2021.11.ノベルバー企画「運命の人」   作:大野 紫咲

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Day19.クリーニング屋 「ヴェール・ウエディング」

 秋風の吹く街を、ボクは午前だけの特別授業が終わった学校帰りに、いつも通り歩いていた。

 落ち葉で競争するみたいに去って行く北風が、セーラー服のズボンを穿いたローファーの足元を通り抜ける。革靴はちょっと寒い時期になってきたけど、いつブーツに変えようかな。

 見るともなしに、人で溢れ返った駅前のショッピングモールにある、マネキンの着た服を仰ぎ見る。ボクが天使としてステイ先に選んだ家のママは、ファッションデザイナーをやっていて、父親と離婚した後も、一人で黙々と女社長としての仕事を続けている。

 こういう煌びやかな服に囲まれながら仕事をしてるんだろうな、と思うと、ちょっと羨ましい。

 ボクは性別上は男だけど、やっぱり綺麗な服は、性別に関係なく憧れるよね。たまにドレッサーで、ママが持ってるコスメをこっそりいじるのも好き。

 大人になってお金が稼げたら、こんなブランド服を着て、堂々とサキの隣で歩くこともできるようになるかな。

 でも天使の収入って、どうなってるんだろ。今度、伽々未にでも聞いてみるか。

 

 そんな事を考えていたら、足元でふわっと馴染みの尻尾の感触がした。細い縞模様の尻尾を、ボクの足元にぺしぺしと巻き付けるベル。その首元の鈴が、光っている。神様からの通信だ。

 

「伽々未? どうかした?」

「夜羽。丁度よかった。近くにおるのなら、手伝って欲しいことがあるんじゃが」

 

 ベルと顔を見合わせ、首を傾げる。

 今日は、家での座学の他には天使としての予定は特になかったはずだけど、何かあったんだろうか。

 道案内役に先を立ったベルの後をついて、ボクは落ち葉の舞う大通りを後にした。

 

 連れて行かれた場所は、石段のある神社だった。

 そこに、小柄なお年寄りがショールを羽織ってちょこんと腰掛けている。その足元に、白猫に化けた伽々未がいた。

 皺に沈んでいた目を開いたその人が、ボクと目が合って優しそうにおっとり微笑む。どうしようか、と悩んでいると、その傍で丸まって日光浴をしていた伽々未が、合図するようにボクに向かって尻尾を振った。

 

「おお、来たぞ、スミレ。あれじゃ」

「あれ、まあ。こんなに小さい子が、天使だなんて。なんて可愛らしいのかしら」

「小さいからと侮るでないぞ。これでも儂の弟子じゃからな」

 

 近づいてきたボクを見て、スミレと呼ばれたおばあさんが迷いなくそう言ったから、ボクは面食らってしまった。

 ていうか、伽々未、普通に人間と喋ってるけど?

 

「スミレは、儂の人間界でのちょっとした知り合いでな。事情は知っておるゆえ、心配せんでいい」

 

 ああ、なるほど。それで、猫なのに喋ってる伽々未を見ても、そんなに驚いてなかったのか。

 スミレさんは、不思議な光を湛えた目でゆっくりボクを眺め回すと、皺くちゃの手でボクの掌を取った。

 

「伽々未ちゃんが新しくお弟子さんを取ってたのは知ってたけど、会えて嬉しいわぁ。でも、雀愛ちゃんよりまだちいちゃい子だったなんて。

本当に、頭のてっぺんから爪先まで愛らしいのねぇ……可愛いだけじゃなくて、心の綺麗さが、滲み出てぴかぴか輝いているみたい。見ているだけで、おばあちゃん、太陽を浴びてるような心地だわ。ほんとうにうれしい」

 

 なんだか、声の発する波動の揺れ方が、暖かさが、サキにちょっと似てる。

 初めて会う人に見た目をそんな風に褒められたことがなかったから、ボクは指先から顔面がかーっと熱くなるのを感じながら、靴の先へ俯いてしまった。

 

「あの……ボクのこと、伽々未から詳しく聞いてなかったんですよね……?

なんで、ボクを見ただけで天使だって……」

「私はね、この目はもうほとんど見えないけれど、人間が纏っている光や存在感なんかは、よくわかるのよ。オーラとでも言えばいいのかしらね。

夜羽ちゃんは優しい波動を持っているから、すぐにわかったわ」

「スミレは魔法は使えんのじゃが、魔力が豊富でそれを生かした占いや物探しが得意での。雀愛の師にはスミレを付けておるのじゃ」

 

 ああ、なるほど。占いの先生か。それはすごそうだ。

 見た目は着物姿の純和風おばあちゃんて感じだけど、確かにただならない雰囲気を纏っている気がする。

 ころころと笑って、スミレさんが伽々未の毛を撫でた。

 

「私はただのおばあちゃんよ。そんなに持ち上げないでちょうだい、伽々未ちゃん」

「儂を見つけ出した時点で、只者ではないじゃろ? と、昔の話はよい。

夜羽、今日の修行はの、スミレからの仕事の依頼じゃ」

 

 スミレさんから?

 ボクが首を傾げると、スミレさんは膝の上の風呂敷包みをぽんと叩いた。ふわりと、香のいい香りが漂って来る。

 

「それ、何ですか?」

「ふふ、今見せてあげましょうねぇ」

 

 暖かい秋の日差しが照り付ける石段で、スミレさんが結び目を解くと、中には何か真っ白できらきらしたものが見えた。

 布のようなものの端を引っ張って、スミレさんが広げると、しゃらしゃら音がしそうな輝きが目の前いっぱいに広がって、光の膜ができた。

 いや、光じゃない。白い糸で刺繍が編みこまれていて、まるで光そのものを閉じ込めたみたいな、薄く薄く伸びるプリズムのグラデーション……それは、ウエディングヴェールだった。

 写真とかショーケース越しに見たことはあるけど、こんな魔法みたいな輝きを持つヴェール、どんなドレスの生地でも見たことない。あまりの美しさに、ボクは言葉も忘れて、一目見るなり虜になってしまっていた。

 

「うわぁ……っ」

「うふふ、綺麗でしょう。若い頃の私が編んだのよ」

「スミレさんが作ったんですか!?」

「今はもう、めっきり手元が見えなくなってしまったけどねぇ。私の周りは洋モノに理解がない人が多かったもんだから、ひねくれ者の私は、どうしても西洋服を作ってみたくて、躍起になっていたこともあってね。

魔力の持ち主が布を織ると、不思議な力が籠るって言われているのよ。世界で一つの一級品なの。これを作る時は、伽々未ちゃんに頼んで、天界製のガラスの糸を仕入れてもらってねぇ」

「スミレは、縫製に関しちゃ右に出る者がおらぬくらい器用での。手芸の魔女と呼ばれとる。天人や神の服を仕立ててもらった事もあるんだぞい」

「すごい……」

 

 手編みで出来るクオリティとは思えない綺麗さなのに、布から織り上げたとまで言われると、気が遠くなりそうだ。

 触るのに、自分の手が汚れていたりささくれていないかと、心配になってしまう。慌ててハンカチで何度も手を拭いてから、そうっと触れてみると、パールのついたつるつるふわふわした布が、指の中で滑って零れ落ちた。

 

「これをねぇ、お友達の結婚式に、届けようと思って。私んちは仕立て屋なんだけども、すぐお隣にクリーニング屋さんがあってね。久しぶりにぴかぴかになって戻って来たから、さあ、あとは届けるだけって思っていたら……」

 

 そう言って、スミレさんがよっこいしょと着物の端を持ち上げると、左の脚にギプスが巻いてあった。

 

「あ、脚、大丈夫ですか?」

「家の段差で、転んだだけなんだけどねぇ。年寄になると、どうも骨が折れやすくなっちゃうみたいで」

 

 脚を擦ったスミレさんが、ちょっと寂しそうな顔になる。

 

「今日これから、夕方頃にお式なのよぉ。

私が行けないのは構わないんだけれど……せめてこのヴェールだけでも、届けたかったなぁと思ってねえ。

お友達の名前はミナって言うんだけど、ミナの結婚式は、山奥の街でご親族だけを呼んでこぢんまりと挙げるそうでね。ヴェールがなくても、白無垢がご近所で用意出来るから大丈夫って、言ってたけど……」

「ボク、行きます。スミレさんの代わりに、これ届けます」

 

 伽々未が何か言うよりも前に、ボクは返事をしていた。

 ぱちぱちと瞬きするスミレさんの両手を、ボクはさっきしてもらったみたいに、ぎゅっと握り返す。

 

「スミレさんの想いが籠った、大切なヴェールなんですよね。

今からだったら、魔法を使って何とかすれば間に合うかもしれません。ミナさんの家はどこですか」

 

 教えてもらった街の名前は、なんと奇跡的にサキの家の近くだった。

 それなら、行き方も場所もなんとなくわかる。

 もう一度しっかり結び直した風呂敷包みを抱え、ボクはベルと一緒に神社を後にして走り出した。

 一緒に付いて来た伽々未の声が、鈴の中からする。

 

「夜羽よ、わかっておるとは思うが……」

「わかってる。万が一にも、濡れちゃいけないもんね。水中花魔法は使えない」

 

 一瞬で水鏡を使って移動できるといえば水中花魔法だけど、どれだけボクのコートの内側に入れても、魔法の風呂敷を使っても、万が一ということがある。

 だとしたら、空を飛んで行くしかない。

 近くにありそうな高台を探して、廃ビルを見つけたボクは、そこに忍び込むと、屋上に続く扉を開けた。タイルの割れた屋上で、ひんやりした風を全身に受けながら、ゆっくりと深呼吸して雲に隠れた太陽を睨む。

 

「どうするのじゃ。練習用のモップは家じゃし、あれじゃと強度が心もとなくて長距離飛行には向かんぞよ」

「うん……ねえ、伽々未。このヴェールには、魔力が籠ってるってスミレさん言ってたよね」

 

 方角と風向きを確認して、ボクは慎重に、風呂敷の包みを解いた。

 風に飛ばされないよう、ベルもヴェールの端っこを咥えて協力してくれている。そのベルが落ちてしまわないようにと、雲を千切って作られた紐を、ヴェールと一緒にベルの首輪にも結んで、ぎゅっと自分の手首に括り付けた。

 

「おい、おまん……まさか」

「もしもの時は、期待してるからね」

 

 ボクは、鈴の中からする伽々未の声に呼び掛けると、返事も待たずに、滑走路から飛び立つ飛行機のようにして、屋上の上を駆けた。

 革靴が地面を蹴ると同時に、マントのようにして風を孕んだベールごと、空に舞い上がる。

 

「うわ……っ」

 

 もし布が体に纏わりついてしまったら、地面まで真っ逆さまだ。

 必死で腕を使ってばさばさ動かすと、見た目よりもうんと大きなヴェールが何段にも重なったままふわりと大空に広がって、パラグライダーのように安定した形になる。

 雲から顔を出した太陽に、きらきらと薄く光の粒が反射して、ヴェールは天使の羽根みたいに輝いていた。

 

「まったく……おまんも、無茶をするのぉ」

 

 半分くらい呆れたような神様の声を耳に、ボクは魔法を掛けたコンパスを見る。ぎゅっとヴェールの端を握りながら、風に乗って方向転換して、ボクは遥か遠くに見える山々を目指した。

 

***

 

「でも、よかったわねぇ。近くの呉服屋さんが、白無垢貸してくださることになって」

「何だかんだ言って、やっぱり和装が一番よねぇ。派手な都会のちゃらちゃらしたドレスより、ずっとミナちゃんに似合うって思ってたのよ」

「あ、はい……」

 

 押し掛けた親戚らに言葉を浴びせかけられながら、花嫁のミナはぎこちない笑みを浮かべていた。

 レンタルしたウエディングドレスは、結局宿泊した部屋に飾られたまま。

 汚してしまいそうな白い着物で、裾を引き摺らないよう軽く持ち上げながら、ミナは角隠しの下でひっそりと溜め息を吐く。

 

(本当は、ウエディングドレスがよかったなぁ……)

 

 和装がイヤな訳ではない。

 けれど、幼い頃からずっと、シンデレラのような真っ白なドレスと、ウエディングヴェールに憧れがあった。

 結婚して家と家が親戚になる以上、こちらの親族にもあちらの親族にも、余計な口出しをしてくる者というのはいる。遅かれ早かれ、讒言や時代錯誤の価値観を押し付けられる事は覚悟していたけれど、やはり気が滅入った。

 

「わざわざ、式場なんて借りなくてもね。身内だけのお式なんだから、新郎さんちの近くの神社で十分だわ」

「そうそう、最近は送迎代だの内装代だの、なんでも掛かるって言うしね。うちの子の時も、準備大変そうだったのよぉ」

「ミナちゃん、結婚してからは旦那さんの地元で暮らすんでしょ? 早く町にも慣れてもらわんとね」

「そうね、近いうちに子供も生まれるかもしれないし」

 

 一人で部屋に居ても、廊下を歩いていても、障子の向こう側から来客者の声がひそひそと聞こえて来る。

 愛する人との結婚式だというのに、整えば整うほど、誰かに知らず知らず、自分の行く末を決められているようで、ミナは悲しくなった。

 夫になる人には、気にするなと声を掛けてもらったし、ドレスでなくても綺麗だと褒めてもらえた。けれど、式の規模や会場を譲歩したとしても、ドレスだけは自分が望んだままでの式にしたい――と思ったのに、スミレからヴェールが届かないと連絡が来るや否や、じゃあ白無垢にしなさいよと親戚に押され、あれよあれよという間に衣装が決まってしまったミナの味方はしてくれなかった。

 別に和装でいい、とミナが言えば、その言葉を額面通り受け取って、まさかそれが妥協だとか落ち込んでいるだなどとは考えもしない。何も言わないのに相手に勝手に期待しておいて、勝手にがっかりする自分が悪いのだと分かっていても、どうしても気が滅入ってしまう。

 こんな人と一緒に人生を歩むのか、と失望が胸を支配する。

 

 こんな気持ちになってまで、一体どうして、私は結婚なんてしようと思ったのだろう。

 今やミナは、開始の時間を待ちながら、そんな気持ちにすらなっていた。

 一体、これは何のための式なのだろう、と。

 誰も文句は言わないし、誰から見ても幸せで祝福されるべき式なのかもしれない。

 けれど、ただ挙げればそれでいいだけの結婚式なんて、私は挙げたくなかった。

 心を傷付けられ、自由を剥奪され、これのどこが幸せな式なのか。

 一人、控室の内側でぽつりと涙を零したミナの手に、本来付けられるべきだった白い手袋はなかった。

 

 境内を、暗澹たる気持ちで進んでいく。

 午前中は雨で、午後からもまた降るかもしれないという予報だったけれど、薄く広がっていた雲は晴れて、傾きかけた太陽が青空に顔をだしていた。

 仄かにオレンジに染まる空。日が落ちるのがこの頃は早く、まだ明るいこの境内にも、夕焼けの気配が感じられる。

 そっと俯いて、着物の足を擦りながら歩を進めていた時。不意に、目の前を吹く風にきらきらしたものが混じった気がして、ミナは空に視線を上げた。

 

(……?)

 

 緊張気味の新郎をはじめ、よそ見をするミナに気付くものはいない。

 廂の下から仰ぎ見る空の中、点のようなものがだんだんと近付いてくる。最初は飛行機かと思ったが、それにしては飛び方が不規則で、おまけにまっすぐにこちらへ向かって来るような……

 

(……えっ)

 

 驚いたミナは、ついに完全に足を止めた。

 不思議そうな新郎や親族たちが、釣られて空を見上げる。

 だんだんと近付いてくるそれは、翼の生えた小さな男の子だった。光を反射して様々な色に輝く羽根は、風を受けて喜んでいるように見える。

 天の道のように、開いた雲と雲の間から、天使が降って来る。ミナの目には、その光景がそんな風に映っていた。

 ミナは思わず、泥が跳ねるのも厭わずに、上を見上げたままで、境内から神社の庭へと走り出た。

 この瞬間、自分の置かれた立場も、憂鬱も、結婚式さえも、ミナはどうでもよくなっていた。ただ何かから解放されたように、ふわりと足が軽くなって、気が付けば自分自身の為に、飛んでくる天使に向かって走り出していたのだ。

 

 まるでそれをわかっていたかのように、待ち構えていた彼女の伸ばした腕の先へ、真っ白い大きな翼を広げた少年と、手綱のついた猫が舞い降りる。

 周囲を覆い尽くすほどの白と対比する美しい紺の髪をした少年は、まるでその場に浮いて留まっているかのような所作で、音も立てずにゆっくり、ゆっくりと、風の籠の中へ体を下ろした。と同時に、広げていた翼を、ふんわりとミナの頭に向かって被せる。

 二対の翼だと思っていたそれは、目を凝らせば、夕暮れの光の中で煌く、美しく軽やかなウエディングヴェールだ。

 見事な刺繍を冠して織り上げられた、光のイリュージョンのようなヴェールの前布を被せられたミナが、少年を見上げ叫ぶ。

 

「それ、スミレさんのヴェール……!」

「はい。確かにお届けに参りましたよ。祝福の風をたっぷり含んだ、幸せになれる魔法付きでね。

……スミレさん、心配してたよ。あんたの式でしょ。あんたが誰より、幸せにならないと」

 

 唇に薄い微笑みを浮かべ、とんっと軽い靴音と共に着地した少年が、藍色の目を細める。

 周りの親戚と客たちは、あんぐりと口を開けるばかりだ。突然の闖入者に、動く事すらできないらしい。

 それじゃボクはこれで、と未だに驚きに目を見開いているスミレの前から立ち去ろうとした少年は、ふと何かを思い出したように、庭を横切りもう一度たたっと走って戻って来ると、ミナが被ったヴェールの内側から、内緒話をするようにそっと耳元へ口を寄せた。

 

「あのね。和装にウエディング・ヴェールも、最高に似合ってるよ」

 

 そう言い残し、今度こそ空から降って来た謎の少年は、身軽な猫と共に垣根を飛び越えて境内を出て行ってしまった。

 ふわふわと、喜ぶように揺れ動くヴェールに触れたミナの目に、涙が溢れた。

 茜に染まっていく空を見上げ、着物は汚れてしまったけれど、これを洗い直したら、もう一度式をやり直そう、とミナは決意する。

 あの子の言う通り、一番幸せにならないといけないのは自分、誰に何を縛られる権利もないのだから、と。

 

 それから後。

 しばらくの間この街では、天使が空を飛んでいる、というのが、密やかな噂の種だったらしい。

 

***

 

「へええ、そんな事があったんだねぇ」

 

 ヴェール配達の仕事が終わった後。

 家に立ち寄ったボクを快く歓迎してくれたムラサキは、あたたかいお茶を出しながら、ボクの話を聞いてくれていた。

 うんうん、と頷きながら聴いてくれる瞳が楽しそうで、後から振り返ればちょっとカッコつけすぎたかな、なんて思うことも、思わず舌が勝手に喋ってしまう。

 湯呑を傾けながら、サキがふふ、と肩を揺らして笑った。

 

「でも、そこに居た人達びっくりしてたでしょ。突然、空から男の子が飛んで来て」

「まあね。一応パラシュートってことで誤魔化したけど……。

ボクの神様には、あんなに目立つ登場の仕方をするなんてヒヤヒヤしたって、怒られちゃったよ」

「それも、夜羽くんの予定通りだったの?」

「いや。本当は、披露宴の前のタイミングで、近くに降りてもっとこっそり渡すつもりだったんだ。でもさ……」

 

 式場の様子を偵察しようと、空から「ちょっとだけ遠くがよく見える魔法」を使った時に、見て聞いてしまったのだ。

 あの人が置かれている状況と、あの人の本当の心の声を。

 それを聞いてたら、思わずカチンときてしまって……気が付いたら、結婚式の最中、花嫁行列のド真ん中に着地してた、というわけ。

 

「んふふふ、ヨルくんらしい優しさだね」

「……ちょっと、浅はかだったかな」

 

 幻滅されるだろうか、とそわそわしたけれど、炬燵に入ったサキは、かえって楽しそうに、ボクに向かって笑った。

 

「まあまあ。着物のクリーニングがちょっと大変かもしれないけど、着物に汚れが飛んでも、ミナさん自身の心は、汚されずに済んだんじゃないかって思うよ。

それにそのおばあちゃんとこのお店、染み抜きも上手なんでしょ?」

「うん。着物のことは、名古屋まで送ってくれたら完璧に元通りにしてみせるって、スミレさん意気込んでたみたい」

「何とかなりそうなら、結果オーライなんじゃない? 完全に他人事だから、他人事みたいな感想になっちゃうけど」

 

 大丈夫だよ、と頭を撫でて労ってくれる。

 帰りにここに寄れてよかった。意外と冷たかった空の風も、やっちゃったかなと思ってこわばっていた心も、サキの傍にいるだけで、ほっくり解れていく。

 今日は泊まりなね、と言い残して台所に立ちながら、サキは夕飯の材料を切るべく、包丁を握っておしゃべりを続けた。

 

「んにしても、夜羽くんがそこまで激情家なのはびっくりしちゃった。ふふ。

こんなにしっかりしてるのに、熱くなっちゃうところもあるんだなって、お姉さんどきっとしたよ」

 

 ヴェールで空を飛んでの登場は、相当サキのお気に召したらしい。

 いいなあ、傍で見てみたかったなあ、と何度も呟いている。

 

「あ……そういえば、さっきスミレさんに連絡したんだけど、すごく喜んでくれて。

もし今度、また他の人に貸すことがあれば、配達して欲しいって頼まれたんだ」

「ほんと! よかったじゃん。夜羽くんの魔法使いとしての実力が認められたってことだ」

「だから、もしかしたら、また近くを飛んでる時なら、サキも見られるかも」

「うわぁ、楽しみ。だって、想像しただけでうっとりするくらい綺麗なんだもん。ね、今度配達することがあったら呼んでね。それでまた、空からふわ~っと花嫁さんの頭に掛けてよ」

「そんなピンポイントな依頼されるかどうかまでは、わからないよ」

 

 思わず苦笑しちゃったけど、依頼主の意向に合うんなら、別にそれでもいいな。

 元気に台所を駆け回るサキの姿を、炬燵の中からぼーっと眺めながら、ボクは電話でのスミレさんとのやり取りを思い出していた。

 

『あの……。あの。ヴェール、もし使う時が来たら、ボクもその、着てみて、いいですか……?』

『あらっ。ひょっとして、素敵なお相手が居るのかしら。ふふ、夜羽ちゃんならいつでも大歓迎よ。きっとよく似合うわね。それなら、私も腕によりをかけて、二人分(・・・)ヴェールを作らないと。自分でお裁縫なんて久しぶりだけど、今度、魔鏡レンズの入った老眼鏡がお安くならないか、伽々未ちゃんに交渉してみるわ』

 

 だって、サキは、旦那さんとの結婚式はしなかったって言ってたし。見せびらかすだけの式なんか嫌いだって言ってたし。

 それなら、もしボクがちゃんとサキの守護天使になれて、一人前の天使になれたら、その時は二人きりで誓いをーーなんて。たとえ真似事でも、ボクの気持ちは真剣なんだ。誰にも言えない夢だけど。

 そして、何も言ってないのに「二人分」と言われてしまったあたり、何かを見通されているような気がして、さすが占い師のおばあちゃんって感じだ。

 

 あのヴェール、本当に、どんな魔法が掛かってるんだろう。

 ボクの手で、サキの頭上に掛かったそれを持ち上げる、いつか訪れるかもしれないその日を夢に見ながら、ボクは湯気の中でゆっくりと目を閉じた。

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