2021.11.ノベルバー企画「運命の人」   作:大野 紫咲

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Day3.かぼちゃ 「インスタントかぼちゃ」

「カボチャの馬車、って魔法で作れたりしないよな」

 

 軽い思い付きで言ってみただけ。

 どうせ無理だよなと思ったのに、窓際で顔を洗うベルの鈴からは、予想に反して「いい着眼点にゃ」と誉め言葉が返って来た。ところでこの神様、鈴に入ってる間は何故かずっと猫口調なんだけど、このキャラいつまで続けるつもりなんだろう。

 

「えっ、ガチで作れんの!?」

 

 食いついたボクの前に姿を現わした神様は、和装っぽい服の袂から、何かを取り出しながら言った。あまりに髪の毛がモフモフで、服というよりは毛から何か出て来たみたいに見える。

 

「おまんの魔力だけじゃ、まだ無理があるがのう。丁度ここに、ハロウィンの時に売れ残った『かぼちゃの馬車作成キット特装版』があるぞい」

「なんか、安売りしてるDVDの謳い文句だろそれ……」

「まあ、時期が外れる前に叩き売りしておきたいからの」

 

 身も蓋もないことを言って、神様がぴらぴら振った袋に、ベルが床から勢いよく飛び付く。狩猟本能なのか、咥えながらとっとっと歩いて持って来た、入浴剤みたいなそれをボクは受け取った。触ってみると、中身は粉末状だ。封を切る前のなんちゃらキットを、ボクはしげしげと見つめる。

 

「馬車どころか、かぼちゃの影も形もないみたいなんだけど」

「かぼちゃは自前で用意するのじゃ。昨日学校帰りに、おばあさんの買い物袋を持って手伝ったお礼に、手に入れたアレがあったじゃろ」

「よく知ってるな……」

 

 幸い台所を覗けば、調理されることもなく丸のままかぼちゃが残っている。

 昨日の帰り道、スーパー袋が破けて中身を道路にぶちまけてしまった知らないおばあちゃんを助けたら、家の畑で獲れたからってもらったんだ。うち、ママが仕事で忙しくて滅多に帰って来ないし、料理するって言ったらボクくらいのもんだから、どうしたものかと思っていたけど。

 踏み台で軽く身長を足してから、よいしょとかぼちゃを両手に抱えて、ボクは階段を上がり、部屋に持って帰って来た。

 

「これでいいの?」

「そうじゃな。必要な呪文は袋の裏に書いてあるから、あとはそれを全部振り掛けて唱えるだけじゃ」

 

 インスタントかよ。

 袋の口を切ろうとして、ボクはふと思いついた。

 

「ねえ。ここで馬車に変わったらマズいことになるんじゃない? ボクの部屋なんだけど」

「そうじゃろうなぁ」

「そういうことは先に言えッ!!!」

「あっはっは。いやはや、これはヨルハの洞察力を観察しておっただけでの、決して儂が忘れておったわけでは」

 

 朗らかにはぐらかされたけど、危ないところだった。上手くいくにしろいかないにしろ、一歩間違えたら自分の家を魔法で吹き飛ばすところだ。

 話を聞いていたベルが、窓から屋根伝いにすたっと飛び降りるのを見届けてから、ボクはカボちゃを窓から放り投げる。ふわん、と重力を無視してゆっくり漂ったかぼちゃが、芝生の庭に着陸した。

 飛ぶのは無理だけど、重力を操る浮遊魔法は得意。家の三階にあるこの部屋から自分一人飛び降りるくらいだったら、足首に魔法を使って着地すれば、怪我なんかしない。

 ボクも庭に舞い降りてから、周りに何もない広い場所にかぼちゃを設置し、袋の封を切る。と、さっきまで粉しか入っていないと思っていた袋の内側から、ネズミが二匹飛び出してきて、ちちっとボクの足元を駆け回った。

 

「うわああぁぁぁぁ!?」

「おおっ、さすが特装版。ネズミはセットじゃ。丸々太って美味そうじゃの」

「だ、だからそういうことは先に言えって! ビックリしただろ!?!?!?」

 

 肩口から覗き込んで来た神様に説明されても、まだ心臓がばくばく跳ね上がっている。ちょっと、泣きそうになるぐらいビビった。

 驚いた拍子に袋を放り出してしまったせいで、中身が地面に零れている。ネズミが零れた粉末をぺろぺろ舐めると、ぼんっと音を立てて、途端に二匹は二頭の馬に変わった。嘶きながら、蹄でボクの家の地面をかいている。

 

「え、ええ……」

「シンデレラの馬車は、ネズミが馬に変身するじゃろうが。知らんかったのか?」

「知ってるけど! そういうことじゃなくて!!!」

 

 いくら魔法だと言われても、色々起こり過ぎてツッコミが追い付かない。

 もういいや。さっさとかぼちゃも変えてしまおう。煙みたいに舞い上がりそうな粉末を吸い込まないようにしながら、ボクは袋を裏返して呪文を唱えた。

 

「くりーむこっくり黄色いかぼちゃ、ずんぐり育って馬車になれ」

 

 こんなんで、本当にかぼちゃの馬車になるの?

 半分くらい馬鹿々々しい気持ちになってきたその時、ごとごとと勝手に揺れ始めたかぼちゃに異変が起きた。にょきっ、と巨人の腕みたいな蔓が生えてきて、周りの雑草や枯草をべきべき折っていきそうな勢いで成長する。

 ぐんぐん巨大化したかぼちゃが、それこそ魔法みたいに――いや魔法なんだけど――筋から割れ目が出来て、客席が出来て扉と窓が出来て、その足元では蔓草がくるくる絡み合ったかと思うと、巨大な車輪になる。

 ぽかん、と尻餅をついたまま上を見上げたボクは、言葉も忘れて二頭立ての馬車を見ていた。屋根についた葉っぱの飾りが、わさわさと揺れている。

 

「す、すごい……」

「インスタントの魔法キットにしては十分の出来栄えじゃな。商品開発部を褒めてやらにゃ」

「え、じゃ、じゃあこれ、本当に乗って走ったりできるの?」

「もちろんじゃ」

 

 ってことは、時間や交通費を気にしないで「運命の人」を探しに行くこともできるってことだ。カボチャの馬車で、シンデレラを迎えに行く。ちょっと立場が逆かもしれないけど、なんて格好いいんだろう。

 扉を開けて客席を覗くと、いつの間にかふかふかの座布団の上に、得意げに尻尾を振ったベルが鎮座している。

 よし、それじゃあ早速出発……

 

「……ねえ、ちょっと待って神様」

「何じゃ?」

「カボチャの馬車って、公道走れんの?」

「馬車な以上は軽車両扱いじゃろうが、多分ものすごく目立つの」

「だよねええええ!」

 

 やっぱり鵜呑みにしたボクがバカだった。

 前も神様は、「空を飛ぶ魔法と一緒に目立たない魔法が必要だ」と言っていたのに。

 折角彼女の元へと駆けていく手段があるのに、と中庭を睨んでいると、乗らないのか、と後ろから覗き込んでいた神様が両手を広げた。

 

「なんじゃ、そんなことか。透明魔法は、ベルで何度も練習して使いこなしておろう」

「……でも、ボクじゃまだ上手くは」

「とりあえず、やってみるがよい。やらないことには、何も始まらんからの」

 

 そう言われて改めて見上げてみたけれど、子供のボクからすれば、ベルとは比べ物にならないくらい大きい馬車だ。丸くてゴツゴツして、外側の感触はカボチャの皮そっくりだけど、丈夫そう。

 こんな大きなものを、本当に消すことなんて出来るのかな。

 目を閉じて、掌を広げ、青く塗られた爪の先を翳す。青いマニキュアは、変化を司る魔法のパワーアップアイテムだったはず。お願い。綺麗に塗れてたら、ボクに力を貸して欲しい。

 瞼の裏で星のような光が瞬いて、目を開けると、爪の先が光を結んで、星座のように輝いていた。驚いたボクの前で、光の粒がぱちぱち弾けると、カメレオンみたいに馬車が庭の景色と同化して消えていく。

 

「わあ……」

「うん。補正も入ってこれなら上出来かの。おまん、魔力はそんなに強くはないが、補助系アイテムの使い方は大したもんじゃな」

「褒められてるのかどうかイマイチわからないけど、ありがと。これだったら、浮遊魔法もいつもより使えるかな」

 

 当たり前だけど、普通の一件屋に馬車が出入りできるような入口はないので、馬車を浮かすか、家の柵を浮かすか考えた末に、ボクは庭を囲む鉄柵を浮遊魔法で動かして、馬車を出すことにした。

 ごめんママ。後で帰って来たら直すから。

 

「ねえ、この馬車御者がいなくない?」

「そりゃ、魔法に含まれていたのは『かぼちゃの馬車』だけじゃからのう。馬代わりのネズミがついてただけ上等じゃろ? パチモンだと馬はセルフサービスなんじゃぞ」

「いや、そういう情報いいし……魔法がドンキの売れ残りみたいな言い方だからやめたげてよ……。え? ってことは、誰が馬車を操縦するのさ?」

「おまんに決まっとるじゃろ」

 

 さも当然のように言われて、ボクは真っ赤になった。

 

「む、無理! ボク馬にだってろくに乗れたことないのに、どうしたらいいのさ!?」

「仕方ないのぉ。ま、どのみちこの世界でおまんに無免許運転させる訳にもいかぬし、儂が付いて行くつもりじゃったから構わんが」

 

 ぽん、と音がすると、首にちりんと鈴を付けたままで、イケメンが御者台に座っていた。金色の前髪を左右に分け、蝶ネクタイにグリーンのチョッキを着た人が、得意げに顎をそらしている。

 

「え、誰……?」

「ちょいとの時間じゃ、ベルの体を借りるぞい。人間に変身はさせられても、さすがに儂の指示通りに馬車を動かすことまでは、猫には難しいからの」

「ベルって人間に化けさせたらそんなだったの!?!?!?」

 

 ベルを猫から人間に化けさせて、なおかつそれに憑依している形らしい。

 尚もぼけっとしているボクに、ベル変身バージョンの神様がにっかり笑って手を差し出した。

 

「ほれ、さっさと乗らんか。儂とて長くは持たん。馬車に掛かった魔法の効果時間は、シンデレラと同じ深夜の12時までじゃからの。普段行かぬ場所まで案内は出来ても、『運命の者』が放つ光は、おまんにしか見分けがつかんじゃろ」

「……すごい助かるんだけどさ、その口調不釣り合いすぎるのどうにかならない?」

「可愛げのないガキじゃの」

 

 どういう風の吹き回しか、今日の神様は随分とボクを手助けしてくれる。見習いの時期に、何もかも上手くいかずに天使を降りるとか言われたら困るから、初心者に対してサービスしておこうというつもりなんだろうか。

 ごとごと揺れる馬車の中で、ボクは伸ばしっぱなしの自分の髪を弄んだ。

 早く、あの人に会いたい。

 「運命の人」は、一目見たら必ず分かるようになっているらしい。もし離れていても――あんまり離れていたら無理だけど、星の輝きみたいに、彼女の場所は光で、匂いで、感覚で、天使であるボクには何となく分かる。

 今はまだ、遠い。それに、できることも使える魔法も少なすぎて、誰かの手助けがなきゃ、こんな風に自由に外へ探しに行くことも出来ない。本当はこのぐらい、ボク一人で出来るようにならなきゃ、彼女には辿り着けないかもしれないのに、と思いながら、ボクは膝の上で拳を握った。 

 遠いけど、必ず見つけてみせる。

 窓の外に星が瞬くような頃になってから、ボクは冷たい風がぴゅうぴゅう吹く窓から、御者台に向かって呼び掛けた。

 

「意外と時間掛かってんだね」

「擬態は出来ても、存在が消えたわけではないからのぉ。儂の魔法で多少は飛ばしておるが、衝突されるかもしれない中で、混んでる道を走るのは自殺行為じゃろ?」

「う、それもそうか……」

 

 とはいえ、それ絶対彼女の元に辿り着くまでに魔法が切れるんじゃ? と思っていたら案の定、途中で馬車を止めた神様は、

 

「ここが、今の魔法の効果で来られる限界かのぅ。あとは『ちょっとだけ遠くが見える魔法』で頑張るがよい!」

 

 といい笑顔で振り向きながら、後ろの席のボクに双眼鏡を渡してきた。だよね、知ってた!

 

「やれやれ、まったく……」

 

 着いた場所は、人気のない山の上らしい。りーりーと鈴虫が鳴く中で、ボクは展望台の屋上でやってるみたいに、双眼鏡に魔法を掛けた。神様だからって、最初から魔力の掛かった双眼鏡を渡してくれるなんて甘いことは、さすがにやってくれないらしい。

 じっと覗いていたら、遠くの方に、今までになく強い光の気配を見つけて、ボクは焦った。

 

「あ、あれ……!? こんなにはっきり、今まで見えたこと……」

「『ちょっとだけ遠くが見える魔法』が見えるのは、せいぜい隣の隣の県ぐらいまでじゃろ? 一応ここ、県境は越えておるからの。今は隣の隣の隣まで見えるという塩梅じゃ」

「そんな地味な違いでこんだけ変わるもんなの!?」

 

 正直、いつも展望台で眺めている時と大した違いはないと思ってた。

 ボクは、双眼鏡の中を覗き見て――そして初めて、この世界にいる彼女の顔をはっきりと見た。

 元の世界で見慣れた格好じゃないけれど、少しも変わらない。あの人だ。

 心臓がどきどき高まるのを抑えながら、ボクはじっと目を凝らして、ピントを調整した。

 ストーブの火がついた台所みたいな部屋で、もこもこした裾の長いパーカーを着て、何か話してる。家族と一緒にいるんだろうか。暗闇の中に灯ったマッチの火みたいに、懐かしいあたたかな笑顔が視界の先にいっぱいになって、涙が滲みそうになった。

 と同時に、夢をお預けするみたいにして、双眼鏡の魔法の効果が切れた。

 

「あ……」

「ふむ。ここへ来る前にも、だいぶ魔法を使ったからの。大分疲れておるのじゃろ。馬車の魔法が切れることはないから、帰りは儂らに任せて安心せい」

 

 ほんの一瞬。外は寒いけど、長い間馬車に揺られて、ちらりと見えただけの一瞬の邂逅だったけれど、それでもやっぱり、来られてよかった。生きてるんだ。あの人が。生きてこの世界で会えるかもしれないって、そう思えただけで柄にもなく胸が弾んで、とっても嬉しかったから。

 木々のざわめく真っ暗な山に背を向けて、ボクは金色の馬車に乗り込んだ。

 それに、かぼちゃの馬車に乗るなんてファンタジーな体験も、魔法が使えないとなかなかできないしね。

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