2021.11.ノベルバー企画「運命の人」   作:大野 紫咲

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「1ミリも嫉妬してないわけではないけど、その1ミリがえげつない」ムラサキちゃんの話。
ずっとずっと不思議だったんだ……こんなにヨルくん仲良しの相手が多いのに、なんとも思ってないのかなって……
という長らく書きたかった会話を漸く文字起こししたら、何だか知らないけど想定を越えた言動を見せ始めて長くなるし、ムラサキに変な設定ができるしでこうなりました。
どうしてこうなった。


【番外編】大人の顔

「……ねえ」

「うん?」

「サキってさ、ボクがこんなにお姉さん達と仲良くしてるのに、嫉妬したりしないの?」

 

 ある日の夜。ふと、ボクは何気なく、前々から気になっていたことをサキに尋ねてみた。

 ボクは、天使である自分の中身や性格ゆえもあるんだけど、男よりは年上の女友達って呼べる人が、圧倒的に人間関係に多い。ボクは普段名古屋に住んでるから、日常生活での関わりも多いし、一緒に遊ぶ事だっていっぱいある。

 その中には、ボクが思わずぼーっとなってしまうような、格好良くて素敵な憧れの人もいて、もちろんサキが一番だし特別だけど、そんな気持ちと少し似たドキドキを抱いてしまうこともあって。

 身の回りで友人達と起こった出来事を話すたび、あけすけに真正直にそう打ち明けても、あんまりにもサキが動じないものだから、思わずボクは聞いてしまった。

 今だって、ほら、きょとんとしたかと思ったらにこにこして、全然気にしてる様子じゃない。

 

「あはは、しないよぉ。

ヨルくんが可愛いし、ヨルくんと遊んでくれるみんなが可愛いから、あんまり考えた事ないかなぁ」

「本当に? ただの一ミリも?」

「一ミリもってことはないだろうけど、そんなヨルくんが気を遣わなきゃいけないほどは、気にしてないから大丈夫だよ。

それに、ヨルくんはちゃんと、私を一番好きでいてくれるでしょう?」

 

 そう言って、疑り深く聞いたボクを、むぎゅっと腕の内側に閉じ込めてくれる。

 ボクを信頼してくれてることが、十分に伝わってくる。そのやり取りで満足すべきはずなのに、やっぱりなんだかほんの少し、面白くない。

 だって、サキがあんまりにも大人で余裕だから、その涼しい顔にいつもいつも悔しくなる。

 ボクはいっつも、サキに近寄って来る人にヤキモチばかり焼いて、サキが心を奪われてどっかに行っちゃうんじゃないかって、気が気じゃなくてハラハラしてるのに。

 こんなの不平等だ、って。

 小さく膨らませたほっぺたを、不思議そうにサキが横からつつく気配がした。

 

「なーに? 何かご不満?」

「サキはずるいよ。普段はボクと一緒にはしゃいでるのに、こういう時はいっつも、すごく理解がある人みたいに、優しくて頭がいい顔するんだもん」

「何それ〜、ふふっ。

だって、ヨルくんも、私に他に好きな人がいたり、結婚相手がいるのはいつも許してくれてるし、その人達のことも大切にしてくれるでしょう。

だったら私も、ヨルくんの大切な人は大切にしないと」

「それは、そうだけどさぁ……」

 

 理屈の上ではそうだけど、そう簡単に割り切れるものなの?

 そう思う気持ちと実際の感情って別々じゃない?

 ましてやサキなんて、元の世界でも、ボクの同僚にさえすっっっごいヤキモチ焼いてたような人なのに。

 今ボクの目の前にある優しく細めた瞳ほど、穏やかな大海のような心を、サキがそう簡単に持ててしまうことが、有難いはずなのになんだかやきもきして、上手く言葉にならない。

 

 別に、疑ってるわけじゃないよ。相手の気持ちを試したいとか、そういうことを思っちゃいけないのは知ってるし、そんなことは絶対しない。

 でも、ボクだって不安になる。

 ほんのちょっとでもいいから、ボクに不安になって、振り回されてくれないかな、って。

 そんな我儘を考えてしまう。

 だって、ボクはこんなにサキが好きで好きで大好きで、振り回されてばかりなのに、本当はボクばっかり、サキのことを好きなんじゃないか、って。

 サキは、ボクを見て不安でたまらなくなったり、狂っちゃいそうになるほど好きになってくれることはあるのかな?って。

 ボクが子供だから、契約をした今でも、まだ心配になっちゃうんだ。

 

「はーあ……やれやれ」

 

 気が付けば、サキが何かに呆れたような顔をしながらこちらを見てきて、ボクはぎくんと体を強ばらせた。

 ヤバ、どうしよう。考えてる事がバレちゃった? サキの前では紳士でいようって思ったのに。これじゃますます、サキに愛想尽かされちゃう。

 

「なんだか、とってもくだらない心配事をしてるように見えるんだけど」

「え、えと」

「ヨルくんてほんと全部顔に出るよね」

「う……うぇ……あの、その……」

「ったく……」

 

 サキは、正面から糸目でボクの顔を睨むと、思いっきりむにっとボクのほっぺたを摘んで引っ張った。痛くない程度に。

 

「バーカ! バーカバーカ! バーーカ!!!」

「!?!?!?!?」

 

 サキにこんなにストレートに罵倒を浴びせられたことがないから、普通に驚いて目を白黒させてしまった。

 摘んだ手を離して、ボクの頬を犬にやるみたいにわしゃわしゃ擦りながら、サキが言う。

 

「ヨルくんはさぁ、いくらヤキモチ焼きとはいえ、私がこんなことでいちいち人間関係をぶっ壊しに行くようなヤバい奴だとお思いになっているんです???」

「……い、いいえ」

「だよね。大切な人や大好きな相手が増えるのは悪いことじゃないし、ヨルくんには私以外の世界も大切にしてもらいたいのっ。

言ったでしょうが、ゼロじゃないって。

それとも、何? これじゃまだ不安?」

「不安、じゃ、ないけど……サキはボクよりうんと、色んなことを割り切って平然としてるみたいに、見えるから……」

 

 安心させようとしてくれてるのに、不安に感じるなんて変な話だ。

 人間の心って、なんてヘンテコなんだろう。

 ボクは、自分を無理やり納得させるように顔を上げた。

 

「で、でも、そんなの当たり前だよね。サキは大人なんだもん、うん」

 

 ボクも自分が何言ってるのかよくわかんなくなってきたし、この話はもうおしまいにしよう。

 そう思って言ったのだけど、サキはすーっと益々目を細めて、ボクを見た。

 

 そして。

 がたんっと音がしたかと思ったら、ボクはサキの方を向いたままで、背後を炬燵机に押し付けられていた。

 片方の手首を、びっくりするような力で引っ掴まれたまま、のし掛かられている。動けない。

 痛い程ぎゅっと手首を握り締められたまま、耳元で微かにサキの囁く声がした。

 

「……ねえ。ヨルくんは、私の返事だけを聞いて、ほんとうに(・・・・・)『私が何も感じてない』と考えるほど、おバカさんなのかしら?」

 

 笑ったように聞こえたけれど、顔が近すぎて表情が見えない。わからない。

 わからないせいで、余計にドキドキした。

 

「え、え、」

「本当に私が『何とも思ってない』と思ってるの?」

「……っ、あ、」

 

 手首の内側を、指先がつつっとなぞっていったせいで、思わず変な声が出た。

 何、なにこの状況。

 サキ、怒ってる? 笑ってる? ……それとも、泣いてるの? こんなに近いのに、ボクには全然わからない。

 触れそうなほど耳元にくっついた、唇から漏れる吐息がくすぐったい。いつもと全然違うサキの声音に、背筋がぞわぞわする。

 

 そうしてボクは、今更のようにまざまざと感じさせられる。いつも一緒に泣いたり笑ったりはしゃいだりしてるけど、サキの方が本当は、今のボクよりずっと体も大きくて、力も強くって。魔法でも使わない限り、ボクじゃ逃げ出せっこないんだっていうことを。サキが何もしないのは、一応は子供の見た目をしたボクの心を無視して怖がらせるようなことを今まで何もして来なかったのは、サキが優しいからで、良識のない大人だったらとっくにそうされていたってことを。

 サキになら、何をされてもいいって思ってた。サキを安心させるためなら、満足させるためなら、――彼女が望むなら、ボクの何を差し出しても、ボクの中の誰を絶ってもいいって。

 でも、サキは本当に、ボクの持ってる世界を、繋がりを、大事にして欲しいって思ってるんだ。

 

 震える吐息を吐き出したボクの肩に、サキは顎を乗せたまんま、解いた掌の内側でそっとボクの手首を握った。

 

「ごめんね。痛かった?」

「う、ううん、大丈夫」

「ならいいんだけど。でも、ヨルくんが分かっててあんまりにも私の地雷踏み抜いてくせいだからね」

「ゴ、ゴメンナサイ」

 

 わざとのつもりじゃ、なかったんだけど。

 でも、そうやって感情の理不尽をぶつけられることが、ほんの少し嬉しいと思ってしまうボクは、相当重症なのかもしれない。

 手首を温めるように両手で擦ってから、サキはぎゅっと膝の上でボクを抱き締める。首筋にふわりと鼻息が当たって、くぐもった声が低く囁いた。

 

「これだけは言っておくよ。

(ふじ)夜羽(よるは)。君は私のだ。誰に頼まれても渡すつもりはない。

君が誰の一番になってもいいけど、私の一番だけは譲る気はないね。

不安になるなら、どちらが主かよく考えたらいい。名前で縛ってるんだから、この意味、分かるでしょ」

「……」

 

 不思議なほど、甘くぞわぞわした感情が、全身に染み渡っていった。

 それは……とても圧倒的で、何が不安で文句を言っていたかも、忘れてしまうぐらいで。

 サキがこんなに強い言い方をするなんて、よっぽどのことでもなければないことぐらい、ボクにも分かる。

 その「よっぽどのこと」を、サキがボク相手に、引っ張り出してくれた意味も。

 

「あ、りがとう……って言うのは、変かな?」

「変。変っていうか、これじゃヨルくんただのドMだよ」

「サキが言霊使えるなんか、聞いてないんだけど……っ」

「使えてたの? これで?」

 

 ふふ、と小さく笑ったサキが、くたんと力の抜けたボクを胸に抱き直して、そっと顔を覗き込んでくる。

 なんか……ふわふわして、心の中が甘い。温泉に入ってないのに、酔っぱらったみたいで。あれより、ずっと……

 

「ヨルくん。よ・る・くん」

「っ……」

「……ヨル」

「ふ、あっ……!」

 

 赤ちゃんみたいに体を揺すられながら、優しく名前を呼ばれてるだけなのに。桃味のするとろとろの液体の中を、漂っているみたい。耳元から流れ込んでくる声に飲み込まれて、体の芯が融けてしまいそうになる。

 耳まで熱くなった顔で、きゅっとサキの服に縋り付いたボクの手を優しく握りながら、サキはふっと名前に意識して乗せていた力を緩めてくれた。

 

「もう。これじゃ、私がヨルくんのこと虐めてるみたい」

「そ、んなことない、けど……気、持ち良かった、から」

「名前呼んでるだけで?」

「いつものと、なんか違うんだよ……誰に呼ばれてるのとも……サキのは、特別だもん」

「そうかなぁ。使えたとしても、ヨルくん相手にしかこんな事しないけどね」

 

 ぎゅう、と抱き着いたボクの頭を、サキが笑って撫でる。

 あああ、もう、悔しい。もう、分かっちゃった。サキが、どれほどボクのことを手放したくないと思ってるのか。

 普通に「嫉妬しちゃう」とかって言われるより、よっぽどえげつない方法だったと思うけど。

 

「さ、もう寝よう。お布団まで連れて行ってあげるから」

 

 ぼーっとサキに抱かれてついていきながら、ボクはただただ、彼女に合わせて頷いた。

 心臓が、どっか飛んで行っちゃうかと思った。まだ……頭が少しくらくらする。

 人間の執着って、こんなにドキドキするんだ。

 だから、みんな誰にも見せないように、大事に大事にしまっておくのかもしれない。もしも見られたら、知ってしまったら、あまりにも心臓がどきどきして、止まっちゃいそうになるから。

 

「おやすみなさい。明日も私とヨルくんにとって、いい日を過ごせますように」

 

 額を合わせてそう言祝(ことほ)いでくれるムラサキは、もうすっかりいつも通りだったけど、ボクはあの、顔には出ない大人の顔を、しばらくは忘れられそうにないと思った。




結論:「何とも思ってないわけないでしょでも言うだけ言ったって詮無いことだからわざわざ言わずにいるのに言わせないでよねバーカ!」
ということらしいよ!←
本当に面倒くさい二人(^p^)
(ヨルくんの友達が嫌いとかそういうことではないからね!!!)

補足(と言う名の今作った設定←):
ムラサキは完全なる言霊使いではないけれど、自分が創造した概念に対しては効くことがある、みたいなふわふわした感じです。
単純に命令やコマンドの作用もあれば、こんな風に感情伝達物質のような役割を担う作用も。
特に、夜羽くんみたいな真名を知られていて天使の契約も結んでおり、存在を握られている子は、ムラサキのことを大好きであればあるほど影響を受けやすいという設定。ヒバリちゃんや雀愛の方が、夜羽よりは効きにくいのではないかと思われます。
「お姉さん」のようなムラサキ以外の人にも名前を呼ばれてどきどきするのは、夜羽くんが元々言霊の影響を受けやすい性質だからなのかな?
ムラサキほどに大好きで心を許しきってる相手だと、名前を呼ばれただけで気持ち良くて腰砕けになっちゃいます。
普段からムラサキの言葉には力が滲んでいるけど、本人が意識しなければ効果が特大になることはないので、普通におしゃべりしてる間は平気です。

言葉で縛ることができるということは、それが癒しにもなれば、反対に懲罰や痛め付けるのに力を使うこともできます。主従関係にある天使や悪魔相手にそういう言霊の使い方をする主もいますが、ムラサキちゃんはよほどのことがなければ使いません。
基本的に相手が喜ぶ方にしか使わないようにしています。イライラしている時に無意識のうちにピリピリしており、それを察知した子にビビられることはあります←
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