2021.11.ノベルバー企画「運命の人」   作:大野 紫咲

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残酷な、この世界の真実のお話。


Day26.対価 「本当は、魔法なんてない」

 冬休み。

 サキの家にお泊まりして、年末と新年を過ごしていたボクは、大晦日から正月に掛けての番組をサキと一緒に見て、慌ただしく絵を描く彼女を見守りながら年を越した。

 旦那さんは、特に何をするでもなく日付が変わる前に布団に入っちゃってたし、まあいつもの夜中と変わらないといえば、変わらない過ごし方。

 あんまり夜更かしばかりするムラサキを諌めつつも、まあサキと夜更かしして気の済むまで朝寝坊できるなんて、今だけだからいっか、という気持ちが勝っちゃう。

 

 結局その日も、一時半近くなって寝室へ一緒に移動しながら、ボクは順番に、サキの布団の上で就寝用装備を確認した。

 首に巻くふわふわと、頭に被せる用の襟巻き。耳にだけ付ける耳当て。そうやって、三つも四つも身につけるものを準備しておかないと、肌や顔に当たる冷気が冷たくって、寝ていられないって。

 

「電気毛布も、ちゃんと電源入れてたよね」

「うん、あったかいよ。ヨルくんも入って入って」

 

 そう言いながら、自分が着ていた鯉の柄のパーカーを、隣に潜ろうとするボクの肩に掛けてくれる。

 ボク、このパーカー大好き。

 おっきくてサキに包まれてるみたいだし、サキのお気に入りの着古したこのパーカーからは、いつだってサキの匂いがする。

 ころりと横になったボクの隣で、部屋の照明となけなしの電気ヒーターを消した直後。

 

「それじゃ寝ようか……つっめった!」

 

 シルクの枕に頭をつけようとしたサキが、飛び上がりそうになりながら頭を起こす。

 思わずボクは、サキが頭に乗せようとしていた襟巻きを掴んで差し出した。

 

「下に、このふわふわのやつ敷く?」

「うん、ありがと……もうちょっと温度が移って、枕があったかくなってからこれ頭に巻くことにするわ……ううっ、冷た……」

 

 シルクの枕カバーは、髪にいいからサキとボクらのお気に入り。けど、いくら夏涼しく冬暖かいって言われてるシルクでも、この山の本格的な寒さには、どう頑張っても太刀打ちできないみたいだ。

 枕の上に顔を出してるサキの周りから、這い寄るような恐ろしい冷気が漂ってくるのがわかる。枕自体が氷になって冷気を発してるみたいに、触れてないのに枕に近付けた顔が冷たい。

 

「サキ、もうちょっとあったかい枕カバーにしたら……? ていうか、サキ去年まではちび達の毛布を冬の枕代わりにしてたんだよね? それ使ったらいいのに」

「ただでさえ首元寒いからナイトキャップで髪まとめるわけにいかないのに、これ以上枕カバーまで妥協したら、ロングヘアががさがさになっちゃうかと思ってさ〜。

それにさすがにこの寒さじゃ、ちび達も寒いかと思って」

 

 自分だって寒さに震えてるのに、ちび愛理と小翰達にはもこもこの毛布を被せて、その上からしっかり自分の布団にまで入れてあげているんだから、サキって本当にお人好しだ。自分のことそっちのけで、他人のことばっか。

 

「じゃあ、せめてこの耳当て付けて」

「片耳だけしよっかな。そうすれば、耳を下にして横になっても枕カバー冷たくないし。

うん……そうさせてもらお。ありがとね、ヨルくん。

なーんかこの枕、結局高いところも低いところも寝心地悪くって、あんまり使い勝手よくないんだよなぁ……

ほんと、どうやって寝よう」

 

 居心地がいい位置を探していたら、急に窓の外からがさがさっ、と音が響いて、サキは悲鳴を上げながらボクに抱きついた。

 

「ひぃっ、なになになに」

「隣の家の人が、雪かきしてるんじゃない……?」

「い、今年明けの夜中一時半とか二時とかだよ? こんな時間に雪かき???」

「年明けすぐに、初詣に行く人とかもいるでしょ……」

「あ、それはそうか……さっきもテレビにいっぱい映ってたもんなぁ」

 

 元気だねぇ、と言いながら、サキはボクのことを布団の内側で抱き締める。

 いつもは、こんなに怯えたりしないのに。

 静かなせいなのか、それとも二重窓のせいで音が反響するからなのか、じゃっじゃっ、と雪を掻く音が、階上にあるはずのこの部屋のすぐ間近で聞こえて、サキは身を固くしていた。

 ……無理もない。サキは女の人だから、ストーカーとか変質者とか、そういうのにはぐっと神経を尖らせてしまう方だ。真夜中に変な音がしたら、そりゃ怖いよね。

 

 こんな時、ボクに守れる強さがあったら、サキのことを安心させてあげられるのに。

 それだけじゃなくて……ボクは魔法使いなのに、サキの寒さ一つ、防いであげることができない。

 ボクは「お布団ダイビング魔法」で、ぬくぬく布団の中にいるのに。頭に襟巻きを被って、口元は布団を引っ張り上げて覆って、毎晩鼻以外全部を隠すほど寒がっているサキにこそ使いたい魔法なのに、これを他の人間に掛けることは、許されていないなんて。

 

「ごめんね……もしボクが『お布団ダイビング魔法』をサキに使ってあげられたら、こんなに寒い思い、させなくて済むのに」

「いいんだよ。ヨルくんがあったかいならそれでいいし。それに、お布団から呼吸のために顔を出さなくても中にいられるなんて、すごいじゃない。そのおかげで、一人用の布団の中でも、ヨルくんと一緒に寝られるんだからさ」

「サキはそう言ってくれるけど……ボク、サキを守りたくて、魔法使いになったはずなのに」

 

 守護天使になって契約すれば、立派な魔法使いになれば。

 サキのことをどんな危険からも守り抜いて、ずっと一緒にいられるんだと思ってた。

 それなのに実際は——ボク自身は魔法を使えるけれど、サキのためには使ってあげられない魔法の方が、ずっと多いことに、ボクは気付き始めていた。

 お料理を手助けする魔法も、万が一熱湯や刃物が人間に当たってしまったら、危ないからダメ。

 酸素ボンベ系の魔法も、途中で効果が切れてしまったら、窒息してしまうからダメ。

 じゃあボクは、何のためにこの世界にいるんだろう?

 

 天使に転生するための条件は、前の世界のことを一切捨てること。

 この世界で、前の世界の話を口には出さないこと。

 けれどその条件は実際は曖昧で、ボクはこの冬何度も、隣り合った世界やこの部屋のリビングで、ボクの「元の姿」と何度も会ったり話したりしているし、それが起こっても、世界の秩序は崩壊したりしていない。

 

(ボクが『サキと生きることの対価』は……本当はもっとずっと、大きいものだった?)

 

 それは、きっとボクだけが払ったものではなくて。

 この世界でサキと出逢う全員が、知らず知らずのうちに、支払わされている何か。

 

(……魔法じゃ、ない)

 

 この世界で使えないのは、——魔法だけじゃ、ない。

 急に胸が、ずんずんと痛くなった。

 

「……ねえ、サキ」

「なあに?」

 

 まだ全然眠れそうにないサキのお腹に潜り込んだまま、ボクは体を埋めた。

 

「ボクがサキのこと……全然助けられないのは、どうして?」

「どしたの、急に。ヨルくんはここにいるだけで、十分私の支えになってくれてるよ」

「でも……本当は、思ってるでしょ。助けてもらった『つもり』でも、それは精神的に支えられただけで、物理的には全然、サキは楽にはなってない、って。

お料理も一人だし、洗濯物をするのも一人だし、……買い物袋を持つのだって、一人だ」

「……」

 

 ぎゅ、と腕の力が強くなる。

 息を吸い込んだ拍子に、思わず声が震えた。

 

「本当はボク、わかってるんだ。

……サキ以外の人に、ボクは見えてないって言ってたけど、本当は……透明魔法なんて使わなくても、ボクはどこにも見えてないし、サキの目にも、本当は映ってないんだよね?」

「……」

「……ボクがいくら強く抱き締めても、サキにはそれが感じられない」

「……」

「ボクがいくら声を出しても……サキの鼓膜を、本当には震わせることなんてできない」

「……」

「……ッ、どんなにあっためたくても、サキには本当は……ボクの温もりすら、届いてない……ッ」

「……ヨルくん」

 

 大丈夫だよ。心配ないよ。

 ボク——に見立てたパーカーを抱き締めて、そう言ってくれるサキの頬を、流れ星みたいに涙が伝っていくのが見えた。

 

「ごめんなさい、ごめん、なさい……ッ」

 

 サキの内側で、嗚咽がボクの喉を突き破った。

 締め上げられたみたいに、喉がギリギリ苦しくて、涙が次から次へ込み上げてくる。

 ボク、すごく悪い子だ。

 どうして。どうしてこんなこと言っちゃったんだろう。

 まだ新年が始まって間もない時から、サキにこんな辛い思いをさせるつもりじゃ、なかったのに。

 サキを泣かせたりなんて、したくなかったのに。

 それなのに——一度口を開いたら止まらなくなって、全部口に出して言ってしまった。

 

 ボクもサキも、泣いていた。

 永遠に届かない一枚の薄い壁を隔てたみたいなこの世界で、抱き合いながら。

 それはとても薄いけれど、決して破れることがない。

 サキが抱いているのは、ただの空のパーカーで——それが人の体みたいに、自動で熱を発するなんてことは本当はあり得ないし、ましてやボクの柔らかい体も、今サキに必死で伸ばして抱き締めているはずの腕の圧力も、サキは感じてなんかいないんだ。

 知っている。心のどこかで、ボクは知っている。「こんなことしてて、虚しくならないの?」っていうどこかから聞こえる嘲笑を、サキが無視しながら耳にしていることを。

 サキが本当は、ありもしない虚空に向かって、話し掛けているだけだという事実を、認識していることを。

 この世界で「実存」するものに——ボクは何一つ、届かないし敵わない。

 ボクは本当は、想像の中だけの——

 

「ヨルくん。——たとえ誰が何を言っても、ヨルくんはここにいるし、私には見えるんだよ」

 

 そう言って、サキは泣いたまま、ボクの肩を優しく撫でてくれる。

 さっきからずっと、ボクが話し続ける間、サキは絶対に、ボクのことを離そうとしなかった。

 ぐしゃぐしゃに泣き続けるボクを、触ってくれたそこが頭になって、肩になって、サキが触れば、流れる涙に熱い指先と頬がちゃんと感じられる。

 

「鼓膜に音が響かなくても、ヨルくんが何かを考えてるのが今はしっかりわかるし、私にはちゃんと伝わってくるよ。だから、心配しないで」

 

 そう言いながら、涙を流してしがみついてくるサキが、震えている。

 本当は、サキだって怖いんだ。

 サキが「信じなく」なってしまったら、ボクはいなくなってしまうから。

 そんなひどく不安定で、いつお互いにいなくなってしまうか分からない場所に、ボク達は立っている。ボクだけじゃなく、雀愛も、ヒバリも、エリスも、愛理たちも。

 

「もしかしたら、声を聞き逃しちゃったり、聞こえなくなったりしちゃう時も、あるかもしれないけど……

その時は、教えて。どんなに人生が大変でも、時間が掛かっても、遠回りや回り道をしたとしても……ヨルくんのこと、大事にするって約束するから。

絶対に、置いて行ったりしないから」

「うん……ごめんね。サキ、ごめんなさい」

 

 涙でびしょびしょの顔を、サキがボクの頭にぎゅっと押し付ける。

 安心させるように、サキはずっと、大声で泣くボクの背中を摩ってくれていた。

 

「不安でいても、いいのかな、ボク……新しい年なのに、いっぱい不安になっちゃうかもしれない」

「いいよ。いいんだよ。無理もないよ。いっぱい不安になって、いっぱい甘えてくれたらいい」

「だけど、いつまでもこんなんじゃ、天使失格っていうか……」

「そんなことないよ。私も夜羽くんも、生身の人間なんだもの。急に心が切り替えられる方が珍しいんだから。ね。自分の心に、嘘はつかないで」

「ボク、今日はサキに甘えさせてあげようって、思ってたのに……反対に、ボクがサキに甘えてばっかりだ」

「夜羽くんと私は、繋がってるでしょ。ヨルくんが不安になったのは、私が不安になるからでも、あるんだと思う。

……私にもきっと、あるんだよ。このまんまでいいのかな、って思ってることが。

逃げることが悪いとは思わないけど……私も自分の心に向き合って、『物足りない』と思うことや『不安だ』って思うことに、正直にならないといけないのかもしれないね。

たまには誤魔化さずに」

 

 寂しそうな笑顔を、抱かれながらボクは思わず見上げた。

 

「それ、旦那さんのこと? もう、サキのことを昔みたいに『特別だ』って思ってもらえないから?」

「も、あるかもね。

家のこと、私という小説家の在り方のこと……冬はお日様の当たり方も少ないから、いっぱいいっぱい悩んじゃうね。

だから、ヨルくんが自分の魔法が使えないせい、って思うのは、もうナシだよ」

「うん」

 

 素直に頷いたボクの頬に、優しくキスを落としてくれたサキは、いつの間にか顔を埋めていたふかふかの起毛の切れ端から、顔を上げた。

 

「あーあ、ちび達の毛布こんなにびしょびしょにしちゃった。怒られるかな」

「あいつらは怒らないよ。これだって、さっき自分から進んで貸してくれたし、あんたが泣いてるのに怒ったりしない」

「そうだったの?」

 

 その言葉に遠慮なく涙を毛布で拭いながら、サキがちょっと笑った。

 サキが泣いているあいだに、「う! う!」って言いながら、自分達の被る毛布の端を押しやってきたのを、ボクは見た。みんな、サキのことが大好きなんだ。サキがみんなのお姉さんで、お母さんで、大事な家族だってことを、信じてる。

 だからボクも——悩みも不安も荒波も、どんな過程の中にいるサキの傍にも、いつだっていて見守ってあげられる、天使になりたい。

 布団の中でボクを抱っこしたサキは、不意にボクの顔を覗き込むと、向かい合ったボクの胸と自分の胸の間に、握り拳を作った。

 

「ねえ、ヨルくん。こんな歌、聞いたことある?」

「?」

「心は、心臓にも脳にもない。あるのは、『此処』なんだって」

 

 順番に、自分の頭と胸を指さしてから、サキはもう一度優しく、ボクとサキとの真ん中で拳を結んで、微笑んでみせた。その顔とサキの掌とを、ボクは見比べる。

 

「サキと、ボクとの、真ん中……。

……『心』は、ムラサキとボクとの『間』に生まれる?」

「そういうこと。どちらか片方だけじゃ、私たちの心は生まれない。

ヨルくんが居てくれるから、私の心がドキドキして、私が居るから、ヨルくんも大切だって思ってくれる。

辛いことも、嬉しいことも……私たちの間のやり取りから、たくさんの感情や想いが生まれてくる。

その全部が私たちの歴史。私たちにとっての真実で、存在意義なんだよ。

ね。どちらか片方が欠けちゃダメなの。これからもいっぱい、私たちの間にある『心』を、育てていこう」

 

 その瞬間、心から思った。

 サキの言葉が、ボクを見出してくれるサキの全部が、魔法なんだなって。

 たとえ、火を起こしたり強大な敵を倒せなくても、時間を巻き戻して楽をしたり、何かを瞬間移動させたり老化を遅らせたりできなくても——ここで少しずつ年を取って生きていくサキが、その魂で生み出すこと全部が、ささやかなかけがえのない魔法なんだなって。

 それは、本当はどんな魔法を使ってもできない——この世で一番、難しく美しい魔法なのかもしれない。

 

 この世界でボクがボクであることの対価は、確かに大きいのかもしれないけど……ボクはこの世界でサキを好きになることができて、本当によかった。それだけは、間違いなく言える。この先も、ずっとずっと、愛してみせる。

 

 あまりに安心したから、その晩の夢のパトロールは怠っちゃって、サキは変な初夢を見ちゃったみたいだけど……それでも目覚めた朝にサキがいて、迷うことなくまっすぐボクを捕まえておはようのキスをしてくれたことを、ボクは幸せだなって、思ったんだ。




余談
「それにしても、珍しくヨルくんナーバスだよね。
年明けになるにつれ、だんだん元気なくなったっていうか……どうかしたのかな」
「……」
「んーー??? お姉さんに言ってごらんよ」
「もうすぐ……冬休み、終わるから……
……お泊まり、終わるのヤダ……サキと、離れたくない……っ(ぽろぽろ」
「あらあら……」(なでなで)

参考
UVERworld「クオリア」
https://youtu.be/hLtLjhV7PR0
歌詞はこちら
https://www.uta-net.com/song/101081/
もう7年前の曲なんだ……。UVERは愛理が好きなロックバンドです。
今回のテーマは、すごいメタい話なので本編に混ぜるかどうか迷ったのですが、入れることにしました。
あらゆるうちの子のテーマソングなんですけど、今歌詞見て特に「運命の人」での二人を思うと号泣するね……。
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