「能登沖では、旬の牡蠣の収穫が始まっており……」
テレビで放送される、網にごろごろ引っ掛かる牡蠣の貝を見ながら、ボクの隣で似たような顔をして、画面をガン見している人達がいる。
一人目、というか一匹目は、お魚大好きなベル。これは猫だから当然。
二人目は、何故かボクと一緒について行くと言い張って、勝手にサキの家に遊びに来た愛理。さっきから炬燵でごろごろするし蜜柑の皮はぐちゃぐちゃに剥くしで好き放題だけど、テレビで牡蠣のニュースが放送されてから、完全に目が釘付け。
三人目は、ボクとくっついて座りながらも、ボクなんかより牡蠣をガン見しているムラサキ。そんな熱心な目で見つめられて、牡蠣もさぞかし幸せかと思う。
短いビデオクリップが終わると、一匹と二人は、はあ〜〜っと盛大なため息をついた。
「いいなあああ」
「冬の味覚といえば牡蠣だよなあ」
「あんた達、目が本気過ぎて怖かったよ……」
今は遠い目になっている愛理とサキだけど、さっきまで目が完全に「(^ΦωΦ^)」になってた。
さながら獲物を狙う猫のそれだ。テレビに飛び付くんじゃないかと思ってボクは気が気じゃなかった。
「牡蠣といえば、フライも鍋も美味いけどさ。あんの白くて丸々した身と、芳醇な肉汁の溢れる牡蠣料理を前に、こう日本酒で一杯、くい〜っとね」
「あああああわかる〜〜。すごいわかる。酒飲みたい。牡蠣には白ワインとか言うけど、やっぱり我らは日本酒だよなぁ」
「似ても焼いても蒸しても美味だし、たまんないよね」
炬燵でジタバタしながら二人とものたうってるけど、こっちではもちろん、元の世界でも日本酒を大して飲んだことがないボクは、全然分からない。
ていうか、二人で盛り上がってて面白くない。
「……カキ、前に食べたことあるけど、あんまり美味しくなかった」
「あ〜……うん、あれは確かに、子供には合わなさそうな味だよな」
「うん。牡蠣って結構生臭くてさ。私だって昔は、こんな不味いもん二度と食うかって思ったもん。なんで今は好きになったんだろうねえ……」
思わずむすっとして水を差すようなことを言っても、二人とも気に留める様子もなく相手をしてくれる。
両脇からわしゃわしゃ撫でられていると、隣にいたムラサキがふと言った。
「でも愛理、アメリカで牡蠣に当たってなかった?」
「ああ、うん、あれはエグいよ。胃の中のものと水分全部ひっくり返って死ぬかと思った」
「え、何、どういうこと?」
説明を求めて見上げたボクに、ムラサキが解説してくれる。
「牡蠣みたいな二枚貝の類はね、ノロウイルスを蓄積してることが多いから、食べる時にしっかり加熱しないと食中毒を起こす可能性が高いのよ。どうせ愛理、生牡蠣食べたんでしょ」
「実は何回か、あの後も当たってるんだよねー。生食用って書いてあったんだけどな」
「まあ、100%ノロを除去した安全な生牡蠣なんて、作りようがないからね……。
私なんか、昔元彼が牡蠣鍋で当たったって話聞いてから、家で牡蠣料理するのさえ無理だよ。基本的にお店でしか怖くて食べない」
ぶるぶるとサキが身を震わせる。
そんな恐ろしい食べ物なのか、牡蠣。
食中毒の症状は聞くだにしんどそうだったけど、それでもなお、ぽ〜っと目を輝かせる愛理を見て、ボクは思わず呆れてしまった。
「あんた、それでもよく食べようって思えるね……?」
「僕じゃなくて、あやめが料理するようになってからは、当たったことないし。
それに、生牡蠣美味しいんだもんさ。身が濃厚で、ぷるぷるしてて。『海のミルク』って呼ばれてるんだぜ、牡蠣って」
「あやめさんが作ったので当たらないのは、多分ちゃんと加熱してるからでしょ……あんたせっかちすぎなんだよ」
まあ、愛理が食い意地張ってるのなんて今に始まったことじゃないけど、まさかここまでとは。
スマホで旬の魚介類を調べていたサキは、牡蠣のページを見ながら、楽しそうに僕の方を向いて鼻をつついた。
「牡蠣っていえばさ、台湾だったら、旬の時期だけじゃなくて、一年中美味しい牡蠣料理食べ放題なんだよ」
「え、そうなの?」
「ああ〜〜!!! あれだ!
愛理が、机の上のお茶を揺らしそうな勢いで炬燵を叩いて大声を出すから、びっくりしてしまった。
驚いたベルに低い唸り声を上げられて、愛理は即座に土下座で平謝りしている。
「な、なにその……魔法の呪文みたいなやつ」
「ふ、ふふっ。魔法の呪文か……たしかに、台湾語って中国語よりさらに呪文感あるよね」
サキが、昔留学で台湾にいたことがあるのは知ってたけど、中国語じゃなくて台湾語までわかるんだな。
ボクを脚の上に乗っけながら、サキにそう言われて驚いている間に、愛理がスマホの画面でその料理を見せてくれる。ていうか、ボク今めちゃくちゃサキに背後から腕を回されて抱っこされてるけど。顔が近いよ。
「ほら、これ」
愛理のスマホを持ったボクの傍から、二人が覗き込む。
屋台の大きな鉄板みたいなところで、ヘラを持った職人みたいな人が、バケツくらいの入れ物から、匙に掬った牡蠣をでん、でんと次々山盛りにして並べて焼いていく。豪快だな。
そこに、米粉を溶いたみたいな白色の液体をお玉に掬って流すと、ぷつぷつ泡の立った白い面が、鉄板一面に広がった。お好み焼きみたいなものかな?
「ここに、卵と野菜を乗せて焼いてくんだよね」
「うわ、2個いっぺんに片手で割ってる。器用だな」
サキの言葉通り、次々牡蠣と米粉生地の上に放り出されていく、黄身と白身を眺めていたら、育った家の関係で元来中国語が堪能な愛理が頷いた。
「僕の感覚だけど、こういう、卵を使って揚げ焼きにした系の料理は〝
似たような、鉄板で焼いた小麦の
「へ~……」
さすが、親が中華圏の人なだけあって、よく知ってるみたいだ。
ボクのママは、最初から割と過保護っていうか、こんな手袋もせずに調理していく屋台みたいなものなんて見たら、不衛生なところで食事しちゃいけませんって絶対に行かせてもらえないだろうから、二人のことも、このちょっと薄汚れた雰囲気も、ちょっと羨ましい。
動画の中は夜なのか、眩しい灯りの下で作業している人の後ろでは、ガヤガヤと人の声や生活音がしている。油の跳ねる音。ひっきりなしにしている呼び声は、店の人のものだろうか。
「……何て言ってるんだろう」
「んー?」
ボクの呟きを聞いていたサキは、ボクが目の前で持っていたスマホのスピーカーに、ぐっと耳を寄せて近づけた。スマホを持っていた右手が、ぴとっと頬に当たってちょっとどきどきする。
「……多分だけど、来るお客さんに注文の数を聞いて、席に案内してるんじゃないかな。お持ち帰りですか、ここで食べますかって聞いてる気がする」
「数字っぽいもの呼んでるのは、多分卓番号だよね。何番さんご案内、ってやつ」
「空いてる席に次々お客さん入れて回してるんじゃない? にしても、このおばさん
「相変わらず調子いいなぁ。まあ、若い子来ると大体みんなそんな扱いだよね」
スピーカー越しに朧げに聞いただけで、そこまで分かったらしい。
さらに、動画のコメント欄を見ていたサキが、ボクには分からない漢字の羅列をじーっと見つめる。
「でも、この動画なんかめっちゃ叩かれてない?
『こんなに動作が遅いのは見たことがない』『こんなにすぐ引っ繰り返して、火が通るわけがない』『柔らかすぎて爺さんの喉に詰まるに決まってる』ってバッシングの嵐だけど。そんなに焼き方違うのかな~」
「素人目には、どこがダメなのか全然わかんないけど。でも、夜羽に見せるんだったら、やっぱちゃんとした奴を探して見せた方がいいよな。初めてなんだし」
別にそこまで拘ってくれなくてもいいんだけど、やけに真面目な顔をサキと見合わせた愛理は、画面をスワイプさせて別の動画を探し始めた。
「え~っ、なんで? どこの屋台の動画も、個人が撮影した感じのは大体叩かれてる。台湾の人みんなグルメなの? 評価厳しくない?」
「うわ、こりゃひどいな。『新竹にある店の方が、ここより焼き方の技術もレベルも数段上だ。全然違うから自分の盗った動画と比べて見て欲しい』って書いてあるよ。
やけに自信満々じゃん。見てやろうぜ」
ちなみにここに至るまで、聞こえてくる言語も読んでる言語も、ほとんどが日本語じゃなかった。この二人がいなかったらそんな事まで気付かなかっただろうな、と思いながら、愛理たちがあーでもないこーでもないと激選する焼き方動画を、ボクは隣でぼけっと見つめていた。頭の中が牡蠣オムレツでいっぱいだ。
「でも大体、作り方と材料はどこも一緒な感じなんだね。牡蠣を最初に焼いて、そこに米粉の生地と卵と野菜を乗せて、火が通るまで焼いてる。
なんかここのは、確かにさっきのところより手際がいいみたい。生地を次々足してて、放置しっぱなしの屋台よりは美味しそうに見える」
形が崩れそうなのに、具沢山で不安定な生地を、お皿とヘラを使って瞬く間に引っ繰り返していく様は見上げたものだし、それを内食用の皿や持ち帰り用の箱に次々詰めていく店員も、なかなか素早い。
「ヨルくんもそう思う? だよねぇ、ヘラの音が小気味よくてなんかかっこいいよ。これこそ、当たらないか最初は私心配だったんだけどさぁ。結構しゃって素早く火を通すじゃない?
でも、私が滞在中に食べて具合悪くなったことは、一度もなかったかな」
「へぇ? 結構、量も入ってるように見えるけど」
「台湾の牡蠣って、日本のよりちっちゃいのよ。だから、ざっくざっく入ってるの。でも、その分食べやすいっていうか。甘辛い
牡蠣がたっぷり入った生姜のスープなんかも、あっさりしてて美味しくってね」
涎を垂らしかねないサキの表情を見て、相当美味しかったんだなと想像がつく。それなら、ボクも食べたくなってきた。
いつか、台湾にサキと一緒に行ける日も、来るのかな。なんて。
そう思っていたら、ボクからスマホを返してもらった愛理が、屍みたいな顔で炬燵に突っ伏して、ボソボソ呟いていた。
「なんか……調べてたら余計に食いたくなってきた……牡蠣鍋が食べたい」
「賛成。自分でするのは怖いけど、鍋なら加熱調理しっかりすればまだ平気だと思うし、愛理が食べたいんなら仕方ないなぁ。
ここ山だけど、スーパー行けば牡蠣ぐらいあるでしょ」
そういえば、サキは山間部に住んでから、魚介が手に入りにくいってよく嘆いてたっけ。
けれど、もう耐えられなくなったらしい。
今晩牡蠣鍋でいいー? と旦那さんに聞きに行ったサキは、而して、手でバッテンを作りながら戻って来た。
「鯨さん牡蠣好きじゃないらしいんでアウトです」
「あんんんんんの野郎はさあぁぁぁ! 何なワケ!? 牡蠣もダメ、カボチャもダメ、海老もダメ!!! 何なんだよこの(ピーーーー)野郎!」
「愛理さん愛理さん、あんまり下品な言葉言ったら収録出来なくなっちゃうからダメよ」
今度富山に行ったら何がなんでもアイツに牡蠣を奢らせてやる、と息巻いている愛理を前に、サキが苦笑していた。ボクはそこまで気にならないんだけど、愛理はどうもサキの旦那さんのことが大嫌いみたい。
首を傾げるボクの後ろから、ぎゅっと抱き着きながらサキが言った。
「ま、牡蠣はヨルくんも苦手だろうし。でも、牡蠣以外にも冬が旬の美味しい貝はいっぱいあるから、ボイルしたホタテやエビ使って、海鮮鍋っていうのもいいかもね。うちらの分だけ、こっそりエビ入れちゃおっか。
ここらで手に入るか分かんないけど、バイ貝の煮つけなんかも、酒の肴とかおかずにぴったりだよ~」
「……前から思ってたけど、サキってもしかして、貝類結構好き?」
ボクが問うと、サキはへへっと照れ臭そうな笑みを浮かべる。
「実はね。お腹を壊しやすいからって、昔からあんまり沢山は食べられなかったんだけど。お寿司屋さんに行ったら絶対貝頼んじゃうくらい、ほんとは大好き」
それは、別にボクに向けた「大好き」じゃないのに、胸がきゅうっとなってしまう笑顔だった。
でも、一個サキの秘密を知ったんだし、いつか絶対、サキに貝料理をご馳走できるようになろう。ボクはそう固く決心した。
おまけ:
好きな寿司ネタは?
紫咲「赤貝!」
愛理「〆鯖かな。光物が好きでね」
夜羽「……たまご……」
紫・愛(にっこり)
夜羽「な、なんだよ! そんな目で見るな!」
補足:
ちなみにこちらがムラサキと愛理による、激選牡蠣オムレツ動画らしいです(^_^*)
つべのリンクを貼っておくので、参考になれば……笑
(※米粉生地のぶつぶつが若干気持ち悪いので、集合恐怖症の人は注意した方がいいかもしれない)
https://youtu.be/EV7zyDRwVaQ