そこに現れた「主」の姿は、もちろん夜羽に見覚えのあるあの人で…?
それにしてもルナの言う魔法界はどんなところなんだろう、と考えていると、ぱちんとルナが手を叩いた。
「そーなのですっ! ルナとしたことが……みなさんに直してもらったおかげで、ルナ、もう魔法界と交信ができるです」
「交信? Skypeとか LINEみたいな?」
「そんな感じです。この髪飾りは、通信装置の役割も果たしてまして……危なかったですね。仮に愛理さんの血で主を思い出したとしても、恵李朱さんと夜羽さんがこの記憶玉を見つけてくれてなかったら連絡できませんから、完全に終わりだったです」
「あんたも主も、危ない橋渡りすぎじゃない……?」
玉の中の守り人さんも言ってたけど、重要アイテムにしてはかなり雑な扱いをされている気がする。組み立てのヒントも、服に浮かび上がる刺繍だけだったし……
(ん? てことは、その魔法も魔法界の愛理が掛けたのかな?)
そう考えているうち、ルナは何やらドレッサーの椅子に座って、魔法陣のようなものを指先で描いていた。しゃんしゃん、とお願いするように髪飾りを二度振ると、何の変哲もない鏡の中が、もやもやと変形し……どこか、書斎のような場所が映った。
その中で、誰かが本棚の前に立って、鼻歌を歌いながら中身を整理している。先の揃った、短い銀色の髪……
どきどきするボクの前で、その人はまるで、わかっていたかのように振り返った。深い花緑青の瞳と、薄い桜色の唇に、ボクが見たのと全く同じような、あの微笑みを浮かべて。
『おや? ルナにしては随分連絡が遅かったじゃないか。さすがに何かあったかと思っていたよ』
「アイリしゃああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!!!!!!!!!! ルナずっと会いたかったですよおおおおう!!!!」
今さっきまで愛理と喋っていたのに、鏡にべったり張り付いて、向こうの愛理に感涙で咽びながら語りかけるルナ。
いや、でも……確かにどこからどう見ても、それは愛理なのだった。ボクが会った守り人さんが学生時代の頃くらいを反映してるとすると、それよりはかなり年取って大人びた顔だけど、瓜二つ。ボクは思わず息を飲んでしまった。
上半身の薄いふんわりした襟つき上衣と、わずかに映り込んだ漢服っぽいスカートの帯飾りが、綺麗で大人っぽい。愛理って、こんな美人な人だっけ……。
ぼーっとなってしまったボクの後ろで、ガタッと椅子の影にドン引きながら、こっちの世界の愛理は、別の意味で固まってしまったようだった。頭を押さえながら、引き攣りそうな声が聞こえてくる。
「待って……。ちょっとまって……この銀髪緑眼の派手目な若造が、僕だって……?」
『おや……奇遇なこともあるもんだ。まさか、異世界の僕がこの場に居合わせているなんて。
自分で自分を見るなんて気持ち悪いものではあるけれど、でもこれで、ドッペルゲンガーには会っても死なないということの証左にはなったかな。お互いにね』
愛理を見て、視線を合わせたあっちの愛理が苦笑気味に言う。
このやや捻くれた感じの言い回しといい、やっぱり愛理そのものだ。向こうの方が、こっちよりもっと捻くれてる感じがするけど。
少し跳ねた前髪を指先でぴょんと弾き上げて、魔法使いの愛理が言う。
『やあ、それにしても懐かしいね、それ。僕も、昔は君と同じ色だったんだけどな。何回かデカい魔法を試してるうちに、元に戻らなくなっちゃったんだよね』
「そんな理由で簡単に諦められるもんなのッ!?!?」
『しょうがないだろ。変わっちゃったんなら、わざわざ元の色に染めるより、こっちの方が楽だし……別に今は、魔法も異種族も当たり前の環境で暮らしてるんだから、何も困らないよ』
「そ、それに、なん……何、その、スカート……」
『あー、昔はよくズボン穿いてたっけ。こっちの人、性別関係なくスカートみたいな服よく穿いてるから、気にならなくなっちゃった。慣れるとこっちのが楽だよ?』
噛み付いているこっちの愛理より、見た目はずっと若そうな(っていっても、そんなに大きく変わらないけど)向こうの愛理の方が涼しげな顔で言い返すから、なんか面白い。
一体、いくつぐらいなのかな……。
魔女って年齢がわからないっていうけど、本当に予想がつかなくて首を傾げていると、エメラルドと同じ色をした瞳が、不意にこっちを見た。
『ルナの魔具を通してなんとなく事情は察したけれど、君たちと、それからそっちの僕のお陰だね。本当にありがとう。君たちには、何かお礼をしないとな』
「あ……えと……その……」
「え、いや……えー……」
ボクはテンパってしまって何も口から言葉が出て来ないし、恵李朱もさっきまでこっちの愛理にはタメ口聞いてたのに、あっちの愛理には敬語を使えばいいのかどうかわからなくて、しどろもどろになっている。そんな並んだボクらを見て、鏡の向こうの愛理はくすくす笑った。
『ルナには、ちょっとどうしてもそっちの世界で必要なものがあったから、お使いに行ってもらってたんだよね。まあ、結構長い間連絡が来ないから、少し心配にはなってたけど』
「だ、だいぶその、すごい目に遭ってたみたいだけど……〝少し〟なの……?」
『僕らは滅多に城から出ないから、たまの遠出を楽しんでるんだと思ってね。それに、多少のトラブルがあったところで、ルナならきっと何とかする。僕は自分の相棒を信じてるもの。
それに万が一のことを思って、ヒントの魔法は施しておいたしね』
「えっ。でも、あれかなり分かりづらかったと思うけど……」
『あはは。どうしてもダメだったら、ちゃんとそれなりに帰り道を表す呪文にしておいたつもりだよ。あれを見つけて意味を読み解いてくれた君たちが優秀だったから、その必要なかったけどね』
思わず文句を言ったボクに、アイリ(ボクもルナに倣ってカタカナで呼ぶことにしよう)はウインクする。こんなに隔たりがあるのに、ルナのことを信じてるんだ。その言葉に大きな信頼を感じて感心していると、はっと何かに気が付いた顔をした恵李朱が、ボクの隣で青ざめる気配がした。
(……? なんだ?)
不思議に思うボクの前で、ルナは残りのお使いの打ち合わせをしているらしい。長い羊皮紙のようなメモを、愛理に見せて確認している。
「すみません、アイリさん。こんなに遅くなってしまって」
『いいよ、急ぎじゃない。元はと言えば、転送ゲートを通る前に、髪留めのことをちゃんと確認しなかった僕が悪いしね。まさかそんな見事なまでに全部バラバラになるとは……』
「うう、すみません〜〜……ルナも、最近ちょっとぐらつくなとは思ってたんですけど」
「転送……それって、異世界を渡る時に使うの?」
『そう。そうだよ。残念ながら、僕はここを離れることができなくてね。どうしても用事がある時は、ほとんどうちの事務員かルナに任せてて……特にルナは、なんかもう今じゃ僕の秘書同然だからな。申し訳ない反面、すごく助かってるよ』
「えへへですう」
照れ笑いのルナとアイリを見比べながら、愛理は若干怪訝そうな顔になった。
「事務員て……僕、一体何の仕事してるの?」
「大魔道士のアイリさんは、魔法言語学の研究者兼、魔法魔術学校の先生であられるのです」
「「「えええ!!!」」」
ボクと恵李朱と愛理の声が、ぴったり三人分重なった。そりゃ、背景に本がぎっしりなのも頷ける。
(愛理が、先生……???)
さすがに驚く。し、こっちの愛理も信じられないという顔で呆然としている。さっきから驚きの連続すぎて、魂がどっか飛んでっちゃいそうな顔だ。意識を取り戻そうと、恵李朱がその横で愛理の手をしきりにつっついて遊んでいた。
「え……は……?」
『そんなに驚くことかなあ。君も言語好きだろ?』
「そっ……そうだけど……誰かに教える職に就くなんて、考えたこともなかった」
『僕も、最初はそのつもりじゃなかった。一応、母校を卒業する前に就活したんだけど、僕ってほら、エリート官僚に興味あるような性格じゃないだろ。魔法絡みの公務員とか官公庁とか、一応無難に受けたんだけど全部落ちちゃって。
そしたら、知人がツテで、隣の魔法界の学校で働かないかって声掛けてきてさ。
母校に戻るのはちょっとって思ってたし、収入あるのはありがたいし、少しの間の腰掛けならって思って引き受けたら、まさかの事務職じゃなくて教員の仕事でね。
数年で辞めるつもりだったのに、まあ一応免許も取ったし勿体ないと思って、研究しながらズルズル続けてたら、いつの間にか先生になってたってわけ』
「……」
感心すればいいのか呆れればいいのかわからず、ボクらは言葉を失ってしまった。
でも……愛理って面倒見が良さそうな奴だし、意外と向いてるのかもしれない。なりたかった訳じゃなく、流されてたら先生になってたっていうのが、なんとも愛理らしいけど。
身を乗り出して見ているボクの方を見て、アイリが微笑んだ。
『そうだ。夜羽くんと恵李朱くんは、お礼にして欲しいことあれば、僕に言ってね。ルナはもう少しそっちに滞在すると思うから、いつでもルナに伝えてくれればいい』
「ちょっと待て、僕はどうなるんだ」
『感謝はもちろんしてるけど、あんまり違う世界の同一存在には干渉しない方がいいと思うんだ。特に魔法を使ったことはね。本来は、顔合わせて喋るのも多分NGだろ? そっちの世界では許されてるみたいだけどさ。だから、気持ちだけ。ありがとう、ルナと友達になってくれて』
「え〜〜……まあいいけど。僕も僕で、珍しい体験できたわけだし」
そう言って肩をすくめる愛理は、疲れながらもまんざらじゃなさそうな顔だった。
手を振るボクらの前で、アイリが最後にもう一度ルナを見る。
『それじゃ、もう髪飾りも直ったし必要ないとは思うけど、念の為にもう一度道を教えておくよ。
……戻っておいで。僕の■■■■■■』
それは、不思議な感覚だった。
聞こえているのに、ボクの知ってる言葉じゃないような。耳には届いているのに、頭の中で意味を構成できないような、不思議な響き。
思わず目を見開いているボクらの傍で、ルナは微かに潤んだ瞳を瞬かせる。その前で、何事もなかったかのように、鏡はボクらの姿を映すただの姿見に戻ってしまった。
思わず、囁くようにしてボクはルナに尋ねる。
「……今のは、もしかしてルナの真名?」
「よくわかったですね。でも、多分ルナ以外の方にはわからない〝言葉〟になっているです。あれは、アイリさんの魔法ですから。呼ばれただけで、どんなに遠くにいたとしてもちゃんとまっすぐに、ルナには帰り道が見えるですよ」
「なんか暗号化通信みたいだな、それ……」
隣で突っ込んだ愛理が、きゃっきゃと騒ぐルナを相手している。まあ、病人らしく寝ているよりはその方がよっぽどルナは元気になりそうだから放っとこう。
その一方で、恵李朱は難しい顔をしたまま、鏡の奥を睨んでいた。
「……恵李朱? どうした?」
「いや……」
そういえば、アイリと話していた時も一瞬、顔色悪そうにしてたっけ。魔力の使い過ぎかと思って尋ねると、恵李朱は一緒にボクのベッドに座ったまま、首を振った。
「あの人の魔法……すごかった」
「え? それは、すごいよね。魔法学校の先生になれるくらいだもん。記憶玉に封じてある魔力だってすごかったし、そもそも記憶の書なんて、丸々一冊作れるのがすごいと思う。ボク、引き込まれちゃって全然抵抗できなかった」
「ちげーよ! わかんねぇのか!?」
床に座って遊んでいる愛理達を気遣ってか、恵李朱は怖い顔で、でも声を押し殺したままボクに詰め寄る。一体何をそんなに怒ってるんだ、と思ったけど、怒っているというよりは、何かに怯えているように恵李朱は震えて下を向いた。いつも誰を前にしたって不遜な、あの恵李朱が。
「記憶玉っていうのは、中に魔法が封じてあるんだから、外の世界に出ても発動はする。
けど、あの刺繍は……アイリがヒントの為に掛けたっていうあの魔法は、モノに掛かってたわけじゃない。ルナ本人に掛けられてた魔法で、しかも状態に応じて自動で変化し得るって話だ。アイリは、あれでダメだったら別のヒントに変わるはずだったって言ってた。魔法を掛ける本人が、この場にいて指示を出してるわけでもないのに……こんなの聞いたことない。すごく高度なんだぞ。
……それに、さっきルナの名前を呼んで使った魔法だって」
言われてみたら、たしかにめちゃくちゃすごい魔法のような気がする。
でもって、恵李朱がこんなに怯える理由が、ボクには全然わからないけど。
きょとんとしているボクの隣で、恵李朱は呟いた。もう日は落ちて、夜が訪れようとしている。
「ボクの師範ですら、離れた魔界から直接こっちに、魔法を掛けたり直接的な手出しはできない。さっき手助けしてもらった時だって、ボクは通信で指示や材料だけ聞いたり送ってもらったりして、作業は全部ボクがやった」
「……つまり?」
「……あの人は、
オレンジ色に煌めく瞳に、思わずボクはごくりと唾を飲んだ。
あんなに強い魔法が使える恵李朱の怯えようから、ボクは身に染みて理解できた。あの守り人さんも、鏡の向こうでふわふわ笑っていたアイリも、なんだか距離を感じなくて気さくに接してしまったけれど……あの人は、とんでもなく強い魔法使いなんだということを。
ぼそりと、恵李朱が言って立ち上がる。
「敵になるとは思わないけど、『絶対敵に回したくない』ってこういうことを言うんだろうな」
会話が聞こえなかったらしいルナと愛理を置いて、夕飯の支度に降りていく姿を、ボクは見送った。もう、諦めて愛理とルナの分まで作るつもりらしかった。最後まで苦労させちゃって申し訳ないので、ボクも何か手伝おうかな。でもあんまり歩き回って、また熱を出したらどうするんだって、怒られちゃうかもしれない。
ボクはうつ伏せに寝て、ベッドに肘をついた。
(恵李朱って、なんだかんだで心配性だし、やさしいよね)
見たことのない強い力を感じると、すごいなって驚くより警戒するのが、ボクよりしっかりしててかっこいいと思う。でも、ボクはできたら恵李朱もボクも、アイリと仲良くなれたらいいと思うんだけどな。もちろん、ルナとも。
いつかはお礼の内容を返事しなきゃいけないから、それを頭で考えながら、ボクは枕元に用意してくれてた水をゆっくりと飲み干した。
Day29、めでたく完結しました。
寄り道も多かったですが、ここまでルナの物語を読了いただきありがとうございました!
残りのDay30は、まだどうなるかわかりませんが出来次第3月中の更新を予定しています。
(さすがにこんなに長くはなりません笑)
何気に、スピンオフ以外で『異世界の鈴木愛理同士が対話する』という超貴重回でした。
基本的に同じ人物同士では私はそれをやらない事にしているので、本当に珍しいシーンだったと思います。
でも、どうしてもこの二人は髪の毛と服装のくだりを喋らせてみたかったんですよね笑
現在ルナの主たる「アイリ」がめちゃくちゃ強い理由ですが、彼女はPixivで掲載中のホグワーツパロのアイリより、ずっと未来の時点にいるアイリになります。アヤメの記憶喪失事件が終わり、学校を卒業し、そのもっともっと先の時点です。故にその間、ルナの記憶修復も含めて色んな経験を踏みつつ、今のアイリになっているはずです。
記憶玉で夜羽の前に現れた時は学生の姿でしたが、物言いが大人びていたり、蛇に全く動じないほど強かったのは、魔力を封じた本人が既に大人だったからという理由です。ルナと出逢った当初の記憶に合わせて、または子供の姿をしたヨルくんと会うのに親しみを感じてもらえるよう、子供の姿で現れたのだと思われます。