2021.11.ノベルバー企画「運命の人」   作:大野 紫咲

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Day12.坂道 「ころころこーろがれっ」

「ボウリング?」

「うん。ヨルハと、一緒に行ってみたいな」

 

 ボクが元気になってから、しばらく経ったある日のこと。

 家に遊びに来ていたヒバリが、クッションを抱えて雑誌を眺めながら、そう言った。

 あれ以来、暇を見つけて神様を翼の代わりに従えながらやって来るヒバリは、時々ボクの家に泊まるようになっている。これでもボクが心配になったのか、前よりちょくちょく連絡してくるようになったママにとっても、友達が家に居て一緒に過ごしてくれるっていうのは、安心に足る要素らしい。

 別に、ボクは一人でも十分暇を潰せるから、進んで友達を作ろうと思わなかっただけなんだけど。

 でもまあ、文句を言われないなら何だっていいし、ボクにとってもそれはそれで楽しかったから、子供部屋の窓からでも玄関からでも、ヒバリには好きに出入りしてもらっている。

 神様の力がある間とはいえ、飛べるのは羨ましいね。

 

「そういえば、伽々未(カガミ)最近静かだね。『玉転がしは儂の得意分野じゃ』とか言って出てきそうなものなのに」

「私を運ぶと、やっぱりちょっと疲れちゃうみたい……それに、なんかしょんぼりしてたよ。ヨルハを守れなかったのは、自分のせいだって」

 

 窓際で首元を掻くベル――の首についている、鈴を見ながら話すボク達。

 意外だ。図々しいし、考えてる事訳わかんないと思ってた神様なのに、しょげたりすることもあるんだな。

 

「あ、で、でも、ヨルハにもらった名前は気に入ってたみたい」

「ふうん、そうか。ならいいけど」

 

 ボクが同年代の子と遊ぶことが今まであんまりなかったから、もしかして邪魔しないように気でも遣ってくれてるのかもしれない。こっちの世界に長い間顕現するほどの力はないって言ってたから、どっちにしろ一緒にボウリングなんて、難しそうではあるけどね。

 まあ、ベルにくっついてるなら、興味があれば出て来るだろ、と思いながら、ボクは雑誌の特集についている地図を眺めた。

 

「近くだったらこのあたりに、ボウリング場あるらしいけど……第一、小学生だけじゃ入れてもらえないだろうね」

「うん、そうだよね……」

 

 大人、といえば真っ先に愛理が思いつくけれど、愛理はホテル業だから、基本的に休日が忙しい。仲良くなってくれたのは有難いけど、平日に学校に行っているボクらとは、休みが真逆だ。ちょっと遊びに誘うのは気が引ける。

 

「……ヨルハの魔法で、大きくなったりは?」

「よくて十分くらいしか持たないんだよ、あれ。それに、二人揃って変身させるってなると、結構魔力が……」

 

 変身魔法は、桂花陳酒を漬けるお酒を買う時に使ったことがあるけど、あの時は伽々未の助けがあったし、それがあってもボウリングのゲーム中丸々持つ気はしない。

 そう言うと、ヒバリはふと、思いついたように指先でちょんちょんと肩をつつく。

 

「ねえ。入る時にさえ大人の格好だったら、もしかして出る時は誰も、何も言わないんじゃないかな……?」

「……そっか」

 

 言われてみればそうだ。大人が引率してるって体で入って、中で子供姿になっている間に店員から声を掛けられたら、親が戻るのを待っているフリでもすればいい。そうすれば、長時間の滞在は難しくても、1ゲーム中くらいは誤魔化せるんじゃない?

 

「この写真のおっきいピン、私見てみたいな」

「行くだけ、行ってみよっか」

 

 少なくとも、駅に近い真昼間の大きなラウワンとかなら、ゲームセンターやパチンコ屋よりは治安がいいと信じたい。

 というわけで、ボクとヒバリは電車を乗り継いで、雑誌の写真にも載っていた大きなボウリングのピンが目印のボウリング場へ向かうことになった。多分、ゲーセンとかスポッチャの中はめちゃくちゃ煩いと思うから、今日はベルはお留守番。

 こうしてヒバリと手を繋いでいると、なんだか妹みたいだ。そう思って、綺麗に晴れ渡った空の下で、坂道を歩いていたら――突然道の上の方から、皺がれた声が降って来た。

 

「だれかあぁぁ、ひろってえええ」

 

 顔を上げる間もなく、足元をごろごろ通過していく、橙色の玉。もうボーリング場に着いたっけ? と思いながら驚いてヒバリと振り返ると、ボウリングの球よりは随分と小さな丸い物体が、ころころ坂道の下に向かいながら、歩行者を驚かせていた。

 

「……オレンジ?」

 

 どうやら、自転車を倒したおばあちゃんが、買い物袋の中身を零してしまったらしい。なんかこんな事、先日もあったような。

 おばあちゃんの自転車を起こしに向かったヒバリと別れて、ボクは慌てて果物の方を追い掛ける。何せ、坂道だからスピードがすごい。ものすごい速さで転がり落ちていくし、下手にボクが走ると自分まで転んでしまいそうだ。

 

(っそうだ、浮遊魔法を……)

 

 人前で浮くわけにはいかないから、足首の負担を軽減する程度に、魔法を掛けようとした。

 その時、坂道の下の方にいた誰かが、オレンジを不思議そうに拾い上げるのが見えた。

 

「あっ、あの……!」

 

 中途半端に浮遊魔法が掛かったまま、蹴躓いた勢いで宙を飛ぶボクと、雪崩のように転がるオレンジの山。拾ってください、と言えばいいのか、避けてください、と言えばいいのか分からないまま、あわや衝突してしまいそうになったその時。

 にっこりボクに向かって顔を上げた、三つ編み頭の女の子が、その場に不似合いな手に持った杖先をちょんっと振った。

 

「おむすびころりん、すってんてんっと」

 

 磁石みたいに、転がったオレンジが綺麗にその子の足元に吸い寄せられる瞬間を、ボクは見た。と同時に、両腕を広げたその女の子の胸元が、目の前に飛び込んでくる。驚く間もなく、ぼふうっと音を立てながら、女の子はボクの体をキャッチした反動で、くるりとダンサーのように一回転した。マントみたいなコートが、竜巻じみた勢いで揺れる。

 

「おおっとお。ナイスキャッチ!」

 

 自分でそう言いながら、危なげない足取りでオレンジをぽーんと飛び越えた女の子は、抱え直したボクを腕に乗せた。細い腕なのにものすごい力持ち――と思ったけど、違う。これ、魔法の気配だ。

 ふふん、と得意そうな女の子の笑みが目に入ったところで、ようやく周りの人が彼女に拍手を送る様と、慌てて坂を下りて来るヒバリの姿が目に入った。

 

「ヨ、ヨルハ! だいじょうぶ!?」

「う、うん。平気。この人に助けてもらったから……それより、あんたもしかして、天使の一人?」

「おっ。バレちゃったか。こっそり見守るつもりだったんだけどねぇ。修業は随分進んでるみたいだね、ヨルくん」

 

 驚いて言葉が出ないボクの前で、女の子は集めたオレンジの山をおばあさんの自転車の籠に入れる。何度もお礼を言ってくれたおばあちゃんを坂の上まで送る時に、彼女がサドルに触ってさりげなく重力に逆らう魔法を使っていたところも、ボクは見逃さなかった。

 坂道の先でおばあちゃんに手を振って、隣に立つ姿を見上げながら、ボクは軽く睨む。

 

「見守るつもりだったって……ボクたちのこと、()けてたってこと?」

「おお、こわいこわい。しっかり者なのはわかるけど、そんなに睨まないで。スズ、二人の味方だから」

「スズ……?」

「うん。わたしスズメ。天野(アマノ)雀愛(スズメ)だよ。わたしも『運命の人』を探してる天使なの。よろしく」

 

 赤毛っぽくも見える茶色い三つ編みを垂らして、女の子が人好きのする顔で笑う。

 スズメにヒバリか。なんだか、ボクの周りは鳥の名前の知り合いばっかりだ。

 雀愛と名乗ったその人は、自己紹介したヒバリとも、よろしくーと言って手を握り合ってから、ボクに向かって尋ねた。

 

「それで? 二人はどこへ行こうとしていたの?」

「どこって……ボウリング場へ遊びに」

「子供二人で!? あぶないよー! 二人とも可愛いんだから、変なオジサンとかに誘拐されちゃうよっ」

「変な人になら、今まさに声掛けられてるけど……? だいたい、あんただって子供じゃん」

「失礼なっ!!! スズ変な人じゃないもん! ヨルくんより魔法上手いし、子供は子供でもスズはこーこーせいですからっ!」

 

 確かに、マントっぽい外套の下は、チェックのミニスカートに襟付きシャツとネクタイ……高校生の制服っていうか、下手するとコスプレにも見える格好だけど。でも、それでぷんぷんほっぺたを膨らませながら偉そうに胸を張られたところで、外見が大人で中身が子供の、残念な人にしか見えない。

 

「……じゃあ、残念お姉さんに引率をお願いしたら、ボク達をボウリング場まで連れてってくれるってことでいい?」

「変な人から残念お姉さんに言い換えられても嬉しくないよ! でもスズちゃん優しいから連れてっちゃうもんね! まかせて! わたしも、一仕事終わって丁度遊びたい気分だったから!」

 

 高校生なのにバイトしてるのか……。

 妙に苦労していそうな雀愛と、ひょんなことからボクらは、一緒に遊びに行くことになったのだった。

 

「ああー! またハズレ!」

 

 そして、それから数十分後。ボウリング場のド真ん中、頭を抱えた雀愛が、レーンの前で崩れ落ちる。

 ……力はまあまああるように見えるのに、コントロールが下手すぎる。10球中10球、全部ガーター。あまりにもひどい。

 

「ねえ、本気……? わざとやってるんじゃなくて……?」

「もうっ! ヨルくんだって、スズが一緒に投げなきゃ力がなくって、ボール途中で止まっちゃうじゃないっ!」

「それだって、あんたにガーターコースに投げられるよりかはマシだよッ!」

 

 ボク一人で投げても辛うじてレーンの最奥までボールが届く確率は50:50(フィフティ・フィフティ)ぐらいだけど、雀愛と一緒に投げて最初から溝にボールが嵌まる確率は間違いなく100%だ。大の高校生にぴったりくっついて補助されている恥ずかしさを鑑みても、絶対に前者の方がいいに決まってる。

 怒鳴り合うボク達を、座ってジュースを飲んでいたヒバリは、レンタルのボウリングシューズを穿いた足をぶらぶらさせながら、楽しそうに眺めていた。

 

「んふ、たのしいね」

「全然ストライク取れないのに……?」

「それは、子供の体だからしょうがないよ。私は、ヨルハとスズメと一緒に遊べて、うれしい」

「……そういえばヒバリ、そんな喋り方だったっけ? 前はその、もうちょっとつっかえながら喋ってた気が」

「ひぅっ」

 

 ストローで紙コップの炭酸を啜っていたヒバリが、噎せそうな声を上げた。

 最初に会った時から、そういえば違和感はあった。ヒバリは昔虐待を受けてて、そのせいで人と話すのは苦手だったハズなのに。こんなに滑らかに喋れるようになったのか、と驚いていると、ヒバリが目を白黒させながら言う。

 

「み、未来人だからっ……! しゃべっちゃ、だめっ……!」

「あ、そ、そうか、ごめん」

「前の、喋り方、の方が、よかった……?」

「い、いや、そんなことないから! ボクは気にならないし、無理しないで!」

 

 それ以上深く突っ込まなかったけど、いくつか仮説は立てられる。

 多分この子、ボクが知る「前の世界」より、さらに未来から来てるヒバリなんだ。てことは、ボクが知らない「元の世界のボク」と、その世界のムラサキとの未来がどうなったかっていうのも、もしかしたら知ってるってことか……。

 そんな事を考えて、ボクはふるふると頭を振った。

 とにかく、こんなにヒバリが言葉を口に出せるようになったんなら、それ以上喜ばしいことはない。あれから時間が経って、ヒバリの心の傷が回復したってことなんだから。

 一人で納得していたら、汗を拭いて戻って来た雀愛が、ボウリングの球をクロスできゅっきゅと磨いていた。

 

「ん~~……おかしいなぁ。軽めの球を選んでるはずなのに」

「それ7ポンドでしょ。8ぐらいの方が、重さの反動で上手くいくんじゃない?」

「え~、やだぁ。指痛くなっちゃうじゃない。こんなに細くてか弱いスズなのにぃ」

「さっきボクを受け止めといた剛腕でそれ言う? あんた、腕に力入れすぎなんだよ」

「あれは魔法使ってたからだもんっ。あっ、そーだ! 魔法でズルすればよくない?」

「それ仮にも天使が言っていい言葉じゃないぞ?」

 

 そう言っている間に、順番を交代したヒバリが、ボールを両手で抱えててとてと歩いて行くのが見えた。一番軽い球を使っているけど、それでもやっぱりちょっと重そうだ。

 

「雲雀ちゃーん、ファイトー!」

「足の上に落とすなよ!」

 

 真剣に頷いたヒバリは、渾身の力でごんっと球を投げ……たように見えたけど、下というより上に放り投げて叩きつけられたボールは、力の方向が上に掛かった分失速したようで、ころころと転がってレーンの途中を過ぎたあたりで止まった。

 

「あ……やっちゃった」

「だいじょぶだいじょぶ! 係員の人呼べばいいからー!」

 

 雀愛が呼ぶと、すぐに制服を着た人がやって来て、レーンの間の足場を歩くとボールを取って来てくれる。お辞儀をしてそれを受け取ったヒバリは、首を傾げてボールを眺めていた。

 

「あんまり、やったことなくて……むずかしいね」

「次、ボクの番だけどもっかい投げていいよ」

 

 一回も当たらないのは、何か可哀想だしな。

 そう提案すると、ヒバリが如実に顔を輝かせたのがわかったので、なんだか誇らしい気分になった。改めて準備運動するヒバリの様子を見守っていた雀愛が、うーんと呟く。

 

「なんとか、当たるようにしてあげられないかな」

「魔法でズルはダメだからね?」

「もう、ヨルくん、折角魔法使いなのに厳しいよぉ。まーでも、スズが一回試しに使ったら、壁まで球が飛んでっちゃってめり込んだことあったからなぁ」

「危なすぎる……」

 

 そんな魔法何がなんでも使わせるか、という思いで睨むと、不意にきらきらっと瞳を光らせた雀愛が、ぱんっと両手を打った。

 

「わかったー! スズ超天才かも! いい事考えちゃった!!!」

「……おい、何考えてる?」

 

 今日会ったばかりの人間だけど、なんだろう、この笑顔に嫌な予感しかしない。

 鞄から杖を取り出した雀愛を見て、思わずボクは止めようとした。

 

「おい、さっき魔法はヤバいって……!」

「大丈夫! ボールじゃなくて、レーンにしか掛けないからっ!」

 

 雀愛が振り上げた杖の先から、ラメみたいな光が一瞬だけぱらぱらっと散る。

 ……特に何かが変わったようには見えないけど、一体何をしたんだろう。

 

「雲雀ちゃん! それでもう一回投げてみて!」

「? う、うん」

 

 不思議そうなヒバリが、とんとんとシューズの爪先で床を叩いた。

 そして、さっきと同じように球を投げる。さっきよりはいいフォームで転がったように見えるけど、やっぱり勢いが弱くて、このままだと止まっ…… ……ん?

 

「え、あれ、なんで……」

 

 ヒバリが思わず呟いたのも無理はない。さっきは止まってしまったレーンの中頃に進むにつれて、何故かボールが速度を上げ始めた。止まるどころか、だんだんと速度を増してものすごい勢いで奥に向かって進んでいく。

 

「わ、すごい、すごい……!」

 

 ヒバリが手を叩いてはしゃぎながら、大声を上げる。

 そんなバカな。ボクはあんぐりと口を開けた。

 一応世間的には小学生だけど、ボクも運動方程式と加速度ぐらいは理解している。

 今までのヒバリの力だったら、水平方向に投げたボールは、空気抵抗や摩擦で反対方向の力を受けて、当然どんどん速度は下がっていくはずなのに。投げた後のボールにかかってるはずのエネルギーと、今目の前でぐんぐん回転してくボールから見て取れる速度が、どう考えても釣り合ってない。

 これじゃまるで……

 ちらっと隣を見上げると、得意げな顔をした雀愛がブイサインを作る。

 

「あんた、まさか……」

「えっへっへ。さっきオレンジを見た時に、思いついちゃった」

 

 呆れながら、ボクは勢いよくピンを倒していくボールを見送った。

 多分ヒバリのレーンだけ、魔法で見て分からない程度に、レーンの奥に向かって坂になってるんだ。

 坂道であれば、重力加速度の水平成分が掛かるから、移動距離が増すにつれて当然スピードは速くなる。たとえレーンの始まりに置いただけだとしても、さっきのオレンジみたいに、ボールは勝手にピンに向かって転がり落ちていくだろう。

 でもこれ……

 

「結局のところ、インチキじゃないの?」

「魔法やマジックなんて、本をただせばみーんなインチキみたいなもんでしょ? それにいいじゃん、雲雀ちゃん、あんなに喜んでるし」

 

 たしかに、ヒバリは諸手を上げて万歳しそうな勢いだ。

 まあいいか、と椅子に寄り掛かってストローを咥えたボクの前で、雀愛が勢いよく立ち上がる。

 

「さー! 次はスズちゃんの番だねっ! これで優勝間違いなし!」

 

 一番年上らしく、さっきボクがヒバリに譲った分ボクにやらせてあげようとかいう考えはないらしい。

 興奮で顔を赤くしたヒバリとジュースで乾杯する向こうで、思いっきりボールを後ろに振り上げるフォームが見えた。

 でも多分、雀愛はすっごく大事なことを忘れてる。

 ボールに勢いがついたからって、それでコントロールが良くなるわけじゃない。

 

「ああー!!!!!」

 

 ごとん、という音と共に、また雀愛の悲鳴が聞こえてくる。ボクは席に座ってジュースを啜りながら、やれやれと溜め息をついた。

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