2021.11.ノベルバー企画「運命の人」   作:大野 紫咲

10 / 53
Day10.水中花 「溺れる」

 綺麗に秋晴れが広がった休みの日の午後。

 ボクはお供のベルを連れて、ちょっと遠くまで出掛けようと、バスの中でそわそわしていた。

 ベルの姿は、もうボクが魔法を掛けたかどうかも忘れてしまうほど、出掛けている間はすっかり風景に馴染んで、他の人に見えないようになっている。

 

(なんだよ。今日こそは、想い人のところにひとっ飛びする魔法を教えてやる、とか息巻いてたくせに。伽々未(カガミ)の嘘つき)

 

 正直なところ、ボクはちょっと怒っていた。

 カボチャの馬車の時といい、紙飛行機の時といい、いつもボクの鼻先に人参をぶら下げるみたいにして、いっつもいいところまで行くくせに、最後まではやらせてくれない。

 でも、ボクだってこれでも、生まれながらにして天使として結構修行してきたんだ。小学生になってからは使える魔法も一気に増えて、成長した気がする。

 自分で考えて行動するのはいいことだって、伽々未も言ってたし。それに、座学で教えてもらった例の魔法のやり方は、きちんと覚えてる。あとは、言われた通りにちゃんと実行するだけ。

 一人でも、ちゃんとできる。ボクはできる。サキに辿り着くときには、きっとボクは一人なんだから。一人でなんでも、できるようにならないと。

 

(よーし、見てろよ!)

 

 見返してやる、と思いながら、ボクは\\バス停を降りてうっそうと木々の茂る山の風景を見上げた。

 思えばこの時のボクは、ちょっと焦っていたのかもしれない。

 あるいは、自信過剰になっていたのかも。ここまでの魔法は大体うまく成功したから、一人でも何とかなるだろうって。

 それが、あんなに大変なことになるなんて。

 この後に起こることには思いもよらないまま、ボクは勇んで、ハイキング用のリュックを背負いながらスニーカーでの一歩を踏み出した。

 

 土に汚れながら、進むこと数十分。

 目的としていた池に、ボクは着いた。近くで降りたつもりだったけど、最寄じゃなくて結構遠くでバスを降りちゃったみたい。かなり歩いて、ようやく池のほとりで、人気が少なそうなところを見定める。

 まあ、自分にも魔法を掛ければ、人からは怪しいことをやってても見えないから、あんまり気にしなくていいんだけど。

 

「あっと、その前に」

 

 ボクは呟いて、この魔法に一番大切なものを、岸を歩き回ってきょろきょろ探し始めた。

 うん、秋だったらまだ咲いてるな。彼岸花はそろそろ終わりに近いみたいだけど、濃い桃色や薄い桃色のコスモスが、風に揺れている。色からしてサキのことを思い出すその花を、ボクは少し失敬して集めると、風に揺らぐ水面に駆け寄った。

 ぱらりと花弁を散らしたら、マゼンタのインクが溶けていくみたいにして、空の色を映した青く深い水が、滲んでるように見える。お天気もいいし、空気も冷たいけど気持ちいい。

 スマホを調べてから、ボクは目を閉じて、水面に浮かんだ花を拝んだ。

 

「コスモスの花言葉は、『乙女の真心』だから、えっと……

……水神(みなかみ)よ、乙女の通い()を、我に綴れ。

水鏡に映りし者と者を、未来永劫、導き結び給え。

()れが生と色を以て、(えにし)に変えよ。

我の名は夜羽……藤の名において、紫との再会を望む者なり」

 

 上手く言えた!

 こんな舌を噛みそうな言い回しを、手に入れた花とか自分の名前とか、思い出にまつわる色に応じて変えなくちゃいけないから、夜遅くまでめちゃくちゃ練習したんだ。

 ボクは、勉強机でうつらうつらしながら聞いていた、神様の言葉を思い出す。

 

『よいか、夜羽。この魔法は、手続きが多くて少々面倒な瞬間移動くらいに思えばよい。

使うには、出来る限り自然の多い、清浄な気のある場所が必要じゃ。

まあ、完全に清い気に満ちたところなど山奥にでも行かねばそうそうないが、あまりに遠距離を飛ぶのでなければ、とりあえずは自然の多い場所で代用できる。上級者ともなれば、プールの水やらトイレや風呂やらでも出来るがの。

うまくゆけば、水鏡と水鏡が繋がって、おまんを己の望んだ場所まで、導いてくれるじゃろう。ただし……』

 

 そう。これがあれば、少なくともサキの近くの、水が溜まっている場所まで行けるはず。

 丁度ママも出張中で家を空けてるし、最悪学校を休んで数日間の野宿になっても辞さないつもりで、携帯用のテントも着替えも持って来た。

 暫くして、魔法を使っても何の変化もない? と思いながら目を開けると、ふわあっと底から光が湧き上がるようにして、目の前の水がエメラルドグリーンに輝いている。

 

「うわあっ……」

 

 釣り客も遠くに見える中、人知れず驚きに声を上げて覗き込みながら、ボクは固唾を飲んで次の変化を待った。けれど、鮮やかな緑色の光は、すぐに引いていってしまう。

 

(……失敗、したかな?)

 

 まあ、難しい魔法だって、伽々未は言ってたし。すぐに上手くいくわけはないか、と思いながら、水中に沈んでいく桃色の花たちを見送った。

 ……沈んでいく? 花弁ほどの重さのものが、沈んでいくってあり得るだろうか。それとも、これは魔法を使ったから? 好奇心に駆られて覗き込んでいると、なんだか自分まで、落ちていってしまいそうな錯覚に襲われる。ゆらり、ゆらめく花弁の色が、ゆっくりと円を描いて、だんだん小さくなっていく。水底まで、深く。深く。手を伸ばしても、誰にも届かない、遠くまで。

 

「っ、う、わっ!!!」

 

 次の瞬間、我に返ったボクは、自分ごとばしゃんと池に落ちていることに気が付いた。

 ごぼごぼと泡の音が耳元に溢れ、水面に顔を出すまでもなく、暗く深い湖の底まで引っ張り込まれていく。一瞬のうちに、周囲は深く青い世界に染まっていた。けれど、普通に落ちた時とは違って、はっきりと目が見えるし、息も苦しくない。

 

(成功……?)

 

 頭上の光が、だんだん遠くなっていく。ボクは花とワルツを踊るように、水中を舞っていた。青い世界は、ここが湖だとは思えないぐらいどこまでも続いていて、透き通っていて、まるで自分がハーバリウムの中に閉じ込められたみたいだ。

 明らかに、さっきまでいた場所とは違う。このまんまここにいれば、神様の言葉通りなら、いつか反対側の水面が見えて来て、そっちに顔を出せるはず。……出せる、はず。

 けれど、あまりにどこにも着かないから、ボクはだんだん不安になってきた。

 こぽこぽという細かな泡の音以外、相変わらず変化はなくて、魚一匹見当たらない。勢いよく進んだと思ったのに、そこから先は流れひとつなくて、ぴたりと水が淀んでしまっているみたいに感じる。

 

(どう、して……?)

 

 いい加減、早く着いてくれ。そう思うのに、沈み続けるだけで、水底にすら足がつかない。

 息は苦しくないけれど、別の場所がなんだかしくしくと苦しい。

 青く深い、光の届かない場所に閉じ込められていると、絶対大丈夫って思っていた心の自信の火が、水の中に散っていく花みたいに、あっという間に弱々しくなって消えていった。

 見上げた先に、行方を失くしてちらちら舞う、色褪せたコスモスの花。膝を抱えて水に浮いても、どこへも辿り着かずに漂うだけ。溺れなくても、濡れなくても、水が冷たいのはしっかり感じるらしい。もう冬に近い湖の水温は、どう考えても人が長時間飛び込んでいられるような温度じゃないから、だんだん意識がぼんやりしてきた。

 寒い。凍えそうだ。なんだか自分が、酷くひとりよがりな感情で、サキに会おうとしていたような気がする。ボクだけが我儘だから、神様の言うことを聞かなかったから、これは何かの罰なのかもしれない。

 もうずっと、このままなのだろうか。サキどころか、誰にも会えないまま、ここを出られずに死んじゃうのかな。

 心臓まで霜を張ってしまいそうな温度が、体からも心からも、元気を奪っていく。

 もう、何も考えられない。

 冷たい。寂しい。苦しい。

 

 誰か――助けて。

 そんな感情がちらりと頭を掠めたまま、ボクは冷たい絶望にこれ以上温もりを奪われないようにと、ぎゅっとコートを膝の前へ引き寄せた。

 

***** 

 

「ここから先は、この格好の方が儂の鼻が利く。雲雀、走れるか」

「うんっ……! 大丈夫」

 

 近くの山に着陸し、たっと岩や倒木を軽々飛び越えながら走っていく伽々未の後を、ヒバリは追い掛けた。

 自分にできる芸当とは思えなかったが、神様の後を追い掛けているからなのか、それとも伽々未が何かしらの魔法を鍵に施してくれたのか、ヒバリは軽い己の体に驚きつつも、牛若丸のようにちょこまかと、森の中を疾走していく。

 走りながら、先を行く伽々未が鼻をひくつかせつつ呟いた。

 

「水中花の魔法は難しいんじゃ。明確に想う相手の先を思い浮かべられた時はよいが、もし少しでも雑念が浮かんだ時には……」

 

 首を振って、伽々未が四肢を必死で動かす。ぞっとして、雲雀が後を追いながら尋ねた。

 

「ど、どうなるの……?」

「……強すぎる念や想いに溺れると、それに絡め取られて二度と水の中から出られなくなってしまう。元は、結ばれることのない相手との来世の契りを誓って、想いの強さや執念を証として見せつける為に呪いの道具としても使われておった魔法じゃぞ、水中花魔法は。

じゃから儂は、絶対に一人でやるなと止めたんじゃが……あいつ、寝惚けておって聞いておったのかおらんのか……儂の監督不行き届きじゃ」

 

 青ざめたヒバリに向かって悔しそうに言った伽々未が、ぴくりと耳を動かすと方角を変える。

 

「急ぐぞい。もう少しじゃ」

 

 切れ切れになった木々の間から、大きなモスグリーンの湖面が見える。遠くから、けたたましい勢いで猫の鳴く声が聞こえて来る。さっきヒバリが自宅の鏡で見た、ヒョウ柄の猫――夜羽の使い魔であるベンガルが、湖のほとりで鳴きながら何度も往復していた。

 

「あの子がいる場所が、ヨルハの落ちた場所!?」

「おそらくな。透明魔法が効いておるのじゃろう、他の奴には見えておらん……早く助けねば」

 

 毛をぶわりと膨らませた伽々未が、一回り大きくなる。ヒバリを運んだことで、人間に顕現するほどの力は残っていないようだが、巨大な狼ほどの狐に姿を変えた伽々未は、挑みかかるように湖に飛び込もうとして、見えない壁に弾かれ吹き飛ばされた。

 

「カガミさんっ!! だいじょうぶ……!?」

 

 ばちばちぃっ、と火花が飛んで、二メートルほど跳ね返された伽々未が、芝生の上でぐったりした体を起こしながら、ぶるぶると毛並みを振る。

 

「うう、儂では無理か……。もう、夜羽の水中花魔法が完成してしまっておるのじゃろ。基本、自分で掛けた魔法に他人は干渉できん。たとえ弟子であっても、儂の方が上位の神であっても、それは同じことじゃ。おまけに、奴の「運命の者」を想う強さが、より儂を近寄り難いものにしておる」

「そんな……ど、どうしよう。ヒバリも魔法なんて、使えないよ」

「おまんの『存在』さえあれば、おそらく夜羽は『こちら』に引き寄せられてはくる。問題はそれを物理的にどう引き上げるかじゃが、さすがに子供のおまんを飛び込ませるわけには……」

 

 うろたえてぐるぐる足元を回る伽々未を見て、ヒバリは冷静に呟いた。

 

「引き上げる人……じゃあ、大人を呼んで来ればいいんだよね!?」

「け、けども普通の大人では姿は、」

「私、探してくるっ!」

「おい、雲雀!?」

 

 勢いよく走り出したヒバリが、芝生に転がっていた何かにずでんとつまづいた。見ればそれは、夜羽が持って来ていたリュックサックらしい。一人での外出に備えるためか、色々なものでぱんぱんに膨れている。

 

「もしかしたら、この中に何か……」

 

 使えるものがあるかもしれない、と中を探っていたヒバリは、不意にちゃりんと音を立てて出て来たものを手に取った。ビニールシートや水筒に紛れて出て来たそれは、イルカのキーホルダーだ。

 

「これは……?」

「でかした。やはりおまんは『引き寄せる』ものを持っとるな。雲雀よ、それをよぉく握っとれ。儂は夜羽に干渉できんが、それを使った召喚魔法なら上手くいくかもしれぬ」

 

 言われた通りに、ぎゅっとキーホルダーを両手で包んだヒバリの周囲の地面を、光の輪が包む。スポットライトで照らされたような光の中で、ヒバリは驚きに声を上げた。

 

「カガミさん、これ、何?」

「おそらくじゃが、夜羽を助けてくれる『大人』が、夜羽にやったものじゃ。あやつ、この間水族館に出掛けた帰りに、それを持っておった。この近くまで、儂が呼び寄せることができればいいんじゃが……」

「お願い。早く誰か、助けに来て……」

 

 その時。茂みの後ろから、がさっという音と微かな声が聞こえて、涙ぐんで必死にキーホルダーを持つ手を組み合わせていたヒバリは、はっと顔を上げた。

 

「あれ? なんで僕、こんなとこなんかに……? みんなとはぐれたんだっけ?」

「あ、あの!」

 

 姿を確認するよりも先に、立ち上がってヒバリは走り出していた。

 驚いたようにこちらを見下ろしたのは、シャツにコートの身軽そうな格好で、夜羽に似た黒々したショートボブが印象的な人物。ぱっと見男か女か判然としないその人の顔を見て、ヒバリは喉元まで「アイリさん」という声が出掛かった。向こうにいる間、自分が見知った人間の顔だったからだ。

 けれども、この世界の愛理と自分が、知り合いということにしてしまっていいのか、自信がない。そんなことを考えながら、どすんっと勢いよくぶつかった後に呆けてしまっているヒバリに、落ち着いた声で愛理が慌てて手を差し出す。

 

「君、大丈夫?」

「お、おねがいっ、たすけて……! 友達が、あっちで、おぼれてる……!」

 

 不思議そうな顔を愛理は、伝えられる限りでのヒバリの必死の言葉に血相を変えると、訳も聞かずに後を追い掛けて来てくれた。ヒバリがちらりと手に翳したキーホルダーを目にした愛理の顔が、ますます青くなる。

 

「君、夜羽の知り合い?」

「まだ知り合いじゃないです……っ、でも、おぼれてるのは多分ヨルハなの!」

「まったく、あいつの周りはややこしい事ばっかり起こるなぁ!」

 

 伽々未の言う通り、やはり召喚されたのは夜羽と繋がりがある人物だったらしい。半ギレ状態でそう言いながらも脚を動かす愛理とヒバリが戻った時には、さっきまでははっきりと見えなかった夜羽の紺の外套が、濁った藻のようなものが広がる水面に浮いてきていた。

 ただし、動きはない。完全に俯いたままで、枯葉のように背を上に浮き上がっている。あまりに心臓に悪い光景に、愛理は一瞬足が竦み、ヒバリは声が震えた。

 

「ヨルハ……!」

「ねえ、あの魔法じみたドロドロ、普通のレスキュー隊でなんとかなる奴!?」

「たぶん、ならない……!」

「だよね。一応救助は呼ぶとして、とりあえず一刻でも早く何とかしないと時間が……っくそ、僕じゃ泳げないのに……!」

 

 携帯を取り出して歯噛みするその人を見上げたヒバリは、足元にふわりと何かが当たるのを感じた。よく見ると、開きっぱなしだった夜羽のリュックの傍に、とんでもない存在感を持つ真っ白でもこもこした浮き輪が置いてある。

 おそらくは伽々未が化けたものだ、と察したヒバリが、119を押そうとするその人の前に浮き輪を差し出す。

 

「おねえさん、これ……!」

「! よし、これさえあれば……」

 

 ご丁寧に結び付けられていたロープの端をヒバリに握らせると、愛理は何の躊躇いもなく外套を脱ぎ捨て、底なし沼のように見える湖の中心に向かって、脚を踏み入れる。

 冷たい風が吹きつける中、ヒバリは祈るようにして、ロープの先を握り締めていた。




補足:
魔法の効力が弱い、もしくは半端な状態では神から弟子の魔法に干渉はできるが(修正や指導を行うため)、弟子一人で魔法が完結してしまっている場合、本人の意思で一度発動したそれに、原則的に干渉したり取り消させたりすることは出来ない。言い換えれば、夜羽の天使としての力や魔法の腕前が高まっている証拠。教習車みたいに助手席にブレーキが付いている車か、そうでない普通の車か程度の違いと考えてもらえれば。
浮き輪に化けるのは、魔法で変化した上で「誰かに自分を使わせる」ことになるのでセーフ。
力を持った神でも、特に対象の生死や運命に関わることを左右することは不可能。そこに干渉出来るのは、それこそ「運命」を司る事を専門にしている神だけ。たとえばその神によって夜羽が死ぬことが運命として決定づけられている場合には、伽々未の力では何をどうしても抗えない。
ということらしいよ!

ロケ地:入鹿池(明治村の近く)
https://goo.gl/maps/5dmcJvBk5mCVAofv9
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。