という朝に、それをきっかけに何かに目覚めたエリスくんのお話。
※中身は子供じゃないですが、子供に対する性接触とも取れるシーンが一部ありますのでご注意ください
「……?」
「おはよ、おねーさん。あんまり呼ばれたから来ちゃった」
「!?!?!?」
ついさっきまで、夢の中で見ていた男の子が、私の胸の上に乗っかりながらそう声を掛けてきたのでびっくりした。
いつの間に。
ぬくぬくとしたお布団の中で猫のように私のお腹に乗っかりながら、恵李朱くんは目を細めている。(ちなみに魔法で体重を軽減しているので重くはない)
時刻は5時半過ぎ。
意識が覚醒して、ここは引っ越しを間近に控えた自分の部屋だということを思い出す。
先週とっくに春休みに入っていた恵李朱くんは、ヨルくんと合流しに終業式が終わるなりこっちに来ていたが、片付けばかりの日常に飽きたのか、また名古屋に戻って目デューサさんに魔法を習ったり、遊びに行ったりショッピングに行ったりしているらしいと聞いていた。
だから昨日もヨルくんとヨハネさんと一緒に寝たのに、いつの間にこっちに来て布団に入っていたのかと思ってしまった。まあ、魔法が使えるエリくんがこっそり入って来ていたところで、別に驚きはないんだけども、夜中のうちに消えているってことはあっても、朝になったら居たなんてことは、今までなかったので。
ヨハネさんはもう向こうの世界に出勤したらしく、姿はない。ヨルくんの方は、まだ私の脇で幸せそうに夢の世界を漂いながらふにゃふにゃ言っている。よく眠れているようで何よりだ。
恵李朱くん本人は、何故ここに来ようと思ったのかということを自分でも分かっていそうだったので、私はヨルくんを起こさないよう小声で、仰向けになりながらそっと語り始めた。
「初めて……現実で見た夢の中に初めて、ヨルくんとエリスくんが出てきたんだ」
「ほうほう?」
「もしかしたら、ルナちゃんもいたかも……どのへんで出たか定かじゃないけど。
月に……飛行機か宇宙船かわかんないけど、月を間近で見に行けるツアーがあってね。
エリスくんが、夢でそれに行きたがってたの。
それで、ヨルくんとエリくんと、エリくんの友達みたいな人を連れて、搭乗したんだけど……私たちが乗った後で、おじいさんと若い男の人が乗って来てね。
もう定員オーバーだったから、私はなんとか詰めて一人用の座席を半分空けて、相席しようと思ったの。お客さんか、ヨルくん達と。
でもダメだったみたいで、男の客が黙って首を振りながら、私にレッドカードを突きつけてきて。
そしたらさ、エリくんがキレちゃったの。
私のために怒ってくれたんだろうね。
『そんなにイヤなら、こっちが出て行ってやるよ』って啖呵切りながら、冷たい目で搭乗券を飛行機中にばら撒いて捨てて、友達連れて出て行っちゃってさ。
すごいカッコ良かったし、あまりにもエリくんらしい行動だから違和感なくて夢だと思えないくらいだったんだけど、びっくりしたよ」
「くふふふふ。まあでも、ボクがやりそう」
珍しく楽しそうに笑いながら、エリスくんが先を促す。
「エリくんが出て行ってぽかんとしたんだけど、でもすぐに気付いたの。
後から二人乗って来た分、エリくんと友達が出て行ったから、私とヨルくんは降りなくていいんだって。
私とヨルくんが月を見に行けるように、エリくんは自分から降りていってくれたんだって。
こんな悲しい気持ちで、エリくんだけ一人残して宇宙に行くのはすごく嫌だったよ。
でもここで私たちが降りたら、折角エリくんが身を張って譲ってくれたチケットが、無駄になっちゃうし、このまま我慢して乗ってた方がいいのかなって。ものすごく困って、離れた席のヨルくんと顔見合わせながら、目でずっとどうしようって会話してたの。
でも、誰より月を見たがってたのは恵李朱くんだったのにさ。私たちだけ行っても意味ないし、私たちだけで行くわけにはやっぱりどうしてもいかないって思って。
土壇場で『降ります』って言ってヨルくんと降りて、すぐエリくんを探しに行ったの」
「いつも悪夢ばかり見ちゃうお姉さんにしては、熱い夢だったよね。
ボク、名古屋の家で寝てたけど、お姉さんが何回も必死にボクを呼ぶ声が聞こえたから、目が覚めたんだ。それでこっちに来た」
ぽ〜っと瞳をオレンジに輝かせたまま、恵李朱くんはこっちを見つめていた。
横向きに体の向きを変えてから、笑いながら頷いて、私は先を続ける。
「降りた先に階段があって、何も確証はなかったけど、月が好きならきっと月がよく見える屋上に行ったと思ったから、とにかく必死で上へ行く非常階段を登ったの。
月の観測ってGhost wire Tokyoにも出てきた話だから、その要素が夢にも出て来たんだろうね。
でまあ、夢だから理屈に合わない事がよく起こると思うんだけど、途中でなぜか、エリくんが連れてた友達がカルト系の怪しい団体の人だってわかったから、エリくん騙されてるよー! と思って。
それもあって、必死で追いかけてたの」
「別に、ボクだったら騙されたフリして利用するぐらいするよ。だってその男、明らかに搭乗用の人数合わせでしょ」
「現実のエリスくんだったらそうすると思うんだけどさ! でも心配じゃん。このまんま戻って来なくなっちゃったら嫌だと思って」
「それで、ボクに追いついた?」
「途中で銭湯の水風呂みたいなところ通ったりして大変だったけど、なんとか。
上まで登りきらずに、途中のガラス張りのビルみたいなところで追いついて止まってくれたよ。
その時のエリくんねぇ……カモフラージュのためか、子供から大人の姿に化けてたみたいで、とにかくエリくんの姿をしてなかったんだよね。
背も高いし、一緒にいたエリくんの友達は普通に大人の人だったから、二人並んで振り向くと、えっどっちがどっち!?!? と一瞬思っちゃって。
でも片方の人は、ものすごく綺麗な金髪をしてたの。エリくんの髪型に似てて……でも一部がウェーブしてるみたいな。それですぐわかったよ」
「ふーん。ふーん。そうか」
ふーんって言ってるけど、随分嬉しそうだ。犬だったら尻尾が見えているところだろう。
その頭を軽く撫でながら、私は笑いかけた。
「それで私は連れ戻したエリくんと、ヨルくんやルナちゃん達も一緒に、縁日を回るハッピーエンドでおしまい。
まあ見回った瞬間目が覚めちゃったから覚えてないけど、カラフルなハムスターを売ってる屋台があったの。すごい可愛かったな〜。なんか一個、ケージにぎゅう詰めにされてる子達がいて可哀想だったけど……。
おんなじ店に、青色のスケスケしたエビも売ってた。私、飼育用の小さいエビ好きなんだよね」
「ボクも一緒にいた?」
「いたいた。珍しく幸せな夢だったね」
「ふーん…………」
布団の中で話をもぞもぞと聞いていた恵李朱くんは、何を思ったか、急に私の胸にむぎゅうと抱き着いてきた。ヨルくんはよくやるけど、実は最近、エリくんもかなり甘えっ子らしいということが分かってきたところだ。たまに距離を取って一人で楽しく遊びに行っていたかと思えば、突然思いっきりべったり近付いてくる日もある。
背後のヨルくんとお腹のエリくんのぬくもりにサンドされながら、私は微笑んで、その体をぎゅうっと抱き返す。
「なになに、どうしたの」
「なんだか、ムラサキの話聞いてたら、胸がちくちくそわそわする。なんだろう」
「ちくちく……? 痛い?」
「うう〜〜〜〜〜〜ん…………??? 痛いんじゃなくて、くすぐったい、みたいな……」
しきりにふわふわ金髪の頭をもぞもぞ擦り付けながら、でも決して顔を上げない。
耳が赤くて、恥ずかしそうに口をもぐもぐさせている。こんな表情は初めてだ。
それはもしかして恋の始まりというやつかい? と私は野暮なことを言いそうになったけど、私がそれを決めつけるのも何なので、敢えて口には出さずにほっぺたをくっつけた。
そろっ、とヨルくんのことを盗み見た恵李朱くんは、もう一度私の体の上にのしっと乗っかると、真剣な瞳で顔を近づけてきた。
「ねえ。夢でボクのこと探さなくても、おねーさんが呼んだら、ボクいつでもここに戻って来るから」
「? うん、わかってるよ。エリくんはいつもそうやって、しんどい時に傍に居てくれるもんね」
「それで……それでも、夜羽みたいにずっとは傍にいれなくても、ボクのこと、『夜羽の次』じゃなくて、『一番』にしてくれる?」
可愛いんだが。今日の恵李朱くん何か可愛くないか? どうしたんだ???
そもそもあんまり人との関係に執着しそうにないし、私は恵李朱くんが拠り所にしたい時に拠り所になれたら一番だと思っていたから、少し意外だったけど、もちろん二つ返事で請け負った。
「もちろん。そんなのもうとっくに、二人とも私の『一番』だよ。大丈夫……」
「お姉さん、大好き」
答えた瞬間、思いっきり正面からのちゅーを受けて目をぱちくりさせる。
あ、あれ。恵李朱くんから唇にキスされたことあったっけ。もしかしてはじめて?
どぎまぎしていると、八重歯の生えた口ではむっと下唇を甘噛みした恵李朱くんが、優しく唇を合わせる。吸血もできる悪魔だから、甘噛みも好きなのかな……っていうか、甘噛みなんてテクニックを小学生が知ってちゃいけないような気がするけど。
いやでも、悪魔だからアリなのか? 「悪魔だから」って何だ?? 逆に天使だったらダメな理由ってあるのか???
艶っぽい吐息が漏れるのも相まって頭がぐるぐるしているうちに、恵李朱くんはそっと頭を下げると、かぷりと首の根元に齧り付いた。
「っ……」
久しぶりの吸血行為。愛情表現でもあるそれ。
最近私の体調が悪いのを見て、ずっと吸うのを遠慮してくれてたのに何で……と思ったけど、いつもは一瞬で終わるのに、今日は全然吸われてない。まるで一滴を十数口掛けてゆっくり飲まれているような感覚だ。たった一口分の血を、大事に何口にも分けて。
震える甘い吐息で、思わず私はぎゅっと恵李朱くんの背に縋りついた。こくり、と彼が小さく喉を鳴らす度、血が喉を伝っていく感触と同じように、体の奥底がシンクロして、背筋を快感が走る。
「ま……ぅ、まって、ヨルく、起きちゃうから……っ」
「大丈夫。結界で、傍にいるのはわかっても聞こえないようにしてるから」
ぽそり、と耳元で囁いたかと思うと、耳をその唇に挟んで舌先でくすぐる。
首筋をキスしながら辿ってから、恵李朱くんはさきほど牙を立てていたばかりの首元を、大切そうに舐めて傷を癒した。悪魔は基本的に治癒能力を持っていないが、自分が吸血行為の際につけた傷は、多少それで塞ぐことができるらしい。
私ももちろん息を切らしていたけど、顔を上げた恵李朱くんまでほんの少し息を切らしていたのは、正直びっくりした。こんなに余裕のない顔を見せる子だっけ。顔も少し赤くて……ふと、全然違うけど、ヨルくんが薬草風呂で酔っ払った時の顔を思い出す。
ぽやんと眺めていると、私の心を読んだように、恵李朱くんがふと不敵に笑った。背後に映る、日の出前の明るい朝焼け空の色が、なんとなく彼の目に似てると思った。
「悪魔が血を飲んで酔っ払うのは、どういう時か知ってる?」
ほろ酔いっぽく見えるのに、目はしっかりしてるし凄みがある。声が艶っぽい。
知ってる……というか、今ので何となくわかったような気もするけど、私は照れるあまり敢えてばばっと頭から布団を被った。
「も、もうちょっと朝まで時間あるよ。寝よ寝よ」
「ふふ、そうだね。眠れなくても、お姉さんは休んだ方がいいし」
そう言って、恵李朱くんは大人しく隣に横になると目を閉じた。悪魔だから本当はきちんと眠る必要もあんまりないらしいけど、一緒にいる時はいつも隣か傍で寝てくれる。
安心するとまた眠気が襲ってきて、潜り込んでくる二人の天使と悪魔を抱えながら、私は家人の起きてくる気配を気にしつつ、暫しの間微睡んだ。
恵李朱くんって仕事の役割的に悪魔なだけで、中身は全然悪魔なんかじゃないよなぁ……と、もう何度も思ったことをやっぱり考えたのだった。
「何か」って何だよ!ご想像にお任せします!!!←
今までもいつの間にかムラサキ大好きっ子になっていたエリスくんなのですが、この夢に自分が出て来た話を聞いた瞬間、はっきりと彼が何かに落ちる音が聞こえたような気がしました←
もちろんそれでなくても、家族愛だろうと恋愛だろうと何だろうと、大好きには間違いないのですけど。
自分の姿が変わっても見分けてくれたのが嬉しかったのかな…?
追いかけて来てくれたのが嬉しかったのかな…?
正直何がよかったのか、ツボは全然謎でした!でも可愛いね!