前編全然ステッキ出てこないのですみません!後編で出ます!←
「っていうか、なんでこいつがこの部屋にいるのさ!?!?」
「やっほー。ボクの方が、帰って来るの早かったみたいだね」
つい数時間前に見たばかりの、裾広がりの金髪少年が炬燵からボク達に向かって手を振ったので、ボクは半狂乱になったまま叫び返していた。
一緒に転移魔法から出てきたヒバリも雀愛も、目を真ん丸くしている。そんな彼女たちよりいち早く、ボクは炬燵布団の下で鼻提灯を出す伽々未を蹴散らす勢いで、ズカズカと悪魔に歩み寄った。
「どーゆーことっ!? っていうか、あんたは悪魔だよねぇ!? よくもボクの主がいる場所に来てのうのうとっ……!
ってか、伽々未は何も言わなかったわけ!? 何でこんなにやすやすと侵入を許してるんだよ!?」
「ま、まあまあ、ヨルくん落ち着いて……」
いつの間にか背後に立っていたパーカーワンピース姿のサキが、ボクの肩をそっと押さえて宥めようとしていた。
今のところ、元気そうだし何の被害も受けてないように見えるけれど……
ボクは不安になって、サキを振り向いた。
「あんたは大丈夫なの?」
「私は平気。っていうか、エリスくんにここにいてもいいよって言ったの、私だし……
でも、面識あるんなら、先にみんなの感情を聞いておくべきだったね、ごめん……」
「エリス??????????」
ちょっと待て、いつの間に名前なんて決まってたんだ。
試験を終えた報告もそっちのけで、大混乱必至のボク達の濡れたコートをエアコンの下に吊るしてくれたサキは、まずボク達全員を炬燵に入れて、あったかいお茶をマグカップで出してくれた。
にこにこ顔の悪魔とボクらを見比べつつ、ひとまずはボクらから伽々未への、試験の報告を聞きながら、その一方でどう説明しようか考えあぐねている様子だった。
さすがのヒバリも、悪魔に家にまでついて来られたら警戒心を隠せなかったらしい。
今にも戦争でもおっ始めようって雰囲気のボクらに睨まれてるのに、よく飄々とした顔で笑ってられるもんだ、この金髪悪魔。
「あの……ちょうど、伽々未さんから魔界と悪魔の話を聞いてた時にね。この子が現れたの。
突然窓から入ってきて、ここに天使の子達いる? って。
びっくりしたけど、タイムスリップした先のアメリカで、試練中の夜羽くん達と会ったって言うじゃない?
じゃあお友達なのかなと思ってさ。ここで待つ? って聞いたら、待ってるって言うから。
ヨルくん達みたいに、転生してきた子なのかと思って名前を聞いてみたの。そしたら……」
『悪魔になってからは特に必要なかったから、名前なんてない』と答えたのだという。
「だから、名前をあげたの……?」
「あげたっていうか、元の名前に漢字を付けてあげた、っていうのかな。
この子の元の世界での名前、エリスくんっていうの。それを聞いてわかった。私が名付けたんだって」
「え……サキが元の世界の名付け親……?」
「転生の規約に反しちゃうだろうから、詳しくは話せないけどね。でも、彼に『この子』としての形を名前で与えたのは、元々は私なんだよ。
だから、名前を変えなくていいんなら、同じ名前で漢字だけでも当ててあげようかなって。折角ここ日本なんだし」
そう言って、サキは戸棚のメモ帳と、ペン立ての中の筆ペンを手に取った。
キャップを取ると、ゆっくりと筆先で文字を書いていく。その手の動きを、ボクはヒバリや雀愛と三人で上から覗き込みながら追った。
「『エリス』って名前の時点でキラキラネームにしかならないから、悩んだんだけどね……。
エリスの『え』は
『り』の李は、中国語で言うすもものことだからね。これも縁起の良い果実なの。
『す』は、ちょっと当て字っぽいっていうか無理やり感あるんだけど、朱色の朱ね。
赤も、神社の鳥居とかの色でしょ。エリくんのマントだって、綺麗な朱色だしさ」
「なんか……いや、どうだっていいんだけど、それ本当に悪魔の名前なの……?」
「とんでもなく、縁起良さそうな名前ね……」
「なまえ、まけする……」
げんなりしたボク達にジト目で睨まれて、困ったように頬をかいたサキが笑う。
知ってる。みんな、羨ましいんだ。
ボクらの名前だって、因果や運命って観点からみれば、サキがつけたようなものなのかもしれないけど、それにしたって、ねえ。
そんなボク達の前から、すっとその紙を机から奪い去った悪魔——
「悪くない。ボクは結構、いい名前だと思うけどな」
「当たり前だろ、サキがつけた名前なんだから」
「僻んでるの? あんただって、もうムラサキと契約してる天使の身の上なのに」
「こいつムカつくな……じゃなくて、今あんた『だって』って言った?」
まさか、という思いで目を開くと、恵李朱はオレンジ色の炎で指先のメモをぼうっと燃やしながら、唇の端を上げた。
「だって、名前まで貰ったんだからね。
ボクからしたら、一応憑くことを許してもらう、っていう認識なんだけど」
「はああああああああ!?!?!?」
「え、ちょっと待ってそういうことなの。それは聞いてない」
さすがのサキも慌てたけど、ボク達はもっと慌てた。
年上の雀愛が珍しくおろおろして泣きそうになってるし、ヒバリなんて伽々未の狐の首根っこを掴みながら、締め殺しそうな勢いでゆさぶっている。
「おねえ、ちゃん、だい、じょう、ぶ、なの」
「ちょっと神様あぁぁぁ! 神様がついててなんで悪魔なんかにサキちゃんと契約させてるのよっ!?!?!?」
「ねえっ、悪魔って傍にいたら悪い感情が増幅するんじゃなかったの!? そんな奴と一緒にいさせてどーするんだよッ!?!?」
「お、落ち着くのじゃ。儂がおって、何かが不利に働くわけがなかろう。
それに、多かれ少なかれ、人間に負の感情のバランスというものはある……ごふっ。
一般人の近くに悪魔というものは定期的におるもんじゃ。……げほごほっ。一人に特定の間憑いておるからといって、運気が下がるわけでもあるまいし、こやつのせいで主が今以上に不幸になる、ということはない。がはぁっ」
ヒバリに首を絞められた伽々未が、白目を剥いて泡を吹きながら死にそうになっていたので、さすがにボクはそっと手を添えて解放してやった。
ヒバリ、怒らすと案外怖い。覚えておこう。
ぼさぼさになった体の毛を整えながら、ぽんっと人型に戻った伽々未が、白装束のまま銀髪をかいた。
「何より、他ならぬ紫咲たっての頼みじゃからのう」
「サキ……こいつに試験を手伝ってもらった義理を主として感じてるなら、気にしなくていいんだよ。
ボク達だけでクリアできなかったのは、単純にボクらの実力不足だったってだけで、サキは何も関係ないんだから」
「そうだよっ、スズと契約するって言ってくれたのだって、サキちゃんはスズのことを考えてのことだったのに、これ以上誰かとなんて、サキちゃんの生命エネルギーに何かあったら……」
「ヒバリが、エリスから色をもらうって、言ったから……もし私が提案しなかったら、二人はエリスのこと、無視してたかもしれないのに」
「ちょっっっと待った! 三人とも、何か勘違いしてない? 私は、無理なんてしてないよ」
一斉に目を向けたボク達の驚き顔を順に眺めながら、サキがゆっくりと口を開く。
「何の根拠もないけど……この子となら仲良くなれるって、うん、私は思ったから。
それに、さっきヒバリちゃんも言ってくれたけど、みんなは大事な試験の最中に、少しでもエリスくんのこと、信じてみようって思えたんだよね?
その結果、こうやって任務を終えて、愛理たちの歴史を守ってくれて、無事にここまで戻って来てくれた。本当に感謝してるの。
みんな、すごくよくがんばったね。改めてお疲れ様。ありがとう」
そう言って、ボクら三人をぎゅっと抱き締めてくれる。サキの腕の中で、もぞもぞと照れるボク達。そんなボクらを、サキは順番に頬に手を当てながら、優しく見つめてきた。
「だからね、私の我儘ついでに、もうひとつだけお願い、っていうか……
その時の気持ちがあれば、折角こうやって何かのご縁があるんだし、もっともっとお互いのこと知って、仲良くなれるんじゃないかな」
「も〜〜! サキちゃんってホントお人好しなんだから!!! でもそう言ってくれるんなら?
まあ、スズだって悪魔に偏見持ち過ぎたところあるし、実際この子は、なんにもスズ達の邪魔はしてないわけだしぃ……」
……サキは綺麗事言い過ぎだ。
と、ぶっちゃけ思ったけど、こいつを否んでしまうのはそういう問題じゃなくて、何となくボクの内側に眠る、闘争心だったりヤキモチだったりする、ような気がする。
初めてこいつに会った時に感じた、全然違うのに奇妙に似ている、という感覚。
いいか悪いかはともかく、その不思議な縁があれば、ボクとこいつはやっていけないことはないんじゃないかという、奇妙な実感がボクにもあった。誠に腹立たしいことだけど、ボクにも元の世界のこいつが何だったのか、うっすら分かりかけてきたところだし。
ヒバリはというと、まあ元々直感で悪い感触は持ってなかったみたいだから、ムラサキがいいならということで、割とあっさり頷いた。さっきまで動揺してたけど、適応能力高いな。
お腹を減らしたボクたちのために、晩御飯のハンバーグを用意してくれながら、サキは焼き立てのお肉が乗った鉄板を手に、ボクらの顔を見渡す。
「それに、みんなは優しいでしょ。天使だからとか、そういうの関係なくて、夜羽くんも雀愛ちゃんもヒバリちゃんも、みんなとっても優しい子」
「サキ……」
「だから、種族が違うから仲間外れにして追い出すんじゃなくて、仲良くなれそうだったら歩み寄ったり、手を差し伸べたりする方に、みんなの素敵な力を使ってくれたらいいな。
それで失敗することも、うん、あるかもしれないけど……。その時は、私がみんなのこと抱き締めるし、一緒に乗り越えるから。
ほら、エリくんが悪い子だったら、一番困るのはきっと私でしょ。だから、その時は自業自得ってことで。そんなことないとは思うけど」
「サキは本当に、自分の身を削りすぎなんだよ」
そんなに、体が丈夫でもないくせに。
ボクらを見渡して茶碗を用意しながら、サキはふと恵李朱を振り返る。
「そういえば、三人しか帰って来ない計算だったから、エリくんの分のご飯が若干足りないな……」
「悪魔だからボクらと同じで要らないんじゃない?」
「こら、言ったそばから意地悪言わないの」
苦笑いしながらサキが言ったけど、眠たそうな目をしたエリスは、首を傾げている。
「ごはん……? 食事のこと?」
「あ、うん。まあ、天使は主から生命力を摂取してる間は、食べなくっても平気らしいんだけど、うちの子はみんな食べるのが好きだからさ……。
うちの夕ご飯、何の変哲もない適当料理だけど、よかったら。でも、冷凍のご飯じゃあんまりだよね……あ、そうだ、にゅうめん食べる?
インスタントだし、期限だいぶ切れてたのが申し訳ないけど……でも乾麺だから大丈夫だと思うんだ」
ここのメーカーの美味しいよ、と袋を破ったサキは、ケトルで沸かしたお湯を注いで、あっという間にそれを食卓に持ってきた。
サキが貰い物の味付き昆布で作った白菜の昆布和えの残りを入れたらしく、どっさりの白菜と柚子昆布まで入っちゃって、本当に美味しそう。
目の前にはちゃんとハンバーグとご飯と味噌汁が並んでいるのに、一人即席麺を置かれた恵李朱の机を、三人揃ってじーっと睨むボクらに、サキがまた苦笑いした。
「みんなのは、また今度いつでも作ってあげるから……」
「でもその麺、サキのお母さんが送ってくれる、美味しいお出汁メーカーのやつでしょ」
そう簡単には手に入らないことぐらい、ボクは知っている。そんじょそこらのインスタント麺とは、訳が違うのだ。
いくら期限切れとはいえ、自分がいかに貴重な食材を食べさせてもらっているか、心して味わって食して欲しいもんだね。
ジト目になりながら、ベルにもカリカリを用意してあげたボクらは先に手を合わせたけど、恵李朱は湯気を上げる碗を見つめたまま、じーっと動かない。
「……」
「恵李朱くん、どうかした?」
「これ、どうやって食べるの?」
「どうやってって……えっ、もしかしてお箸の使い方知らない!?」
あれだけボクらに偉そうな口叩いてたくせに、のほほんとした口調で衝撃発言が繰り出され、ボクらはもう本日何度目かになるポカン口を開けてしまった。
この年で箸の使い方を知らないって……物を食べたことがないのか?
恵李朱は、唖然としたボクらの視線を受けて、肩をすくめた。
「悪魔って、人間の感情とか生気とか、エネルギーとか魂を糧に生きてるし、それもそんなに沢山は要らないから。食事とかおいしいとかって、あんまりよく分からないんだよね。
魔界には、ストレス発散にグルメエリアとかあるし、食事が好きな悪魔もいるけど。ボクの師範は、そういうことに興味がない弟子には教えてくれない方だから」
「それにしても、最低限の使い方ぐらい覚えとけって。人間界に溶け込むの大変だろ?」
「ボクはあんた達と違って、人前に姿を現したりしないもん」
「うう……とりあえず、箸初心者に割り箸は使いにくいだろうから、それ貸せよ。あんた右利き? じゃあ右手に持って……」
「ねーヨルくん、お箸より先にフォークでやってもらった方が楽なんじゃなぁい? サキちゃんにフォーク借りようよ」
「それもそうか」
「必要ない。ちょっと見せて。使ってるところと構造を理解したら、何とかなるから」
あれこれボクらは世話を焼こうとしたけど、驚くべきことに、本当にそれだけでわかってしまったらしい。
恵李朱は、先に箸を使っていたヒバリの手元をじーっと見て、それから器用に、自分の箸先で麺を持ち上げ始めた。ちょっと不恰好だしまだ不慣れだけど、細い麺はつるつるして持ち上げにくいはずなのに、何度か持ち上げてすんなりと口に運んでしまう。
「すご……」
「……!」
驚くボクらの前で、目を見開いた恵李朱の瞳が、あの時と同じ、橙色の光にぽーっと輝いた。どうやら感情が瞳に表れるタイプみたいだ。
作り主であるサキの方を、初めて少年らしいあどけない瞳で、まっすぐ見て呆然としている。
「お、おいしい」
「そう。よかった」
「っこ、これ、おいしい。こんなおいしいもの、食べたことない」
いいメーカーのとはいえ、普通のインスタント麺だぞ……?
そう思ったけど、にこにこ嬉しそうに見守るサキの目前で、恵李朱は一生懸命手を動かしながら、つるつる麺をかき込んで、もごもご口を動かして、中の具材と汁まで綺麗に完食してしまった。
見てるこっちが驚くくらい、見事な食べっぷりだった。
正直、喋ってる時やただ黙って座ったり立ったりしている時よりも、よっぽど悪魔じみているっていうか、人間くさい振る舞いだと思った。
「食べ終わったら、手を合わせて」
「こうするんだっけ。これは、何かマナーの本で見たことある。えっと、ごち、そうさま?」
「そう。えらいね。あまりご飯を食べないのに、ちゃんと知ってるんだ」
「蛮族みたいな悪魔に見られないよう心掛けなさいって、師範、マナーと立ち居振る舞いには人一倍うるさかったから」
なんだろう……もしかして、一日三食とかご飯の食べ方はろくに知らないのに、ナイフとフォークを使う順番と置き方だけは完璧に知ってるタイプの人間なんだろうか……。いや、悪魔か。
食べ終わり、満足そうに目を細めた恵李朱は、サキに褒められてちょっとまんざらでもない表情を浮かべていた。まだ恍惚としたように、オレンジの瞳をぽーっと光らせている。
「すごい。魂って、出汁に溶けるとこんなに美味しい味がするんだ」
「魂で出汁って取れるの……???」
「前から思ってたけど、やっぱりあんたの魂って、とびきりいい香りがする。すっごく美味しそう。
ねえ、もし死ぬ時になったら、ボクにちょうだい」
「はあ!?!?!?!? ダメに決まってんだろ! サキは守護天使のボクと、来世もその次も、ずーっと一緒に生きるんだから!」
その言葉には思わずボクが返事をすると、恵李朱は暗い色に戻った冷酷な瞳を、すーっと細めてボクの方を見た。
「もしそうだとしても、一生を終えた時点で、人間としての肉体と魂は一旦滅ぶはずでしょ。
それを回収するのは悪魔の役目。まさか天使のくせに、そんなことも知らないの?」
「うっ……」
さっきとは雰囲気が違いすぎる。思わずたじたじとなるボクを、雀愛が珍しいものを見るような目で見てきた。
「おお、あのヨルくんがやり込められてる。なかなかやるねぇ、エリくんっ」
「う、うるさいなぁ! 雀愛はどっちの味方なんだよ!?」
「あ、えーっとえーっと、ところで私と恵李朱くんって、もう契約したことになってるの?
悪魔は憑くって話だったけど、それって何か、特別な手続きとか説明とか……」
「うーん、悪魔にとって『憑依』と『契約』は別だからなぁ。
本契約するってなると話は別だけど、ただ憑くだけなら、人間界のことを勉強しに一時的に修行に行くだけって話だから、本当に何も要らない。
一応、師事してる人に話は通しといた方がいいのかもしれないけど、師範は全部知ってるし」
「そういえば、エリくんの師範って?」