その日。
私の家に、今から行っていいかと夜羽くんから連絡があった。
いつもそれとなく私が忙しくない時に訪ねて来てくれるから、わざわざ連絡があるなんて珍しいな、と思いつつも、電話越しに聞こえる声もこれまた格別というか、なんだか嬉しく思えて、私はOKの返事をしながら、ぎゅっと耳に当てたスマホを握り締める。
少し緊張した様子で、夜羽くんが喋る声が聞こえた。
「あの……あのね、サキ」
「うん?」
「もし、ボクがそっちに行って、……どんな格好でも、驚かないで欲しいんだけど」
「格好?」
はて、何か仮装するイベントがあっただろうか、と私は考える。
ハロウィンはもう終わったはずだし。首を傾げながらも、私は頷いた。
「うん。わかったけど」
「驚かないで、あと……笑わないで、くれる?」
「笑……? え、そんな愉快な格好でこっちに来るつもりなの?」
「愉快っていうか何ていうか! 伽々未には散々笑われ……っもう、ベルまで笑い過ぎだってば!」
飼い猫を叱っているヨルくんの声が聞こえて、ますます首を傾げてしまった。
猫にまで笑われるなんて、どういうことだろう。っていうか、猫って笑うのかな。それとも使い魔だから、ヨルくんにはちゃんと感情が分かるんだろうか。
不思議に思いながら、部屋を片付けたりして準備していたけれど、それからしばらくして呼び鈴を押したヨルくんを、玄関で出迎えた時にすべての謎は解けた。
「……」
「~~~~!?!?!? っ、な、何これっ、きゃわっあああかわいい!!!!!」
もちろん、悲鳴ではなく歓喜の雄たけび。
そろそろっと魔法使いのフードを取った夜羽くんの頭から、ぴょこんと二つ、猫の耳が生えていた。足元を駆け回って挨拶しに来たベルちゃんと、お揃いみたいなこげ茶色の耳だ。
ふさふさしてて、すっごく触り心地が良さそう。おまけに、お茶を淹れている間炬燵に座ってもらっていたら、尻尾まで後ろから生えている。くねくねの、掴んだら感触がたまらなさそうな、短毛猫の細い尻尾。
……ダメだ。控えめに言って、可愛すぎて悶絶する。思わず手で顔を覆ってしまった。
「な……なんてかわいいの……」
「あんまり可愛いとか言わないでよ。……これ、魔法が失敗してこうなっちゃったんだから」
「え、そうなの? いやむしろこれは大成功じゃない?」
そう言ったら唸り声を上げた夜羽くんに軽く睨まれたけど、いつもと同じように抱っこはさせてくれた。私の膝に乗っかりながら、炬燵布団を引っ張って掛け直した夜羽くんが、いきさつを説明してくれる。
その間にも、耳がぴこぴこせわしなく動いているのが可愛すぎて、油断すると全然内容が頭に入ってこなさそうだから、私は話に集中するのに必死だった。
「変身魔法の練習中に、自分を動物に化けさせてみることになったんだ。目の前にベルがいたから、これを練習台にしろって神様に言われて。
……けど、変身魔法は難しいから、上手くいかないと、変身相手と自分の体が混ざっちゃうことがあるんだ。それで……」
「なるほど。獣耳夜羽くんが爆誕したというわけね」
「変なあだ名付けないでってばっ」
バタバタ手足を動かす夜羽くんだけど、いつもと同じように抱き寄せた頭の髪の毛にほっぺたをくっつけてすりすりすると、ふさふさした耳の毛が当たってすごく気持ちいい。ちょっと鬱陶しそうに、時々ぴっぴっと耳が動くところも可愛い。
「ねえ、他に猫化してるところないの? 手が肉球になってるとか、脚が毛皮の股引に覆われてるとか」
「冗談じゃない、途中で気付いてやめたから、最低限の変身で済んだんだよ! 効果が切れるまでしばらく戻れないし……でも、サキには会いたかったから」
「うふ、大変な時にわざわざ来てくれて、ありがとうね。……でも、私いつもの夜羽くんも、猫の夜羽くんも大好きだよ。すっごくかわいいんだもん。見た目も、私に会いたいって思ってくれる心持ちもね」
そう言ってぎゅーっと抱き締めると、夜羽くんはまんざらでもなさそうに、もぞもぞしていた動きを止めた。こういう時、顔はむっつりしてるけど、恥ずかしがりながらも、逃げないでいてくれるんだよね。
と思ったら、ぐらららと、どこかから聞き覚えのあるような音が聞こえて来た。
「……。ぐるぐる言ってる……もしかして、夜羽くんうれしい?」
「っ!!! これは! 変身失敗した時の副作用で! 仕方なくっ……!」
「なんだぁ、うれしいんじゃん。よしよし、もっと可愛がってあげるね」
「ち、違うってばっ……!」
違うと言いつつ、顎の下を撫でるとぐるぐるが大きくなる。どうやら、触って気持ちいいところまで、猫と一緒になってるみたい。
「く、くすぐったいってば……っ」
「んふふ、猫ちゃんはどこが好きなのかな。お耳の付け根? それともおでこかな。肩甲骨マッサージしてあげようか。それともお尻ぽんぽんの方がいーい?」
「ちょっ、ボクは猫じゃないっ……、にゃあ……っ」
「私猫は飼ったことないけど、ずっと飼いたかったから本とか読んだことくらいはあるんだよ。ふふ、かわいいねえ。かわいいねえ。顎とかほっぺたもいっぱいマッサージしまちょうねぇ」
完全にデレデレして人間をモフりまくる私と、うーっと目を細めつつ大人しくされるがままの夜羽くんを、正真正銘本物の猫であるベルちゃんが、何やってるんだこいつら……みたいな目で見つめている気がした。
今夜は絶対に、お布団の中でもふりまくろう。
猫モードの夜羽くんが、いつもと違う甘え方をしてくれるのを期待しながら、私はぬくぬくと癒しの時間を過ごしていた。
*****
にゃーんっ。失敗しちゃった。
いやいや、でもこれは、わたし
だって、天使の力の源である鍵まで、わたしの体に同化して化けちゃうなんて。
(わ~~ん、これじゃ元に戻れないよ~~。どこに行っちゃったの~、鍵~?)
どこも何も、わたしの体のどっかにあるんだろうけど、開腹手術でもしない限りは無理そうだ。人間だったら、こういう時ってだいたい服の隙間を探したら、出て来るけどさ。今のわたし、猫になっちゃったんだもん。
鏡の中に、尻尾をぴんと立てた黒猫が映って、おろおろと座敷を行ったり来たりしてる。
首輪に鍵を吊り下げる感じで化けようと思ったのに、ちょっと窓の外をかわいい鳥さんが通ったもんだから、うっかり気を取られて集中力を欠いちゃったみたい。
(うーん、あれがないと、伽々未さんとも連絡取れないしぃ……)
通信機を飲み込んじゃった時は、お腹の中に話し掛けたら返事してくれるのかな。でも魔法で同化してるんだし、今は鍵の形をちゃんと留めてるのかどうかも、わからないよね。
こうなったら、頼みは夜羽くんしかない。
荷物を持つことも出来ないから、わたしは家の窓から無理矢理身をくぐらせて、なんとか外に脱出した。
さすが、猫は液体ね。だいたいの隙間はくぐり抜けられる。
今日はサキちゃんの家に遊びに行くって言ってたから、もう向かっていると踏んで、わたしは鱗便に飛び乗った。運よく晴れていたし、猫に化けていたら天使でも乗れるみたい。
途中で降りて、知り合いの伝書烏や伝書鳩さんたちに、吊り下げて運んでもらったりはしたけれど、やっぱり徒歩で山奥の知り合いのうちに行くって遠いよね。
陽が落ちるのも早いし、寒くてお腹も空いて、くたくたになってきた。途中で木の枝に引っ掛けちゃって、脚もなんだかひりひりする。土の上って、慣れない獣の足だと歩きにくいなぁ。そもそも、猫って人間に飼われてた生き物だもんね。
(やっとついたぁ……)
階段の一段が、とてつもなく大きく見える。よろよろと体を動かして、どでんっと腹から寝そべるように一番上の階へ辿り着いてから、サキちゃんが誤ってドアを開けて私を轢かないうちにと、大声を張り上げた。
「にゃーおーう」
サキちゃーん! 気付いてー!
「……なんか猫の声しない?」
「はぁ? 猫はボクだけで十分だって……」
中から、サキちゃんとヨルくんの声がする。そろそろっ、と慎重に開いたドアの隙間から、私はあっという間に駆け込むと、ぐるぐる玄関先を回り出した。
「わっ、わっ! えっ、何!? こんなところに猫ちゃん!? わざわざうちのアパートの中入って来たの!? てか人懐こっ!」
「うわ、こいつ泥まみれだ。ケガしてるみたいだし」
とりあえずにゃおにゃお鳴いてアピールしたら、追い出されることはなさそうで安心。
脚を引き摺っていたわたしを、サキちゃんはおっかなびっくり持ち上げて部屋の中に連れて行ってくれた。暖房が効いててあったか~い! これだけで生き返りそう。思わず鼻がひくひくしちゃう。
ていうか、ヨルくん全然気付いてないな? ここまで気配を絶てるとは、わたしの練習の成果もなかなかのものですなぁ。
でも、今は気付いてもらえないと困っちゃうけど。
「うーん、思ったよりは元気そうだけど……お風呂は入れてあげた方がいいのかな……? 拾った猫のお風呂の入れ方って、ネットに載ってたりする……?」
「ボク飼ってるし、猫用のシャンプーでよければ、魔法でこっちに転送できるよ。でも、野良猫は水怖がることも多いし害虫がついてることもあるから、病院行ってからの方がいいって聞くけど……」
えーーーー! ヤダヤダヤダ! スズお風呂入りたい!
こんなにクタクタでどろどろなんだもん! あったかいお湯に今すぐ入れてくださーい! シャワーでも可!
「……な、なんか、お風呂場に飛び込んでってすごい勢いで鳴いてるけど……シャワーしろっていう、ものすごい圧を感じる……」
「じゃあ、そっと洗ってあげよっか……」
ヨルくんが、シルクハットから転送魔法でシャンプーとお薬を出してる。そんなことまで、もうできるようになったんだね。
それもそっか。サキちゃんが、「運命の人」でパートナーになったんだもん。契約を結んだ天使は、主さんとの間で特別な魔法が使える人もいるって聞くし。きっと、もっともっと強くなったんだね、ヨルくん。
お湯を掛けて、洗い流しながら毛を撫でるサキちゃんにごろごろ言ってたら、湯気の中から小さく笑い声が降って来た。
「お湯を浴びるのが好きなの? ふふっ、変な猫ちゃん。でも、綺麗にしたいんだったら隅々まで綺麗にしようね」
丁寧に手足までもみもみして洗ってくれたから、すごいすっきりした。ヨルくんが出してくれた猫用のドライヤーですっかり乾かしてもらってから、ようやく炬燵に寝っ転がって一息つくことができる。
「……どこの子なんだろう、この子」
「ボクがこの間、近所で見たやつかな?」
「たしかにこのご近所、黒猫がうろうろしてるけど、でも首輪はついてるはずなんだよね……それに、今まで私の方に自分から寄って来たことなんかないし……」
全然わたしが逃げないのをいいことに、サキちゃんは色んなところをかいてくれる。あ~~そこそこ、そこが気持ちいいんだよねぇ。
もし人間に戻れなかったら、サキちゃんに飼われてもいいなぁ。
どうせ、契約出来なかったら消えちゃうんだし。ネコのまんま、サキちゃんの元で一生を過ごすっていうのも、いいかもしれない。でもこのアパート、ペット禁止なんだっけ?
「うふふ、本当に、すっごい気持ちよさそうな顔するねぇ」
「……さっきまで、ボクのこと触ってかわいいかわいいって言ってたくせに」
「あら。ヨルくんだって十分可愛いですよぅ。甘えたかったの? ほら、こっちおいで」
何焼き餅焼いてるんだろう? と思って、サキちゃんにぎゅっと肩を抱き寄せられたヨルくんを見上げたら、なんと耳が生えてる。
あらまぁ。ヨルくんも変身魔法失敗しちゃったんだ。でもいいなぁ、サキちゃんと言葉が話せて。
私なんか、にゃおにゃお言ってるだけだもんね。
ぐぐ〜っと腕の間から体を割り込ませると、脇にヨルくんを抱いてたサキちゃんが、わたしの方にも掌を伸ばす。
「どうしたどうした。甘えん坊ちゃんばっかりじゃん」
目を細めながら、一人と一匹を、わしゃわしゃ撫でてくれる。まあ、わたしの中身は天人だけどさ。
サキちゃんの膝を独占していたら、隣にいるヨルくんが、ふとサキちゃんを見上げて言った。
「ねえ、そういえばサキはどうするの。その……雀愛との、二重契約のこと」
え、わたしの話!?
思わず、耳とヒゲがぴーんとなってしまう。ちょっと遠くに距離を置いて顔を洗っているベルちゃんと、目が合った。
あの子多分、わたしの正体には気付いてるわよね。ご主人様と一緒に何やってる、みたいな顔してる。
私の頭を撫で続けながら、サキちゃんが言ってるのが聞こえた。
「そうねえ。私で出来るなら協力できたらいいんだけど……でも、雀愛ちゃんのこと、最近見てないよね」
「なんか、サキとの契約が終わってから、ボクも初めて聞いたんだよね、二重契約の話。
ボク達との仲を利用してるみたいで嫌だから、っていうのを気にしてたみたいで、それで顔を合わせづらいんだと思う。
まったく、自分から言いに来ないと契約も出来ないのに、何やってんのさあいつ」
猫であるのをいいことに、私は耳だけ倒して、二人の会話を聞いてた。
だって、最初はそうできたらいいなって思ったけど、ヨルくんからサキちゃんとの話を聞く度に、二人がすっかり幸せそうで。
なんだか、私が入るのはお邪魔かなって……やっぱりこのまんま大人しく消えた方がいいのかなって、思っちゃったんだよね。
雀愛としての生に未練がないわけじゃないけど、せいぜい18年の人生だし、「わたし」の本体は残るんだし。きっと誰も困らない。
でも伽々未さんたら、心配だから二人に話しちゃったんだ。もう、余計な事しなくっていいのに。
いっつもふざけてばっかりだけど、わたしこれでも天使なんだよ? 二人の幸福を願って消えるなら本望……
「だけど、契約も人間になることも選ばなかったら、雀愛ちゃん消えちゃうんでしょ? 私やだよ。そんなの」
「あいつの詳しい事情は知らないけど、なんか人間になっても運命の相手と出逢える確率は限りなく低いから、それなら消えた方がいいって、言ってたらしい。
そこまでさせるくらいなら、ボクは雀愛を知ってるサキに、契約してもらえたらって思うけど」
「ヨルくんは、それでもいいの? 私むしろ、そこが気になってたんだけど」
そうそう、ヨルくんの立場だってあるし。こう見えてヨルくん、意外と独占欲強いからなぁ。スズちゃんは知っているんだぞ。
顔から生えたヨルくんのお髭が、ぴっぴって動いてる。なんとも複雑な顔で、でもヨルくんは言った。
「……ボクは、別にいい。正直、ヤキモチとか焼くかも、しれないけど。
……でも、サキは雀愛のことを好きでも、ボクのことを愛さなくなるわけじゃない。そうでしょ?」
「もちろん。私の一番はたっくさんいるけどさ、ヨルくんは間違いなくとっておきの一番だよ。今までも、これからも。
……だから、もしヨルくんや雀愛ちゃんが大丈夫って言っても、私はそれが心配で」
掌の下から見上げると、額をかいてくれたサキちゃんは、自信なさげにつらそうな笑みを浮かべていた。
「こんなズルい人間が、欲張って二人の天使と契約していいのかな、って。
天使と主人の契約には、精神的な強い繋がりが必要なんでしょ?
もし儀式に失敗したら、イコール私がスズちゃんに強い執着を感じてないってことになっちゃう。
……契約するのは構わないとしても、そうなった時にあの子にそれを思い知らせてしまうのは、すごく残酷な気がして」
サキちゃん、そんなこと考えてたんだ。
わたしのために。
でも大丈夫だよ。わたしになる前の「スズ」も、誰にも気付かれなかったし、長い間誰にも必要とされて来なかった。
わたしが消えて、愛理の外に出られない「わたし」が残って、元通りになるだけ。
雀愛はスズだけど、ほんの少し違うし、スズとおんなじようにわたしを愛するのは難しいことだって、わかってるから。
「サキ……」
「でもね。そうだとしても、やれるだけの事はやりたいなって思うの。
たとえ私が生半可な気持ちで、上手くいかなくてスズちゃんを傷付けることになってしまったとしても、そもそもスズちゃんを助けたいって思い自体が、私の我儘でエゴなんだから」
そんな言葉が聞こえて、きゅいんと瞳孔を開いた私を見て、サキちゃんが微笑む。
「だから、スズちゃんにも、恐れず飛び込んできて欲しいんだよね。失敗したって、三人いれば何とかなるさ。
……なんて、楽天家すぎかな。私、自分のことも自分で世話出来ないダメ人間なのに」
サキちゃん。そんなことないよ。
サキちゃんがいるおかげで、わたしもヨルくんも、今ここにいられるんだから。
わたしとおんなじ気持ちに違いないヨルくんが、力強く隣で顔を振っていた。
そんなヨルくんを見つめ返すサキちゃんの目が、微かに潤んで見えた。
「夜羽くんがこんなに私を求めて慕ってくれた時、すごく嬉しかった。
こんな私でも、生きてるだけで幸せなんだって言ってくれる人がいるって知った。
どうしようもない私で人生だったけど、そういう人達のために、自信がなくても私が持ってることややれることで、今を生きていこうって思ったんだ。
スズちゃんの支えになるのも、『私だから出来ること』なんだよねって。だから力になりたいの」
「にゃー」
思わず呼んだら、サキちゃんがわたしを抱っこしてくれる。胸をふみふみしながら、ごろごろ喉を鳴らすわたしのことを、サキちゃんはくすぐったそうに、でも嬉しそうに支えてくれた。
「……って、猫ちゃんに言ったってしょうがないか。でも、猫ちゃんだってひとりぼっちはイヤだよねぇ。
ふふ、ほんとに人懐っこいなぁ。あなたも、私を必要としてくれてるの?」
「にゃー」
そう言って、サキちゃんが鼻先にちゅーした瞬間。
ぽん、と元にもどったわたしは、サキちゃんに抱き着いていた。
「サキちゃあん……っ」
「わっ、えっ、あれ!?!?!? 雀愛ちゃん!?!?!? ちょっと待って、あの猫ちゃんどこ……うわあっ」
私の重さに耐えきれずに、サキちゃんがひっくり返る。
間一髪、後ろの机にぶつかりそうになるのを、間一髪でヨルくんとベルちゃんが支えて目を白黒させてたけど、べそっかきのわたしはそれどころじゃなかった。
「うれじい、うれじい゛よぉ゛……っ」
「も、もしかして今までの話全部聞いてたの? ……もう、雀愛ちゃんって結構心配性なんだから。こっちにいても、スズちゃんはスズちゃんでしょ。
私でよかったら、いくらでも契約するよ。スズちゃんの、本当に会いたい人が見つかるまで」
「ぐすっ……うっ……サキちゃんは、それでいいのぉ……?」
「いいよ。だってもしスズちゃんが、私を単なる運命の人に出逢うまでの腰掛け代わりに利用したいだけの人だったら、こんなに泣くぐらい悩んでるわけないでしょ。
私はちゃんと分かってる。好きだよ、スズちゃんのこと」
ヨルくんへのそれと比べてどうかは分からないけど……と途方に暮れた様子のサキちゃんに、噛り付いていたわたしの顔、涙できっとぐちゃぐちゃになってる。
でも、とびっきりの笑顔を浮かべながら、わたしは元気よく返事をした。
「じゃあ、これで契約せーりつねっ!」
「はァ!? ちょっと待って雀愛っ、あんたの契約条件ももしかして……!」
「残念~。わたしはハグにしてたんだっ。我慢できずにぶちゅ~っとかましちゃった、誰かさんとは違って!」
「い、いつの間に……っていうか! なんで雀愛がそれ知ってるのさ!?」
「あれ? そういえば、どうしてわたしの変身魔法解けたんだろ……元に戻れなくて困ってたから、とりあえずヨルくんのところに行こうと思ったのに。
あっ、もしかしてっ、王子様のキス的な? それで契約もしちゃったなんて、にゃ~んスズちゃんロマンチック!」
「私、そんなに格好いいものじゃないから……」
重いよ、とまだ膝に乗られたまま苦笑してるサキちゃんの隣で、じゃあ自分もキスされたら元に戻るのかって考えた猫耳ヨルくんが狼狽えてる。
これから、わたしはここに帰って来ていいんだ。
たとえ、わたしが「運命の人」を探しに行っても、待っててくれる人達がいる。
それがあまりに嬉しくて、伽々未さんがやれやれと鍵の向こうで呆れる気配を感じながら、わたしはやっぱり、ちょっとだけ泣き笑いをしてしまった。
たまには、こんな日があってもいいよね。いつでも笑顔な天使でも。