2021.11.ノベルバー企画「運命の人」   作:大野 紫咲

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Day20.祭りのあと 「おもひでプロジェクション」

「お祭りの後って、いつも出涸らしのお茶みたいな気分になるものなのかな」

 

 ついこの間、同人系のイベントに参加してきたらしい師匠兼神様が、完全なる燃え尽き症候群で帰って来たので、ボクは何とはなしにサキに聞いてみた。

 っていうか、こっちでは神様の姿で人間の前に姿を現しちゃいけない決まりだってボクは聞いたはずなんだけど、バレないように化けてまで、参加したいものだろうか。

 ボクがそう言うと、サキは楽しそうに笑った。

 

「あっはは、作家にとっちゃあ、お祭りみたいなもんだからね、クリエイターイベントも」

「屋台も出店もないのに?」

「出店ならいっぱいあるじゃないの。売ってるのは、食べ物じゃなくて本だけどさ。

私もこんな体じゃなければなー。行きたいし、本も出したいもんだけど」

 

 炬燵に入ったままでプリッツを咥えたサキが、ボクの口にも一本咥えさせてくれた。

 足元は、もこもこしたあったかそうな靴下に包まれている。

 ただでさえ身体が弱いサキだけど、冬はさらに慎重になっているみたいだ。

 

「即売会が終わった後は、前のイベントから知り合った作家さんとかフォロワーさん達で、カラオケ行ったりご飯食べに行ったことあったな。

名古屋のイベントだったから、私の友達に売り子頼んだんだけど、その子も一緒で。

普段生活してたら絶対に関わらなさそうな人達が、一堂に会するのなんか楽しかったよ。手羽先美味しかったぁー」

「ふぅん……? 意外と、終わった後も盛り上がってるもんなんだね」

「そう。各々、気心知れてる同士で、和気藹々してたりね。

まあ、私は飲み会行く前から調子悪くなっちゃってさ、しんど過ぎて手羽先微量とお茶漬けしか食べれなかったのが、未だに悔やまれるんだけど」

「いや、それ帰った方がいいでしょ」

「旅行とか出先だと、私割といつもこんなもんよ?」

 

 いつも外に出る度にこんな思いをしているのかと思ったら、苦笑しているサキが心配にもなったけど、サキは何かを懐かしむように、頬杖をついてゆっくりと目を閉じた。

 

「お祭りって言ったら、思い浮かぶものは色々あるけど。

大学の学園祭に、ユニバのハロウィンやクリスマス。大阪でよく行ってた、好きなアーティストさんのライブとか。奈良なんて、神社やお祭りの聖地だったし。

……今思えば、あの頃より先の私の人生は、みんなお祭りのあとみたいなもんかもしれないよね」

 

 ちょっと痛みをこらえるように、言い聞かせている表情は、楽しそうにも寂しそうにも見える。

 大人って、ほろ苦いんだ。反射的にそう思ってしまうような顔。

 

「……サキが、一番大切にしてるお祭りは何?」

 

 ボクは、机の上でサキの手の甲にそっと触れた。目を閉じたままで、サキが答えてくれる。

 

「台湾のお祭りかなぁ。お祭りって言ってもね、あそこは毎晩がお祭りなのよ」

「愛理が前に言ってた気がする。夜市っていうんだっけ」

「そう。食べ物の屋台も飲み物の屋台も、夕方近くになると毎日、道路脇にずらっと並んで灯りを灯すの。

日本のお祭りで、参道脇にいっぱいお店が出るじゃない。あれが毎晩って感じ」

「へえ、それはすごいな」

「あんなに情緒深くはないんだけどね? どちらかっていうと、すごく騒がしいよ。人が道にひしめき合ってて、どこ歩くにもぎゅう詰めで。

バスが巻き起こす埃と、熱気と、あとどこからともなく漂ってくる独特の香辛料の匂い」

「賑やかそうだし、眩しそうだね」

「そうなの。大体看板は派手でネオンぴかぴかだし、屋台だけじゃなくて、開けてる店はどこもかしこも電気ついてるから、眩しいの何のって」

「明かりの海を泳いでるみたいだ」

「そうそう、電気屋さんでしょ。服屋でしょ。携帯とかスマホのアクセサリー屋さんでしょ。バターが挟まったメロンパンのパン屋さんとか、あとお土産屋さんやマッサージ店も」

「それって、お祭り関係あるの……?」

「お客さんが入れば何だっていいのよ。スーパーも雑貨屋さんも。とにかく、この時間帯に出歩く人たちは、夕飯ついでに、あらゆるもの買い揃えて回るもんだからさ」

「ふうん……。じゃ、日本みたいに射的とか輪投げの屋台は?」

「あるとこもあるよ。木の球を弾いて入れるパチンコとか、麻雀台とか、ちょっと昔ながらのゲームコーナーって感じ。

あんまりやったことないんだけどさ〜。小さい子とかもたまに遊んでる。古臭さは感じるけど、日本の縁日感は全然ないよね、ふふ」

「そっか、なるほど。そんな感じなんだ。……もう目を開けていいよ」

「……うん?」

 

 ボクの想像通り、どういうこと、と言いたげな返事をしたサキは、眠そうにゆっくり目を開けて、炬燵の存在など忘れてるんじゃないかってぐらい、勢いよくガタンっと立ち上がった。

 

「?!?!?!?!?!」

 

 そりゃ、驚くよね。

 さっきまでいた、こちんまりしたサキの家のリビングじゃなくて、まさに今話していた通りの光景が、目の前に広がっていたんだから。

 

 立ち並ぶ大通りのビルの下で、クラクションを鳴らしながら車やタクシーが行き交っていく。見上げれば都会らしい大楼が広がっているけど、その下界であるこのあたりは、賑やかな屋台の活気と光で溢れていた。

 

「わ〜〜〜〜っ! すごい! これもヨルくんの魔法!?!?!?」

 

 大興奮して揚げ菓子の屋台に突進しようとしたサキの服を慌てて掴もうとしたけど、一歩遅かった。そっちに向かって行ったサキの頭が、見えない何かにどごんっとぶつかる。

 

「あいたた……」

「だ、ダメだよ。ここ、サキの思い出の中を元に作ってるんだ。部屋の中に投影してるイリュージョンだから、本当にあるわけじゃないんだよ。

プロジェクションマッピング……って言うと、この世界では近いかもしれないけど」

「あ……なるほど。確かに、このあたりには襖があったはず」

 

 奥行きはあるように見えるけど、手で触れると透明な壁に阻まれているのが、ここが部屋の中である証拠だ。

 別に、瞬間移動をしたり、次元や空間まで移動しているわけじゃない。

 

「ボクがもっと強い魔法使いなら、まるごと空間を創造して再現度を高めることも、できたのかもしれないけど。今の力じゃこれが精一杯で……」

「何言ってるの、十分だよ! つまりこれ、炬燵の中に入りながら、台湾の街並みを楽しめちゃうってことでしょ!」

 

 折角見られても、何も買えないし誰とも話せないのに、サキは顔をきらきらさせて大喜びしながら、ボクの手を引いて戻ると、手探りで炬燵の場所を探り当てて布を捲った。

 ボク達が動かずにいる分、周りの景色がプラネタリウムやストリートビューみたいに動いていく。

 

「わわっ、すごい。動いてる。これ歩いてる人の目線だね〜。旅番組見てるみたい」

「サキ、よく旅歩きの番組見てるから……好きかなって思って」

「うんうん、大好き。でも、自分で触れ合えない以外は、ほんとにそこにいるみたいだよ。看板の文字もちゃんと見えるし、写真見てるみたいに細かいじゃん。雰囲気とかならまだしも、私がそこまで詳細に端から端まで記憶してるとは思えないんだけど……?」

「まあね。そこをそれっぽくするのが、ボクの魔法の仕事というか……。

手に触れてる間は、ボクがサキの思い出を読み取ってる。不鮮明な部分を、外の情報と繋ぎ合わせて補うのも、イリュージョンの魔法の力だって、神様が言ってた」

「へええ、最近の魔法はハイテクなんだねえ」

 

 幸い、今の世の中には、スマホとかネットがある。

 端末に魔法を掛けて、そこに集まる情報にアクセス出来れば、たとえ自分が知っていることや経験していることじゃなくても、容易に再現してイリュージョンを習得出来る魔法使いが増えたのだと、伽々未は話していた。

 けれど、そうやって再現できる魔法はどこか色褪せていて、どれだけ高度な魔術の使い手でも、中身の籠った「思い出」には敵わないのだ、とも。

 ボクが今見ているこの夜の街が、これほどキラキラ輝いて見えるのは、強い気持ちや思い入れを抱いてこの景色を眺めていた、サキが今隣にいるからなのだろう。

 そう思って、ボクは握った手の力を強めながら、隣に座っているサキの顔をじっと見つめた。

 サキは本当に、この場所を、この街を、すっごく愛してたんだな。

 

「! 見て! アイスクリームの米粉クレープ巻き! あれ大好物なんだよおおおお私」

 

 ボクとサキが作り上げた魔法の中だから、サキが望めば、その場で立ち止まったかのように映像も止まって向きを変える。

 明るい電球の光の下で、大きな木の台が目立つ。

 大きな白い生地のようなものにアイスを乗せた屋台のおじさんが、くるくるとその端を畳んで巻いて、プラスチックのケースに入れてからお客さんに手渡していた。

 

「クレープっていうか……本当に、アイスが丸ごと入ってるだけみたいだけど」

「まあ、アイスのクレープ包みっていうのかね。

ほら、あのおじさんの隣に、でっっかい琥珀色の塊とカンナみたいなものが置いてあるでしょ。

あれ、ピーナッツ飴なの。あれをカンナで削って、粉みたいにしてアイスと一緒に乗せるんだよ。

台北の伝統的な屋台菓子みたいなんだけど、日本じゃちょっと思いつかない組み合わせだよねえ」

 

 確かに。どんな味がするんだろう。

 

「美味しいの?」

「うんっ。削りたてのピーナッツ飴のパリパリした食感と、素朴で甘すぎないアイスの味が絶妙でね。

あと、これ嫌いな人もいるし店で選べるんだけど、あれにパクチー乗せられた時の衝撃はすごかったね!

お菓子にパクチーって合うんだ! と思って!」

「パクチーっていうと、なんか料理の香菜として入ってるイメージだよね」

「そうそう、ベトナムの麺類とかスープに入ってること多いし、パセリとか胡椒みたいな扱いなんだけどさ。

私は結構、甘いのと併せても好きだったな」

 

 サキが人の間からぴょこぴょこ顔を出して、その様子を飽きず見ているようだったので、ボクは袖を手で引っ張った。

 

「買えるかもよ」

「え? でもさっき……」

「言ったでしょ、これはサキの思い出を反映してるって。食べたことあるんだよね。

そんなにはっきり覚えてるんだったら、そういうものはサキがイリュージョンに干渉して、魔法で出せるかもしれない」

「ほんと!? でも、私は魔法使いでも天使でもなんでもないし……」

 

 遠慮がちに目を伏せたサキの手を、ボクはもう一度ぎゅっと握り直す。

 

「大丈夫。ボクがついてるから。やってみて」

 

 ボクに言われて、そっと屋台に近付いて話し掛けたサキのことを、屋台のおじさんは本当に認識して応えてくれた。

 言われたアイスを二種類乗せて、手際よくピーナッツ飴をガリガリ削りながら、それとパクチーを散らしていく。

 

「あっ、あっ、そうだ、お金……!」

 

 慌ててポケットを探ろうとしたサキの首には、古ぼけた小銭入れのポシェットが提がっていた。多分、実際にサキが向こうで使っていたやつなんだろう。

 驚きながらも、ポシェットから硬貨を出して、それと引き換えにアイスを受け取ったサキが、ぽかーんとした顔を喜びでいっぱいに綻ばせる。

 

「やった! やったよ夜羽くん! ほんとに買えちゃった!!!」

「いいから、さっさと食べれば? あんまり持ってると、手の熱でアイス溶けちゃうよ」

「おっとと。じゃあ一緒に食べよう。バニラのとパイナップルのと、一個ずつアイス入れてもらっちゃった!

あっ、あとパクチーも入ってるけど……」

「平気。ボク紫蘇も結構好きだし」

 

 香りが強いものは、割と平気だと思う。

 先にクレープの端から齧ったサキから、それを受け取って食べると、口の中にパクチーの爽やかさと、アイスの甘さと、飴のあまじょっぱさと、なんとも複雑な味わいが広がった。

 おやつにしては、確かになかなか珍しい味だ。

 

「んん〜〜〜〜! もう、食べるの何年振りだろう……懐かしいなぁ……幸せ」

「まあ、サキの記憶の味を再現してるんだろうけど……結構いけるね、これ。甘いけど、そんなにくどくないし」

「でっしょ!? 台湾の屋台のアイスって、高級感はないんだけど、いい意味で昔懐かしいっていうか、さっぱりしてて私大好き」

 

 見ているこっちが嬉しくなるくらい、むぐむぐと幸せそうにアイスと米粉の生地を頬張っている。

 よかった、喜んでもらえて。

 

「じゃあ、他にも色々、食べたり遊んだりできるってこと?」

「あんたの頭に残ってる範囲で、だろうけどね」

「やったあ! じゃあ、いっぱい遊ぼ! ヨルくんと夜市を回れるなんて、夢みたいだぁ……!

あっ、もしかして今、士林の夜市になった!? ここならね、あっちの看板の下に、エビ釣り場があるよ! その場で焼いて食べさせてくれるやつ!

あとねっ、ここは台北の夜市みたいだけど、台中とか台南とか、色んなところを回るともっと違いがあって……」

 

 巡る風景を見て、喋りながら目を輝かせていたムラサキは、けれどふとボクの顔を見つめ、ぴたりと掌を頬に当てた。

 

「……大丈夫?」

「へっ? 何が……」

「だって、なんかヨルくんいつもよりちょっと顔色が……」

 

 心配そうな顔でサキがそこまで言った時、不意にぐらりと足元が揺らいで、だんだん世界が斜めになるのを感じた。

 いや、周りが傾いてるんじゃなくて、ボクが倒れてるんだ。

 そう思った時には、部屋は元通りになっていて、ボクは慌てて支えたサキの腕の中に、ぽすっと抱き抱えられていた。

 

「ヨルくん! 大丈夫!? どうしたの、具合悪い!?」

「ああ、いや、うん……別に……ただ何となく、ふらっと……」

 

 直前まで具合が悪くなった自覚もなかったんだけど、突然眩暈がして、目の前が白くなる感覚があった。ボクを支えていられるほど力がないサキは、ボクと一緒に感触を取り戻したカーペットの上へずるずる座り込む。

 今はもうなんともないけど、サキはきょとんとしたボクを抱き締めたまま、不安そうな顔でしばらく髪を撫でていた。

 

「貧血かな……」

「貧血って、女の人がなるんじゃないの?」

「誰だってなるよ。鉄を作るのに十分な栄養素がないと、思春期の子とかは消費に追い付かなくて倒れちゃうこともあるんだから」

「栄養……そういえば、魔力っていうのは、自然界の力を借りる方法もあるけど、自力の時は結構自分のエネルギーを消費するもんだって、伽々未が」

「じゃあ明らかに魔法の使い過ぎじゃん!!! ちょっと待って!」

 

 台所に飛んで行ったサキが、自家製の梅シロップにお湯を注いで持って来てくれる。

 ありがたいけど、それ多分、貧血というより低血糖の人向けの対処法な気がする。

 休んでいたら本当にだいぶ楽になったんだけど、ついでに鉄分補給の栄養剤も一緒に飲まされた。サキがいつも飲んでいる変な匂いの栄養剤。口に入れてみたら思ったほど変な味じゃなかったけど、さっきのアイスの方がよかったな。

 

「もう眩暈がしたり、気持ち悪くなったりとかない?」

「全然平気だよ。それよりこの梅ジュース美味しいね」

「ならよかった……。本当にごめんね、私が気付かなきゃいけなかったのに、自分ばっかはしゃいでヨルくんに無理させたから」

「いいって、気にしないで。自覚せずに使い過ぎたボクも悪いんだし」

 

 確かに、小さい部屋とはいえ、投影魔法は画質も奥行きも、かなりハイレベルなものに出来たと思う。その上、サキがお店の人とやり取りして品物を食べる、なんていう創造性の伴う魔法を使ったから、自分が思うよりかなり魔力を消費してしまっていたのかもしれない。

 けど、あの続きが見られなかったのは残念だった。サキのことだから、もっと面白い店や場所をいっぱい知っているだろうし、まだまだ沢山、お祭りの中で遊びたかったな、と少し残念に思っていると。

 隣にいたサキが、柔らかな表情でボクのことを見ていた。

 

「どうかした?」

「ううん。……私ね、あんまり他の人に『ごめんなさい』って素直に謝れない性格なんだけど、ヨルくん相手だと素直に謝れるんだな、って。

ごめんね、具合悪くして倒れた時なのに。でもなんか、それが嬉しかったの」

「そうなの?」

 

 サキなら、どんな人にも素直に非を認めて、涙を浮かべそうなほど真剣な顔で謝ってそうだけど。

 ボクがそう言うと、サキはそんなことない、と笑いながら首を振った。

 

「全然だよ。私が悪かった、って思いたくないから、鯨さんと喧嘩した時なんか、最初は絶対謝らないもん。

私のうち、親に反抗することもそんなになかったし、年の近いきょうだいもいなくってさ。喧嘩のやり方もわからなければ、謝り方もわからない、って感じで。

うちの家族だって、どちらかといえば自分の非を認めようとしない偏屈者揃いだったから、『ごめん』なんて言葉滅多に聞かないし、お手本がどこにもなくってね」

 

 最初はサキの頑固な姿勢に笑っちゃったけど、その言葉がしんみりした感じを帯びてきて、ボクは黙ってその瞳を見つめていた。

 

「……だから、自分のこと、すごく底意地の悪くて冷たい人間だと思うの。

でも、ヨルくんと一緒にいる間だけは、自分がそういう嫌な人間だってこと、忘れられる」

 

 そう儚い笑顔で言われて、ボクの体を、電流のように何かが駆け抜けた。

 ボクといる間だけは。そう言ってくれて、思いがけない話ではあったけど、サキの中の〝特別〟の意味を知れたような、そんな気がしたんだ。

 でも、ボクの前でだけサキが素直な自分でいられるみたいに、ボクにだって、サキの前じゃなきゃダメなこと、いっぱいある。

 現に、あの夜市の風景は、サキがいなければきっと、あんな風に輝くことはなかった。

 サキがいなければ、あんなに風変わりで美味しい異国の味を、感じることもなかった。

 ボクは魔法が使えるけれど、魔法が使えないサキと一緒にいることで、ボクの魔法はもっともっと、美しく強くなる。

 

 ボクとサキの人生は、今これから始まっていくのかもしれないけれど、ボクの魔法があれば、サキの時間の「今まで」は、きっとほんの少しずつ、共有することができるよね。

 そして、サキの時間の「これから」は――ずっとずっと、一緒がいい。

 

「サキ」

「うん?」

「前に、ボクが夢の中で言ったこと、覚えてる?」

 

 瞬いてボクの目を見つめたサキの頬が、にわかにぽーっと赤くなった。

 

「あ……え、えと、うん」

「あれ、今でも本気なんだ。サキがよければ、……ボクと契約して、ボクを守護天使にして。

一生掛けて、サキの傍にいるから」

「しゅご……てんし?」

 

 首を傾げるサキに、ボクは件のシステムのことを説明する。

 契約して守護天使になるか、人間として傍にいるか。十八歳になるまでに決めないと、消えちゃうっていうことを。

 驚いたサキの両手を、ボクはぎゅっと握る。

 

「天使と主人(あるじ)としての関係だけじゃなくて……ボクにとっても、サキはいてくれなきゃいけない人なんだ。

さっきの魔法、見たでしょ。

サキが出来た魔法はボクの力だったけど、あれはサキがいなきゃ無理だった。

サキの心と、『思い出』の力があったから。

ボクこれからはずっと、サキの『思い出』の中にいたい。

一緒に生きて、もっとすごい魔法で、サキや色んな人のことを笑顔にしたい。

サキがいてくれたら、……きっともっと、強くなれるから」

 

 澄んだ空に見え始めた星明りがカーテンの隙間から覗き込む、ゆるやかな夜のはじまりの中。

 炬燵があるリビングで、何の格好も付かないけれど、気持ちだけは真剣そのもので見上げたボクの瞳を、覗き込んだサキの瞳が切なげに揺れていた。

 

「……私、あの時約束したもんね。次に会えたら、夜羽くんは私の『特別』になるって」

「!」

「夜羽くんは、約束を守ってくれたもん。今度は、私に守らせてね。

どうか、私の大切な天使として、一生お傍に居てください」

 

 おどけて小さく笑いながら、サキが小柄な体でぎゅっと抱き着いてくる。

 頷くのに精いっぱいで、ボクはまた貧血で頭が真っ白になったのかと思った。

 耳元で、聞き慣れたはずの甘い声が、こそりと囁く。

 

「それで? どうしたらヨルくんと契約できるの?」

「……キ、キスを」

「へっ」

「あ、あの! ……ボクとキス、してくれたら……」

 

 だんだん声が小さくなって、向かい合ってくれたサキの前で俯いてしまう。

 顔から火が出そうだ。まったく、ボクはなんて契約条件を選んでしまったんだろうか。

 そろそろと視線を上げると、サキは落ち着かないような顔で、手をもじもじっと組み合わせていた。

 

「え、えっと、それは、その……」

「もしかして、キスはイヤだった……?」

「あ、ち、違うの! 夜羽くんが消えない為だったら、私はキスだって何だってするけど! ……小学生の男の子と、私がキスするのは、何かその……犯罪っぽい気がして……」

「あれだけ風呂で積極的に仕掛けて来といて今更それ言うッ!?」

「だって~~! あの時はまだ、わざとじゃないってフリをして、相手の気持ちに互いに気付いてないからセーフって感じだったじゃん~!」

 

 なんか自覚しちゃったら本当に取り返しがつかなくなる気がする、とサキは両の頬を手で挟んで押さえている。まったく、臆病なんだか大胆なんだか。

 思わずぐっと身を乗り出すと、ボクは苛立ちのままに、サキの両頬をぶにっと手でつまんでいた。

 

「あんたって奴は、自分がショタコンっぽくなるからって今更うだうだと……!」

「いたひって! だってそうじゃん!? 私とヨルくんしか知らないって言ったって、これは……!」

「そんっなに踏ん切りがつかないなら、ボクからキスしてあげてもいいけど?」

「待ってぇ! 心の準備! いつか! いつかするから、私が大丈夫になるまでもうちょっとだけ待って!?!?」

「待たない。この姿でも、あんたは拒否できる?」

 

 ぽんっ、と音がして、いつかの変身魔法を発動させたボクの体が、あっという間にサキの身長を追い越した青年に変わる。

 ただでさえ頭から湯気を上げそうだったサキは、大人姿のボクを見て、完全に思考停止したみたいだった。

 

「さて、これで年齢は問題ないね」

「えっ、ええええええええええ!? ちょ、え、ヨルくん!? なんで!? まっ、ウソでしょ!?!?!?

なんでなんでなんで!? こんなイケメンになるなんて聞いてないよ!?!?!?!?」

「あーもう……さっきからほんっとごちゃごちゃ煩い。この姿でいられる時間、長くないんだよ。さっさとその唇塞いでもいい?」

「い、いや、ま……っ」

 

 見た目と身長差が大逆転した状況に、サキはまだ混乱し続けているみたいだったけど、ボクは顎に手を掛けて、何年もずっと引き寄せたかったその顔を、強引にこっちに向かせた。

 いつもだったら簡単に抜け出されてるだろうけど、今はぐっと腰を抱いた腕が、頭に回した掌が、サキのことを逃がさない。

 

 口付けた瞬間の彼女の吐息を聞かせまいとするみたいに、ボクの背中から広がった大きな翼が、この世界からボクらの姿も音も、何もかもを隠し去る。

 だから、真っ白い世界に閉じ込めたサキが、キスの間にどんな表情をして、どんな可愛い声を漏らしてくれたのか、それはボクだけが知っている秘密。

 予定とは随分違ったけれど、かくして、ボクらの契約はこうして成ったのだった。

 

 後になって、この時の思い出を、サキは「天使じゃなくて悪魔みたいだった」とぶうたれ顔で語っていた。

 だって、しょうがないじゃんか。

 明明気持ちは分かり切ってるくせに、煮え切らない態度のサキを見たら、ボクがリードしなきゃって思ったんだし。

 それに、思い出は一分一秒でも、長い方がいい。そうでしょ?

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