2021.11.ノベルバー企画「運命の人」   作:大野 紫咲

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Day4.紙飛行機 「気まぐれラブレター」

 長雨が降り止んで、光の差し込む雲の隙間から、真っ白なものが飛んでくる。

 鳥のように見えたそれは、ボクの手元で翼を解いて紙切れになると、ひらりと舞い降りて来た。

 

「おっ、きたきた」

 

 「天界通信」と銘打ってある折り鶴型の紙を、慎重に開く。

 月に一回、天界から運ばれてくるそれは、各種連絡事項や天界でのニュースが書いてある他、天使見習いが尋ねた「運命の人」に関する質問に、何でも答えてくれることになっている。

 月に一度じゃヒントとしては少なすぎる気もするけど、有効な情報源として使わない手はない。

 

「ふ~~……」

「何を緊張しとるんじゃ」

「いいから黙ってっ」

 

 ベルの首についた鈴から、聞き慣れた神様の声が聞こえるのにも構わず、ボクは深呼吸してから、一気にばっと紙を目の前で開いた。

 

「あっっっ……」

「おい、どうしたんじゃボウズ」

「……」

「おい、箪笥の角に小指でもぶつけたか」

 

 蹲ってるボクを見たらそう言えなくもないだろうけど、違う。でも、今は答える余裕はなかった。

 

「うああ……そっか……ダメかぁ……やっぱ」

「何じゃ、そんなにショッキングな事が書いてあったのか?」

 

 ベルがぶるるっと体を震わせると、通信の上に乗っかって匂いを嗅ぐ。どうでもいいけど、猫って紙とか新聞の上に乗っかるの好きだよね。別に神様のためにそうした訳じゃないだろうけど、鈴を通して現世を見ている神様には、それで見えたらしい。

 

「サキの奴、やっぱり結婚してた……。まあ、そうだよね……前の世界でもそうだったから、薄々覚悟はしてたけど」

「ああ、おまんが尋ねた『運命の者』のことじゃな。なんじゃ。もう諦めて、人間に変わりたくなったか?」

「んな訳ないでしょ。要は両想いになって、『契約』が出来ればそれでいいんだろ。こんなことぐらいで、ボクは諦めたりしないから」

「その割には涙目じゃな」

「知らないよ。子供なんて、勝手に涙が出てくるもんだろ」

 

 ぎっ、と思わず光る鈴を睨んだけど、今はそう都合よく言い訳できる、小学生の体が有難かった。

 そうだよね。サキ――ボクが探してる「運命の人」、ムラサキの年齢は、前の天界通信で問い合わせて知ってたから、かなり年齢差があることは承知の上だった。たとえ独身でいたとしたって、下手したら親子ほども年の離れているボクが、真面目にプロポーズを申し込んで取り合ってもらう方が、難しかっただろうから。

 でも、そうか。やっぱり、ただ単に「恋」をするのとは、全然違うスタートになっちゃうんだな。

 「普通に恋をしていい」のが、正しくて当たり前の仲間とは違う。それがちょっと苦しい。目の端に、涙が盛り上がるくらい。

 ぼむっ、と音が近くでしたかと思うと、真っ白の獣の尻尾が、ボクの目を拭っていた。

 

「そう気を落とすでない。天界では、下界の貞操概念は大して意味をなさんからの。それこそ、略奪愛魔法だの使えば一撃じゃ」

「そこまではいいって! ……ボクは、サキに今のサキのままで幸せになって欲しいんだ。もし、彼女が彼女のままだったら……『一番』を沢山持ってる彼女のままだったら、『誰が欠けても幸せになることはできない』って、そう言うはずだから」

「律儀じゃのう」

 

 頭の上の耳を掻いた神様から、呆れたような呑気な声が返って来る。

 彼女は、ボクが独占して幸せになるような人間じゃない。沢山の人に支えられてる彼女は、彼女の周りの人がみんないるからこそ幸せなのであって、ボクだけの力で幸せになったりはしない。ボクはそう思う。

 最悪、傍で見守っているだけになるのかもしれないけど……まだ、全て終わったわけじゃない。

 ボクは、折角姿を顕現させた神様に、ここぞとばかりに問い返した。

 

「ていうか、天使が人間と契約する時の条件って『両想い』になることなの? それだと、家族とか親友とか、恋愛関係にないけど大切な人が相手の時は、契約できないコトになっちゃうけど」

「やはり夜羽は鋭いのぅ。ふむ……そのへんは、時と場合により、じゃな」

「え、そんな曖昧でいいわけ」

 

 思わずぽかんとすると、窓際に座って尻尾でベルをじゃらしながら、神様が得意げに髪の毛をぴろんと指先で引っ張った。髭みたいだ。

 

「おまんの言う通り、転生前の事情は人様々じゃからな? 儂がひとりひとり審査はしておるが、故に『契約』の達成条件も、必ずしも『両想い』になることとは限らん」

「え、それじゃ……」

「じゃから、おまんの場合も、形式上結婚だの養子だの恋人同士だのという形で、結ばれる必要はないということじゃ。言ったじゃろ、そう気を落とすことはないと。まあ、どの天使見習いにも必要条件として設定されとるのは、『精神的な強い繋がりを相手と持つこと』じゃの」

 

 女の子みたいな仕草でウインクを寄越す神様。相変わらず、見た目と口調と中身が全く釣り合ってない人だ。

 

「精神的な、強い、つながりか……」

 

 それは、互いに互いを想い合っている、とかそういうレベルの話でいいのか?

 でも、それだったら、ボクだって誰にも負ける自信はない。

 サキのことを想う強さだけは、世界を超える前から、絶対に誰にも譲れない。その気持ちを後押しするように、神様が言う。

 

「おまんが彼女を真に想うなら、応えてもらう希望はいくらでもある。会えば案外すんなりいくかもしれんぞ」

「よしっ……、じゃあ、今からでもやれる事やんないとね!」

 

 何か、新しい魔法を教えてもらおう。

 そう意気込んで机に座ったボクに、神様は目を細めて小さく笑った。

 

「その意気じゃ。やる気に満ちたボウズに、とっておきを教えてやろうかの」

「えっ、何なに!?」

「ほれ。儂の真似をして、目の前に広げるがよい」

 

 神様は、ベルがじゃれついていた天界通信の紙の1枚を取り上げると、スカーフのように目の前に広げた。

 ボクも真似して見様見真似で両手を広げて魔法を使うと、キラキラとした光が取り巻いて、紙から文字が消えていく。

 

「……真っ白になっちゃったけど」

「ふふん。それに手紙を書くのじゃ」

「……誰宛ての?」

「おまんの想い人でも、誰でもよいぞ。まあ、届く保証はないがの。ソシャゲの掲示板にメッセージでも残す感覚で、個人が特定されん程度に、何でも好きなことを書いたらよいのじゃ。最近は天界も、ちぃと個人情報の管理には煩いからの」

「毎回思うけど、そっちの世界やけに現実的だよね。魔法使うくせに……」

 

 ていうか、届かないなら意味ないじゃないか、と思いながら、ボクは神様に渡された万年筆を執る。中に不思議なインクが入っていて、夜空みたいにきらきらしゃらしゃら光っていた。

 ……けど、言葉が浮かばない。様子を見に、机に飛び乗って来たベルの顎を撫でてごろごろ鳴らすこと、十五分。ボクは隣に立つ神様を降参して見上げた。

 

「無理! 何書いたらいいか分かんないって。ボク、手紙なんかろくに書いたことないし!」

「それは、前いた世界でも同じことじゃろ。前も出来んかったからと、今回も逃げて、また後悔を残す気か?」

「うぐ……」

 

 魔法を習ってるはずなのに、何の訓練だよ、これ。公開処刑だろ。

 しょうがないから、恥ずかしいのを押し殺して、文字を紡ぐ。こんなの絶対柄じゃないのに。

 手紙じゃなかったら、顔から火が出そう。っていうか、ここまでくるといっそ本人に読まれたくない。

 何故か無駄に疲れを残しながら、ボクはペンを置いた。

 

「はい……これでいい?」

「よし! 儂の真似をして、それを紙飛行機に折ってみよ」

 

 ボクの隣で嬉々として折り紙を作る神様は、大人の獣人っぽい姿をしてはいるけど、こうして見てるとただの子供みたいだ。

 なんだか遊びに付き合わされているような気になりながら、ボクも隣でまっすぐに紙を折り、一体いつぶりに作ったのかも思い出せないほど久しぶりの、紙飛行機の翼を指で広げる。

 

「何の変哲もない、ただの紙飛行機みたいだけど」

「よいか。さっき紙に込めたのと同じ、魔力を込めて飛ばすんじゃぞ。コツは、指先に魔法を乗せること。風に委ねて、こいつの思うがままに行かせることじゃ」

 

 まるで、紙飛行機本体に意志があるみたいにして言う。

 けれど、その指先から、ふうっと力が抜けるように解き放たれる神様の紙飛行機と、その魔法の残滓は綺麗で、ボクもそれを真似するように、窓から突き出した腕から手首に掛けて、すっと力を込めた。

 ぐいっ、と風に押し出された紙飛行機が、空中に舞う。そのまま、行先を決めたみたいにまっすぐまっすぐ飛んで、公園の木々やビルさえも高く越えて、あっけに取られて見送るボクの目の前で、太陽の光に溶けて見えなくなった。

 

「……飛んでっちゃった」

「うん。それでよい。紙飛行機魔法は、言うなれば空中版ボトルメールみたいな魔法じゃからの。こうして飛ばしておけば、いつか誰かの元に届く」

「いつか誰かにって……それじゃ、連絡手段としては何の役にも立たないじゃないか」

「何、これは基本じゃ。技量さえ上げれば、望んだ相手の元に手紙を届けることもできるぞ。切手もなしでな。その魔法のインクが入った万年筆はおまんにやる。何度も飛ばして練習するがよい」

 

 そう言って、神様はまた前触れもなく姿を消した。

 ……ふぅん。なんとも雑な説明だったけど、これさえ操れば、ラブレターも自由自在ってことか。

 

(ラブレターって……。なんか、自分で言ってて恥ずかしいな)

 

 ぶわ、と血が昇ってくる頬を両手で押さえる。だいたい、ボクみたいな見ず知らずの奴から、いきなり変な手紙が届いたって、気持ち悪いだけだろうし。どうやってサキにメッセージを届けるか、ラブレター以前に考えることはたくさんありそうなもんなのに。

 でも本当に、知らない人から知らない人へのメッセージって事が前提にある状況なら、サキだって素直に受け取ってくれるかな。

 ある日突然、窓から舞い込んできた紙飛行機に、知らない誰かから誰かを想う言葉が、書いてあったとしたら。

 あんたは、まさかそれが自分に宛てたメッセージだなんて思いもしないで、色々想像して楽しそうに笑うかもしれないけど。

 あんたがボクを忘れてても、ボクが今どこで何をしてるか知らなくても。あんたのこと、ボクは忘れてない。

 いつか、「顔の知らない誰かさん」じゃなくて、ボクの言葉として、この手紙が届きますように。もし正確に飛んで行かないんだったら、いつか彼女のとこに飛んで行くまで、毎日だって飛ばし続けてやろう。

 そう願いながら、ボクは濃い青色のインクが入った万年筆を、ぎゅっと握った。

 

 それから、暫く後。

 確かに夜羽の知らない場所に、その手紙は舞い降りた。

 長い旅を経て、ボロボロに擦り切れた薄茶色の紙が、そっとある家の窓辺に降り立つ。

 

「……? なん、だろう」

 

 滑るように入って来たそれを、少女の手が取った。少女、と呼ぶには少し年を取り過ぎているかもしれない。けれど、そのあどけない顔とまだら模様の短い茶髪をした彼女は、まだ十分少女呼べそうな雰囲気を纏っていた。その人物は、不思議そうにぼろぼろになった紙を開く。

 中から溢れ出て来た言葉に、丸くて大きな瞳が見開かれた。

 

「これ……」

 

『世界でいちばん、大切なサキへ。

いつか君に、逢えますように。会って愛してるって、言えますように。

ボクになる前のボクが、君に伝え切れない分まで、全部。

もし叶ったら、その時はいい子になるから。どうか、お願いします。

何も持たないボクだけど、サキが好きになってくれますように。

一番近くで、君のこと、死ぬまでずっと、支えられますように。』

 

「ヨル、ハ……?」

 

 手紙の最後の署名に、首を傾げ、彼女は丁寧に掌の上へ手紙を乗せる。

 そしてもう一度文章を読み返し、その中に出て来る名前をじっと見つめた彼女の唇が、息を飲み、微かに動いた。

 

「これ……むっ、ちゃん……?」 

 

 その時だ。彼女の部屋のドアを、こんこんとノックする音が響いた。

 

「ヒバリ? 置いてくよ?」

「……あっ。はぁい!」

 

 もう一度風に飛ばされてしまわないようにと、丁寧に畳んだ皺だらけの紙を、彼女は机にしまってから部屋を出る。

 どうして、そんなゴミ同然の紙くずを、取っておこうと思ったのかは分からない。

 けれど、それが自分を導く大切なしるべになるような微かな予感を、彼女は感じ取っていた。

 そして、確かに。このたった一枚の紙切れが、ヒバリと呼ばれた彼女を、今後大きな冒険へと導くことになる。そのことを、彼女はまだ知らない。

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