トレーナー君、早くしておくれよ~」
ソファから白い袖がクルクルと旗の様に回され、タキオンが催促する。
「今、向かう――むっ!?」
歩き出したトレーナーの視界が傾き、同時に右足に走る激痛。
一瞬遅れて理解する。さっきの踊りだ。
過剰なまでのダンスはトレーナーの足に負荷をかけていた。
その負荷が、今、足をつるという形で姿を見せたのだ。
いや――
この際、原因はどうでも良い。
問題は持っていた牛乳パックが自身の手を離れ宙を舞っている事。
そして、その行く先はパソコンへ向かっているという事。
「しまった、資料が!させん!!」
トレーナーは痛みを堪え走り出すと、自らの拳を握り牛乳パックを殴り飛ばした!
正直な話をすると、間に合うとは思っていなかった。
だが、ほんの僅か、ほんの少しでもパソコンへの被害が減ればと考えての行為だった。
その結果、拳は見事に牛乳パックを捉え、パソコン衝突コースは避けられ、資料は守られたのだった。
「良し!」
パソコンの無事を確認して、トレーナーは胸を撫でおろす。
数滴の白い点はあるが、これ位なら問題は無い。
「トレーナーくぅん?何が『良し!』なのか、ぜひ私にも教えてくれないかい?」
耳に届いた声の先、何時もの栗毛が白く染めたアグネスタキオンが、頬を引きつらせながら立っていた。
足元に転がる空の牛乳パックが何が起きたのかを物語っていた。
「俺のポケットには常にハンカチがある。
社会人としての当然のエチケットだ」
トレーナーがハンカチを取り出し、タキオンの顔を優しく拭う。
フキフキ……フキフキ……
「良し」
「良い訳あるか!!」
キレたタキオンの怒号が響く。
「君という奴は!ほんっとうに!君という奴は!!
先日の
タキオンが更に白さを増した白衣で、トレーナーを揺さぶる。
「牛乳臭い」
「……っ!誰のせいだと思ってる、バ鹿モルモット!!」
タキオンの怒号で、寮の壁にピシリとヒビが入った。
古びたシャワーの蛇口を捻ると、温水が流れ汚れた頭髪が清められていく。
「トレーナー君、本当に反省しているんだろうね?」
「無論だ。あの時は後先を考えていなかった。
俺の落ち度だ」
浴場から声をかけると、くぐもった声が返ってくる。
トレーナー室に備え付けられた、トイレが一体化したユニットバスでタキオンはシャワーを借りていた。
「まったく、いきなりシャワーを借りる事に成るとは思っていなかったよ……」
「タキオン、制服を水で流してくる。
変えの服は俺のシャツを使え」
その言葉と共に扉が開く音が聞こえた。
「いやはや……彼の間抜けというか、空気の読めなさというか……
こう、独特な間合いは、本当に疲れるよ……」
そう呟いて、タキオンがシャンプーのボトルを手にする。
普段は使い慣れないメンソールの香りがする。
「ふぅん、彼はこういう香りが趣味なのか」
思い返してみれば、今日一日でずいぶん新しい発見があった。
同期が5人いる事、ハンカチをいつも持ち歩いている事、ウマ娘の資料をたくさん持っている事、意外とTV写りを気にするミーハーな面がある事、紅茶派でもコーヒー派でもなく子供っぽい牛乳派な事。
「抜けているのは、前から知ってたかな?
なるほど、確かにトレーナー寮とは刺激的な場所だ。
思ったより多くのデータを得れたな。
スカーレット君には感謝だ」
そんな事を呟いて、タキオンはシャワーの栓を止める。
体をふいて、用意されていたトレーナーの変えのシャツを着る。
幸い上着は濡れたが、スカートは無事だ。
だが、スカートまですっぽり収まって、まるでワンピースの様なサイズ感だ。
「彼の服を着るとこうなるのか、これも新しい発見だね」
その時、部屋の扉が開く音がした。
タキオンはそのまま、部屋へと向かった。
「トレーナー君、シャワーを浴びたからもうお風呂使っても――あ」
言葉の途中でタキオンがフリーズした。
部屋のドアを開けて立っていたのは、トレーナーでは無く緑の帽子の――
「こんにちは、アグネスタキオンさん」
たづなその人だった。
「タキオン、今帰った。む?」
たづなの後ろからトレーナーが姿を見せる。
「ああ、良かった。
今からこの状態の説明を頂けますか?」
たづなが部屋の中を指さす。
具体的には、脱ぎ散らかされたライブ用のドレス、トレーナーのシャツを身に着けた風呂上がりののタキオン、そして最後にトレーナーの手にあるびしょ濡れの制服。
「タキオンさんがお風呂を使った理由に申し開きは?」
「俺の責任だ。頭から派手に全身真っ白に汚してしまったのだ」
ピシっ!
空気が一瞬で張り詰める。
たづなの纏う雰囲気が一気に尖り、タキオンが震えあがるがトレーナーは気が付かない。
「彼女の制服を持っている理由は?」
「こちらも白くドロドロに汚れてしまったからな、臭いがキツくなる前に洗ってきた」
ビッキ!!
たづなの空気が更に張り詰める!!
「アレですか?ウマぴょいですか?」
「ウマぴょいなら、さっきしたな。
足腰が立たなくなるまで」
「と、トレーナー君!?
もう少し、言葉を選んだ方が――」
「タキオンさんとそのトレーナーさん。
理事長室へ来てもらえますか?
ええ、言い訳を考える時間も必要ですから、30分ほど後にしましょうね?
……逃げるなよ?」
触れた瞬間、弾けそうな殺気ともいえる雰囲気は放ち、たづながその場を後にした。
「ふう、切り抜けたか」
「詰みだよ!!このバ鹿モルモット!!!」
ドヤ顔をするトレーナーを、タキオンが怒鳴りつけた。
その後タキオンが必死になって事情を説明し、事なきを得ました。
ガイドラインに反してないよね?
大丈夫だよね……?
トレーナー君の秘密②
手先がすさまじく器用。