2021.11.ノベルバー企画「運命の人」   作:大野 紫咲

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深夜のムラサキの呟き。
全然今シリーズに出て来てない直生くんとの会話なので、マジの番外編小話です。
特にオチはない。


【番外編】クソみてえな心

 ストーブと暖房の音だけが静かに響く、深夜の家。

 今夜は降雪がないからか、四六時中地震か何かと勘違いして体が強張ってしまう除雪車の音も聞こえなくて、久しぶりに落ち着ける夜だ。

 炬燵に座っている私の膝で、幸せそうに頭を乗っけて眠るヨルくんの頭をひと撫ですると、私は手元の編み物に取り掛かった。

 ヨルくんの新たな依代にもなる、ヨルくんのあみぐるみだ。まあ、まだ頭と胴体もくっついていないような状態だけど。ぬいぐるみ越しとはいえ、ちびヨルくんが居れば離れていても一緒に眠れるようになるのだから、寂しがりのヨルくんのためにも、早めに完成させてあげたい。

 

 そう思って、褐色の肌に合わせた少し濃い目の毛糸を指先で手繰り寄せていると、すぐ傍で炬燵の布を踏んで立つ音がした。

 

「ヨルの奴、大丈夫そうか? 学校、渋ってたんだろ」

「うん、まあ……一応はこれで、ちゃんと行くって言ってたよ。とりあえず、明日一日行けば土日は休みだからっていうのも大きいとは思うけど。

私とか魔法のあるなしを理由に、学校まで嫌になっちゃうことがなくて安心した。一度行かなくなっちゃうと、なかなかに復帰しづらい場所だからさ。学校って」

「まーな」

 

 実感を込めた言葉に、お兄ちゃんみたいな返事をしながら、ちゃっかり炬燵に入ってくる影。

 見上げれば、もう就寝前だからか、スウェット姿でオレンジ色の長い髪を下ろした青年の姿がある。直生(なお)くんは、この物語にこそ出てこないけど、やっぱり別の世界線で愛理とは縁の深い人物で、最近はかなり年上らしい面倒見の良さを発揮する機会が増えたからなのか、そんなに面識のない夜羽くんのことも、可愛がってくれている。

 げほっと嫌な咳を一つして、変な味のする痰を取るためにハーブティーをマグカップに注ぎ足した私は、それで喉を潤しながら苦笑した。

 

「体調悪そうだからって、私の方が心配されちゃったよ。別の理由で学校行きたくないって言わせちゃうところだったね。

ヨルくんに看病させないためにも、なんとか治さないと」

「おいおい、あんたの方は、大丈夫そうなのかよ……」

「平気。いつものことだから。ちょっと風邪引いて喉に炎症拗らせてるだけだよ、多分。

昨日は膝も腰も腕も手も筋肉痛で痛かったけど、今日はまだマシだし……

まあ、でも、相変わらずだるいかなー。肺が痛いのも、まあ……ご飯とか食べて気を紛らわせてれば治るしね」

「早く寝りゃいいのに」

「そうしたいのは山々ですけども。ヒーターと電気毛布の効いてない状態のあの部屋で、寝れたもんじゃないので」

 

 だから、暖房が効くまでの30分、こうして過ごしているわけだけども。

 眠いな、と思いながらヒーターを点けて、30分の作業の予定がだんだん1時間や1時間半になって、布団に入った頃にはすっかり眠気が去っている、というのも冬のいつものパターンだ。

 ほんと、何も準備せずにただ横になれば眠れた季節というのは幸せだったな、と毎年思う。

 昨日も、横になっても辛いのに、横になる以上の事が出来なくてまあまあ困った。ヨルくんが新学期で学校に行くことになって、寂しい反面、少しほっともしている。

 具合が悪くて、夜、布団の中でヨルくんを抱き締めながら呼吸に喘ぐ私の姿を、これ以上見せずに済むと思うと。見ているあの子の方が、心配で辛そうな顔をしているから。

 ヨルくんを起こさないように、慎重に横へ胡座をかいて座りながら、直生くんが覗く。

 

「今、何作ってんだ?」

「これは、夜羽くんの足。でも……ちょっと失敗しちゃった。思ったよりもだいぶ短いんだよねー。元は人型のあみぐるみの編み方じゃないから、当たり前なんだけど……。

愛理の時、もっと長くして編んでたかなぁ。あー、解いて明日やり直しかも。やっぱり、体調悪い時の夜中の編み物はダメだねぇ」

「わかってんならやるなよ……」

「そうなんだけどさー。それでもやりたくなっちゃうっていうか、気持ちだけ急いでやっちゃう事あるんだよね」

「ま、それはオレもわかる気はするけど」

 

 意外にも、直生くんにも共感してくれるところはあったらしい。

 なんとかリカバーしようと、数段解いて戻そうにも、中に入れた綿が毛糸に絡んで、ものすごく取りにくい。「綿が繋がっているのでほこりが出にくく、高反発」って書いてあるのを見て、なんとなく良さそうだなと思って百均で買ったんだけど、編む時に巻き込んでしまった綿が千切れにくいのなんの、これはちょっと作業面においては選択ミスだったかもしれない。

 自分で決めたことなのだからイライラしないように、と慎重に手元を動かし、キリがついたところで一旦伸びをする。

 膝の上のヨルくんは大人しくて、全然起きる気配がない。寝室に移動する前には起こさないといけないけど、もうちょっとこのままにしてあげたいなと、黒く艶やかな髪を撫でていじりながら、私はあまり話をすることのなかった直生くんに、ふと問いかけた。

 

「ねえ、直生くんはさ」

「ん?」

「こういう感情って、わかる?」

 

 こういう、と自分で言っといて、あまり上手く言葉に出来ないけど。

 編み物を前に無心で手を動かしていると、泡のように感情が浮かび上がってくることがある。

 私は音楽が好きだし、本当は何かをしながら作業をしていたいのだけど、一番効率的にも結果的にもよい状態で終わるのは、とにかく無音の環境下で作業をしている時だと、最近は気付いた。

 別に無音が好きという訳では全然ないのだが、思考がどこにも散らないし、人がいるところや賑やかなところだと、下手すると「周りを気にせず」「集中するために」エネルギーを使っている感があって、結局は一人で静かなところにいないと集中できないらしい。

 昔はよく、放課後の教室や図書館の自習室で勉強しなさいと言われて、自分から静かな場所に行ったもんだけど、ほぼ無理矢理定着付けた「勉強は静かなところで集中してやりなさい」という習慣が、こんなところまで根付いているようでなんか嫌だなと思う。

 まあ、でも、私は一個の作業にしか集中できないんだから、あれもこれも欲張らず一個ずつやりなさいということなんだろうか。それはさておき。

 

「その人に、他の人じゃなくて自分だけ見ていて欲しいとか、その人の全部を……独占したいとか。

何があっても、どんなに他の人と仲良くしていても、『一番は君だから大丈夫』って言って欲しいとか。

誰とどんな付き合いをしていても、その人には心の中で、私のことを一番大切だと思っておいて欲しいとか」

「その全部を、相手にバレていて欲しくないとか……か?」

 

 ぐっ、と思わず言葉に詰まって、彼の方を見る。

 なんでそんなことにばっかり察しがつくんだろう、と思うほど憎らしい直生くんは、続けろよと言わんばかりの顔で、にやにやこちらを見ていた。

 

「……なんでわかるの?」

「あんたとオレが似たもん同士だからだよ」

 

 諦めて盛大に溜息をついた私は、ヨルくんが起きないのをいいことに、机につっぷしたままスマートフォンを弄って口を開く。

 

「自分が相手の一番になりたいのに、相手を自分にとっての一番にはしたくない、とかさ」

「それはちょっと、わかんねえけど。ああ、でも、わかる気もするかな。

オレ、この間ヨルに話したんだよ。のめり込み過ぎてオレと一緒にはなるなよ、って」

「直生くんと一緒……?」

 

 不思議に思って尋ね返すと、直生くんは自分を嗤うように、苦笑いで歯を見せた。

 

「相手の事が大切なくせに、妙なプライドの高さのせいで拗れること。

狼みてえな誇りってのは、まあ大事にしたらいいとは思うけど。それを支配欲とか操縦欲とか、過度の自信と履き違えちまうと、色々大変だぞって。

あんたは本能的にそれを恐れてるから、『相手を一番にしたくない』、だろ? まあ、そう思う時点で手遅れ感はあるけどな」

「……」

「ま、あいつはそれに関しては大丈夫だと思うけど。けど、結局オレと一緒にはなっちまったかーって感じ。取り返しのつかねえって意味じゃな。

喰らい尽くしちまいそうなほど、あんたにぞっこんだろ。オレよりうんと小せえのに、変な迫力見せやがって」

「……それはまあ、私のせいだと、思う」

 

 私の、願い通りだから。現実が上手くいかないんだから、ここくらい思い通りになってもいいでしょ、って。

 俯く視線の先で、指先に頬を触れられたヨルくんが、小さく身じろぎした。

 この純粋な顔に触れる私が、時々とんでもなく穢らわしい人間のような気がして、行く当てのない独り言は続いた。

 編み棒を動かしていく間ずっと、自分の醜い心を、ひとつひとつ(つぶさ)に見せつけられているようだった。そのひとつひとつはここで明かせないけれど、編めば編むほど、編んだ目の数だけ、向き合うにはしんどい心がある。そんな気がする。

 体調のことも、上手く書けない小説のことも、移り気な波のようにすぐに冷めるモチベーションも、疲れて何もかもを諦めてしまいそうになる心のことも。

 こんなのが全部、ぐちゃぐちゃに混じって壊れてしまいそうな吊り橋の上を、バランス取って歩いてるだけなんだ。私は。

 

「私はさ……醜い人間なんだよね。

自由に動けないこの体を恨めしくも思うし、元気な人を見て歯痒くもなる。喜べるんじゃなくってさ、悔しいんだ。最低だよ本当に」

「……」

「もうずーっとずーっとそうして生きてきた。何十年も変わらないから、今更どうこう思ったって仕方ないのに」

「自分にないものが、妬ましくなんのは普通だろ」

「直生くんαじゃん」

「そういうのは関係なくって。αでも、永遠に手に入らないものはある」

 

 誇り高いα。誰をも寄せ付けない、天武の才能を誇る、気高きα。

 世のすべてをも自由に出来そうな彼が、珍しく慰めるようなことを言ってくれたのに、私は仕返しのつもりで、刺々しく返事をしてしまった。

 

「……愛理さんの心とか?」

「あんたなかなか痛いところ突くな。あれは、逆だ。αだったから(・・・・・・)手に入ったんだ。……誰にも真似させたくない、方法だったけどな。

だから夜羽にも釘を刺したんだよ。正直、あんた達のことは羨ましい」

「まあね。直生くんが心配してるようなことは、多分起こらないと思うから……」

 

 直生くんの言葉の重みを感じて、私はそう答えたあと沈黙した。

 本当は、αなんかじゃなくても、あの世界の愛理さんは直生くんを好きになったと思う。

 羨ましいのは——それは、この世界だから。

 私と夜羽くんがどんな関係性だったとしても、実際には(・・・・)全く何の迷惑もかからない世界だから。

 ややあって直生くんが、ふ、と微かな笑いを零しながら口を開いた。

 

「オレ、ずっとあんたのことが気持ち悪かった。

散々オレ達のこと書いといて、自分は関係ありません、みたいなお飾りの顔して、上に立ってるだけだから」

「あれだけ生々しく自分に重ねて、愛理達の話を書いてるのに? これでもかなり頑張った方だと思うんだけどな」

「それは分かってたけど、それとこれとは別ってーか。

いわゆる『萌え要素』とか『性癖』みたいな遊び感覚で終わるんじゃなくて、あんた自身の……こう、クソみてえな心ってゆーか」

 

 だいぶ、そんな心は作品内にぶっ込んだつもりだったんだけど、まだ足りなかっただろうか。

 それとも、そういう話じゃないのかな。

 思わず首を傾げる私に、直生くんは肩を揺らして笑う。

 

「だからオレ、今のあんたの方が割と好きだぜ。

はっきり言ってオレ、あんたのそういう顔見てる時の方が安心するんだよな」

「そういう顔って、どういう顔よ?」

「んー? ……獣物(ケダモノ)みたいに、相手を物欲しそうな目でじっと見てる顔。

闇に潜む獣みたいに必死で、飢えてて、狂気染みてて。

嫉妬に狂って怒りに燃え盛りながら、——殺せそうな目で相手を睨んでる。そういう顔だよ」

「っ……」

 

 ぞっとしない言い方で、背筋を撫でられるようだった。

 事実を言って欲しいと思ったはずなのに、目の前でそう言われると刺さる。

 でもそれが、何も隠さない私の、正直な顔なのだろう。

 強張った頬を両手で触ってから、穏やかな目で炬燵の斜向かいに座っている直生くんを見て、私ははあっと溜め息を吐く。

 

「直生くんってさ〜〜……」

「ん?」

「……思ったけど、割と、最低だよね」

 

 もう、それ以外表す言葉が思いつかない。

 しみじみそう言ったら、想定外に弾けるような笑いが返ってきた。

 

「っふ。あはははは! そりゃあよかったな、最高じゃなくて」

 

 なんだかその斜に構えた言い方は、ものすごく愛理に似ている気がするぞ。

 ひー、と涙さえ浮かびそうな目を拭った直生くんは、私に向かって言った。

 

「あんたには、好きだって言われるより最低だって罵られてた方が、よっぽど安心するわ」

「それもどうなの……別に最低だって、好きなのには変わりないよ」

「そりゃどーも。別に疑ってるわけじゃねーよ。

最低だって言葉の方が、よっぽど伝えるのに勇気要るだろうからな。そういうことを敢えて隠さず言ったあんたは、昔より信頼度あるなって思っただけだよ」

 

 なんだろうな。褒められてる訳じゃないのに、不思議と居心地がいい。

 最低だって言ったら喜ばれるなんて思いもしなかったし、ちょっと変わった接し方だとは思うけど……これもこれで、やり取りとしてありなのかなぁ。

 

「じゃ、最低な人間同士、これからも仲良くしますか……」

「だな」

 

 思わず、拳を合わせてそう零した時。

 ころりと膝で寝返りを打った夜羽くんが、身を起こして目を擦った。

 

「う〜〜ん……あれ、サキ……?」

「ごめんごめん。遅くなっちゃったね。もう1時か、寝よう」

 

 半分寝惚けたヨルくんにじゃーなと手を振る直生くんと別れて、寝室に戻る。

 最低同士で息の合った私達をどう思うだろう、と気にはなったけれど、夜遅くまで付き合わせたヨルくんにこれ以上話の種を振るわけにはいかないし、今夜は私も大人しく寝よう。

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