こんな感じで、書きたいところから書き進めるスタンスなので←
冬の日、怖い夢を見たムラサキと、それを受け止める夜羽のエッセイ的短編です。
本編はもう年内更新はないかな……
でも出来たらお題を全部消化できるまでまったりいきたいと思います(^p^)
何だか怖い夢を見た。
一度夜中に、すごい寝汗をかいて喉が渇いて目が覚めたけど、その時はまだ平気だった。夢を見たのは、多分その後だ。
もうこんなことはしなくていいと分かっているのに、私はまだ学校にいた。学校があるってわかっていたのに、私は時間割を準備して来てなくて、違うクラスの友達になんとかして数学の教科書を借りようと走り回っていた。
あんなに怖い先生の授業なのに、こんな教科書を持ってきてない日に限って、黒板を見たら授業が2時間もある。どうしよう。チョークや椅子を投げられるかもしれないのに。
それでも、隣の子に「教科書見せて」って言うのが、申し訳なくて怖くて出来ない。その子だって授業中教科書を見るんだし、私と一緒だったら集中して問題を解いたりできないよね。私だって、貸してもらってることに気が引けて、先生が何か嫌味を言うんじゃないかとドキドキして、内容なんて頭に入ってくるわけない。
違うんだよ。やる気がないわけじゃない。
だって、授業まであと何十分もある。もしここに教科書があれば、今すぐ予習を始めて少しでも追い付けるかもしれないし、そもそも教科書さえあれば「授業を受ける気はある」って認められるかもしれないのに。時間割を知らなくて持って来なかったんだから、しょうがないじゃない。これじゃ、苦手教科なのに勉強する気もない、どうしようもない生徒って思われちゃう。
どうして私は、何も知らないのに、知らないんだから行かなきゃいいのに、わざわざ学校にいて、心臓が縮み上がるような時間をただ待っているのだろう。
この夢を見る前に、別の夢で母に何かをすごく怒られていた記憶がある。
怒られたんじゃなくて……何か言われた。あなたは大学を出たんだから。長女なのだから。結婚して妻になったのだから。こちらが言いたかったことを全部枠組みに当て嵌めて返されて、何も言えなくなったし、そういうものかと黙った。
学校には行きなさい。出席が足りなくなったら面倒でしょう。進級出来なかったらどうするの。
今だったら、人生にとって一年や二年の回り道くらい、本人にとって必要ならばそうさせればいい、大事なのは出席でも進級でもなくて、本人の気持ちでしょうと言える。
けれど当時の誰もにとって、一番大事だったことは世間体で、それに比べれば何につけても、「私」という存在はさして重要なものではなかったのだろうと思った。そして今も、所によりだけど、それはあんまり変わってない気がする。
ねえ。
あの時、無理を強いて「学校に行きなさい」と言った貴方達が、具合が悪いのを我慢してでも精神的な慣れが必要だからと、学校や職場に私を追い出した貴方達が、今は「無理をしないでね」と言うのはどうしてなの?
今、結婚して「誰かの妻」という安定した地位を得た私のことを、当然のように慮ってくれるのに、どうして私が一番無理をしていた時に、私が一番辛い時に、一度も「無理をしないでね」と言ってくれなかったの?
『このぐらいのことで「辛い」と言っていては、将来この娘は生きていけない』
貴方達の思った事と配慮は、確かに正しかった。学校の中で見た「辛さ」なんて、世間の荒波なんかと比べたら、確かにどうってことはなかった。あの時無理をしたおかげで、私は生きていけるようになったし、今もそれとなく生きている。
だから、正しかったんだろうけど——正しかったからといって、よかったとは、今も思えないんだ。
「……」
酷い悪夢を見ても、心臓がバクバクしながら目が覚める時もあれば、穏やかに心臓が止まるように、ゆっくりと目が覚める時もある。今日は後者の方だったらしい。
目を開けて夢だったことを確認してから、枕元の水筒に手を伸ばした。カーテンのかかっていない右半分の窓を見上げれば、磨りガラスの向こうが白みがかっていた。
(……朝ぼらけ)
有明の月とみるまでに、吉野の里にふれる白雪。
ヨルくんが百人一首を習いたいと言うから、昨日の晩にお風呂で詠んだ歌だ。
明け方に有明の月かと思って外を見たら、月明かりの眩さと間違えるほどに真っ白な雪が積もっていた、という冬の歌。
こういうのを言うのかもしれない。時計を見れば、まだ朝の5時半。やはり、誰かと勉強した歌は覚えやすいようだ。
「……」
小学校で習った百人一首は楽しかったけれど、小学校にはあまりいい思い出がない。
ていうか、中学校にも高校にもあまりない。「よくない思い出」の数は学校を上がるにつれて減った気がするのが幸いだけど、総じてしみじみするほどよかったかと言われたら、そんな周りが言うほどノスタルジーも感傷もない。
別に虐められていたわけでも、問題を起こしていたわけでもない。ただあの場所が、とてつもなく恐ろしかっただけだ。だから今でも、こうして夢に見るんだろう。
出席に数えてくれるんなら、ずっと保健室登校させといてくれればよかったのに。まあでも、それだと高校や大学選びに困るから、教室に来いって先生も親も煩かったんだろうけど。
私は進学校と言われる場所にいたけれど、そういう場所にも、キレて怒鳴り散らす先生とか、やたら威圧的な先生とか、チョークを投げたり机やゴミ箱を蹴飛ばす先生がいるのは普通だった。
今だったらそういう先生要りませんっていうか何のために仕事をしてるんだろうって感じだけど、当時はネタにされてたし、そういう人ほどいい先生だとは言われていた。
自分だって子供がいる教員もいるくせに、他人の子供は平気で傷付ける。
教師は子供が好きだなんて嘘。
言いたい放題して無責任な言動で虐げて、心に傷を作って、でも相手を傷付けたことを本人は何も知らない。その後の人生に責任も何も取ってくれない。
取ろうと思ったってそれは無理だろう。なのにその恐ろしさすら理解していないようにしか思えない大人ばかりだ。
私にとって「先生」と「親」は、一番なりたくないと願った大人の姿だ。だから大学でも、途中で教員免許の課程を取るのをやめた。
別に免許があったって損はしないんだから、周りに合わせて割り切って資格として持てばよかったのかもしれないけど、どうしても嫌だった。
大人なんてみんな嘘つきだ。
大人になった今でも、そう思ってる。
だから、誰かのヒモになってでも、自分に嘘をつかなくていい生き方を選んだ。誰の親にも、人生の師にもならなくていい生き方を選んだ。
「子供」と呼ばれる立場の人を傷付ける大人なんて、私の代だけで十分だ。
でも、こんな夢を見るってことは、私はまだ、そうやって我儘に生きていることを責められているのだろうか。
この世にいる誰かから。顔を合わせた事もない誰かから。
ズルい、弱いと非難される。何の努力もしていないのに、ただ被害者ぶって庇護されているのは不条理だと。
それだけじゃなく、表向きは納得しているように見える人達も、本当は心の内で刃を向けているのかも。
「あるべき姿」に、私は相応しくないと。
あの時に戻ったからと行って、何が出来る訳でも変わる訳でもない。それでも自分を罰するように、「あるべきだった姿」に押し込めるように、私は夢を見続けるのかも、しれなかった。
「あう」
薄暗闇の中で背を丸めて横になっていたら、隣から小さな声が聞こえた。
こんなに朝早くだというのに、ぱっちりお目覚めのちび愛理が手を振っていた。
どうやら昨日、クリスマスなのに他のぬいぐるみと一緒にごちゃごちゃ置いたのがご立腹だったようで、ずっと機嫌が悪かったのだけど、直してくれたらしい。くすっと小さく笑って、私は話し掛けた。
「もう目が覚めちゃったの?」
「あうあうあう」
「そうね。今日は三人でゆっくりするって決めたもんね」
いや、夜羽くん入れて四人か。
ふわふわした毛布の上からぽんぽんと手を叩いて、ふと思いついた私はちびの口元に指先を近付けてみる。
「ちゅば」
「ふふ。ケープ以外も吸うのが好きか、やっぱり」
「ちゅばちゅば」
ご機嫌そうに私の指をちゅばちゅばしている。毛糸の口で噛まれても全然痛くない。
昨日はあんまりゆっくり触れ合う時間がなかったから、えらく機嫌がいいらしい。
あったかい毛布を掛けた横顔にくっついてちゅーをすると、ちび愛理はきゃっきゃとはしゃぎながら、嬉しそうに声を上げる。
(……そっか。この子がいるから、これでいいんだなあ。私)
ちびの顔を見ていたら、訳もなくしみじみとそう思った。
他の誰が私を非難しても、この子が傍にいてくれる限り、私は。
「んん……サキ、大丈夫? 怖い夢見ちゃった?」
寝惚けたような声が聞こえて、夜羽くんが布団の内側から顔を出した。
「お布団ダイビング魔法」っていうのがあって、これがあると、布団の中に頭まで潜って長時間入っていても、酸欠にならずにいられるらしい。私のお布団は狭いから、ヨルくんはいつも冬眠中のリスみたいに丸まって、私のお腹のあたりというか、布団の真ん中らへんで眠っている。便利だ。
「ごめんね、起こしちゃったね」
「ボクは平気。それより、大丈夫?」
眠そうな目をしたヨルくんに、そっと背中を抱き締められた時。
初めて安心して、涙の筋が顔の横を流れていく気配がした。
***
真冬の夜は寒いし空気がすごく乾燥するから、サキが夜中に目を覚ますことはよくある。
水を飲んでいる時も、トイレに起きる時も、ボクは同じ布団の中にいるからぼんやり目を覚ましてサキの気配を追っている。
だから今も、喉が渇いたのかな、と思いながら、ボクはキンキンに冷えた寝室の空気の中へ顔を出して、寝惚け半分でサキのことを抱き締めている間に、彼女が静かに涙していることに気が付いた。
可哀想に。何か哀しい夢でも見たに違いない。
「大丈夫?」
「ううん、ちょっと……嫌な夢見ただけ。いつものことだから」
「ここはもう夢じゃないから。サキは帰って来たんだよ」
寝転んだままで、ゆっくり背中に手を回して擦っていると、サキは大声で泣き出してしまった。普段はあんまり涙を見せたりしないのに、ボクに震えてしがみついたままで、彼女は言う。
「いや。学校なんて嫌い。大嫌い。……もう行きたくない。
ずっと保健室の中でいい。
誰も、私のことなんか見てないし、助けてもくれないくせに!
教師なんてみんな、いなくなっちゃえばいい」
どうして……? ぼんやりした頭で、ボクは思う。サキはもう大人だから、学校なんて行かなくていいのに。
でも、学校で何か、嫌な目に遭ったのかな。
きっとその時のことを何か夢に見て、辛い気持ちになったんだろう、と思う。ボクはサキが過ごして来た日のことを何も知らないけれど、たとえその苦しみに手が届かなくても、目の前の苦痛を和らげることはしてあげたい。
ボクは頬を寄せて、サキの身にぴったりと自分の体をくっつけ、目を閉じたまま頭を撫でた。
「大丈夫……サキは、どこにも行かなくていいんだよ。サキはもう、何にも頑張らなくていい」
「でも……」
「サキはもう、十分頑張ったんだから。終わったんだ。全部。辛かったことはあったかもしれないけど、もうどこにも、戻ったりしなくていいんだよ。大丈夫、大丈夫」
ズキズキとした痛みが、見えなくてもサキの内側から感じられる。
静かに語り掛けて、ボクは回した両手をサキの背中に当てながら、そっと魔力を流した。
「よく聞いて……外を流れる涼しい吹雪の風が、サキの曇った心と憂鬱を晴らしてくれる。鏡みたいに凍った湖面に積もった白雪を、息を吐いて吹き散らしていくみたいに。
そしたらボクたちは、二人でスケートを滑るんだ。昨日やったあのゲームみたいに、クリスマスツリーが瞬く綺麗な湖畔で。手を繋いで、きらきらした光の中を、くるくる回りながら、妖精みたいにずっと滑っていくんだよ」
たとえ現実の光景じゃなくっても、瞼の裏にその姿はありありと思い描くことができる。
青い星月とクリスマスツリーの光を反射した、雪原に囲まれた広い湖で、ボク達は不可能なんて言葉を知らない子供みたいに、手袋をした手を繋いで、マントを翻して、無邪気に遊んでいる。
それはすごくすごく楽しい夢で、エッジの端が湖面を叩いて、氷の欠片が舞い散る中を、ボク達は踊るみたいなステップを踏んで、ずっと笑っているんだ。
「クリスマスツリーの灯りと飾られたキャンディやプレゼント達が、仲間に入れて欲しそうに、揺れながらはしゃいでる。
思わず見とれながら転びそうになっちゃったサキの手を、ボクは掴まえて、反対に一回転させながら支えるんだ。
どこまでも、ボクがずっと一緒だよ。だからもう、何も心配しないで。サキを怖がらせるものなんか、もうなんにも、ここにはない」
滲んだ瞼の端の雫が光って、呼吸が穏やかになる。
もう一度眠りに落ちたサキの額に、ボクはそっと唇を落とした。
「おやすみ。もう朝だけど、まだお日様が上るまでは暫くあるもんね。今日は二人でゆっくり寝坊しよう。今度こそサキが、安心して休めるまで」
***
それから、もう昼時といっていい程の時間に目が覚めた頃。
相変わらずのとんでもない寝坊だけど、寒くて布団から出たくない以外は、いつも通りの朝だった。
あれからもう怖い夢に魘されることはなくて、静かに眠れていたらしい。少しほっとしながら、トイレに行って帰って来ると、ヨルくんが布団に起き上がったまま目を擦っていた。
「おはよ、サキ。よく眠れた?」
「うん。おはよう。ヨルくんは大丈夫? なんか私、昨日の晩はしょっちゅう夜中に目を覚ましてた気がするけど……」
「ボクは天使だから。その気になれば、寝なくても食べなくても大丈夫なんだよ。サキがちゃんと休めたんならよかった」
また、そんな見栄を張るようなことを言って。
大丈夫ならいいんだけど、たとえ大丈夫にしてもあんまり無理はして欲しくないな、と思いながら、私は走って来た体を抱き止める。
もこもこのパジャマで、ぎゅ、とお腹に抱き着いたまま、ヨルくんが私を見上げた。
「怖い夢、もう大丈夫だった?」
「あ、うん……なんだか、見たような気がするんだけど、もう忘れちゃった」
そう。不思議なことに、嫌な夢を見たことは覚えていたけど、その細部はもう思い出せなかった。
どんなに酷い夢を見ても、目が覚めてしまえばそこまで引き摺ることはないのだけど、目の前で満足げに目を細める夜羽くんを見て、きっと今回はこの子のおかげだな、と察しがつく。
「ありがとうね、ヨルくん」
「ボクはなんにもしてないよ。サキと一緒に寝てただけ。冬休みの間、毎日一緒に寝泊まり出来て、毎日ずっとサキの隣にいられるなんて最高だね」
「ふふ、そう言ってくれると嬉しいな。私もヨルくんが隣に居てくれて幸せだよ」
頭を撫でると、少しくしゃくしゃになったボブの髪の下で、可愛い顔が無邪気に幸せそうにきらきら輝いた。
「へへ。明日も明後日も、泊まっていい? 次の日も、そのまた次の日も、サキがサキのお家に帰る日も、一緒に行ってずーっと泊まっていい?」
「もちろん。学校が始まるまで、ずっと居ていいよ。……逆にヨルくんのお家は大丈夫なの? さすがに、年末年始もお母さんが仕事でいないって事は……」
「いないよ。今年も海外で過ごすって」
「うわぁ……」
「テレビ電話するけど、うちにはエリスが代わりにいるから大丈夫。ボクは友達の家に泊まるって言ってあるし」
うちには好都合だけどそれでいいのかな……。一応エリスくんも、双子の弟設定でヨルくんと同じ家にホームステイし始めたらしいから、藤家の一員って扱いにはなるし、無人よりはその方がいいか……。
「さ。寒いからストーブつけよう。ちょっと遅くなっちゃったけど、昨日作ったパイ焼こうか」
「やったぁ! サキの洋梨パイ大好き。早く食べたいな」
遅くなった朝食に文句ひとつ言わず、飛び跳ねながら喜んでくれる。
電車ごっこみたいに腰にくっついてくるヨルくんを連れたまま、私は寒さに負けじと、リビングの扉を開けてやるべきことを見渡した。