2021.11.ノベルバー企画「運命の人」   作:大野 紫咲

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Day23.レシピ 「クッキーを作ろう」

 美味しそうなクッキーのレシピを見つけたから一緒に作らないか、とサキに誘われたのは、前回家にお邪魔した日のことだった。

 サキの大事な友達が今度家にやって来るらしく、もしその時に作ってお出し出来たら丁度いいおもてなしになるから、と言われて、そういうことならと、エプロンと三角巾まで持参して、ボクは今台所で材料を計る、サキの隣に立っている。

 

「型抜きクッキー?」

「そう。本当は、鳩さんとか鳥さんとかうさぎさんとか、もうちょっと可愛い型があればよかったんだけど……百均だから、品物の入れ替わりが激しくてさぁ。

だいぶ前見た時はあったのに、この間買いに行ったらなかったんだよ。見た時に買っておけばよかった」

「そうかな。これはこれで可愛いと思うけど」

 

 花や、星や、ビスケットらしい丸いギザギザがセットになった型が、シリコンマットと一緒に洗って準備してある。

 件のレシピはツイッターで見つけたものらしく、旦那さんが外出中でいないのをいいことに、サキとボクのお気に入りの音楽を大音量で流しながら、サキは画面と量りと交互ににらめっこして、粉類の袋を慎重に揺らしていた。

 

「手伝おっか」

「大丈夫? これ、そのまんま入れるの多分難しいよ。強力粉と全粒粉はちょっとでいいから、大きいスプーン持ってこよっか」

 

 スプーンをボクの手に持たせると、サキが新品の袋の封を切りながら言った。

 

「強力粉とか全粒粉なんて、多分初めて買ったよぉ。こういうの使うレシピじゃないと、永遠に買わなかったかも……どんな味になるんだろうね」

「全粒粉って、皮とか麦芽ごと全部、すりつぶした麦の粉のことだよね。なんか健康になりそうで、ボクもわくわくする」

 

 電子量りのデジタル数値を睨みながら、慎重にスプーンを揺らしたけど、ちょっとだけ入れ過ぎてしまった。

 

「あ……2グラム多いや」

「2グラムくらい誤差誤差。大丈夫だって」

 

 何にも気にせず、電子レンジにかけながらバターをこねていたサキが言う。

 お菓子作りって、結構数字は厳密にしないと失敗するって聞いたことあるけど、サキは大らかだなぁ……。

 

「ここに砂糖を入れてっと」

 

 バターと砂糖を練り合わせる過程は、サキの実家ではバターを常温に戻してからっていうこだわりがあったらしいけど、今はレシピ通り、電子レンジで楽をしているらしい。

 なかなか固いバターと茶色いきび砂糖が混ざらないのを見て、ボウルを押さえていたボクは横から声を掛けた。

 

「ヘラについたやつ、落とそうか」

「面倒でも多分そうした方がいいねぇ。ありがと、たすかるよ」

 

 ざりざりと、ヘラにくっついて固まって動かないバターをこそげ落とすと、それで混ぜやすくなったみたいだ。なんとなく全体に砂糖が混ざって、茶色い粒の混ざったバターになったのを確認してから、サキはボクの方を向いた。

 

「それじゃあ、ここに粉を入れてくれる?」

 

 さっき計った、薄力粉に強力粉に、全粒粉。用意しておけば、あとは順番に入れていくだけだから、楽だね。ヘラで切るようにざくざくと動かすサキは、かなり力を使っているみたいで、時々ふぅと額を拭って息をついていた。

 

「クッキーの粉類は、切るように混ぜるんだっけ」

「そうそう、そうした方がいいって言われてるね。べっちょり混ぜるよりも空気が入るからいいとか何とか。でも、結局どの程度まで混ざったら大丈夫なのかわからないから、毎回結構混ぜちゃうんだけど……」

「結構パラパラみたいだけど、このままで大丈夫なの?」

「ある程度バターが細かくなったら、あとは牛乳入れて手で纏めるって、レシピに書いてあるね。そこの軽量スプーン取ってくれる?」

 

 言われた通りに大匙1杯分だけ、冷蔵庫から出した牛乳を計って回しかける。

 本当に固まるのか、見た目からは信じられないからちょっと心配だったけど、たしかに少しずつ生地がしっとりしてきて、そのタイミングでサキはヘラから手に切り替えると、押すようにこね始めた。

 

「それでも、まだ水分少なめに感じるなぁ……粉が生地にくっつきにくいや。もうこのまんま、マットに出してこねた方が早いかも」

 

 生地を伸ばすために、サキが百均で買って来たシリコンマットをボクが出すと、サキがその上でパン生地をこねるみたいにして、しばらく粉っぽい部分を混ぜ込む。

 

「これでいいのかな……」

 

 首を傾げながらも、サキは丸めた生地をぐにぐに手で伸ばしてから、今度は綿棒で、マットごと生地を回しながら薄く伸ばし始めた。

 

「まんべんなく伸ばすには、生地の方を回すのがコツだって動画で言ってたけど、ぶっちゃけ私この作業一番苦手なんだよねぇ。どうやっても、薄いところと厚いところが出来るからさ」

「でも、あんまり差があると、クッキーに火が通らないんじゃ……」

「だいじょぶだいじょぶ。厚いなって思ったら、ちょっと長めに焼けばいいのよ」

 

 相変わらずおっとりとそう言ったサキのところに、とりあえず定規は持って来たんだけど、結局は上手く計れなかったから、ボクらは二人でテーブルの横から覗き込んで、目分量で厚みを確認しては頷き合った。

 

「はい! お待たせしました。ここからは夜羽くんの出番ね」

 

 平べったくなったクッキー生地の前でそう言って、ボクににこにこ型を持たせてくれるサキ。

 自分は丸型を手に取って抜いていくサキの傍で、カラフルなそれらを見比べながら、ボクはちょっと戸惑う。

 手に取っては生地の余白に当てはめてみたり、なんだか違う気がしてまた持ち上げてみたり。

 

「どれにしよう……あんまり詰めると、はみ出すかもしれないし……おんなじ形ばっかり、抜くかもしれないし……」

「あんまり深く気にしないで。好きなの選んでじゃんじゃん抜いたらいいよ。お店で売るわけじゃないんだし、私達が楽しかったらいいんだから。

夜羽くんはどんな形が好きなの?」

「……やっぱり、お星さまかな」

「うん、それかわいいじゃん。いいと思うよ」

 

 見上げると、力強く笑ってサキが請け負ってくれる。六つ角のある星型を当ててぎゅっと押すと、生地が柔らかいからか、抜いた部分は抜けなかったけど、生地にはくっきり境界線ができた。

 

「えーと、抜いた生地を冷蔵庫で冷やすって書いてあるから、どっか置いていかないとね……私が置いてくから、夜羽くんは型抜きよろしくね」

 

 ばたばたとクッキングシートを探していたサキが、それを広げて天板に敷き、色々な形に抜いた生地を一個ずつ取り外しては、並べていく。器用にやっていくのを見ていたら、なんとなく自分も出来るような気がしてボクも真似したけど、思ったより割れやすい生地だったみたいで、持ち上げたら今抜いたばかりのクマの足が、ぼろっと取れてしまった。

 

「あ……あ、どうしよう」

「んー? 大丈夫よ。貸してごらん」

 

 思わず焦って声を出してしまったけど、サキは落ち着いてボクの手からそれを引っ張ると、千切れてしまった右足を、指先で揉んでぎゅぎゅっとくっつける。ちょっと元よりいびつな形だけど、元通りにはなった。

 

「……うん、よし。ね、大丈夫でしょ」

「ほんとだ、よかった……。でも、こんなに千切れやすいなら、クマはもうやめといた方がいいな」

「そんなことないよ。クマちゃん好きならいっぱい作ったらいいじゃない」

 

 改めてそう言われると、クマなんてモチーフを選んだのがちょっと恥ずかしくなって、ボクは俯きながら返事をする。

 

「べ、別に……好きとかそういうんじゃ……」

「ほら、抜き終わった生地まとめてもう一回作るから。遠慮なくクマちゃんで抜いちゃえ」

 

 再びころころ綿棒を動かしながら、唇を尖らせたボクにサキが笑う。

 

「失敗しても千切れても、元の形とはちょっと違うかもしれないけど、なんとかなるし美味しいんだから、大丈夫。ヨルくんの『好き』って気持ちを、大事にしようよ」

 

 そう言って、もう一度型を渡してくれた。

 

「……」

 

 サキの伸ばし方が下手なのか、端っこの方は薄くてやっぱり綺麗な形には抜けなかったけど、破けないようそれをそっと持ち上げたサキが、天板に乗せてくれる。

 クマは確かにお気に入りなのは否めないけど、他にも作った方がいいよな、とボクは他の形に目をやった。あとは……

 

「……あの、これ」

「わ、おっきなハート。ふふ、じゃあこれは広いところで抜かないとね」

 

 ちょっと照れくさそうな笑みを浮かべて、サキもいくつかハートを抜いて作っていた。絵文字に付けたり、持ち物や服の柄に付けるのは、ボクだってちょっと恥ずかしいけど、でもハートって、やっぱりかわいい形だよね。

 二人で作る、ハートのクッキー。そう思うと、胸の奥が少しくすぐったい。

 色んな型をかわりばんこに使った、賑やかな形が鉄板の上を行進する。鉄板一枚には収まらなくて、一枚と少し、その上が埋まった。

 見比べてみると、やっぱり後から伸ばしたやつの方が薄くって、ボクとサキは顔を見合わせながらくすくす笑ってしまった。

 

 余熱をしている間に、洗濯物を取り込んで畳むお手伝いをしてから、オーブンにクッキーを入れる。

 焼いている間、洗い物をしながら時計を眺めたサキが言った。

 

「ありゃ、もうこんな時間か。おやつに焼こうって約束してたのに、結局夕ご飯の時間になっちゃった……ごめんね。原稿終わらなくて、時間が押してたから」

「いいんじゃない? 今日、旦那さん泊まりだから帰って来ないんでしょ。別に晩御飯が遅くなったって、誰も文句なんて言わないよ」

「ふふ、そうだそうだ。ゆっくりしょうか。そうだ、休憩にココアでも飲む? 飲むんだったら、お鍋で一緒に牛乳あっためるね」

「お鍋? あ、そうか。オーブンレンジ使ってるもんね」

 

 ボクがそう言うと、頷きながらカップで牛乳を計ったサキが神妙に返事をする。

 

「それもあるんだけど、今エアコンもオーブンもつけてるから、この状況でケトル使ってブレーカー落ちるのが怖すぎて。折角鍋で沸かさなきゃいけないんなら、ケトルで沸かせないものにしてみようかと」

「ブレーカーって……落ちても、ブレーカー盤まで行って上げればいいんでしょ」

「分かってないね。よ~く考えてよ。この家のブレーカー盤、踏み台に乗っても私は手が届かないんだよ?」

「……なるほど」

 

 どうやら、身長的に旦那さんしかここのブレーカーを上げられる人がいないらしい。明日まで帰って来ないとなると、それは確かに死活問題だ。サキが慎重を期すのも理解できる。

 ボクが浮遊魔法で浮かせてあげてもいいんだけど、人間を浮かせて、万が一怪我させちゃったら危ないしね。

 ココアで一服している間にも、仄かな甘く香ばしい香りが漂ってくる。幸せを運んでくる、砂糖のふんわりした香り。

 

 表面の焼き色を見ながら、何度か時間を延長して焼いたサキは、取り出した天板の上から、味見用にひょいと持ち上げて一口齧ってから、慌ててボクを制止した。

 

「まっっって! 焼き立て柔らかすぎた! もうちょっと待ってから食べた方がいいよ!」

 

 火傷しかけたらしく、口をはふはふ動かしている。

 そういえば、クッキーって冷めてからの方が、硬くなって美味しいんだっけ。

 少し待ってから、サキと一緒に改めて、オーブンの上に乗せたクッキーの欠片へ、そろそろと手を伸ばす。

 しっとりではなく、さくさくの食感を目指したレシピのクッキーらしいんだけど、ちゃんと出来たかな。

 薄く茶色い欠片を口に入れたボクは、思わず驚いてサキの方を見上げてしまった。

 

「……お、おいしい」

「! おいしい! おいしいよね!? すごいっ、ちゃんとカリカリになってる……!」

 

 二人して、手を握り合って飛び跳ねそうになる。

 今食べたのはちゃんと抜いた奴じゃなくて、余った薄い生地を適当に千切って並べただけの味見用なのに、十分すぎるくらい美味しかった。

 甘いけど、ほんのりして食べやすい。パキッと音を立てる香ばしい食感と、全粒粉の素朴な風味。

 ほらほら、どんどん食べて、と手に次々欠片を乗せてくるサキと、競うようにして食べている間に、結局二人して、オーブンの前で味見用の欠片を全部食べ尽くしてしまった。

 空になった天板と、お互いの顔を見合わせて、弾けるような笑いが込み上げて来る。

 

「あっはは……! すごい、お茶でも淹れて優雅に食べようって思ったのに。こんなところで、お湯も沸かないうちに立ったまま全部食べちゃうなんて」

「仕方ないよ。それだけ、あんたのクッキーが美味しかったってことでしょ」

 

 完全にクッキーとは別腹になってしまった白湯を、猫のマグカップに入れたサキが、目の端の涙を拭っている。

 ボクは、隣でそんなサキの顔を見つめた。

 

「……サキと、おんなじ味がする。サキのやさしさと、おんなじ味」

 

 そう言われたサキが、ぽわっと頬を赤くしながらぱたぱた手を振る。

 

「そんな事……! 私はっ、優しい人間なんかじゃないから! 私よりもうんと優しい人なんて、世界にいくらでも、いっぱいいる。

……でも、夜羽くんがそんな風に言ってくれて嬉しい。ありがと。

それにこれは、私だけじゃなくて、夜羽くんのやさしさもいっぱい籠ったから、出来上がったクッキーなんだよ。

そうだ、お持ち帰りできるように瓶に詰めてあげるねっ」

 

 空いているガラス瓶を棚の下から出してきたサキが、割れないようにそっと冷めたクッキーを持ち上げて、いっぱいに詰めてから蓋を閉める。その顔が、一枚詰める度に嬉しそうにきらきら輝いていて、サキはああはいったけど、やっぱりこの笑顔を傍で見ているボクからしたら、サキは優しい子だって思うんだ。

 

「そうだ。あんたの友達にもし贈るんだったら、これにリボン掛けたらどうかな」

「あ! それいいねえ! 可愛いし、さすがヨルくん、ナイスアイディア」

 

 隣の部屋で飾りようのリボンを探してきたサキが、瓶の蓋のあたりにきゅっとそれを結ぶと、それだけで何の変哲もない瓶に特別感が出る。

 満足して頷いているサキの隣から、ボクは遠慮がちにその袖を引っ張った。

 

「ねえ、あの」

「うん? どした?」

「もしよかったら、そのクッキーのレシピ、ボクにも教えてくれない……かな」

「あら。夜羽くんもおうちで作る? 雀愛ちゃんとか愛理達にあげるのかな」

「それは、うん……ま、そうするつもりだけどさ」

 

 愛理の友達でもあるらしい、よく本屋で会うお姉さんのことが、気になってる。

 仲良くなりたいんだけど、上手く話せるきっかけがなくて。

 あげられたら、喜んでくれるかな、って。

 そんなこと言ったら、ちょっと浮気みたいかもしれない……って思ったけど、サキは俯いたボクの頭を撫でて、しゃがみながら目を合わせてくれた。

 

「夜羽くんの仲良くなりたい友達が、喜んでくれたらいいね」

 

 ほっとして、ボクは頷きながら決心を固める。

 きっとその時は、リボンに特別な魔法を込めて行こう。

 迷いが晴れたからなのか、今食べたばっかりなのに、ボクはもう、明日サキが淹れてくれる紅茶と一緒に食べるクッキーの味が、楽しみになってきていた。

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