Go for broke!〜当たって砕けろ!〜TS転生とアグネスデジタルとタキオントレーナーとetc. 作:曾我
その日の午後3時。
「やぁやぁ、うん。時間通りだね。安心してくれたまえ、先生方や教官には話を付けておいたよ。さ、始めようか、早速」
レクレスアタックとアグネスデジタルの二人は、トレセン学園内の芝2000mコースに来ていた。
アグネスタキオンは既にコース内に居り、例の乗り物に乗りながらタブレットを操作している。ついでに『幻の三冠バ、アグネスタキオンがいるらしい』と話を聞き付けた生徒やトレーナーたちも覗きに来ている。
「あ、あのぅ…それでぇ、何をすればぁ…」
デジタルがモジモジとしながら尋ねる。
「うん、それだけれどもね。ちょっとコレを腕に付けて…うんそのボタンを押して。OKだ」
タキオンが取り出して付けたのは、リング状の機械。付けてみると数字が表示されるが、すぐに血圧や酸素濃度等の数値だと理解出来た。
おそらくタキオンが製作したのだろうが、ただ腕に付けているだけ。どうやって測ってるんだ。
「さァて…そうしたらまずは一人づつ…2000mを一周してきてもらえるかな?」
「あっ、ハイ!えっと…」
「えっと…あっ」
「あっ…」
「「…」」
こういう時に固まる事が多いんだよなぁ。
「…うん。じゃ、まずは…デジタル君からお願いするよ。一周を…このタイムピッタリを目標に走ってくれたまえ」
「あ…ハッ、ハイ!」
デジタルはそう言うとスタート地点に立ち、タキオンの合図で駆けていく。
タキオンはラップタイムを測りながらタブレットを操作したり、何やら紙に書き込んでいる。
「デジタル氏の走り……尊い…美しいぃ…」
レクレスアタックはただただ勝手にデジタルの走れに尊みを感じて震えている。
レクレスアタックの魂が抜ける直前にデジタルは一周を終え、今度はレクレスアタックの番となった。
「うん…やはり…か」
タキオンが呟く。
隣にいるデジタルは何か言いたげにモゾモゾ動いているが、邪魔になると思って言い出せずにいる。
「…うん。デジタル君、大丈夫だよ。想定内、さ」
「あ…」
デジタルの様子を察したタキオンが言う。しかしながら外野のギャラリーからは困惑の声が漏れ始めていた。
「アレは・・・ちょっと酷いなぁ・・・」
「まぁ入学数ヶ月だし・・・ねぇ」
「それでも・・・」
「うーん・・・いくらなんでも・・・」
「う…」
「デジタル君気にする事はないさ。言わせておきたまえよ」
「…でも」
「何も分かっていない状態で、見ているんだ。あんな言葉が出て来てもおかしくはないむしろ、当然な感想だろう、今は言わせておけば良い。今はね。…大丈夫。安心すると良い」
そういうとタキオンはクククと笑う。
そして。
レクレスアタックがゴールした瞬間。
「…うん!やっぱりだ!!よし!!!」
突然タキオンが目の色を変えて叫ぶ。声は見ていたギャラリーたちにも響き渡り、どよめきが起こる。
一体なんだって言うんだ?
タキオンが叫んだ理由が理解出来たのは、計測タイムをチラチラと見ていたデジタル、そして二人のタイムを測っていた一部のトレーナー数名だけだった。
「やぁやぁ。お疲れ様レクレスアタック君。終わったばかりで悪いのだけれどもねコレ。見て貰えるかなぁ?」
ゴールから戻って来たレクレスアタックにタキオンが見せたのは、デジタルとレクレスアタックの、1ハロン毎のラップタイム。
「…やっぱり…ですね…」
デジタルの1ハロンタイムがほぼ均等なのに対して、レクレスアタックのそれはとても『誤差』の一言で片付けられないくらいバラバラだった。
「レクレスアタック君。いいかい?…うん。自らも自覚している事を掘り下げられるのは…嫌だと思うよ、私も。…でもね」
「…はい」
「キミは『ペース配分』が出来ていないんだ。……自分では意識していなくとも、勝手に速くなったり遅くなったり、してしまう。どうしても」
「ッ…はい」
「常に加減速を繰り返す。一定速度を維持できずにアクセルを踏んだり戻したりする車のように。そのせいでスタミナの消費量も…大幅に上がってしまう」
「…」
「…しかし。しかしだ。しかしだよ?」
そう言ってタキオンがレクレスアタックに見せたもの。それは二人のコース1周タイム。
「『コースを1周したタイム』は…二人とも…ほぼ同じ、なんだ。」
「……え?」
「いいかい!?キミは他のウマ娘たちよりも余計に体力を消費しているにも関わらずだ!ほぼ!全く!同じタイムで!走りきったんだよ2000mを!」
徐々にタキオンの話し方が演説のようになっていく。
「しかもだよレクレスアタック君!この血圧などの数値を見たまえよ!あんな走り方をしておきながら、だ!キミの疲労具合はデジタル君とほぼ同じ、むしろキミの方が余裕がある!現にもう息は整っているじゃないか!つまり!キミはもう既に、通常のレースに充分耐えうるだけのスタミナを、持っている!」
タキオンの演説によってギャラリーたちが理解したのか、どよめきが大きくなっていく。
「いえ…俺にそんなスタミナは「ある。この数字が証明している」…」
「でも…ペース配分なんて「私が矯正する。出来る。」…」
ポンとレクレスアタックの肩に手を置き、目を合わせる。
狂気。
実際に見る、アグネスタキオンの狂気の眼。
「…大丈夫だよ」
「あ…」
その眼はレクレスアタックの心を今にも掴んでしまいそうだった。
「信じてくれたまえ、私を」
「う…」
「…フフン、まだ不安があるようだね。分かったよ。じゃあちょっと、やってみて欲しい事があるんだレクレスアタック君。そこで倒れているデジタル君も」
「ひゃいっ!!」
「まずデジタル君は鼻血を拭いて…袖では無くティッシュで。うん。さて!今からキミたち二人でレースをして欲しい。勝った方にコレをあげよう」
そう言ってタキオンは、発行部数わずか50部のURA公式優駿写真集を取り出す。
ウマ娘ファンたちの間では『幻の一品』と言われ、存在するのかも怪しいと言われていた物。
タキオンが昨日のうちにレクレスアタックについて調査して『アグネスデジタル君と同じ類のウマ娘』と結論付けての用意だった。
「「ほげえぇぇぇ!!!!」」
「コレは一部のURA関係者にしか配布されなかった非売品だ…他に言葉はあるまい…全力でお願い、出来るかな?」
「「勿論です!!!」」
二人の闘志が、ウマ生最高に燃え上がる。
「レクレス殿…本気で行きます…!」
「こちらもです…デジタル氏…!」
ギャラリーたちは断片的にしか理解出来ていないが、これからレクレスアタックとアグネスデジタル二人のレースが行われる事、そして遠巻きに見ても二人の闘志が燃え上がっている事だけは確認出来た。
徐々にボルテージが上がっていく。
正直、レクレスアタックに勝算はない。
二人ともデビュー前とはいえ学年上ではデジタルが先輩。
積み上げてきたトレーニングの差が違う。
それでも。
(やるしか…ない!)
二人の心は燃え上がっていた。全ては優駿写真集の為に。
ギャラリーはまさか本一冊のためにここまで燃え上がっているとは誰も思うまい。
「おっと」
何かを思い出したようにタキオンがレクレスアタックに近づいて耳元でそっと囁いた。
「今キミが持っている全力で、大逃げするんだ」
「ぉ、大逃げ…!?」
「ああ、キミの全力でね」
先ほどペース配分の話をしたばかりなのに、何故??
「…でもそれじゃ絶対スタミナが」
「こちらのプレミア本もつけよう」
「わっかりましたァッッッ!!!」
気合を入れ、二人がスタート地点に立つ。
「それでは二人とも…宜しいか?」
「「ハイッ!!」」
「この旗が上がったらスタート、だよ…」
バサッ
「うおおおおぉぉぉ!!!」
合図と同時にレクレスアタックが全力で突進を始める。
「レクレス殿っ!?」
デジタルもこれには驚いたが、すぐに冷静さを取り戻し、ペースを崩さぬよう走る。
(大丈夫、レクレス殿にいくらスタミナがあるといえど、後半はバテるはず。それに、私も入学してトレーニングだけはしてきたはずです!負ける訳にはいきません!!)
レクレスアタックは未だに全力で逃げている。
(ふうぅぅぅぅぅぅ!!!)
その逃げは、もはや大逃げを通り越していた。
破滅的、破壊的、無謀。誰もが失速すると感じていた。
だが、一見無謀に見える行いは、一定の人々を魅了するのも事実。
「速い…このターボにはまだ到底敵わないけど!!」
「その根性どこまで続くんか…見して貰うで!」
レクレスアタックの走りに惹かれ、目を輝かせるウマ娘も、確実に居た。
ギャラリーたちはいつの間にか膨れ上がっている。
(逃げる!逃げる!逃げるうぅぅ!!!)
第3コーナーに入った頃、やはりと言うべきかレクレスアタックのスピードが落ち始め、距離が詰まり始める。
(逃げ…逃げ…ッ…)
そして第4コーナーから最終直線に差し掛かろうかという場面。
(あっ、あっ、あぅっ…もぅ…限…界)
(捉えましたよ、レクレス殿ッ!)
二人の差は殆ど無くなっていた。
「レクレスアタック、踏ん張れえぇぇぇ!!」
「差せ、差せアグネスデジタルウゥゥゥ!!」
「二人とも頑張れえぇぇぇ!!」
最終直線。残りおよそ300m。
(今です!)
追い付くのに苦労して多少余裕が削れてはいるものの、脚を溜めていたデジタルが仕掛ける。
その差し脚は、デビュー前とは思えないほど強烈で。
(あ…コレ…ダメだ。)
一気に。
(俺…負ける…んだ)
レクレスアタックは敗北をほぼ確信する。
「レクレスアタックゥ!諦めるなぁ!」
(この声…師匠?)
ツインターボが檄を飛ばしていた。
「レクレスアタックさーん!最後まで諦めないでー!」
(ナイスネイチャ…さん?)
「ココ踏ん張りィ!レクレスアタックゥ!」
(タマモクロスさん…?)
(俺が 応援 されている ? 入学間もない 俺 の こと を 話した こともない おれの ことを おれが)
(俺が推されている)
プツン
Go for Broke !
〜当たって砕けろ!〜
(んぁぁぁぁぁぁあぁぁ!!!!!)
「…ねぇあの子また加速したよ!?」
「ウッソでしょ!?!?」
「泡吹いてるあの子…」
(良いっ…良いっ…レクレス殿への声援が確かにレクレス殿へ届いて…最高にエモな展開…だからこそ…私も全力を尽くしますッッ!!)
もう何も考えられない。
泡を吹きながら、涙を流しながら、白目を剥きながら…
正直言って酷い顔になっているが…
ゴールに向かって走り続ける。
残りの直線で二人は最後の叩き合いを行い、
「「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!!!!」」
「ゴール!勝者、アグネスデジタル!」
最後は1バ身差でアグネスデジタルの勝利となった。
(あはは…結局負けちゃったぁ…カッコワル…)
(はあぁ…このエモさを…冥土の土産に…)
「レクレスアタック君、デジタル君。コレをご覧」
「ふえぇ?…!!」
「ひゃあぃ?…!!」
二人が出したタイムは、選抜レースに出場していないウマ娘が出したとは思えない程の好記録だった。
「あー…今回は二人だけ、しかもかなり特殊な状況下でのレースだった…このタイムはあくまでも、参考程度に留めておくべきだろう本当のレースで…こうはいかない。しかしレクレスアタック君…もしキミが…上手くペースを調整出来るようになって。スタミナ管理を出来るようになれば」
レクレスアタックの眼の色が、変わる。
「デジタル君も」
「…デジたん、は…」
「うん、何だったかね。『推し』…だったかな?その『推し』に…今の調子でトレーニングを続けていれば…?」
「推しを…間近で堪能出来る…」
「うん…うん???」
「推しが走っている姿を…この目で…一番近くで…かといって邪魔にはならない距離を保って…」
…違う、何か違う。
「貴女なら出来ます、デジタル氏!」
「ッ本当…ですか!?」
「キ、キミたち…?ちょ」
「だって貴女はアグネスデジタル!誰よりもウマ娘ちゃんたちを愛するウマ娘!」
「ッ!!!」
「キミたちィ?」
「そうでしたッ!!私は…」
「ぉ-ぃ!?」
「世界一ウマ娘ちゃんたちを愛するウマ娘、アグネスデジタルッ!やってやります!やってやりますとも!えぇ!!」
違う、何か違う。だがもうタキオンの声は届かないし脱線も直らない。
「僕のトレーナーになって下さい、アグネスタキオントレーナー!」
「私もお願いします!アグネスタキオントレーナー!」
「…あぁ、こちらこそ、よろしくお願いするよ、二人とも」
(何か…何かが…違うような…いやしかし二人とも…トレーナー契約は結んでくれる様ではあるし…これで良い、はず…だ。うん)
何か引っ掛かる物を感じるが無事にトレーナー契約は結べた。『引っ掛かる物』については暇な時に軽く調査する位で良いだろう。
タキオンはそう結論付けるとデジタルに写真集、レクレスアタックにプレミア本を贈呈する。
「…では正式に、契約を結ぼう」
二人を連れ、タキオンが颯爽とコースを後にする。
「気合い、見せてもろたでぇ!」
「良く頑張ったよー!二人ともー!」
「デジタル!格好良かったよー!」
「今度はターボと勝負だー!!」
「お、おぅふ…」
『推しに声援を送られている』という状況。
デジタルの心の中で、いつもとは違う何かが、芽生えつつあった。
その後、インターバル走法てんこ盛りの仮トレーニングメニューを手渡されたレクレスアタックにギャン泣きされたが、アグネスタキオンはレクレスアタック・アグネスデジタル両名と正式にトレーナー契約を締結。
アグネスタキオン・アグネスデジタル・レクレスアタックのトゥインクル・シリーズが幕を開けようとしていた。
(自身の豊富なスタミナとペース配分の重要さ…両方を同時に理解してもらう為にあえて、大逃げを指示したが…予想出来なかった。何故、あのような接戦になった?何故、最後にあんな加速をした?…先輩のデジタル君の本気とほぼ変わらないタイム…無謀だ。危険過ぎる。アレをやらせてはいけない…最後のあの加速だけは…)
Go for Broke !
第二次世界大戦中に欧州で活躍した日系人部隊のモットー。
主人公の名前はこれにする予定でいたのですが、同名の競走馬が既にいました…
リング状の機械
タキオンの科学力は世界一です。