ガラスごしのVisions   作:ホワイト・ラム

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かなり時間が空いてしまいましたが、投稿です。


どうにもならない

トレセン学園の校舎は広い。

多数の教室に特殊科目の教室、保健室や食堂そして忘れてはいけないのがウマ娘たちが自らの技と速さを磨く体育館とグラウンドだ。

敷地面積が広ければ、必然何らかの動物たちが生息していてもおかしくない。

事実、猫を見たなどの話は大して珍しくは無い。

 

 

 

「えっと、おはようございますぅ。ごはんの時間ですよ、でてきてくださーい」

トレセン学園の茂みの中、何処かオドオドした様が何かを呼ぶ。

自身なさげに垂れたウマ耳に、同じく気弱そうな瞳で犬用のエサ入れを持っている。

彼女の名はメイショウドトウ。

 

その時――

 

がさがさ……!

 

「ヴぉっふ、ヴォッフ!」

茶色と黒の毛皮の動物、タヌキが姿を見せた。

動物は珍しく無い、とは言った物の流石にタヌキは少し珍しい。

 

「あ、タヌキさん!おはようございます、ご飯を持って来ましたよ?」

 

「ヴぉほ……!」

尻尾を振りながら、タヌキはドトウの持って来たエサ入れに夢中になる。

 

「沢山、食べてくださいね」

このタヌキはドトウが遠征の時になぜか懐いてきたタヌキだった。

尻尾を振り、野生なのになぜかドトウに対して非常にフレンドリー。

そして、気が付くとなぜか学園の中にまで付いてきてしまっていた。

 

「お部屋の中で飼っちゃだめだから、こんな事しか出来ないですけど……」

霧中になって餌を食べるタヌキの様子をみて、ドトウが幸せそうに眼を細める。

暫くしてタヌキが食事を終えるのを確認してドトウが立ち上がる。

 

「今日も大人しくしててくださいね、他の人に見つかっちゃダメですよ?」

そう言葉をかけ、ドトウがその場を去る。

 

「はぁううう!?」

すてんと転んだドトウを見送り、タヌキは小さくため息を着いた。

 

「ヴォッフ……オッフ」

腹が満たされ満足したタヌキはゴロンと草の上で横になる。

カリカリと後ろ脚で耳の後ろを掻く。

リラックスした時間が流れて行く。

 

ゴソゴソ……!

 

「ヴォフ?」

草をかき分ける音が再度する。

タヌキはドトウが戻って来たのかとそちらに目をやるが、現れたのはドトウでは無かった。

ウマ娘では無く人、生徒では無くトレーナー。

アグネスタキオンの担当トレーナーその人が姿を見せた。

 

「タヌキか?」

 

「…………?」

トレーナーとタヌキの視線が交差する。

数秒の無言の後――

 

「タヌキか、いいかもしれないな」

そう言って深く頷きトレーナーはタヌキに手を伸ばした。

 

 

 

 

 

「ふんふふん~ふん~」

トレーナー室の一角でタキオンが何時もの様にソファに寝転び科学雑誌に目を通していた。

ついこの間、アメリカで発表された論文の一説に目を通す。

 

「ネオパラレルエンジンの安定化理論法とそのエネルギー波動での身体向上理論ねぇ……」

半分怪しみながらタキオンが読み進めて行く。

雑誌に目を通しながら、タキオンが右手をテーブルの方へ伸ばす。

木製の器の中、タキオンの手がむなしく空を掴む。

 

「おや?」

タキオンが雑誌から目を離し、器に何も入っていない事を確認する。

 

「トレーナー君ー、ビスケットが無くなったよ。

お替りを持ってきておくれよー。

次いでに紅茶も頼むよー」

タキオンの言葉に、僅かに聞こえていたパソコンのキーボードを叩く音が止まる。

 

「ダメだ」

 

「えー、なんでだよー。

まさか、体重がどうとか言う気じゃないだろうね?

この前のレースの結果を忘れた訳じゃあるまいだろ?」

タキオンが壁のコルクボードに貼られている、自身の姿を写した新聞の切り抜きを指さす。

そこにはタキオンをたたえる謳い文句が華々しく踊っている。

最早3度目のレース、その全てでタキオンは輝かしい成績を収めている。

 

 

 

「そうではない。もうじき昼食の時間だ。

間食は控えるべきだ」

11時の時計を見てトレーナーが立ち上がる。

 

「そう言えば、月末か。

また、()()か」

そう呟いてタキオンも立ち上がり、トレーナーの後ろをついていく。

改築と増築を繰り返したこの旧トレーナー寮はそれぞれの部屋に、コンロとシャワー室が有るがそれとは別に大きな共用スペースの台所も存在している。

 

タキオントレーナーを始めとした、同期の6トレーナーは金の無い月末は皆で料理を作り食べる事に成っている。

最も最近は皆、忙しく全員が集まる事も少なくなっているのだが……

 

「先月はお隣さんのコンビが作る焼きそばだったねぇ」

タキオンは先月の巨大鉄板に乗った大量の焼きそばを思い出す。

担当トレーナーとウマ娘の二人の焼きそばは絶品だった。

焼きそばを作るトレーニングでもしたのだろうか?

 

「今月の当番は俺だ。

実は昨日の内から用意してある。

温め直しせば、すぐにでも食える」

 

「へぇ、煮込み料理かい?」

 

「ああ、珍しい食材が手に入った」

そう言ってトレーナーは共有の炊事場に顔を覗かせる。

そこには大鍋がコンロの上に鎮座していた。

 

カチっ

 

小さく音がして点火させられる。

昼食の時間までには十分温まるだろう。

 

数分後、炊事場にいい香りが漂い始めた。

 

「すんすん……良いニオイです……」

ふらぁっと、香りに誘われる様にドトウが姿を見せる。

きゅるるっと、切なそうにお腹のなる音が聞こえた。

 

「メイショウドトウか、既に食えるぞ?」

空っぽのお椀をトレーナーがドトウに差し出す。

 

「あのぉ、先に私のトレーナーさんに持って行ってあげていいですか?

お仕事が追い込み中みたいなのでぇ……」

 

「分かった。タッパーに入れておく」

予め予測していたのか、トレーナーがタッパーに鍋の中身を入れて渡す。

 

「ありがとうございます。すぐに渡して来ますね~」

 

「急がなくて良い。転ぶ」

軽く注意をしてトレーナーがドトウを見送った。

 

「さ、タキオン。食事にしよう」

鍋の中身をどんぶりに入れてトレーナーが差し出した。

 

「ふーん、けんちん汁か、悪くないね」

はふはふとタキオンが箸で具を掬う。

特段『ごちそう』というイメージは無いのだが、温かく家庭料理という味がする。

何時もの弁当とは違う、温かい料理という物の良さに頷く。

 

ごとッ

 

「喰え」

 

そんなタキオンの横、トレーナーが木箱を置く。

その中にはビニールで一食ごとに小分けされた麺がはいっていた。

小中の学校給食で出るアレである。

 

「ふぅん、炭水化物はコレで補えって事か。

良いじゃないか」

一つタキオンが取り上げると、汁の中に入れて啜った。

 

「ほっ……」

幸せな温かさを口に、タキオンがため息を吐く。

 

「いいじゃないか……うん……トレーナー君は良いお婿になるよ」

ほっとする感覚にタキオンが目を細める。

 

「ただいま、戻りましたぁ!!」

僅かに息を切らせ、ドトウが姿を見せる。

走って来たのか、なかなかのスピードだ。

その姿を見たトレーナーが無言で昼食を差し出す。

 

「珍しい食材が入った。沢山食べて行け」

 

「あ、はぁい」

ドトウがタキオンの向かいの椅子に座って食べ始める。

 

「おいしいですぅ」

麺を啜りながら、ドトウがトレーナーに話す。

 

「ドトウ君、私の勘違いかもしれないんだが……

君、何か悩み事でもあるのかい?」

先ほどのドトウの小さな会話と態度の違和感をタキオンは感じ取っていた。

 

「え、なんで分かったんですか?」

タキオンの言葉にドトウが目を丸くする。

半ば『勘』ともいうべき物だったが、正解だった様だ。

 

「なんだが元気が何時もより無い様に見えてね。

まぁ、悩みの無いウマ娘なんて居はしないんだろうがね」

ずずっと麺を啜りながらタキオンが話す。

 

「えっと、実はダメだって知ってるんですけど……

その、遠征の時に仲良く成ったタヌキさんが付いてきちゃって……

毎日ご飯を上げてるんですよ……けど、昨日の朝から見て無くて……

私がタイミング悪くて会ってないだけだと思うんですけど……」

予想の斜め上の悩みにタキオンが一瞬固まる。

 

「まさかウチの学園にタヌキまで居たとはね。

だが、『タヌキ』は『他抜く』に通じる名を持つ動物だからね、我々の様な競技者にとっては演技の良い動物かもしれないよ?

ドトウ君も気に入られて良かったじゃないか」

はははとタキオンが笑う。

因みにタヌキと他抜くはたった今タキオンが考えたデタラメである。

薬品の投薬実験も兼ねて、ドトウの力に成れるかと思ったがそうはいかない様だ。

 

「まぁ、その内、出てくるのを待つしか無いだろうね。

こればかりは、私も門外漢さ」

 

「そ、そうですね……」

不安を誤魔化すかの様にドトウが汁を飲み干す。

 

「お替りもあるぞ」

 

「欲しいです!」

ドトウが立ち上がりお替りを貰いに行く。

不安でも空腹に変わりはないのだろう。

2杯目を食べるドトウを見てタキオンも立ち上がる。

 

「トレーナー君、私にもおくれよ」

タキオンが大鍋の前に立つ自身のトレーナーに椀を渡す。

おかわりを受け取り、僅かに機嫌を良くしたドトウを横目で見る。

 

「無論だ。まだまだ沢山ある」

 

「けんちん汁なんて久々に食べたよ。

外食ではわざわざ注文してまで食べはしないからね。

それはそうと、さっき言っていた珍しい食材は何なんだい?」

 

「これはけんちん汁ではないぞ」

トレーナーがお替りを注いでくれる。

 

「うん?」

タキオンの脳裏に?マークが現れる。

 

「地方による呼び名の差異かい?」

 

「これは()()()()だ」

 

 

「え……?」

タキオンは今、自身が手にしているお椀の中身に視線を注いだ。

大根、牛蒡(ごぼう)、長ネギ、こんにゃく、大ぶりの人参に混ざっている謎の肉。

謎の……『肉』。

その瞬間!瞬時にタキオンのシナプスが繋がった!!

 

「わわわわわわ……」

行方不明のタヌキ、珍しい食材が手に入ったというトレーナーの言葉、そして今食べている料理の名は――『タヌキ汁』

 

「き、君という奴は――!!

なんてことをするんだい!?」

 

「どうしたタキオン?俺はお前に喜んでもらおうとしただけだが」

タキオンの態度にトレーナーが僅かに困惑した様な表情をする。

 

「タキオンさん、どうかしたんですか?」

ドトウが不思議そうにこちらを見てくる。

 

「い、いや、なんでも無いんだ気にしないでくれたまえ」

タキオンが必死になって誤魔化した。

 

「おかわりか?メイショウドトウ」

タキオンの後ろ、もう空っぽになったお椀を手にしたドトウが立っている。

 

「え、ドトウ君もう食べたのかい……?」

タキオンが冷や汗を浮かべる。

 

「はい、お野菜がトロトロで、お出汁の味も優しいです。

あったかい味がしますぅ……」

うっとりした表情でドトウが両頬に手を当てた。

 

「大鍋いっぱいに作った。好きなだけ喰え」

 

「じゃ、じゃあ、もう一杯だけ貰っちゃいますね」

トレーナーの言葉にドトウが大鍋からタヌキ汁を自身の椀によそう。

 

「このお肉もおいしーです!」

はふはふとドトウが嬉しそうに食べる。

 

「あわわわわわわわ」

笑みを綻ばせるドトウ、それに対してタキオンの表情はドンドンと青くなっていく。

うんうん、と何かを確かめる様にトレーナーが頷く。

 

「いい出来だ」

 

「い、一時中断ー!!トレーナー君、ちょっと作戦会議だ!!」

 

「タキオン?どうしたのだ?」

トレーナーの手を引いて去って行くタキオンを見て、ドトウが首をかしげる。

 

 

 

「トレーナー君?一応確認なんだけど……あの料理は『タヌキ汁』なんだよね?」

校舎の影にトレーナーを連れて来たタキオンが問いただす。

 

「無論だ。けんちん汁ではない。

正確にいうなら麺が入っている為――」

 

「ああ、そっちは良い。小さな差異だよ……

けど、問題は……」

タキオンが頭に手を当てて悩む。

 

(よりにもよってドトウ君に食べさせるなんて……ワザとではないにしても結果が邪悪過ぎないかい?!)

タキオンはぐるぐると脳内でこの状況を整理する。

 

1タヌキは既に調理済

 

2おそらくタヌキはドトウ君が懐かせていたモノ

 

3そして結構な量を食べてしまっている

 

この3つのポイントを念頭にタキオンがこの事件の解決策を試案する。

天才と呼ばれた頭脳、様々な学問に裏打ちされた知識、そして不可能を可能にする柔軟な思考能力。

それらがタキオンの脳内で、遂に答えを出す――!

 

「あれ?コレ詰みなんじゃないかな?」

タキオンが何かを諦めた顔をする。

幾ら頭が良くても不可能な物は不可能である。悲しいね。

 

「うん、もうどうしようも無いね。

帰ろうトレーナー君」

 

「なんだったんだ?」

やり切った顔でタキオンがトレーナーの手を引いて帰る。

 

「どうやら、皆が来た様だったな」

ほぼ残っていない空鍋をトレーナーが覗きこむ。

 

「皆が皆、忙しいのだ。

顔を合わせる事が出来なかったのは、少し残念だな」

残った汁をどんぶりに移し、流しに溜まったお椀と箸を洗い始める。

 

「トレーナー君、今日は私は自らの頭脳でも不可能があると思い知らされたよ」

タキオンがトレーナーの背に言葉を投げかける。

 

「どうした?特段になにか、あったか?」

 

「私でも調理されたタヌキの肉を一匹のタヌキに戻す事など不可能という事さ」

 

「この料理にタヌキの肉など入っていない」

 

「え!?だって、()()()()なんだろ!?」

 

「この場合のタヌキはコレがタヌキだ」

そう言って、鍋の底に張り付いていたこんにゃくの欠片を箸で摘まんだ。

 

「タヌキに騙された。という洒落らしい。

俺の地元ではそう教わった」

 

「じゃ、じゃあ珍しい食材ってのは?」

 

「おー!コレ、ソフトスパゲティ式麺じゃねーか!!

一般販売してないレアモンじゃねーか!!」

タキオンの質問に答える様に、いつの間にか居たお隣さんがビニールに入った麺を手にしていた。

 

「知っていたか。先日タキオンのレース場の近くの製麺工場で入手した物だ。

せっかくだから、今回は麺に合う料理にした。

まだ、余ってるから持っていくか?」

木箱の麺を取り出して見せる。

 

「ッしゃあ!今宵はこれで大盛塩サバ定食祭りだ!!

まってろよ!!秋のサンマ共!!」

そう言って木箱を抱えて葦毛のウマ娘が走っていった。

 

「……なんだか、どっと疲れた。

午後からは休みで良いかい?」

 

「構わないが、どうしたんだ???」

一体何にタキオンが疲れているのか、一切分からないと言った顔でトレーナーが話す。

 

 

 

 

 

昼食も終わり、大鍋いっぱいに有った汁も麺も全て無く成りトレーナーがごしごしと鍋を金だわしで洗う。

その様子を午後の授業を丸々サボったタキオンが背後で眺めている

 

「タキオン、お前は想像力が豊かだな」

水を切って大鍋を乾いたタオルで吹きながらトレーナーが笑う。

 

「君のバ鹿さ加減なら十分在りうるからさ!

まったく、君を見ていると私の心音が五月蝿くて仕方ないよ。

最近は症状が悪化して君の事を考えるだけでも、動悸が激しくなってしまって困るよ」

タキオンは自らの言葉を言い切った後に、ハッとした。

 

(これでは別の意味に取られてしまうじゃないか?!)

そう考えると、不思議な事に更に心音が激しくなった気がした。

 

(おかしいぞ?こんな状態、レース中でもないのに……)

 

「タキオン」

トレーナーが真面目な顔。

いつも通りの無表情だが、少なくともタキオンにはいつもより真面目に見えた。

 

「俺は野生のタヌキは捌けない。

済まない、本物のタヌキ汁は作ったやれないんだ」

 

「何となくそんな気がしてたよ!!」

タキオンは胸の高鳴りを誤魔化すように叫ぶ。

 

「だが、もし食べたいというのなら、勉強してみるか。

()()()()()()()()

 

「捕まえた?何を?」

 

「タヌキだ。知っているかタキオン、タヌキは他抜くに通じる動物だ。

この前学園内で野生の物を捕獲した。

皮を剥いで使う気だったが、調理するのも悪くない。

倉庫の中に閉じ込めている」

 

「トレーナー君!!今すぐその子を解放してあげるんだ!!」

 

「なぜだ?なぜ縁起物を逃がすような真似を?」

 

「その子が居るだけで、救われるウマ娘が居るんだよ!!」

 

 

 

後日

 

「タキオンさーん、タヌキさん見つかりましたぁ。

言われた通り、待ってたら出てきてくれましたー」

ドトウが嬉しそうに微笑む。

 

「あ、ああ、そうだろ?良かったねぇ」

ぎこちない笑顔でタキオンがドトウに返した。




こんにゃくをタヌキという文化は一部地域に有る様ですね。
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