花ー1
──私は真っ暗な一本道を目的も無くただ歩いていた。私自身、ここが何処なのかはわからない。それに、いくら記憶を探っても、いつも通りの学校帰りに、いつもの道を通って家に帰ってきた。という程度のことしか思い出せない。
······変わり映えのない真っ暗な道を歩き始めてから、おおよそ十数分ほど経っただろうか、疲れた私は荒くなった呼吸を整えようと膝に手をついた。
───カタン。
暗闇に音が響き、反射的に顔を上げると、正面に微かな光を見つけた。
そして私は、正面の微かな光を目標にして一歩ずつ歩き続ける。
光の漏れ出る扉に辿り着くと、扉は私を招き入れるかのように開け放たれ、扉の先に現れた光景に息を呑む。
「────すごい棚と本の量······ここって図書館なのかな? それに上の階にも本がびっしり詰まってるし天井も高い······一体何フロアあるんだろ?」
建物の中心部に位置すると思われる吹き抜けから上を見る。だが、吹き抜けは天井が存在するのか疑問になるほど高く果てが見えない天井に吸い込まれるのではないかとさえ錯覚する。
私はその感覚に、呆然と立ち尽くしていたが、どこからか聞こえた声で意識を引き戻された。
「ようこそ、僕の図書館へ。──君はどんな物語をお探しかな?」
声の方に振り返ると、そこには高級そうな机と椅子があり、机にはいくつもの本が所狭しと置かれ、椅子には私と同年代と思われる赤と黒が混在する髪の青年が腰掛けていた。
「さて、困惑しているようだし、まずは僕の自己紹介といこう」
彼は読んでいた本に栞を挟み、ゆっくりと立ち上がる。
「──僕の名は
彼は一度腕を広げてから、フワリと丁寧なお辞儀をした。そして机に積まれたいくつもの本の中からある一冊を取り出し、開いた。
「折角の客人だからね。こんな
──その男女が住んでいる地域には古くからある一族が住んでいた。
一族には少し特殊なしきたりがあって、例えば『生まれてくる子供には花に関する名前をつける』。これは花そのものの名前でもいいし、花言葉を込めるでもいい。
──そして特殊なのが『名付けに用いた花をアクセサリーとして、肌身離さず持ち歩く』というものだ。······ちなみに彼氏の方がその一族の人間だということは先に話しておくよ
「おっそーい‼」
早朝の住宅街に私の声が木霊する。
私は今日、ほんのちょっぴり不機嫌だ。
こんな朝早くだというのに不機嫌なのには理由がある。それは、約束の時間になっても集合場所である私の家に彼が来ていないからだ。
普段なら私が家を出るときには、彼は既に家の前で復習をしているくらいなのに、今日は見える範囲に姿さえ見えない。
「ごめん! おまたせ!!」
朝の住宅街に慌ただしい声が響き、私はそちらを振り向いた。
「遅いよっ! ······何してたの?」
私は少し怒ったような振る舞いをしてみる。······第三者視点で見たら、多分『ぷんすか』などの擬音がつけられていることだろうが、幸いにもまだ周辺にご近所さんの影は無いため、これを見てるのは彼だけだと思いたい。
「ホントにごめん! 顔見知りのおばあちゃんの荷物持ちしてたら井戸端会議に巻き込まれちゃって······」
「そうなんだ〜。······朝早くから相変わらずキョウ君はご立派ですなぁ」
「······そうかな? ──でも、そんなこと言ったら君だって、土日に朝から休日返上でご近所さんの子供達の相手してるじゃないか。
······週によってはボランティアで保育所に行ってるし······父さんが『保育士になるならば、ぜひ私から推薦したい』って言うほどに頑張ってるって聞いたよ?」
彼からの流れるようなカウンターに「はぅぅ」と恥ずかしさに声が漏れる。······多分、私の顔はいくらか赤くなっているのだろうと思う。
「──さ、早く学校に行こう。遅刻しちゃったら大変だからね」
私は、未だに熱っぽい頬をペチペチと軽く叩いてから、彼の後を追って歩き始めた──────
『キーンコーンカーンコーン』
校内に放課のチャイムが鳴り響き、クラスメイト達がせかせかと急いで帰っていく。
(──昼休み頃から空模様が良くないし、みんな雨が降る前に帰りたいんだろうな)
私は彼に貰ったお守りのペンダントの紐をつまんでゆらゆらと揺らしながら、教室の端に生けてある桜を眺めていた。
「おーい、コウ。俺たちも急いで帰ろう! ······傘を忘れてるから雨に降られると不味い‼」
「分かった! 今行く。······幽雨、桜のこと任せちゃっていい?」
「······ん、任された」
「ありがと! ──また明日ね!」
桜を友人の
「不味い、降ってきた。······とりあえずコウの家まで走るよ!!」
「分かった!! ······あのさ、今日は」
「──後で聞くから今は走って!」
そう言って彼は、私の手を引いて駆け出し、あっという間に私の家まで到着した。
「──キョウ君、ありがとう。あのさ、今日は両親いないから、良ければ、その······雨宿りしてく?」
「大丈夫。でも傘だけ貸して貰っていいか? ······いや、ここまで濡れたら別にいいか。──それじゃ、また明日迎えにくるよ。風邪ひかないように気をつけて!」
彼は玄関から飛び出し、大雨の中を走って行った。その背中を見送りながら、『雨宿りくらいしていけばいいのに』と小さく私は呟いた。
彼の背が見えなくなった頃、私は『くしゅん』とくしゃみをしたことで、相当体が冷えていると気付いた。私は風邪をひかないためにも、雨で冷えた体を温めようとシャワーを浴びることにした。
「······ふぅ、さっぱりした。──キョウ君ももう家に着いた頃かな」
バスタオルを首にかけ、ほくほくのまま部屋に戻って荷物を片付けていると、ふとペンダントに違和感を覚える。
「······中の青い花が散ってる」
ペンダントに着いている、半透明な樹脂に覆われた青い桔梗の花が、枯れて千切れていた。それを見て、ふと何かが脳を刺激するが、霧に包まれているかのように思い出せない。
すぐに彼に聞こうかと一瞬迷ったが、急激に眠気が襲い掛かってきたため『明日聞けばいいや』と、私はベッドに入って、眠りについた。
翌朝、彼は私の家に来なかった。
私は仕方なく、『先に学校行ってるね』とだけメールを送り、ひとりで登校した。
久しぶりにひとりだけで歩く通学路は広く、なんだか学校が遠く感じた。
教室に着き、始業のチャイムが鳴る。その時には既にクラスメイトは彼を除いて全員揃っていた。
「······おはようございます」
扉を開いて先生が入ってくる。その顔は普段より暗く見えたため、教室がざわつくが、教壇に登った先生が話し始めたことで、みんなが口を閉じた。
「············ひとつ、皆さんに悲しい報せがあります。────昨日の放課後、このクラスの
偶然近くを通りかかった人がすぐに救急車を呼んでくれたため、病院に搬送されましたが、今朝、亡くなったそうです」
その言葉を聞いて、私は頭が真っ白になった。
昨日の放課後。それも下校途中ということは私の家から彼の家までの間で──ということだ。
その瞬間、昨夜ペンダントを見たときに脳を刺激していた記憶を思い出す。
「············そうか、そうだったんだ」
悲しくて涙が流れ出す。
あの時、私が無理矢理にでも引き止めていればこの結末は回避できていたかもしれない。
そう思うと悔しい思いでいっぱいだった──────