2021.11.ノベルバー企画「運命の人」   作:大野 紫咲

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Day9.神隠し 「未来より」

「……」

 

 その日。

 ヒバリはどこからか飛んで来た、くすんだ色の紙飛行機の手紙を、机から取り出して眺めていた。

 新しい「家族」ができた時からずっと使っている、自分の部屋。写真や絵の飾られた壁紙が、窓から差し込む秋の日差しに、柔らかく輝いている。

 きっと、誰かが誰かを想って綴った手紙。自分宛ではなくても、それは痛いほどに伝わってくる。そして、その手紙の主と本当に贈られるべき相手のことを――ヒバリは何故か、知っているような気がしていたのだった。

 

(でも……どうして……? むっちゃんは、この世界の人じゃないのに)

 

 己の知り合いであるムラサキと、この手紙の中の「サキ」とは、同一人物なのだろうか。

 「むっちゃん」と呼んで、慕っていた彼女。そして、その彼女を愛して止まない誰かには、一人しか心当たりがない。

 

「この『ヨルハ』って人、もしかして――」

「のう。そこのおまんよ」

 

 その時、まったりとした声が窓の外から聞こえた気がして、ヒバリはふと顔を上げた。けれど、姿は見えない。

 

「ここじゃ、ここ」

 

 きょろきょろして窓辺を覗き込むと、ひょっこり窓枠に饅頭のような手が掛かったかと思うと、下から白い狐が顔を出したので、驚きのあまりヒバリは部屋に尻餅をついてひっくり返っていた。

 

「ひゃっ、わっ、わぁ!」

「猫だろうと狐だろうと、驚かせることには変わりないかと思うたが、やはり驚かせたか」

 

 すとん、と部屋に着地した狐には、何故か翼が生えている。絵本や漫画で見る、亡くなった後の動物や精霊みたいだ、とヒバリは思った。

 

「き、きつねが、しゃべった……」

「儂は、この世界に生きておる神が一人で、狐ではないぞよ。けれど、一応愛弟子から貰えた名前があっての」

「弟子……? 名前……? 神様に弟子がいるの?」

「必ずしも神になるわけじゃあないが、天使という形で見習いを取っておる。ほれ、おまんももしかすると、よぉく見覚えがあるかもしれんがな」

 

 部屋のクローゼットの傍にあった姿見に駆け寄ると、狐はふうっと息を吹きかけた。ガムが膨らむようにして、鏡の中に不思議な煙が広がると、やがて風景を映し出す。もやもやした煙を背景に現れたどこかの部屋では、外出の支度をした少年が、帽子を被って憤慨していた。

 

『ったくッ、なんだよ神様のやつッ! 「儂が付き添ってやるから、大船に乗った気でおるがよい」とか言っておいて、結局出かける約束すっぽかしたワケ!?!?

しかも何この「神隠しの仕事が入ったから行って来る」っていう雑なメモ! 神隠しってそんな簡単にひょいひょいやれるもんなの!?!?』

『にゃーん……』

『ああ……はいはい。ベル、慰めてくれてるんだろ。ありがとな。ったく、神様の気まぐれにも困ったもんだよ……あんの馬鹿神……バカガミ……? かがみ……そうか。あいつ、名前ないとか言ってたな。

帰って来たら、伽々未(カガミ)って呼んでやろう。何にでも化けるって、御伽噺みたいだし、鏡に映った色んな姿みたいだし、未知数だし。ぴったりだと思うだろ、ベル』

『にゃお』

 

 鼻先にキスをするベンガル猫と少年の姿を最後に、煙が小さくなって、姿見は元通りにヒバリの部屋を映し出す。

 くっくっ、と狐は喉元から楽しそうな笑いを漏らした。

 

「神を馬鹿呼ばわりとはなかなか生意気なボウズじゃが、名付けのセンスは悪くない。というわけで、儂のことは神とでもカガミとでも呼んでくれて構わんが、とにかく儂が摩訶不思議な力を操れることは、わかってもらえたかの?」

「う、うん……わかった……? と、思う……」

 

 目の前でこれだけ不可解な現象を見せられて、信じるなという方が難しかったのだが。

 目をしぱしぱさせて、必死で頭を巡らせるヒバリを前に、伽々未が満足そうに頷く。

 

「少々強引な手を取ったのは悪いが、儂にもあんまり滞在時間がなくての。

単刀直入に話す。おまん、儂と一緒に来て天使見習いになる気はないかの?」

「見習い……って、さっき映ってたあの子みたいな、ってこと……?」

「そう。名は夜羽という。初めて聞く名じゃろうが、心当たりあるじゃろ」

 

 ヒバリは、驚いたように目を丸くして頷いた。

 引っ張り出した紙飛行機の手紙を、伽々未に見せる。

 

「こ、これ。ここに書いてあるのが、ヨルハ、でしょ。この人、どうしてむっちゃんを探してるの?」

「それは、おまんが一番よぅく分かっておるのではないか?」

 

 ムラサキの事を未だ尋ねていないにも関わらず、にっこり笑った伽々未の表情は、この手紙が宛てられた人物こそが、ヒバリのよく知る人物と同じであると示していた。

 こくりと小さく唾を飲んだヒバリは、床にぺたんと座ったままで、尋ね返した。

 

「私も、天使になれば、二人に会える?」

「おまん次第じゃの。じゃが、夜羽とは早々に合流できるじゃろ。同じ人物を探す仲間同士じゃし」

「……でも、そしたら私、この世界を離れなきゃ、いけないの……?」

 

 さすがに、それはできない。今のヒバリには、この世界にも、大切なものがあるのだから。目を伏せたヒバリの膝に手を置いて、伽々未はウインクして見せた。

 

「心配せずとも、おまんが向こうの世界に渡るのは、一定の時間だけじゃ。ゲームと同じでな。数時間、数日間で、間を置かずにこちらに帰れる。

おまんの生活の軸は、この世界じゃろう。儂はそれを邪魔しに来たわけではない。ただ、おまんの『会いたい人』に出逢う手段を、気まぐれに提供しに来ただけじゃ。

おまんは選ばれた。その『許可証』を手にした時点でな」

「きょかしょう……?」

 

 首を傾げるヒバリには身に覚えがない。手にあるのは、ボロボロの手紙だけ。その鼻先で紙の匂いを嗅ぎながら、伽々未は金の目を光らせた。

 

「儂の弟子が飛ばした、魔力の籠った紙飛行機を受け取れるのは、その資格がある者だけじゃ。時を渡り、旅人となる資格がな。

その紙飛行機、随分古くなっておったじゃろ。紙が劣化したのは、過去から未来へ運ばれてきたメッセージだったからじゃ。夜羽のおる場所から、世界と時を超えてな」

「過去から、未来……?」

 

 淡いハシバミ色の目を見開くヒバリの肩に前足を掛けると、狐型の神様は何事かをごにょごにょ囁く。真ん丸な目をして見つめ返すヒバリに、伽々未は頷きかける。

 

「これさえ守ってもらえれば、雲雀(ヒバリ)と言ったかの、おまんもひとっ飛び世界の境界線を跨いで、おまんの知る『世界』とは別の、彼らに会えるやもしれんという訳じゃ。

どうかの? この老いぼれ狐に神隠しされてみるというのは?」

 

 白い睫毛に縁取られた琥珀色の瞳が、ぱちりとウインクする。ヒバリは、異形の生物を固唾を飲んで見守りながらも、頷いていた。

 

「わかった……。私は、魔法とか、そういうのは、使えなくていい。ただ、ヨルハが私の知ってるあの人と同じなら、向こうの世界にむっちゃんがいるんなら、二人とも、私にとっての……『この世界』での大事な人と、同じだから。助けたいの。私、助けられる?」

「おまんは、こっちでも何度もその二人を助けてきたのじゃろうて。そうと決まれば、話は早いの。何、おまんは儂が一方的に『神隠し』で攫うだけじゃからな。魔力がのうても、何も気にすることはない。そのままのおまんで、出来ることは十分ある」

 

 優しい声で囁いた伽々未が、ばっと巨大化した翼を広げる。ヒバリが瞬いて驚いているうちに、伽々未の姿は消え、代わりにヒバリの背には純白の翼が輝いていた。

 

「ええっ!?」

「ふむ……翼に化けてみたんじゃが、このまま運ぶには、おまん一人とはいえ、ちと大きすぎるかのう」

 

 ふわふわ、と頼りなさげではあるものの、足元が確かに部屋の床からは離れている。宙に浮いたまま動転しながらも、伽々未の言葉にヒバリは真っ赤な顔でうろたえて謝った。

 

「ごっ、ごめんなさいっ!!! わ、私、重っ……」

「ああ、ちがうちがう。そうではのうて、魂の重さの話じゃ。天使になれるのは、一応18歳までと決まっておるからの。それを誤魔化すには……」

 

 少女じみているとはいえ、ヒバリはもう大人の体をしている。

 どうするのかと思っていれば、もう一度ぼんっと音がして、ヒバリは床に着地した。さっきと同じように羽根があるが、見渡した四肢が小柄で、明らかに背が縮んでいる。

 慌てて姿見に駆け寄ったヒバリは、先ほどよりは一回り小さな羽根の生えた自分の姿にぎょっとした。

 

「私、子供になってるっ……!?」

「どうじゃ。懐かしい姿じゃろ。今のおまんの半分くらいに減らしてみたから、丁度ヨルハとそう変わらんくらいの年じゃな」

 

 あどけない顔が、鏡の中から覗き込んでいる。大人っぽいスカートは脱ぎ捨てられ、動きやすいジーンズとシャツを身に纏っていた。この世界でムラサキや、ヨルハの元である人と、出逢った当時と同じ自分。

 羽根に化けたままの伽々未が、背中でばさばさと動きながら言う。

 

「向こうにおる間はこの姿じゃ。その鍵がある間は、そこに込められた変身用の魔力がおまんを守ってくれる。なくすでないぞ」

 

 見れば胸元には、ペンダントになった銀色の鍵が掛かっている。これがある間は、子供の姿のままでいられるということらしい。ヒバリが窓を開けると、チェック柄カーテンが風に煽られてぱたぱた舞い込む窓から、背中でぐんと羽根を伸ばした伽々未が飛び立った。

 

「わっ。あの、み、見え……!」

「儂と同化しておる間は大丈夫じゃよ。それより、残りの説明は道中になるかの。ここから過去に戻るのにはちぃと時間が掛かる上に、儂の勘じゃが、あのボウズが非常に面倒なことをしでかそうとしておる匂いがする」

 

 すん、と姿が見えぬまま鼻を動かす音がする。その声音が、心なしか曇っている。

 

「ヨルハが……?」

「まあ、元はといえば、修行をつけてやる約束で、儂が奴を置いてきてしまったのがいかんのじゃがのう……来てもらって早々で済まぬが、手伝ってはくれまいか」

 

 それが、自分のできることならばと、ヒバリは自身が名に冠している鳥のように雲間を高く滑空しながらも、伽々未の言葉に神妙に頷いた。

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