2021.11.ノベルバー企画「運命の人」   作:大野 紫咲

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遅ればせながら、バレンタインのお話です。
なかなかに血生臭い話になりましたが、恵李朱くんのかっこいい一面が見られると思います。
今回はおまけも1000字近くあるよ。


【番外編】Bloody Valentine

 その日はそんなに——そう、特別な日ではなかったと思う。

 朝からチョコレートを作ろうかと思っていたけれど、台所に工事の業者さんが来るのを忘れていて、仕方ないので私は朝から寝室に引き篭もってヨルくんと苺メロンパンを分け合いながら、今度の小説の構想でも練ろうかと、久しぶりにキーボードを叩いていた。

 ヨルくんはいい子で本を読んでいて、私は画面に集中していて、外はバタバタと業者さん達の足音でうるさくて——頻繁に人の出入りがある日だったからこそ、気付けなかったと思う。

 この世ならざる存在が、悪意の贈り物を置いていったことに。

 

「……? ねえ。こんなところに、箱ってあったっけ」

 

 ふと顔を上げた私は、ヨルくんに問いかけた。

 私の隣で本を読んでいたヨルくんは、心当たりなさそうに、不思議そうな顔で首を振る。

 ストーブがついているのに、なんとなく肌寒い。この部屋の隙間風がすごいのは知っていたが、石油ストーブを焚いてなお太刀打ちできないとは。

 このままだと風邪を引くかな……と思うものの、ストーブの温度はしっかり17度を表示している。こころもち風向きを自分の方に変えてから、私は座敷部屋の閉めた襖の前に置いてある、暗い赤色の箱へ再び視線を投げた。

 やはりある。幻覚ではないらしい。

 

「業者さんが、サキに置いていったとか……?」

「まさかぁ。今日初めましてなのに?」

 

 それにしても、襖を開けられたらいくらなんでも気付くはずだ。

 部屋の外は、しんと静まり返っている。さきほど何度か廊下に顔を出したものの、工事道具がまだ床に置いてあったので、物を運ぶために出入りをしているだけで作業は終わっていないのだろう、と思っていたのだが。

 

「その時に、床に置いてあった箱を蹴飛ばした……?」

 

 まさか。いくら軽そうな箱とはいえ、足に当たってたら流石に気付くに違いない。

 けれど、私が自他共に認めるほど時々ぼーっとしているのは事実で、この間だって、全く自覚がないのにご飯の水加減を間違えて、食えない白飯を炊き上げてしまったばっかりだ。

 万が一と思っても、うん、ありうる。

 それに、もし工事業者さんの物なら、返さなくては。

 

「よっと……」

 

 四つん這いで畳の上を進んでいくと、箱にはリボンらしきものが掛かっているのが見える。

 ……チョコレート? 業者さんから誰かへの、贈り物だろうか。それとも、本当に顧客サービスでこの家に持って来たとか?

 そう思って、何気なくそれを手に取った時だった。

 

「それ開けちゃダメッッッ!」

 

 凄まじい制止の叫び声と共に、ガラスが割れた——ような気がした。気がしたのは、実際にはガラスは割れてなくて、恵李朱くんが魔法でそこを突き破りながら、私の狭い寝室に突進してきたからだ。

 

「え、え!? なんでここに……」

 

 待ってどういう状況? 恵李朱くん今頃名古屋で学校じゃないの、とポカンとしたのも一瞬のことだった。

 ぎっ、と指が食い込みそうな力で手を掴まれて、痛みと寒気に息を飲んだ。頭のてっぺんから爪先まで、真っ黒な髪で覆われた女の子がいる。しかも、どっからどう見てもただの人間じゃなく——肌色も悪ければ目の剥き方もヤバい、いわゆる幽霊、みたいな。

 

「ぎゃああああああっ!?!?」

 

 いわゆらなくても幽霊だそれは! とセルフツッコミを入れるより前に、私はその子の手を払い除け……られなかった。

 指が……女の子の爪の長い指が、箱ごと私の手の肉をぶっすり貫通している。痛みは感じない。ただ寒くて、体中の力が抜けるようで。それにこの感じ、さっき部屋に入り込んできた冷気とも似てるような。

 

「っの……!」

 

 間に割って入ったヨルくんが、思いっきり私の体を掴んで後ろに引っ張った瞬間、ぶちっという音と共に青ざめるのがわかった。

 それもそのはず、女の子の皺だらけの青い手が、私の手と持った箱に食い込んだまま、手首から千切れて引っ付いて来たからだ。どんなスプラッタホラーだよ。なんで朝っぱらからこんなグロテスクなことになってるの。

 

「にがさない」

「っ……」

「受け取ったでしょう。ねえ。わたしとけいやくしてよ。ねえ。つれてって。つれてってつれてってつれてってつれてってつれてってつれてってつれてってつれてってつれてってつれてって」

 

 壊れたテープのような言葉に、後ずさる私を庇うようにして、恵李朱くんと夜羽くんが立ちはだかった。

 けれど、二人ともすぐにすってんと転んでしまった。

 真っ黒な海のようなものに飲まれて、その表情が見えなくなる。

 

(なに、これ……髪の毛?)

 

 真昼間なのに、カーテンに閉ざされたみたいにして部屋が暗い。

 一体どこからと思ったら、髪の毛は箱の隙間から次から次へと溢れてくる。もじゃもじゃの感触が気持ち悪い。

 血と黒い藻のような毛が溢れる、赤い箱。蓋が、リボンを破ろうとするかのようにカタカタ揺れる。でも、なんとなくわかる。これ以上は絶対に開けちゃいけない。

 開けようにも、女の手が指ごと私の手と箱を串刺しにしているせいで、びくともしないだろうけど。私は泣きそうになりながら、なんとか手と箱を引き剥がそうと奮闘しつつ、二人の名前を呼んだ。

 

「ヨルくん! エリく……」

 

 その時。目を焼くような閃光がカッと部屋に走り、次の瞬間、私たちは黒色の呪縛から解放されていた。ぽいと私の手から離れた箱が、軽そうな音を立てて畳の上に放り出される。

 げほっ、かはっと畳の上で苦しそうに咳き込むヨルくんの肩を、私は思わず抱き抱える。気道を締められていたらしい。

 

「ヨルくん! ヨルくん、大丈夫……!?」

「っ、うん……」

「あーあ……夜羽もおねーさんもぽーっとしてるから、変な奴からバレンタインチョコ受け取らないでねって言おうと思って自主早退して来たのに。まさかこんなに早くヤバそうな奴に絡まれてるなんてさ」

「自主早退って……けほっ……サボりでしょ……」

「そんだけ喋れる元気があるなら大丈夫そうだな」

 

 そう言って朱色のマントを払い除けた恵李朱くんが、前方に吹っ飛んだ箱を睨む。

 暗闇は晴れたけれど、相変わらず女の幽霊はそこに立っていて、足元の箱から次々と、溢れる影のように髪の毛が這い出している。太い束のようになったそれが、にゅるりと私の足首を掴んで引き摺り出した。

 

「!」

「ムラサキ!」

 

 慌ててヨルくんが私の体に縋ったけれど、子供の力でどうこうなるはずもなく、それどころか髪の毛はヨルくんの足腰までがっちり絡め取り、引き摺って行こうとする。まるで、養分を吸い取ろうとする蔦みたいに。

 

「何これえぇぇっ」

「くっそ、魔法陣を展開しようにもここじゃ狭すぎて……っ、やっぱりあの箱を何とかするしかないか」

 

 どういうわけか一人だけ襲われていない恵李朱くんが、そう呟きながら、異様な空間と化したこの寝室内を見回し歯噛みするのが見えた。

 ふと見つめ合った瞳が、不思議な色に輝くのを、私は見た。

 と思った次の瞬間。見上げていた先にあった顔が消えたと思ったら、私は足元からずるずる引き摺られたその格好のまま、恵李朱くんに背後から押し倒されていた。

 

(え……っ)

「……おねーさん。ごめんね。痛くないから、ちょっとだけ我慢してて」

 

 どういう状況ofどういう状況だ。

 化け物に食われるか食われないかという瀬戸際なのに、甘い声音が耳元で囁いている。ぞっとするくらい、優しい声。

 

「ま……って、このままじゃ二人とも……っ」

 

 どうして押し倒されたのか全然分からないけど、このままじゃ二人とも飲まれてしまう。

 絶対にマズい。

 それなのに、首の後ろに当たる舌の柔らかい感触が、どうにも艶かしくて感情とちぐはぐだ。

 畳や布団に手当たり次第爪を突き立てるのも虚しく、引き摺られて焦る私にはお構いなしに、恵李朱くんは肩を取り押さえてふぅっと息を吸うと——がぶり、と私の首筋に噛み付いた。

 

「——っ!」

 

 背筋が震えるほど、甘い感触が走った。

 ぎゅうっ、と背骨から手が貫通して心臓を鷲掴まれたようだった。

 恐怖や痛みではなく……この瞬間、私は化け物に襲われていることも、全員が絶体絶命のピンチにあることも忘れて、突然訪れた痺れそうな快感に、ぎゅっと掌を握り締めた。

 瞼の裏が熱い。まるで、毒のある蜂や蛇に刺されでもしたかのように、全身がガクガクする。けれどこれは、毒なんかじゃなく——毒は毒でも、十中八九、私が身体で知っているそれだ。今こんな状況にはもっともふさわしくない、官能というやつだ。

 

「え、りすく……っ」

「大丈夫。起き上がらなくていい。ゆっくり息をして。……あとはボクがやる」

 

 そう言って、喉をこくりと鳴らしながら立ち上がった恵李朱くんが、手の甲で唇を拭う動作を見て、初めて私は吸血されていたことを知る。

 起き上がろうにも、顔を上げるのも億劫なくらい、全身が熱くてじんじんする。倒れている私とヨルくんの前で、恵李朱くんは——ギラリと威嚇するように炎色を宿した瞳を光らせ、どすっと太い毛の束を踏みつけた。

 

「おい化け物。二人を下品な手練手管で襲っておいて、ボクのことはシカトか?

同じ魔族だからって無視してんじゃねぇよ」

 

 私とヨルくんを襖の方へ引き摺る、髪の毛の動きが止まった。

 うねうねと動く巨大な大木の根のような相手に、恵李朱くんは怯む気配もない。

 妨害してくる対象と見たのか、その針のような切っ先が恵李朱くんの方へ全方位から集中する。けれど彼は、楽しそうに笑った。瞬き一つしない、興奮と憎悪にかっ開いた目で、口の端から炎を吐き出しながら。

 

「人の獲物に、勝手に手を出すな。

——ボクの栄養源(エサ)を食べていいのは、ボクだけだ」

 

 ぼっ、ぼっ、と部屋の四方八方に明るい炎が灯る。

 耳まで裂けたその口の、恐ろしいことといったら。

 恐ろしいのに、火花が飛び散りそうなオレンジの瞳と、渦巻く炎に金の髪を煌めかせて好戦的に相手を凄むその姿が美しすぎて、思わず見惚れてしまった。

 ぶわりとマントが威嚇するライオンの立髪のように広がり、針金みたいな髪の毛が四方八方から襲い掛かるのを跳ね返す。ぐにゃりと、丸太ぐらいの束になった髪の毛が、食虫植物さながら牙のついた口をがっぱり開けると、恵李朱くんは迷わず口から炎を吐き出した。

 サーカスの人がやるみたいな……それより遥かに高威力の、火炎放射器並の炎が、ごうごう音を立て髪の毛を押し戻していく。最後に箱まで焼き尽くすと、化け物の成れの果ては焦げ臭い煙を上げながら、バチバチと音を立てて消えていった。

 

「す……すご……」

 

 ようやく、顔の半分を付けっぱなしだった畳から身を起こす。

 魔法の炎だからか、全棟全焼しそうな炎だったのに、部屋には焦げ跡も何もない。私の隣でただ見ているしかなかったヨルくんは、漸く髪の毛から自由になった体で、ぺたんと座りながら恵李朱くんを見上げていた。ぽかんとしたヨルくんと目が合った恵李朱くんが、呆れたように言う。

 

「なんだよ。あんたも退治したかったの?」

 

 その瞳は元のハシバミ色に戻っていて、すっかりいつもの恵李朱くんだった。

 

*****

 

 その後、業者の出入りが終わっていつも通りの風景を取り戻したリビングで、私たちは恵李朱くんの話を聞いた。

 

「バレンタインデーは人間界から逆輸入されてきた文化だから、魔界ではこっちほど一般的じゃない。

それを逆手に取って、この時期人間界で悪さしようとするヤツがいる。だから二人に気をつけてねって言おうとしたんだ」

 

 あったかいお茶の前で、そわそわと身を揺すりながら恵李朱くんが言った。

 じっとしているのがヨルくんほど得意じゃないみたいだ。

 ふーふーマグカップを冷まして、ヨルくんが言う。

 

「悪さって、さっきみたいな?」

「そ。呪い菓子を家や路上に放置して、それを拾った奴とは契約してもいいっていう、妙なゲームが魔界で流行ってる。

大概は、低俗な魔族や死霊みたいな、手段も相手の利益も選ばない、精力を吸い尽くしたいだけの奴らがあわよくば精神で配り歩いてるから、受け取るとロクなことにならない」

「し、知らなかった……」

「ま、天界にはどうでもいいっていうか、縁のない情報だろうからね」

 

 とりあえず無事でよかった、と淡々と言って、恵李朱くんはお茶を口に運ぶ。

 かなりすごいというか命の危機を救ってくれたと思うんだけど、それを鼻にも掛けない平然とした様子に、私とヨルくんは顔を見合わせた。そんな私たちを見て、まだピンときていないと勘違いしたのか、恵李朱くんが首を傾げる。

 

「人間界でも、相手との恋愛成就のために、経血とか髪の毛とか陰毛の一部を、お菓子に入れるって聞いたことない?」

「あ、それはあるよ。典型的な呪いの手段だよね。一人かくれんぼだって、爪とか使うし」

「だからさっきの箱、中から髪の毛が出てきたのか」

 

 他のものだったらどんなお化けだったんだろう……とヨルくんが寒そうに肩をさする。

 確かに、あまり想像したくない。

 ふと思い出して、私はため息をついた。

 

「呪い菓子……なんかそれ、紅包(ホンバオ)みたいね」

「なあに、それ」

紅包(ホンバオ)自体はお年玉みたいなもんで、危険でも何でもないんだけど、道に落ちてる紅包(ホンバオ)だけは絶対に拾っちゃいけないって」

「どうして?」

「中に、死んだ人の写真とか髪の毛が入ってるのよ。拾うとどこからともなく、その紅包(ホンバオ)を置いて待っていた遺族が現れて、迫ってくるの。うちの子と結婚してくれって。拾うと、死んだ人間と結婚させられることになっちゃうんだって。幽婚ってやつ」

 

 ぞわ、という表情でヨルくんが身を引いた。ごめんね、怖い話ばっかりで。

 かたや恵李朱くんは、興味深そうな顔でへえ、と相槌を打った。

 

「人間界にも、そういう風習残ってるんだ。でも、現代じゃそういうの、みんな信じないし廃れがちなんじゃないの?」

「そう思ったんだけど、実際大学の構内に紅包(ホンバオ)が落ちてて、通りがかる人全員悲鳴ものだったってツイート読んだよ。しかも割と最近の話」

 

 迷信甚だしいように見えて、ガチで信じている人は一定層いるらしい。面白がった誰かの悪戯か、本気なのかわからないが、どちらにしろあまり関わり合いたくない話だ。

 

「まあ、今回はそれの魔界バージョンだったって感じね……」

「そうだね。紅包(ホンバオ)とは違って見える人間と見えない人間がいるだろうから、タチが悪い。ムラサキは曲がりなりにも、夜羽とかボクとか人間以外のものと関わってる分、そういう機会も増えるかもしれないと思って。

まあ、霊感皆無って言ってたから、保険ぐらいの気持ちだったんだけど……」

「でも、心配してこっちまで来てくれたんだよね。ありがと、エリくん」

 

 おかげで、私も夜羽くんも命拾いした。

 感謝されて何やらむず痒そうな顔をしている恵李朱くんの前で、改めてヨルくんと安堵の息を吐いているうちに、私はふと思い出す。

 

「……ん? ちょっと待って。恵李朱くん、そういえばさっき私の血、吸わなかった?」

「うん。人体の一部が強い力を持つのは本当だけど、それはこっちだって同じことだから」

「えっと……恵李朱くんは悪魔であって、吸血鬼じゃないよね」

「それ、地域とかによるけど、こっちの界隈ではあんまり境目がはっきりしてないんだ。悪魔の技能の一つに、吸血行為も入る。

あくまで技能だから、できる奴もいるしできない奴もいる。主に吸血をアイデンティティとして、コミュニティを形成してる奴らを吸血鬼って呼んでる感じ」

「でも今まで恵李朱は、ボクやムラサキの血を吸ったことなかったよね?」

 

 ヨルくんの問い掛けに、恵李朱くんはこくりと頷いた。

 

「必要なかったから。あんたとボクがムラサキの傍にいたり、そもそも主従契約っていう臍の緒みたいな繋がりを持ってる時点で、普通に生きていくのに必要な精力は、十分補充できるでしょ。

でも、さっきはいつもの魔力を総動員するだけじゃ足りないくらいの、緊急事態だったからね。

契約主から直接貰う肉体は、普段吸い取る精力より何倍も力を秘めてるから。一時的に出すには十分な火力だったよ」

 

 涼しそうな顔で言う恵李朱くんの説明を、へえ……とただ聞いているしかない私達。

 でも、それだけじゃどうしてもわからなかったことを、私は思い切って聞いてみることにした。

 

「あの……恵李朱くん……どうしても一個気になることがあるんだけど」

「何?」

「その……血を吸われた時に、気持ち良くなる人っている?」

 

 おずおずと尋ねると、ヨルくんがびっくりした顔をする。そりゃそうだ。襲われてる時は私の顔を伺ってる余裕まで、なかったもんね。

 対する恵李朱くんは、こちらも驚いたようにぱちぱち目を瞬かせたけど、すぐに何故かにこにこの笑顔になった。

 

「なんだ。あの時何か聞こえた気がしたけど、おねーさん、ボクに血を吸われて気持ち良かったんだね。思わず声が出ちゃうくらい」

「いや、ちょ、その言い方は色々と誤解を」

「安心していいよ。魔族に吸血されて気持ちがいいのは、身体の相性バッチリっていう証拠だから」

「ちょおおおおおおお!」

 

 思わず私は言葉を遮るように大声を出してしまった。

 いやそれ全然安心できない! っていうか仮にも見た目が小学生に言わせていい言葉ではないような気がする! ヨルくんでどうこう考えた私が言えることじゃないけど、一体その相性を何に使う気だ!

 ほら、ヨルくんなんかたちまち半目になって猫みたいな顔でこっち睨んでるじゃない。

 恵李朱くんはそんなヨルくんの目を気にするでもなく、人差し指を顎に当てながらぴかぴか瞳を光らせている。

 

「そっか〜、気持ちよかったんだ。道理でムラサキの血、美味しい味がすると思った。

相性最高ってことは、吸血する側にも最高の味がするってことだからね。ボクだって悪魔なんだから血ぐらい飲んだことあるけど、今まで飲んできた中で一番美味しかったんだよ」

「そ、そう……? 嬉しいけど、そこ褒められて喜んでいいのかどうか……」

「思い出したら飲みたくなってきちゃった。ね、もう一回ちょうだい? 一口だけでいいから」

「え、ええっ?」

 

 別に吸われた後で体調に異常はないし、血をあげるくらいいいけれど、あの醜態をもう一度晒すのは……と悩んでいたら、私が口を開くより早く、間髪入れぬ勢いで、夜羽くんが割り込みながら両手でバッテンを作った。

 

「ダメーーーーーーーーーーッ!!」

「なんで夜羽が返事するんだよ。ムラサキに聞いてるんだけど」

「ダメったらダメっ! そもそも、もう敵は倒したんだからこれ以上力を補充する必要ないだろ!」

「いーじゃん、減るもんじゃなし」

「減るのっ! サキが貧血になったらどーすんだよッ!」

「ならないよ。献血じゃあるまいし、ほんの一口もらえば十分だもん。ね?」

「 一口たりともダメ! 絶対にダメだからねっ!」

 

 おやつやご飯を前にした時のように、うっとりした顔でじゅるじゅる涎を啜る恵李朱くんと、それをムキになって止めている夜羽くん。

 ……可愛い絵面だけど、要求されている内容はなかなかの気がする。

 とりあえず折衷案で今はチョコレートを食べてもらうことにして、私は苦笑いで二人を宥めた。




おまけ
夜「むぅ……ボクも恵李朱みたいに、もっとカッコよく強くなりたい」
紫「……ヨルくんもここ吸う?」
夜「(チュウチュウチュウチュウ ……やっぱり肌が赤くなるだけで、魔力が吸えてる感じじゃないよね……」 
紫「ふむ……動物の赤ちゃんに乳を吸わせてる気分だけど、これはこれで悪くないな」
夜「想像したのとなんか違うよぉ……」

⭐︎魔界メモ①⭐︎
悪魔的文化というかジョークの一つに、敢えて餌や栄養源として相手を形容することで、対象への愛情を示す表現があるのではないだろうか。
文字通り契約した相手は精力を得るための貴重な存在であり、命はもちろんのこと身体や精神状態にまで当然気を配るべきだという暗黙のルールが、ハイクラスの悪魔の間ではありそう。
「餌」「食べ物」「栄養源」といった表現は愛情表現の一つで、相手に対し命を懸けても守りたいと思うほどの異様な執着や、どちらかが倒れればどちらかが死ぬような一蓮托生の関係性、相手に対する最上級の敬意などを表す。使い捨てのもののように蔑ろにする、隷属させるなどもってのほかである。


⭐︎魔界メモ②⭐︎
悪魔と天使のパワーバランスについて。
天界に属する者を天人・天使、魔界に属する者を魔族・悪魔などと呼称するが、現状において、実際パワーバランス的には天使は悪魔に歯が立たないと言われている。
聖属性は闇属性に強いようなイメージがあるが、性悪説を信じる人が多い、悪意に共感する人が多いなど、それぞれの世界の力関係には人間界の世相が大きく関係しているため、正直なところ魔族側が強い。
ただ、歴史上の領土や国が変遷するように、パワーバランスにも時代によって当然変化はあるため、どちらが強いというのは決められない、というのが厳密なところ。

同い年の夜羽と恵李朱だが、潜在的な魔力量と魔法の技能、どちらを取っても歴然とした差があるのはそのせいである。天使は魔族に蝕まれやすい。それは、天使はその特性上、繊細で純粋・真面目など、脆く壊れやすい性質の者が多く集まりやすいからという理由もある。瘴気にも当てられやすく、そもそも戦いそのものを好まない者が多いため、戦いの場において天使は苦戦を強いられることが多い。
ただ天使と悪魔、どちらにも共通するのは「魔法」である。それを磨くことで力を鍛えられるし、どのような使い道で使うかは、天界の者だろうと魔界の者だろうと、個々人の善悪の判断に委ねられる。
夜羽やムラサキを守った恵李朱のように、悪魔でも正義に基づいて魔の力を使う者はいるし、Day.24では恵李朱が夜羽達の周囲の悪霊を「払う」という表現をしたが(「祓う」ではなく「追い払う」の方)、実は悪魔でも退魔や浄化が出来る者はいるらしい。
むしろ、敵を知るにはまず味方の弱点を知ってから、的な発想からなのか、魔族が悪霊退散グッズを売っていたり、悪魔がお守りを持っていたりすることはザラにあるらしい。
恵李朱は太陽・火属性の悪魔だが、その炎にもそういう浄化的な力があるのかもしれない。自分が消えないのが不思議だが。
恵李朱が言っていたように、魔族の中にもある程度クラス分けやランクは存在するようで、同族だろうと害なす輩を浄化で追い払おうという心理や価値観が生まれるのは、当然のことなのかもしれない。なかなか事情が複雑そうである。
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