2021.11.ノベルバー企画「運命の人」   作:大野 紫咲

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なけなしのステッキ要素が出てくる後編です。
晩餐会要素は前半で消えました。
今話色々と情報量が多いですね!


Day25.ステッキ 「珍客と晩餐会(後編)」

 首を傾げたサキの前で、恵李朱が左の髪をかき上げる。

 ——と、その金の髪の下から、にょろりと鈍く輝く銀の鱗が、顔を出した。

 

「わひゃああああああ!?!? えっ、へっ、へっ、蛇!?!?」

「うん。蛇だよ。この蛇は、ボクの師範のなんだ。

ボクの髪に寄生して繋がってるから、ボクの行動は逐一観察されてる。こうやって悪魔のインストラクター役は、悪魔が人間相手に度を越した悪さを働かないか、チェックするんだよ」

 

 面食らうボクらの前で、赤い目をした蛇は、その身をどこに隠していたのかというぐらい長い胴体をしゅるしゅる地面に巻くと、かっと口を開いて光線のようなものをカーテンに放射した。

 カーテンの上の光がゆらゆらっと揺れて、スライドのスクリーンみたいに、誰かの影が映し出される。背景は、豪奢な調度品が揃ったクラシックな部屋だ。

 白っぽい顔をして、黒いドレスに身を包んだものすごい美人——だけれど、髪の毛全部が蛇でうねうね動いている。その人が、切長の目を細めて口を開いた。

 

『話は聞いておった。目頭よ、ご苦労であったな。今は恵李朱、であったか?』

「『目頭』……?」

『わらわは、自分の眷属を目に纏わる名称で呼んでおるのじゃ。その弟子に憑いておる蛇が『目頭』でな。そやつのことも、便宜上そう呼んでおった。

他に『弱り目』に『たたり目』、『目尻』に『目ばちこ』もおるぞ。

何せわらわは『目デューサ』だからね』

 

 恐ろしい外見とは裏腹な、おっとりとした笑みで美女がボクらを見下ろす。

 お目目が大好きなメデューサ……さんが、恵李朱の師範らしい。

 すると、先ほどまで黙ってボクらの話を聞いていた伽々未が、面白くなさそうに、胡座をかいたままフンと鼻息を吐き出した。

 

「やはりこやつはおまんの弟子じゃったか」

『相変わらず口が減らないね。自分も弟子を取る身だというのに、その生意気な態度。

弟子の側に愛想を尽かされても知らないよ』

「おまんのように、穴蔵の中から出てこぬ陰惨な引き篭もりには言われたくないの」

『おぬしのような奴を、陽キャとか言うのではなかったか? 相変わらず、昔から気品の欠片も持たぬ粗暴者め。

わらわのような日陰者の扱いにすら気を使えぬとは、まったく……血の気が多くて嘆かわしい頭じゃな』

「それだけ豪勢な暮らしをしておいてよく言うわい、金持ち強欲銭ババアが」

 

 いや、なんだこの応酬。

 随分、親しいっていうか気心の知れている間柄みたいだけど。

 ふ〜っと唸るベルを眺めながら、ボクはさりげなく神様をつっついた。

 

「伽々未、知り合い……?」

「昔ちぃとやりおうた腐れ縁なだけじゃ。ほんに芯から腐った輩よりかはいくらかマシとはいえ、こんな性格の悪い蛇女は見たことがないわい」

 

 珍しくというか、ぷりぷり怒って感情を剥き出しにしている。いつも神様だからって飄々としてるのに、こんな顔することもあるんだな。

 涼しい顔で髪をとかす目デューサさんを、伽々未はふんと見やる。

 

「とはいえ、魔具の才覚がこやつにあるのは事実での。悔しいが、おまんらの守護天使認定用のステッキ作りは、こやつに任せた方が早い」

『なんじゃ、分かっておるのか。自分の不器用さを憐れんでわらわに首を垂れるとは、随分殊勝になったではないか』

「誰が垂れるか!!!」

「あ、なんだ。それで恵李朱がサキに憑くのをあっさり許可したのか」

 

 師匠同士が知り合いなら、まあそこまで心配要らないのかな。

 カーテンに映像を写していた蛇は、スクリーンはそのままに、ぐるりと顔の向きを変えてこちらを見ると、サキの方にしゅるりと体を伸ばした。白い口から伸びた真っ赤な舌が、サキの顔を舐めそうなほど真ん前に迫りながら、ちろちろと動く。

 

『そなたが、我が愛弟子の新しい主かな?』

「あっ。えっと、はい……。そうなった、みたい……?

大野紫咲といいます。よろしくお願いします」

『うっふっふ。よくよく見たら、なかなか可愛い顔をしておるではないか。

なあ、ムラサキよ。そんなぶすくれた野暮な狐神の言う事を聞くのはやめて、わらわのところへおいで。

いっぱい可愛がってあげよう。可愛い髪飾りも、そなたに似合う洋服も、思いのままだよ。

死も憂いもない悪魔になるのは良いぞ。何の怖いこともない』

「あ〜〜……えっと……」

「何しれっと勧誘してるの! ダメだってば!」

 

 思わず目の前に飛び出したボクと、固唾を飲んでいる雀愛とヒバリを見比べた目デューサさんは、蛇ごしにちらちらと目を光らせて笑ったようだった。

 

『よく見ると、他の弟子も粒ぞろいじゃな。くく、相変わらず面食いの才能だけはある雄狐よ』

「ボクの師匠は、顔で弟子を取るような人じゃないと思うけど」

『んふ、よいよい。元気なのはよいことじゃ。

そなたらの杖、希望通りわらわが申し受けようぞ。ただ、その設計は宿題じゃ。

よいものが出来たら、持って参れ』

 

 自分でデザインしろってことだな。

 望むところだ、という気持ちで頷いたボクらの中で、ヒバリははたと、気が付いたように顔を上げた。

 

「あの……私の、杖、いいの……?」

『おや。そなたも天使になるのではないの?』

「えっと……その……」

「ヒバリよ。おまんも、儂なしで世界を渡れぬようでは不便じゃろう。

儂はこれから、卒業後の夜羽たちの世話やら、ここに増えた悪魔小僧やらの見張りもせねばならぬゆえ、色々と忙しくなる。

おまんが望むなら、ムラサキと契約を結んではどうじゃ?

おまんも、共に夜羽たちと試験を乗り越えた身。制限付きとはいえ、審査が通ればこの世界で天使の資格を得るじゃろう」

 

 その言葉に、ボクら三人の顔が一斉に輝いたのは言うまでもない。

 ヒバリが、少し潤んだ目でムラサキの方へ手を伸ばした。

 

「むっちゃん、私、また、ここへ来て、いいの……?」

「もちろん。可能ならいくらでも。三人も四人ももう一緒だしね」

「ありがとう……!」

『やれやれ。ホウレンソウという言葉を知っておろうな。

指導者として、そういう大事な事は、試験の前に言うべきではないのか?』

「力が入って実力が出せんかったら困るじゃろうが。

それにあの試験は、天使になるならないという目的に関わらず、ヒバリの本気の力が必要じゃ」

『相変わらず、周りくどく身内に甘い奴じゃな。その婉曲さが原因で、人間関係が拗れて天界から鼻つまみ者扱いされているのであろう?』

「ふん。隙あらば人の主弟子問わず口説きにかかるおまんに、言われたくないわい。いつまでも儂を下に見とると、今に痛い目見るぞよ」

 

 こっちは和やかムードで纏まっているのに、相変わらず神様は喧嘩ばかりだ。

 さすがにちょっと呆れるボクと、面白そうにそのやり取りを眺めている恵李朱の前で、ぷんぷん尻尾を膨らませた伽々未を、丸いスクリーンに映った目デューサさんは、ちろちろと蛇の舌を真っ赤な唇から出してからかっている。

 

『なんじゃ。数百年も前にわらわにフラれた事を、まだ根に持っておるのか?

これじゃから雄という奴は……まあ、残念ながらわらわは、過去の男とはビジネスライクな関係しか持たぬ主義でね。

弟子が世話になるよしみで協力は惜しまぬが、余計な期待なぞせぬようにな』

「言われんでも期待なんぞしとらんわい!!!」

「「「なんて???」」」

 

 もう逆ギレ同然で、銀髪から立った狐の耳が、完全にぴーんと立ってしまっている。

 あまりの会話の流れに、ボクと雀愛と、ついでにムラサキの声も揃ってしまった。

 さすがの恵李朱も、驚いたようにポカンとしている。

 

「え……何、師範ってこの神様とそういう関係だったの?」

『世界がこの形に分たれるよりもうんと前の話ゆえ、忘れてしまったよ。

まあじゃが、昔の方が可愛げはある若造だったねぇ。ふふ』

「何をほざいとる! 大体儂がフラれたなど思い違いもいいところじゃぞ!

そっちがやっていけんと泣きついて来たのじゃろうが!」

『しかし、わらわの周りの口伝ではなぁ……』

 

 え、何コレ。マジでなんだコレ。

 ボクらは今、数百年を隔てた壮大なラブコメを見せられてるってこと?

 訳がわからず立ち尽くすボクらの前で、目デューサさんは伽々未に怒鳴られて、うるさそうに指を片耳に突っ込んでいる。

 

『ああ、五月蝿い五月蝿い。狐の吠え声はやかましくてたまらん。

恵李朱、新たな名を貰った以上、しっかりと励むようにな。わらわは常に見ておるぞ』

「おまかせください。マイ・レディ」

 

 そういえば恵李朱と目デューサさんがまともに会話したのを今初めて聞いた気がするんだけど、跪いて恭しく手の指にキスを送るようなあいつの仕草が、あまりに今までの天然ボケボケした様子から異なっているから、またもや面食らってしまった。

 いや、魔界の人たち、色々とギャップが強すぎるだろ。ついていけない。たしかに目デューサさん、美人だけどさ。こんな相手を口説き落とすような大人っぽい立ち居振る舞いを、礼儀として習ってんのか???

 

「大丈夫だよ。師範限定で、他の人にはいちいちこんなことをしろって言われてないから」

「うわっ! びっくりした! 人の心読まないでよ!」

「というわけだから、よろしくね。夜羽はホームステイしてるんだし、ボクも適当に家族と学校の記憶を改竄して、あんたの家潜り込もうかな。別に一人くらい増えたっていいよね。双子ってことにすれば」

「はああああああ!?!?!?」

「そんな心配しなくても、ボクが弟でいいよ。実力がどうあれ、あんたが先にあの家を見つけたんだしね」

「別に心配してないし、弟だから何なんだよ一緒に住むことが問題なんだけど!?!?!? じょーだんじゃないッ、伽々未なんか言ってやってよ!」

 

 そう抗議して振り向けば、伽々未はとっくに映像の消えたカーテンに向かって、狐姿に戻ってもまだぶちぶちと文句を言っているところだった。根に持ちすぎだって。爪を研ぎかねない勢いだけど、そのカーテンはサキのやつだからやめてほしい。

 

「あんのいけ好かぬ蛇女……! 今度会うたらこの爪で八つ裂きにしてやるわ!」

「……あのさ、伽々未……」

「なんじゃ!!!」

「いや、なんでも……もうどうでもいいや……」

 

 そもそも、狐と蛇の交際関係って、どんなだったんだろう。

 色々ツッコみたいところはあったけど、今はスーパー機嫌が悪いみたいだし、やめておくことにした。

 なんだ? もしかしてこいつ、憧れのマドンナと復縁できる可能性を期待して、恵李朱をサキに憑かせたのか???

 いや、まさかそんな事はないと思うけど。でも、その可能性が一瞬たりとも心をよぎらなかった訳じゃないだろう。

 まあ、さすがの伽々未でも、本当に危ないことは止めるだろうしね……。あの目デューサさんも、なかなかに個性的っていうかアクが強そうだけど、ボクたちのステッキ作りを手伝ってくれるってことは、悪い人じゃなさそうだったし。

 それにまあ、恵李朱だって、ちょっと読めないところはあるけれど、悪魔とはいえ本人が人に危害を加える気はなさそうだし、そんなに悪い奴じゃないのかも……

 そんな物思いからはっと帰って来れば、雀愛やヒバリと握手を順に交わした恵李朱が、にこにこと子供っぽい笑みを浮かべてサキに抱きついているところだった。

 

「えへへ。よろしくね、お・ね・え・さん」

「う、うん、よろしく……?」

「お姉さんの料理、ほんとに美味しかったなー。

イヤなことがあっても、ボクのこと追い出さないでね。

ボクがちゃーんと、悪魔としておねーさんの気持ちを受け止めてあげるから」

「う、うん……ふふっ」

「ちょっっっと!? サキにくっつきすぎじゃないの!?」

 

 ぐいっと体を掴んで引き離そうとしたのに、恵李朱のヤツ全然ひっついて離れない。とんでもない馬鹿力だ。

 ボクの方を恨みがましそうに見ながら、恵李朱が言った。

 

「いいでしょ、少しくらい子供らしい振る舞いをしても。今日から小学三年生なんだから。

あんた達だって、よくくっついてるじゃん。生気の補充は必要だよ」

「さっき食ったばっかりだろ!?」

「あれはあれ、これはこれ」

「こんの……!」

「それとも何? 天使のお兄ちゃんは、か弱い新入りに主を譲ってやる気もないほど、心が狭いってことなのかなー。

あれ? こんなに主と絆で結ばれてるのに、意外と自信ない感じ?」

「うぐぐぐぐぐ」

「んふ。ヨルハ、けいさつ、みたい」

「サキちゃん警察だー! 必死だねぇ、ヨルくん」

「あんた達は呑気すぎなんだよッ! なんでそう余裕で構えてられるんだよ!?」

 

 前言撤回。どう考えても、面倒くさいし最低最悪のライバルが出来てしまったに違いない。

 他人事だと思って、舌を出す恵李朱と睨み合うボクを、雀愛とヒバリはくすくす笑って眺めていた。

 

 試験が終わっても、試験以上の問題がますます山積しそうだったけど、ひとまずボクたちは正式にムラサキの天使及び悪魔として、この世界に名を連ねる運びになったのだった。

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