薄味なバレンタイン
二月十四日。
今日の日はバレンタイン。
女子にとっては友達同士で贈り合って友情の再確認をしたり、好きな相手にチョコを渡すことで自身を意識させたり、恋人とのイチャつきを周りに見せつける日。
けれど男子連中にとっては男としての格付けの日でもある。
なぜならこのバレンタインという日において、チョコを貰えないというのは社会で存在の必要性がないに等しいと言っても過言ではないだろうとのことだ。
「······流石に過言なんじゃないか?」
「いいや、過言じゃねえよ。つまり今んとこゼロな俺たちは要らない子寄りだ」
当然のようにオレの机に肘をついて言う友二に若干呆れつつ、ストローを刺したパックのコーヒーを飲む。
「その点テメェは高みの見物ができてうらやましいぜ。なあ相棒よぉ」
「······いやあ、確かに僕はチョコをいくつか貰った。だがあくまで下駄箱に入っていたものだから本当に全てが僕宛の物かは分からないよ」
「おうそうかい相棒テメェ。じゃあそん中で宛名付きはいくつだオイ」
友二が聞くと、縁詩は思い出すように目線を上に向け両手を使って数え始める。
「······送り主が分かっているもので十個からは数えてないね」
「はっ倒すぞ」
······なぜこいつらはオレの周りでじゃれてるんだろうな。
ぼんやりとそんなことを思っていると、教室のスピーカーが砂嵐を吐く。
『昼休みだぞー! 今日のイチオシはホイップ入りチョコチップメロンパンと三倍ビターチョココロネだ! 早い者勝ちだからみんな頑張るんだぞ! あと兄ちゃんメロンパンも買っといて!!』
······放送で私事を流すとか自由すぎだろう我が校の放送委員。
独特な昼休み開始の放送を聞いて、校内の各クラスから生徒たちが購買に走る音で廊下が騒がしい。
······どうせ校内各所に生活指導の先生達が張っているんだからタイムロスするだけだろうに。
「ぼさっとしてねーで行くぞ! 元より在庫少ねえんだからよ!」
「折角ならいいものが食べたいだろう? それともケイは残り物がいいの?」
教室を出る前にわざわざ気遣ってくれる友人たちには悪いが、文芸部のオレは野球部のあいつらほど身体が出来てない。
「······お前たちと違って細身なんでな。人集りに突っ込んで怪我するのは御免だ。少し遅れて行く」
故に少し遅らせる。
所詮購買。量が多く少し安く買える程度でそのへんのスーパーにも似たような物は置いてある。
そうして、他人を転ばせたりスライディングして踏まれる馬鹿どもに巻き込まれないように購買にたどり着く。
予想通り残っているのは普段から残ることが多いものと二つのビターチョココロネ。
「······ビターだから残ったんだろうな」
周りを見回して、もう誰も来ていないことを確認する。
······売れ残りを出すのも悪いだろう。
「ビターチョココロネを二つと、いつもの二つをください」
支払いを済ませて、品物を受け取る。
······普段は無くなりがちないつもの二つが残っていてくれて助かった。
「······これは幸運だったと言えるな」
生活指導の教員に怒られる生徒たちを横目に見つつ、廊下を歩く。
ちなみに生活指導の先生方に捕まった場合、昼休みはほぼ丸っと潰れるので、走っている馬鹿は学習しない本格的な馬鹿か教師陣に喧嘩を売る馬鹿の二択馬鹿になる。
······大した考えもなしに四つも買ったが昼休み中に食べ切れるだろうか
「あ、先輩」
四つのパンが入った袋を覗いて考えていると、正面から聞き慣れた声がした。
「······これから購買か?」
「はい。体育の疲れからか眠ってて遅れてしまって」
確かにこの時間の太陽はうたた寝するのに適した状態が多い。それに加えて体育の後なら疲れも重なって尚更だろう。
「それでなんですけど、チョココロネって残ってました?」
······これは丁度いいのではないだろうか。
「オレが買った分で終わりだ」
「······そうでしたか」
オレの答えを聞いて残念がる後輩にチョココロネをひとつ手渡す。
「売れ残るよりはと買ったんだが考えてみたら食べ切れるか不安になったところだ。嫌でなければ貰ってくれ」
「······いいんですか? じゃあせめて代金を──」
「──気にするな。残って駄目になるものを代わりに食べてもらうんだから、むしろお茶のひとつでも奢ろうか?」
······たまには先輩らしい事をしたいというのもありはするのだが、流石にこれは恩着せがましいか?
「······そういうことなら貰っておきます。お茶の方は週末の部活の時にお願いしますね」
では。と頭を下げて教室の方へ戻る後輩。
······週末の部活の時に······か。つまり約十倍程度の金額を見ておいたほうがいいだろう。
······確実に墓穴を掘ったなこれは。
教室に戻ると、オレの帰りに気付いた友二がこちらに向けて手を振った。
「遅かったじゃねーの」
「······少し寄り道をしていた」
ビニール袋からひとつ目のいつもの────特盛辛子の明太フランスを取り出し一口齧る。
いつも変わらない辛子と明太子の辛さに満足感を覚える。
······やはり他所のとは旨辛さの質が一味違う。どこかのタイミングで作り方を教えてもらえないか聞いてみることにしよう。
「誰かにチョコを貰ってきたってか?」
「NOだ」
あっという間に特盛辛子の明太フランスを食べきってしまったオレは、矢継ぎ早に次のパンを取り出す。
ふたつ目のいつもの──ランダム麻婆パンを齧る。
今日の具は麻婆春雨だった。
「そいつは残念だ。俺たち二人も要らない子脱却かと思ったんだがな」
「······その口からして、お前は貰えたんだな」
大して興味もないが話の流れで確認すると、ニコニコ笑顔でラッピングされた手作りチョコを見せつけてくる。
「友チョコってことで配ってんだってよ。······そーだ、こいつにもチョコねーか?」
友二がクラスの女子の塊に声をかけると、そのうちの一人から申し訳なさそうに返答があった。
「ごめんなさい。······ユージ君に渡したのが最後の一個でした」
在庫切れらしい。
だからなんだという話ではあるが。
「ってことらしい。······残念だったな。俺とエニシは先で待ってるぜ!」
先で······つまり少年漫画のアレか。高みで待ってるから追いついて来い的なことを言っているのだろう。
だが友二、お前はそれで良いのか。そうか。
「······まあ、そんなものだからな。気持ちだけでも嬉しく思う。『残っててもお前にだけは絶対にあげない』と言われるよりは······な」
痛々しい記憶が呼び覚まされ、涙が出そうになるとともに、食べていた麻婆パンが終わりを迎えた。
「······これでラストか」
「それ、放送で言ってた三倍チョココロネかい? 君がそれを選んでくるなんて意外だね」
「······ビターだからな。甘ったるすぎなくて良いと思った」
珍しいと声を上げる縁詩に理由を提示し、齧──ろうとして、一度止まる。
「ケイ? 食べないの?」
「······いや、食べはするが······お前らも一口味見するか?」
「······良いのか?」
「おー! 一口くれや」
遠慮がちな縁詩と食い気味な友二。
それぞれに少しずつちぎってチョコを付けたパンを渡して、自分の分を齧る。
「······ん、見立て通り美味い」
「悪くねえな」
「ほんとだ。甘すぎず苦すぎずのちょうどいい感じだね」
どうやら二人も気に入ったらしく、次回があれば真っ先に買おうと決めたらしい。
······もぐもぐもぐ。
ただ黙々と食べすすめる。
「······ご馳走様でした」
「おー、いつもより早ぇじゃん」
「······思ったより口に合ったらしい。······あれば二つ食べられたかもな」
袋をまとめてゴミ箱に捨てる。
依然としてチョコを貰えていないが、このチョココロネを食べたことで幾分か満たされた。
『昼休みが終わるぞ! ご飯はしっかり食べたか? 授業の準備は済ませたか? 念の為トイレに行くのも忘れずに午後の授業に備えろー!!』
······相変わらず自由な放送に呆れを感じつつ、オレは午後の授業に備えて行動する。
そうして、何ら問題なく午後の授業を終えた。
「ユージ! 授業終わり! 部活行くよ!!」
「あ? ······おう」
「······練習、がんばれよ」
寝ぼけ眼の友二を連れて出ていく縁詩の背中に声をかけ、自分もまた部活に向かう。
どちらかというと頭を使う部活なので部室までに購買を中継して糖分を確保しておく。
「······ん、安定の美味さ」
支払いを済ませて早々に封を開け、一粒の包装を取って口に入れる。
好きなものが確実に残っているのは、嬉しい反面他人には良さを理解されないということであり少し悲しくもある。
そんなこんなで一粒を食べ終わる頃には、オレの身は部室である図書室にたどり着く。
「······お疲れ。活動は順調に行ってるか? 副部長」
「ぼちぼち······です〜。部長に比べれば順調な方かな〜と。······それと、残念でしたね。先輩」
窓から差し込む夕日のせいか、後輩の顔が赤みを帯びているように見える。
声を掛けるとノートに置いていた手を離し、こちらに小さく笑顔を向けて、何か含みのある言い方をする後輩。
······大方、チョコ貰えなくて残念でしたねということだろうと察したが一応とぼけておく。
「······何がだ?」
「せっかくのバレンタインなのに〜チョコ貰えてないでしょうから〜。残念でしたね」
「······貰えてない前提で言うのは止めろ。······確かに貰えてないんだが」
「ですよね〜」
くすくすと笑う後輩。
どことなく、普段と比べて喋りがふわふわしているように感じる。
だが分かっていたこととはいえ、言われると少しは腹が立つものだ。
「······いっそ、お前がくれてもいいんだぞ後輩」
後輩の隣の席に腰を据え、部活用のノートやペンを自分のスペースに展開しつつ、チョコを口に放り込んだ後輩に意趣返しも兼ねて、冗談を言ってみる。
「代わりに先輩の塩キャラメルくれるならいいですよ〜。今日も持ってるでしょうし?」
「分かった。二粒持って行って──
「──チョコ、今口に入れたのがラストなのでこれで良ければ······ですけど」
ん。とチョコを唇にくわえ、目を瞑りこちらに向けてくちばしのように突き出す後輩。
······オレの持っている塩キャラメルを何かの対価に、あるいはただ欲しがるのはいつものこと。
だが、普段の後輩ならこんなことはしないし、できるような性格じゃないはずだ。
「はふぇないんれふか〜?」
普段であれば、そうなのだ。
ただ今日はバレンタインという記念日扱いの日。
······据え膳。と、自信のある者や誰もが夢見るご都合物語ならそう考えるだろう。
だが悲しきかなオレは自分の身の程を弁えている。······つもりだ。
そんな阿呆のような勘違いを起こすほどに自信過剰でもなければ夢想家でもない。
この展開を作ることで少なくとも後輩がこの行動を取るだけのプラスがあるのならば、先輩として後輩の手伝いをするべきだろう。
「······いや、貰おう」
血色良く、頬にほんのりと朱が入った後輩に少しずつ顔を近づける。
どの程度の距離での感覚が欲しいのかは分からないから、慎重に顔を近づけて行く。
······普段は注視することがないから気にしていなかったが、こうして後輩のことをよく見るときれいな顔立ちをしていると感じる。
艶やかな細い黒髪が彼女の鼓動に沿って小さく揺れる。
プルプルと小刻みに震える唇から漏れる吐息はチョコの表層を少しずつ溶かしていく。
青縁の丸メガネを隔てて、閉じていたはずの琥珀色がいつの間にかオレの瞳を覗いていて────
「────ん、むぅっ」
近付きすぎた。と咄嗟に退こうとして、後頭部に腕を回されていることに気づく。
唇に柔らかな熱を感じた。
次いで押し込まれる固形物と停止する思考。
すぐに離れた唇の熱が正常に戻ろうとする思考を阻害する。
『──てぃぴとん♪』
後輩のスマホから聞き慣れたカレンダーアプリの通知音が響いた。
「このあと予定があるので先に帰りますね〜······先輩、お疲れ様です〜」
いつの間にか纏めていたらしい荷物を持ってそそくさと後輩は図書室から逃げるように去っていった。
「············明日からどんな顔して······いや、まずなんでああなったかを聞くか」
溶け切ったチョコを味わって飲み込み、天井を見上げる。
それに塩キャラメル二粒を口に突っ込んでやらねばならない。
それが提示された対価であり、言い換えれば後輩との契約になるのだから。
······正直ホワイトデーにしっかりしたものを返すのが面倒くさいのもある。
『もうすぐ最終下校時刻だぞー! みんなも部活は終わりにしてお家に帰るんだぞ! 先に下駄箱で待ってろよ兄ちゃん!!』
放課後だからテンションが上がっているのか昼の放送よりもうるさい。
······どうであれ、帰る時間だしさっさと片付けるか。
「帰るぞケェイ!!」
「黙れユージ。図書室では静かにしろ」
荷物をまとめ終えた頃、入り口の扉を力任せに開ける友二。
······このバカこれで一度扉壊して謹慎になったこと忘れてるな。
「ユージ、また扉を壊す気かな? 早めに終わったから迎えに来たよ。ケイ」
少し遅れて顔を出す縁詩。
どうやらまた追加でチョコを貰ったらしくチョコを入れた袋が更にでこぼこしている。
「丁度連絡しようと思ってたところだ。······外で適当に待っててくれてよかったんだが」
「ま、いーじゃねーの。早めに集まれるに越した事ぁねーよ」
······確かにどうせ集まるのなら早くてもいいか。
こうして、いつものように三人で帰路につき────校外のたまり場の一つである公園で足を止めていた。
「ゆーじにいちゃん、これあげるー!」
「あたしもー! ばれんたいんちょこー!」
「おう! ありがとなチビ共。大事に食わせてもらうぜ」
わざわざ親御さんを連れてきてまで友二に手作りのチョコを渡す子どもたち。
傍から見れば小さい子供からカツアゲしてるように見えないこともないが、友二を囲む子どもたちは全員友二に懐いている。
······理由としては友二が子どもたちとよく遊んでいるからなのだが、一人っ子のはずなのに子どもの扱いに慣れているのは何故だろうか? どことなく波長が合うとかそんなのだろうか。
「ケイ、少し手助けしてくれないか」
「······? 別に良いが、何をすれば良い?」
ぼーっと友二の方を見ていると、貰った大量のチョコを詰めたゲーセンの大袋から一つずつチョコを取り出しては黙々と食べながら、縁詩が二つほど包装されたチョコを差し出してくる。
消費しきれないから食べろということか。
モテる男は辛いのだろう。
······だからといってモテないものを憐れむなと思うし、こいつの手元のチョコたちは、無記名であってもこいつ宛である可能性が高いからな。
「断る。お前宛ての物を食べて万が一報復されても困る」
「あー······うん。去年のアレは本当に申し訳なかったよ」
去年、とある部活の元部長による縁詩宛の本命チョコを食べきれないからとオレが食べていたのを見られたことで起こった細事。
その結果として、肩に外れ癖が付いただけで終わった話だ。
「······だからなんとかお前が全部食え。またとばっちりに遭うのは御免だ。······思い出したら背筋が冷えてきた。これ以上は止めよう」
「わかった。······それにしても本当になんでこんなにも沢山チョコを食べないといけないんだろうね。みんなで僕を殺す気かな」
どこか虚空を見つめながら、恐ろしいことを言い出す縁詩。
······多分ほとんどの人はそんなに深く考えていないと思う。無記名の奴らは特に。
「······第一に校則で縛っていないどころか推奨している。第二に下駄箱がロッカー並みに無駄にデカすぎる。第三にお前はガチ恋を生みすぎた。校内のほとんどがお前推しと聞くほどにはな」
······一説にはコイツがいるせいで破局したカップルも複数という話すらあるのだが······それは伏せることにする。
「何の話してんだ?」
「······校内情勢と校則への文句······か?」
「青春推進委員会ってやつか?······ま、どうでもいいや。明日休みだしケイの家であそぼーぜ」
いくつかのチョコが入った紙袋を提げて、友二がこちらに合流する。
······それはそれとして急に何言い出してるんだこのバカは。
休みと言っても授業が無いだけの普通の休日。部活はどちらもあるのだ。
「ユージ、部活······昼からだから大丈夫か」
「······親はキャンプだから問題ない」
オレも部活は午後からになるため、この時点で断る理由は無くなった訳だ。
「っし! じゃあ着替え持ってケイの家に集合。······エニシのを処理するにも流石に家ん中なら去年みてーにゃならんだろーからな」
それならオレの家でなくてもいいだろうと思いはしたが、一番広く場所を使えるのがオレの家であるため仕方ないのだ。
······そんな感じで、オレの家に来た二人とゲームしたりなどして、今年のバレンタインは過ぎていく。
結果として、チョコの数は二人に文字通り桁互いの差を付けられて終わったのだった────
こんな青春が送れたもしもがあったのかなーなんて思いもなくはない。大体最来世に期待しておこうと思う。