2021.11.ノベルバー企画「運命の人」   作:大野 紫咲

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Day17.流星群 「流れ星に願いを」

 11月……というと、この世界ではしし座流星群が見られるので有名らしい。

 幸いにも、サキが住んでいる場所は、街灯りの少ない山奥の方。きっとさぞかし綺麗に星が見えるに違いない。

 流星群って、大量の流れ星のことなんだよね。そのニュースを見た時に、夜空を切って落ちていく星たちを寄り添って眺めながら、二人の願い事を……なんて。誰にも言えないけど、一瞬そんなロマンチックな発想がボクの頭に過ってしまったのも、無理がないと思って欲しい。

 けれど、現実はそんなに甘くはなかった。

 

「うう……ごめんねぇ、ベランダで星が見られたら、って言ってたのに、ちょっと無理かも……」

「いいよ。気にしないで。こんなに寒いんだし、そもそもサキはあんまり冬は得意じゃないでしょ」

 

 炬燵に入ってぐったりしながら、ふ~っと熱い息を吐き出すサキの頭を、ボクは座ったまま掌で撫でた。

 元の世界で会った時から知ってはいたつもりだったけど、サキってものすごく、体が弱いんだった。

 今は昼下がりで外も明るく晴れているけれど、ベランダに続く戸を少しでも開けようものなら、鋭く冷たい風が吹き込んでくる。前は……詳しくは話せないけど、元の世界でボクらがいた場所は、少なくともここまで温度変化が激しくなかった。日差しからは考えられない気温と、それにも増して冷え込む朝や晩の温度差が、如実にサキの体力を削って虐めているように思えて、ボクは思わず外を睨んだ。

 

「……? 何そんなに怖い顔してるの?」

「えっ、あっ、いや、なんでも……!」

「ごめん、もしかして気を遣わせちゃった……? つまんないよね、どこへも遊びに行けないのにここにいても」

「う、ううん! そんなことない! 家の中で過ごすのには慣れてるしっ」

 

 このまんまじゃ帰れって言われるかもしれない、と思ってボクは慌てて言葉を捻り出した。

 

「それに、ボクはサキと遊びに行きたくてここへ来てる訳じゃないから。一緒に居られるのが、嬉しいから、だから……。

しんどい思いしてまで、ボクのためにどっか行こうって思わないで。何もしなくていい。ここに居て」

 

 ぎゅうっ、と炬燵に座る片腕にしがみ付いてから、さすがにこれは子供っぽい気がしてかあっと顔が熱くなった。

 なんで、こんなに不安になったんだ。サキと離れ離れになんか、なるはずもないのに。慌てて離れようとしたけど、見上げた先の笑顔が可愛かったから、ボクは結局動けずに固まってしまった。

 

「ありがとね。じゃあ、お言葉に甘えてのんびりしてようか」

「う、うん……」

「ふふ、夜羽くんに慰められるなんて、いつもと逆だね」

 

 クッションを椅子代わりに敷いているから、並んで隣に座ると、目線の高さの違いはそんなに気にならない。

 手入れをしたばっかりの、つるつるの髪に手を伸ばして撫でると、サキがくすぐったそうな表情を浮かべる。

 いつもと逆……そうだ。

 

「サキ、あの、膝枕してあげる」

「ヨルくんが?」

 

 ぱちぱち、と瞬かせて見つめてくる瞳を見返しながら、ボクは頷いた。

 

「うん。横になった方が楽でしょ」

「でも、私の頭重いよ? 人間の脳味噌って、キャベツ一個分くらい重さあるんだよ?」

「その微妙に生々しい情報いらないからッ! 少しくらい、平気」

 

 ぽすぽす、とクッションに座ったまま膝を叩いてみると、サキはちょっと申し訳なさそうな顔になりながらも、長い髪をくしゃくしゃにしないように整えて、そろっとボクの太ももに頭をもたせかけてきた。

 

「うわわ、ちっちゃい。ホントに大丈夫? ほんとのほんとに?」

「平気だから、遠慮しないで全体重預けてよ。膝枕の意味ないでしょ」

 

 そんな、膝にすれすれ付かないような格好で頭を起こされてても、サキの首が痛くなるだけだ。それに、ボクには浮遊魔法っていう必殺兵器があるし。

 離れ離れになっていた時を思えば、ずしり、とのしかかった重みすら愛しく感じる。いつもはちょっと見上げてばかりのサキの頭が、視線のすぐ下にあるのがなんだか不思議で、ボクは目を閉じたサキの顔を見つめていた。

 

「ん……ヨルくんは何してるの? 別にスマホとか弄ってていいんだよ?」

「あんたの顔見るのに一生懸命なのに、そんなことしてる暇あるわけないじゃんか」

「え……っ、そ、それはそれで申し訳ないっていうか、ってかそんな見ないでっ! 涎とか垂らして寝てたら恥ずかしいだけじゃん! 私が!」

 

 思わず本音をぽろっと漏らしたら、サキはそう言って、ごろりと膝の下の方へ逃げてしまった。

 せっかくチャンスだったのに、どうやら言葉選びを間違えてしまったらしい。

 何故かボクの方が恥ずかしい気持ちになりながら、正座していた足を崩すと、炬燵の中に寝転んだまま、じーっとこっちを見上げてくるサキの視線と目が合った。

 

「……ん? どうかした?」

「ううん。……ね、膝枕してくれるんだったら、私、こっちの方がいいな」

 

 そう言って、サキが青い炬燵布団をぺろっと捲り上げたので、ボクは硬直した。

 

「え、この中に、一緒に入れってこと……?」

「うん。なんかその方が、近くに一緒にいられる感じがする」

 

 重いの気にしなくていいし、と笑う顔を前に、うろたえるボク。

 だって、つまるところそれは、添い寝ってヤツじゃない?

 

「……ダメ?」

 

 のしっ、と膝の上にサキが猫みたいにしてのしかかって見上げてくるせいで、上目遣いに感じる。小学生相手に、こんな色目なんか使わないでよ。っていうか、ボク以外に使わないで欲しい。

 

「っ、わかった! わかったから……」

 

 おねだりにボクが折れたら、満足そうに目を細めているところまで、前の世界と一緒。

 ごそごそ、とこれでも距離を取って同じ炬燵布団の中に入ったのに、ぎゅっと抱き寄せられて顔が近くなる。前は、サキのことを抱き締められるくらい、ボクの方が大きかったはずなのに。これじゃ、反対の反対……ん?

 

「ね、ねえ、あんたが具合悪いから、ボクが何かしてあげようって思ったのに。結局、これじゃ何もできてないよ」

「? 十分だよ。一緒にいられるのが嬉しいって、言ってくれたじゃない。だから私も、そう言ってくれる夜羽くんの傍に居られるのが嬉しい」

 

 裏起毛のお気に入りのパーカーと同じくらい、ふわふわした笑顔でサキが笑う。

 その腕にすっぽり包まれているボクも、柔らかい布地越しに伝わってくる体温で、心地よくなってきた。

 ボクのシャツの胸元に顔を寄せながら、サキが目を閉じる。こっちは抱き締められてる緊張でさすがに眠気までは催さないけど、サキは炬燵のあったかさもあって、次第に気持ちよさそうに船を漕ぎ始めた。

 

「なんか……夜羽くん……いると……安心……むにゅう」

 

 完全に寝息を立て始めるまで、そう時間は掛からなかった。本人的にはもっとお喋りしていたかったのか、ぎゅっとボクの服を掴んで離さない腕の中で、思わず苦笑してしまう。

 

「ったく、しょうがないなあ……」

 

 本当に、子供みたいなんだから。

 つややかな髪を撫でて両手で頭に触れていると、すぐ間近に睫毛と唇があることに気付く。ふにふにして、でもちょっと乾燥で荒れている、サキの唇。リップクリームの一つでも、塗ってあげたくなる。

 

(……そういえば、今ボク、リップ塗ってたんだっけ)

 

 自分の唇をぽよんと触って確かめてから、ぶわっと顔が熱くなった。

 い、いや、いくら距離が近いからって、サキが寝てる間にそんな事……

 

(で、でも、両手、塞がってるし)

 

 この腕を振りほどいて、炬燵から出てリップクリームを取って来るのは、ちょっと忍びない。

 ……なんていうのは、言い訳に過ぎないのかもしれないけど。

 

「……サキ」

 

 念のため、名前を小さく呼んでみたけど、起きない。本当に寝てるみたいだ。

 ちょっとだけ。ほんの少しだけ。

 ほっぺたを挟んで、こつんとおでこをぶつけると、また数ミリ、サキとの距離が近付く。

 お願い。あとちょっとだけ……起きないで、欲しい。

 震えながら、鳴り響く鼓動を抑えて、顔を近づけた時だった。

 

「本人の意識がないところでやっても、『契約成立』にはならんぞ?」

「~~~~!?!?!?」

 

 急に鍵の中から頭に声が響いて、もうちょっとで叫び出すところだった。

 慌てて動いたボクのせいで、サキがちょっと身じろぎする。ごめんなさいと心で謝りながら、そっと布団を掛け直して身を起こしたボクの胸元の鍵から、狐モードの神様がぽんと飛び出した。

 

「驚かさないでよ……」

「すまぬすまぬ。いや、知らずにやっておるのかと思っての」

 

 しゃあしゃあと言いながら、耳の後ろを脚でかく白狐を睨んでしまう。絶対にわかってて邪魔しただろ、こいつ。

 

「ところで、おまんを好いてやまぬ人間とおるおかげで、おまんの善行ポイントは、隣におるだけでもうなぎ登りの状態な訳じゃが」

「知ってるよ……数話前から、耳元でチャージ音がにゃーにゃーうるさいもん……」

「メタいの。それで、とっくに見習い卒業に十分なポイントは溜まっておろう? いつになったら紫咲と『契約』するつもりじゃ」

「急かさないでよ……契約条件がキスだってことも含めて、話しづらいんだからさぁ……」

 

 そう、なんか……サキのことだから、話せばきっと、協力してくれると思う。

 心の準備が出来てないのは、ボクの方だ。いくら前世で恋人同然だったとしても、これから未来永劫好きに違いないんだとしても、段階ってものは、一応ボクだってちゃんと踏んでおきたい。

 いきなりキスだけしてくれなんて、そんなの何の説得力もないし、ボクのポリシーに反する。

 炬燵から出てカーペットを転がるボクを、伽々未が呆れた目で見下ろしてくる。

 

「とはいえ、契約を結ぶための行為は別に何でもよかったというのに、深く考えずにそう決めたのはお前じゃぞ」

「しょうがないだろ……突然天使になれとか言われて訳わかんなかったし、あれでも結構テンパってたんだから」

 

 指輪を渡すとか、握手するとか、契約書に記すとか、守護天使になるための魔法契約の手段はいくらでもあったらしいんだけど、そんな事「自分で決めろ」って言われてすぐ思い浮かぶはずもない。

 薄暗くなってきた空を見上げ、カーテンの端を口で引っ張って閉めた神様が、くくっと笑った。

 

「まあ、体による契約手段は、道具に依らない時点でいつでもどこでも行えるが故に、非常に有用な選択肢と言えるがの。できんかったら何の意味もないじゃろうが。今更何を照れておるんじゃ」

「うう……」

「人間とは不思議じゃのう。そこが面白いのじゃが」

 

 ふわん、と襟巻にしたら最強の防寒具になりそうな尻尾を振ると、伽々未が床におすわりする。

 

「ま、おまんのペースでじっくり愛とやらを育むがよい」

「ん……まあ、サキがキスしてもいいって思ってくれるのが先だよね……」

「その前に『契約』の話もしっかりせんか」

 

 そうなんだけど。

 天使として一生傍に居させてくれ、なんて。なんだかプロポーズみたいで、ちょっと恥ずかしい。言うって決めてはいるけど、なかなか口に出せない。ただの願掛けって分かってても、流れ星に縋りたくもなる。

 そこまで考えて、ボクははたと思いついた。

 

「……作れるかも。流れ星」

「ん?」

 

 魔力消費を抑えるために、鍵に戻った神様の声を耳にしながら、ボクはリビングのカラーボックスをそっと開けた。中に、サキが使ってるネイルのいっぱい詰まった箱が入っている。

 炬燵を振り返れば、サキはまだすやすや眠っていた。よし、今のうち。

 もう一度その傍に戻って、ボクはサキの綺麗な掌を取り上げると、ネイルのキャップを開けた。

 

***

 

「うう……?」

 

 いかん。炬燵で寝るのは健康に悪いって聞いたのに、だいぶ眠っちゃった気がする。

 はっと目を開ければ、隣ですっかり暇を持て余した夜羽くんが、爆睡していた。もうすっかり夕ご飯の時間だ。

 

「ごめ~ん! ほら、こんなところで寝ちゃったら風邪引くから!」

 

 ちょっとだけ抱っこして癒されようと思ったのに、私の方が先に寝ちゃうなんて。うーんと身じろぐ体を揺すろうとして、私は指先の違和感に気が付いた。

 

(ん? これは……)

 

 まじまじと手を顔に近づけると、塗った覚えのない青色のネイルが輝いている。ラメ入りの、お気に入りだった深いブルー。それをベースに、白いネイルでちょんちょんと、点がところどころ描かれていた。

 

「わぁ……!」

「んん……? サキ、起きて……っ、わあ! それっ、その……!」

「すごい! 夜羽くんがやったの?」

 

 遅れて目を覚ました夜羽くんが、飛び起きて隣でわたわたと慌てだす。

 爪の上を、小指から人差し指に向かって、尾を引いた綺麗な流れ星が走っていく。まるで爪の上に夜空が出現したかのような眺めに、私はすっかり感動して見入ってしまった。

 落ち着きなく身じろぎした夜羽くんが、おずおずと視線を投げて来る。

 

「あんたが、流星群見たいかなって思って、その……。ホンモノの夜空の綺麗さには、負けるかもしれないけど」

 

 そう言った夜羽くんは、もじもじと手を重ね合わせてそっぽを向いた。その爪にも、お揃いのネイルがきらきら光っていた。

 ネイルって乾くのにかなり時間が掛かるはずなのに、いくら魔法とはいえ、この短時間で二人分も完成させるなんて、本当に器用だ。

 

「ううん! そんな事ないよ。これがきっと、私が見てきた中で一番綺麗なお星さまに違いない」

 

 前、鯨さんと旅行の時に見た山奥の星もなかなかのものだったけど、それとはまた違う。これは私だけのために、輝いてくれる星空だから。

 そういえば、前に夢の中で夜羽くんと会った時も、星空が瞬いていたっけ。思い出して嬉しくなった私は、おんなじ夜の色に染まった爪を前に、夜羽くんの両手を持ち上げた。

 

「ふふ。流れ星をプレゼントできるなんて、ヨルくんは本当に素敵な魔法使いだね」

 

 そう言って目を合わせると、もちもちした柔らかそうなほっぺたが、ぽうっと赤くなる。可愛い。

 折角一生懸命塗ってくれたのに、炊事で落ちちゃうのがなんだか勿体ないな。少しでも剥げないように手袋でもしようか、と考えていたところで、立ち上がった私の手を、夜羽くんがそっと取った。

 

「……ヨルくん?」

「いつか、この星に掛けて、ちゃんと伝えるから……もうちょっとだけ、待ってて」

 

 そう言って、壊れものみたいに優しく指先を握った夜羽くんの唇が、そうっと手の甲に触れる。

 ちゅっ、という音と同時に、赤いリップの跡がほんのり甲について、私は耳先が熱くなるのを感じた。

 

「あ、っ、ぅえ、あの……」

 

 赤色のリップクリームなんてお洒落だな、って思っていたけど、今はその唇が妙に艶っぽく濡れて見えて、まっすぐ見ていられない。

 今でさえ、夜羽くんのこと、ただの子供だなんて思えないのに。

 これ以上ドキドキさせられたらどうなっちゃうんだろう、と思いながら、絡めた指を離せない私達の爪先で、笑うように星が輝いていた。

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