TSクズ娘は百人の男を誑かしたい   作:げれげれ

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6話「私だって、最低の人間さ」

 ふとした時に、思い出してしまうことがある。あの時の自分が、間違ったことをしたとは思っていない。

 

 だけど、今でも夢に見てしまうんだ。その時の仲の良かった友人の、恐怖で血の気が引いた視線が忘れられない。

 

 

 あの学校に、もはや私の居場所はなかった。だから、私はアメリカから逃げ出した。

 

 

 ああ、神様。本当に神様というヤツが存在するのであれば。

 

 ────どうか私を、断罪してくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「江良カスが自首しやがった、ガッデム!」

「……」

 

 その日は朝から、悪魔(アマネ)が猛っていた。

 

 理由は、稼ごうと思っていたカモに逃げられたからである。

 

「前科持つのが怖くないんですかね。あー、当てが外れました! アイツでたっぷり稼ぐつもりだったのに!」

「……稼ぐ?」

「慰めてください。エラカス用のネットで買春客を募集する宣伝素材、作ってたのが無駄になりました。アイツならそれなりの値段で売れたのに」

「良かった。先輩に自首するよう説得して、本当に良かった」

 

 江良先輩は、盗撮という罪を犯した。それによって、私を含め傷ついた娘がたくさんいた。

 

 だから、法の裁きを受けることになった。それが、彼女の負うべき責任なのだ。

 

 あの年で前科を持ってしまえば、この先一生苦労することになるだろう。しかし、誰かに裁いて貰える事になった先輩が、私は少しだけ羨ましかった。

 

「こうなれば慰謝料です! 私の受けた精神的苦痛を金額に変えるんです、たっぷり巻き上げますよ!」

「……好きにしろ、そりゃお前の権利だ」

「そしてあの方のお店に通うんです! ああセイさん、もう一週間もお店に行けてません。私、忘れられたりしてないでしょうか……」

「クズと乙女を共存させるな」

 

 最近、アマネは何かと金に煩くなっていた。元々、金銭欲の塊みたいな女だったが、最近それが顕著になった。

 

 その理由は、男に惚れたからであるらしい。好きな男のバイトする店に通うため、お小遣いの消費が激しくなったという理由だ。

 

 この女にも、ヒトらしい感情は有ったのだ。これを機に、何とか真人間に戻ってほしいものである。

 

「あ、そうだマス子! 金ですよ、金♪ 5千円寄越してください、そういう約束でしたよね」

「ちっ、覚えてやがったか」

「私は貴女のために、色々手を尽くしてやったんですよ! 卑劣な盗撮犯からあなたたちを守るため奮闘したのです、それに対する感謝の心と、誠意(マネー)をください。その金で『まんまる餃子亭』に行きますので」

「や、最初は普通に支払うつもりだったんだが。お前から話の全貌を聞いて、踏み倒すことにした」

「はぁぁぁ!? 私に何の落ち度があるってんです!?」

「運営してる掲示板の管理責任」

「あだだだだだだ!!」

 

 アマネが目を見開いて私の胸ぐらを掴み上げてきたので、逆に顔面を掴ん(アイアンクロー)でつるし上げる。

 

 こいつ、まだ私から金を取るつもりだったのか。こいつもむしろ、私やネギネギに慰謝料払えってレベルだろ。

 

「酷いです、そうやってマス子はいつも私を悪者にして!」

「実際、いつも悪者じゃろ」

「マス子は何時もそう。私を利用するだけ利用しておいて、飽きたらポイなんですね!」

「急にヘラるな」

 

 お前なんぞ、むしろ利用し(かかわり)たくない。

 

「ふんだ、もういいです! 次からマス子の頼みなんか聞いてあげませんから」

「……はぁ。わかったよ、今度メシ一回奢ってやるから」

「本当ですか!? いつですか、今日ですか? まんまる餃子亭に行きますか?」

「安いなーコイツ」

 

 ただアマネは、何をしでかすか分からない爆弾のような女。

 

 へそを曲げられて、くだらない悪戯をされても面倒だ。一食くらい奢ってやろう。

 

 こいつは馬鹿でゲンキンなので、意外と扱いやすい。

 

「今日はバスケ部があるから駄目だ、また部活のない日にな」

「ほう、私も付いて行って良いかのう」

「良いぜ、みんなで食いに行こう。あ、ちゃんとお目当ての人がシフト中か調べとけよアマネ」

「お、お、お目当ての人なんていませんけど!? まぁでも、どうせなら、格好いい人が接客してくれた方が嬉しいですし。ま、マス子がそういうのであればセイさんのシフトを聞いておくとしますか」

「誰もセイさんの名前出してねーのに。本当、分かりやすい奴」

 

 アマネはセイさんの名前を出し、クネクネ気持ち悪い動きで腰を振り始めた。

 

 乙女は恋をすれば、可愛くなるという。実際、最近のアマネの行動にはほんの僅かながら可愛げも出てきたように思う。

 

 そのクネクネ動きは気色悪いが。

 

「たーたったったー。まんまる餃子のTEL番は~」

 

 ……アマネという少女は、品性を疑うドクズである。

 

 しかし彼女の外見だけは素晴らしい。もしまともな性格であれば、きっと落とせない相手なんていないハズだ。

 

 今のアマネの可愛げが続くのであれば、上手くいってしまうかもしれない。

 

 そしてあわよくば、セイさんという彼氏に染められ真人間に変貌してほしいものである。

 

「それじゃあ、明日にでも予定決めましょう」

「了解だ」

 

 しかし。

 

 もし本当にアマネがクズでなくなるのであれば喜ばしいことだが、私の内心に少しモヤりとしたものが残った。

 

「……」

「どうした、マス子」

 

 その理由は、何となく想像がつく。

 

 存外、アマネという少女(ゴミ)の存在は私の助けになっていたのかもしれない。

 

 何故なら彼女が近くにいるだけで、私は少し安心してしまうからだ。

 

 私は自分よりも、いや()()()()()()()()()()()()が傍に置くことで、歪んだ安心を得ていたのだろう。

 

「じゃあ、私はバスケ部の練習いかなきゃだから」

「おお、またのマス子。ほら、今日はもう帰るぞアマネ」

「え、えへへへ。セイさんのシフト聞くために店に電話かけるのって、変じゃないですよね? 大丈夫ですよね?」

「変じゃと思うよ」

「ですよね、じゃあかけますね! もしかして、セイさんが出てくださったりしないかな」

「話聞いとらんなコイツ」

 

 本当の自分を隠し、過去を偽り、私は生きている。

 

 バスケ部の皆は、ネギネギは、私の本性を知ったらどう思うであろうか。

 

 ───アマネよりはマシだ、と言ってくれるんじゃないか。このクズのお陰で、相対的に私は許されるんじゃないか。

 

 私はそんな、人として終わっている思考回路にたどり着いて、自己嫌悪で黙り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今月のお小遣いは、残り少ない。

 

 アマネにメシを奢ってやる約束をしてしまった以上、今の手持ちでは心もとない。

 

 今週の週末は自主練に参加せず、日雇いのバイトにでも応募してみるとしよう。

 

「あ。マス子主将、お疲れ様です!」

「例の事件、解決してくださったの先輩なんですよね。ありがとうございます!」

「私というか、私の悪友がやってくれたんだがな」

 

 私が体育館に顔を出すと、既に熱意のある後輩が練習を始めていた。

 

 彼女らは何も知らず無垢に、私へ尊敬の念を向けてくれている。

 

 それがどれだけ有難い事なのか、想像もつかない。

 

「増田先輩オツっす。今日もおっぱいでかいっすね」

「お前ソレ、男が言ったらセクハラだからな」

「にしししし!」

 

 こんな風にフランクに接してくれている後輩や、妙にキラキラした視線を向けてくれる後輩。

 

 彼女らがもし、私の本性を知ったらどう思うのだろう。

 

「まぁ私の方がでかいんスけどね。バスケの実力では主将に負けていても、グラマラスさでは私こそ部内一番!」

「そうか、良かったな。お前はランニングノルマ一周追加だ」

「うげええ! 違うッス、ジョークっす」

「普段ならともかく。そっち方面でピリピリしてた今、下ネタ飛ばすな」

「ぎゃああ、ッス!!」

 

 いや、そんな暗い考えはもうやめだ。今はバスケに集中しよう。

 

 秋の大会も近い。私には、このメンバーを全国の舞台に連れていく義務がある。

 

 地区大会には、猛者が多い。代表的なのは去年の全国大会MVP、魔術師(ウィザルト)の異名を持つ天才率いる東岡第一女子バスケ部。

 

 他にも全身を筋肉の鎧で纏った男子さながらのフィジカルで圧倒してくる『メスゴリラ軍団』蒙古襲来高校女子バスケ部に、百発百中のシュート精度を誇る『スナイパーズ』暗薩高校女子と、私の地区は強敵には事欠かない。

 

 去年は惜しくも決勝で魔術師(ウィザルト)に後れを取って全国の切符を逃したが、今年こそは優勝旗をうちの学校に持ち帰りたいものだ。

 

 

 

「……あん? 電話?」

「どうしたッスか先輩」

「いやスマン、少し通話してくる。誰だこの番号」

 

 頭をバスケに切り替えて、アップを始めようとした瞬間。

 

 見覚えのない電話番号から、突然に通話がかかってきた。

 

「見覚えない番号って大体アマネなんだよな。アイツ、いくつ電話番号持ってんだ」

 

 いつものしょうもない用事なのか。それともワザワザ番号を変えないといけない、重要な要件なのか。

 

 存外、ただの間違い電話かもしれない。私は体育館から外に出て、人気のない校舎裏で通話に出た。

 

「はいもしもし」

Hi, Montgomery(よお、モンゴメリー)

 

 その電話の相手は、

 

Long time no see(会いたかったぜクソ野郎)

「……」

I wanna see you,bitch(ちょっとツラ貸せよ)

 

 二度と聞きたくなかった、スラム訛りの英語だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その通話を切ることすら許されないまま、私は学校近くの路地裏に呼び出された。

 

 それは奇しくも以前、私が入学直後に不良に連れ込まれた裏路地だった。

 

『何の用だ』

『言われなくてもわかってんじゃねぇのか?』

 

 声を聴いただけで分かっていた。その電話の声の主に。

 

 それはかつて、アメリカで散々に嫌な思いをしてきた相手。

 

 かつて私の友人を傷つけ、大喧嘩の末に少年院の送りにした男だ。

 

『随分、日本で楽しくやってたみたいだなモンゴメリー。こっちでも誰かにその貧相なケツ振って、毎日乱交パーティでもしてんのか?』

『は、いくらモテないからってそんなあり得ん妄想垂れ流すなよ。自分が童貞だって、バレるぞケイリー』

 

 ケイリー、と呼ばれたそいつは私の挑発に反応すら返さなかった。

 

 彼は私がアメリカにいた時の宿敵で、因縁の敵だった。

 

『はっはっは、俺が童貞かどうか試してみるかクソビッチ。自慢のテクニックで今夜足腰立たなくしてやるからよ』

 

 そう。この男は、

 

『オメーの腰巾着の時みたいになぁ』

 

 かつて、私の親友を自殺にまで追い込んだ正真正銘のクソ野郎だ。

 

 

 

 

 

 

 

 中学校に入った当初、私のすぐ近くの席に座っていた女子生徒がいた。

 

 彼女はサバサバと気立て良く、竹を割ったように明るい性格だった。

 

 私とは性格の相性がよく、何処に行くにしても一緒だった。

 

 

 そんな彼女だが、人には言えない秘密があった。

 

 何と、体を売って金を稼がされていたのだ。

 

 

 それは彼女自身の意思というより、親に強制されての事だった。

 

 裕福ではない彼女の家は、娘の貞操を売り飛ばして金に換えていたのだ。

 

 スラムではよくある話、だった。

 

 

 そして彼女はある日、学校の友人の家に売られた。

 

 買ったのは、ケイリーの家だった。ケイリーは金の力で彼女を辱め、その写真を面白半分に学校でばら撒きやがった。

 

 

 それから、彼女は学校に来なくなり。心配して何度も会いに行ったが、やがて彼女は命を絶ってしまった。

 

 

 

『これだから童貞は情けない。金を払わねぇと女を抱けないとは、自分のムスコの小ささがそんなに気になるのか』

『金を払って抱かれる方が百倍みっともねぇけどな』

 

 当時の私は、ブチ切れた。

 

 何せ彼女が死んだ時、ケイリー達は笑っていやがったのだ。

 

 『これでアイツの最期の男は俺達だ』と、自慢げに吹聴して回ったのだ。

 

 私は、そんなケイリー達を散々に痛めつけた。

 

『その臭い口閉じろよ、ケイリー。本題があるんだろ、早く言えよ』

『言わずとも分かるだろってんだ。ノコノコと、呼び出しに応じてくれて助かったぜモンゴメリー』

 

 彼の用事とやらは、容易に想像がつく。私に、その時の復讐がしたいのだろう。

 

 ケイリーは、典型的な小物だ。そして、手段を選ばない畜生だ。

 

『多くのジャップを巻き込まずに済んで助かった』

 

 通話を切ることは許されなかった。警察などに相談する余裕もないまま、私は一人で呼び出しに応じた。

 

 この呼び出しに応じなかったら、バスケ部の面々や仲の良い友人(ネギネギやアマネ)に被害が及ぶ可能性もあった。だから、私は応じざるを得なかった。

 

『心置きなくボコボコにして、ぶっ殺してやる』

 

 親友を失ったとき、私の目の前は真っ暗になった。二度と立ち直れないんじゃないかと、錯覚した。

 

 アマネはともかく、もしまた私のせいで大切な誰かが傷つくなんてことになったら、もう二度と立ち直れない。

 

『やってみろや童貞』

 

 久しぶりの喧嘩だ。もしコイツに勝っても、バスケ部の大会出場に関わるかもしれない。

 

 だけど、それでも。私はこの男に、正面から相対せねばならない理由があった。

 

 私が一人で、この男の始末をつけねばならない理由が────

 

 

「ほえー、凄いですねぇ。マス子はアメリカ語もペラペラと聞いていましたが」

「……え?」

「和訳してくださいよ、和訳。なんか今、カッコいい事を言ってたんでしょう?」

「……ええぇ?」

 

 

 だが、これは一体どういう事だろう。

 

 それはちょうど1年前、私が路地裏に連れ込まれた時のようなタイミングの良さで。

 

 いや、ある意味で致命的に空気の読めていないタイミングで。

 

 

『あん? おお、日本での友人が駆けつけてきたのか。泣かせるねぇ』

『友人……。友人? あーっと』

『何だその怪訝な顔』

 

 

 傘子美音と言う、この高校を代表する畜生────いや、日本を代表する畜生が、この裏路地に姿を現したのだった。

 

「あーアマネ? 見ての通り今からケンカなんだが」

「ふふーん、スキャンダルですね! 部活に迷惑をかけたくなければ口止め料を払ってくださいマス子」

「うーんこの、敵が二人に増えた」

 

 おそらくアマネは、電話で裏路地まで呼び出される私の姿を見たのだ。

 

 そして有難いことに、心配して? 乱入してきてくれたのかもしれない。

 

 いや、恩を売りに来たのか、脅しの材料を集めに来たのか、半々と言ったところか。

 

『ほぉ、なかなか可愛い娘じゃねぇか。たっぷりと、泣きわめくまでヒィコラ楽しませてもらおうか』

『ふっ、好きにしな。割とマジで好きにしな』

『ん?』

 

 駆けつけてきてくれたのがアマネで良かった。

 

 巻き込まれるのがこの畜生ならば、どうなろうと心が痛まない。

 

「マス子、今なんて言ったのですか?」

「アマネはお前なんかに傷つけさせない、私が守るって言ったんだ」

「マジですか! ひゅー、マス子カッコ良い!」

 

 こんなゴミでも上手く活用すれば、肉壁くらいにはなるだろう。

 

 ちょうど良いタイミングで、アマネが沸いてきてくれたものである。

 

「イヤ、見捨テラレテタヨ、キミ」

「何ですと!?」

「日本語イケたのかよお前」

 

 ケイリーは怪訝な表情のまま、片言の日本語で語り掛けてきた。

 

 スラム育ちのバカが、日本語を習得しているとは思わなかった。

 

「キミ、モンゴメリーノ友人?」

「へへーん、親友ですよ」

「ソウカイ、ジャア君モ彼女ト同ジ目ニアッテモラウ」

「じゃあ、やっぱり赤の他人でした。こんな女見たこともありません。てへぺろ」

「……」

 

 ものの数秒で親友を撤回する女、アマネ。こんなヤツだからこそ、見捨て甲斐がある。

 

 ある意味ではこれも、信頼と言えるかもしれない。

 

「それよりマス子、部活の連中が心配してましたよ。練習時間になってもキャプテンが姿を見せないって」

「……あー、もうそんな時間か。とっととコイツ始末して、説明にいかねぇと」

「Hoom、随分と舐められテルネ」

 

 私はポキリ、ポキリと指を鳴らし殴り合いに備えた。

 

 ケイリーは日本の不良と比べ体格もよく喧嘩慣れしているが、以前は私の圧勝だった。

 

 タバコにシンナーと、体に悪いものばっかやってるヤツがスポーツマンの体力に勝てるわけ無いのだ。

 

「アメリカの時みたいに、またお前の顔をドラム代わりに演奏してやるよ」

「オイオイ落ち着けよ。わざわざコンナ所に呼び出しタンダ、俺が一人な訳ネーダロ」

 

 ニタリ、とケイリーは嗤う。

 

 その言葉に不穏な気配を感じ、私は背後を返り見た。

 

「……ち、一人じゃ何も出来ないチキン野郎が」

「オメーが怨み買いスギなんだヨ、この売女(ビッチ)

 

 気付けば私は、囲まれていた。

 

 いつの間にかゾロゾロと男どもが、裏路地の出口を塞ぐように立っていた。

 

「ソッチは2人、コッチは5人。さて、ジャパニーズ土下座の準備は宜しイカ?」

「はっ! とうとう年貢の納め時ですねマス子! 覚悟すると良いですよ!」

「ナチュラルに寝返んなお前」

 

 げへ、と下卑た笑みを浮かべて筋骨隆々の男達が私を見下していた。

 

 ……吐き気がする。

 

 不利を悟って音速で裏切った親友(自称) はさておいて、この人数差は正直キツい。

 

「お前も、あの女みたいに2度と社会に出られなくしてやるよ」

「撮影はお任せください! 最高のファックビデオにして見せますよ!」

 

 まさか女相手に徒党を組むなんて、情けないことをしてくるとは思わなかった。

 

 流石はケイリー、正真正銘のクズ野郎だ。

 

「エット君、モンゴメリーのフレンドでは?」

「馬鹿言わないでください、アイツに無理やり舎弟にされてた可哀想な虐められっ子ですよ私は。貴方達に乗っかって日頃の怨みを晴らさせてください!」

「……ソ、ソウカ。え、でもサッキ親友ッテ」

「あんな女を親友と想ったことなど人生で一度も有りませんよ、ヒャーッハッハッハ」

「エェ……?」

 

 そして、その正真正銘のクズ野郎ケイリーですらドン引きしているアマネは、どこまでクズなんだろう。

 

「HAHAHA! 面白イ友人(フレンド)ダネ。ソンナ君に良いコトをオシエテヤロウ」

「良いコト? もしかしてマス子の弱味ですか? 知りたい、知りたいです!」

「オ、オウ。……ヒッヒッヒ、コイツはな」

 

 ケイリーは冷たく、私を見下す。

 

 その目には、深く暗い怨みが籠っている。

 

「ヒトゴロシ、殺人犯なんダヨ」

 

 その言葉が、私の胸をチクリと刺した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふとした時に、思い出してしまうことがある。

 

 真っ黒な血で濡れた、自らの角張った右拳を。

 

 ツンと酸っぱい、血の混じった吐瀉物の匂いを。

 

 

 あの時の自分が、間違ったことをしたとは思っていない。

 

 アイツは殴られて当然の悪党だった。

 

 だから、私は全力で殴った。

 

 

 だけど、今でも夢に見る。

 

 ソイツの、血が垂れた虚ろな眼球を。

 

 拳に残った、生々しい液体の温度を。

 

 そして。仲の良かった友人の、恐怖で血の気が引いた視線を。

 

 

 彼らは、私を、恐怖の目で見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ソイツは俺のアニキを殴りコロシテ! 罪を認メズ逃げサッタ!」

「事故だよ事故。お前のアニキは、私にビビって逃げ出して階段から転げ落ちただけだ」

「嘘をつくな! このヒトゴロシ!!」

 

 

 

 ────私の親友は、ケイリーの兄に自殺に追い込まれた。

 

 ケイリーの兄は、ドクズだった。彼女が死んだ日、葬式代わりだと言って彼女のポルノ写真を黒板に張り付け、せせら嗤っていた。

 

 我慢の限界だった。

 

 

 私はそのまま、ケイリーの兄を殴り殺した。

 

 何度も何度も、冷たい廊下に顔面を打ち付け続けた。

 

 そして、ヤツが動かなくなった後。私は、階段からその男を投げ捨てた。

 

 事故と言い張るために、それだけの為に、救急車に乗せれば助かったかもしれないケイリーの兄を階段から突き落とした。

 

 

 結局私は、殺人ではなく傷害の罪で済んだ。

 

 私の友人達が、証言してくれたのだ。

 

 ケイリーの兄は臆病風に吹かれて逃げ出して、階段から転げ落ちてしまったと。

 

 

 私の友人は、比較的まともな連中が多かった。白人で金も持っていて、比較的社会的地位もあった。

 

 ケイリーの兄とつるんでた連中は、犯罪ばっか起こしてるスラムのゴミ。

 

 いくらスラムのゴミが真実を叫んでも、信用されず。

 

 裁判官は私の友人の嘘を信じてくれた。

 

 ケイリー達の社会的な信用なんて、全く無かったからだ。

 

 

 そして私は、仲の良い友人だけに別れを告げ、おもむろに日本へと引っ越した。

 

 あのままアメリカに留まったら、どんな報復があるか分からなかったから。

 

 兄を慕い、目の前で兄を殴り殺されたケイリーが、どんな事をしてくるか想像もしたくなかったから。

 

 

 そう、私だってクズなのだ。

 

 激情のまま他人の命を奪い、嘘をついて罪を逃れ生き続けている、鬼畜生。

 

 ケイリーも、私も。所詮は、同じ穴の狢。

 

 ここで私が殴り殺されたとしても、正しく報いを受けただけ。

 

 

「思い出しても馬鹿馬鹿しい。お前のアニキの逃げっぷりは無様だったな、ケイリー」

「良いゼ、コロシテヤル」

「やってみろや」

 

 ケイリーに見つかった時点で、私の命運は尽きた。

 

 もし私が逃げたら、ケイリーは私の親や友人を付け狙うだろう。

 

 ここで、おとなしくこの男に殺されるか。あるいは、ここでこいつら全員を殺してやるか。

 

 私の人生は、そのどちらかしか選べない。

 

 そもそも、私が人殺しだと知れ渡れば、もう誰も私と仲良くなんかしてくれない。

 

「マス子が殺人犯……そんな」

「HEYガール、オトモダチの過去を知ってドンナ気持ちだ?」

「最低です。人殺しなんて許せません! こんな社会のゴミ、ボコボコにしてやりますよ。そんで、私だけは見逃してください。ね、ケイリー?」

 

 だって。このクズのアマネですら、人の命を奪ったことなど無いのだから────

 

「……イヤ、この現場を見ラレたカラニハ、お前も始末スルガ」

「さあマス子、一緒に戦いますよ! 殺人なんて何のその、私達の友情パワーでこの苦難を突破しましょう」

「コイツ倫理観どうなってんノ?」

 

 アマネは再度裏切って、私の側に戻ってきた。

 

 ……こいつを巻き込んでしまったのが、唯一の心残りだ。

 

 

「ま、お前は逃げられるタイミングあれば逃げろ。何とか隙作って見せるから」

「……マス子?」

 

 こんなクズとはいえ、百歩譲れば友人なのだ。

 

 私みたいな最低の人間の側にいて、友人と言ってくれた娘を逃がすくらいの甲斐性は見せてやらないと。

 

 

『テメーらの粗末な●●、引きちぎってやるからかかってこい!』

『吠えたなモンゴメリー!!』

 

 

 英語のスラングで罵倒し、両腕をボクシングに構える。

 

 1人で多く殴り、1秒でも隙を作り、そして。

 

「てめーは屈んで隙だけ伺ってろ、カスゴミ!」

「あわわ、ちょっと待ってくださいー!?」

 

 この友人だけでも、殺されないように立ち回る────

 

 

 

 

 

「もう、そんなに焦って喧嘩しなくても良いのに」

「「「うおおおおおおっ!!!」」」

 

 

 

 

 そんな私の覚悟の叫びは、突如として沸き上がった凄まじい怒声にかきけされた。

 

「へ?」

「ヘイヘイ、スラムの底辺ども。散々にイキってくれている間に、包囲が完成しちゃいましたプッププー。バッカですねぇー!」

 

 私だけでなく、ケイリーも目を白黒させている。

 

 これは誰の声だと見渡せば、いつの間にかワラワラと人だかりが出来ているではないか。

 

「急に呼び出しやがってこのカスゴミがぁ! 本当に、本当にこれであの写真消してくれるんだろうなぁ!」

「本当に、こっそり増田の盗撮写真流してくれるってなら力を貸すぜ!」

「ひゃっはー! 喧嘩だぁぁぁ!!」

 

 そいつらの顔には見覚えがあった。

 

 あれは確か、アマネの支配下の不良ども。それも数人じゃなく、数十人単位で徒党を組んでの登場だ。

 

「……ナンだ、これハ」

「クケケケケケケ! 貴方達、みんなガタイ良くて強そうですねぇ。マス子に復讐するために鍛えてきたんでしょうか? 流石はメリケン、良い肉体してますねぇー」

 

 アマネはいつもの下衆顔を浮かべながら、ケイリーを煽り始めた。

 

「でも残念ぇん? ここは貴方達が馬鹿にしたジャップのホームなんですぅ……」

「キサ、マ……!」

「人数差こそ正義! 戦いは数ですよアニキ! さぁて、ジャパニーズ土下座の準備は良いですかぁ?」

 

 この女……いつの間に援軍を呼んだんだ?

 

 路地裏に入ってきてからは、そんなタイミング無かった筈だ。

 

 アマネはスマホを全く弄らず、ひたすらケイリーと私の間を裏切って行ったり来たりしてただけ。

 

 ではまさか、最初から不良を集めていた? 私が呼び出されている最中から?

 

 

「お、お前。アマネ、どうして」

「相変わらず馬鹿ですね、マス子。小物が徒党を組まない訳無いでしょう、多対1になることくらい想定しましょうよ」

 

 慌てて頭数を集めたんですからね、と溜め息をつくアマネ。

 

 その目には幾分かの、呆れすら浮かんでいる。

 

「い、いや、おかしいだろ。何で、私が呼び出された相手を、お前が知って」

「本当に、馬鹿ですねぇ」

 

 ケイリー達と同様に、完全に混乱しきっている私に。

 

 アマネは嘲笑するように、馬鹿にした笑みを浮かべていた。

 

 

「私が貴女の過去すら知らないで、親友やってると思ってたんですか?」

 

 

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