今の俺は、死んだ俺の魂がルイの身体に入り込んで生まれ変わった存在。そこまでは話した。
では何故そんなことが起こったのか。これについても推論がある。
俺とルイは、ある種の似た者同士だったのだ。
話した通り、ルイはある日突然親に捨てられた。わけも分からずに必死にすがり付くルイを蹴り飛ばし、罵声を浴びせるというおまけ付きで。
ルイくらいの子供にとって親というのは世界そのもの。その親に捨てられたルイは存在を否定されたも同然だ。
ルイは愛に飢えていた。
__どうしてパパとママはぼくを捨てたの?
__どうしてぼくは一人ぼっちなんだろう。
深い悲しみにくれたルイは、やがてこう思うようになった。
__ぼくが、何もできないダメな子だからだ。
__ぼくがもっと頭が良かったらパパはきっと褒めてくれた。ぼくが剣を振るのが上手だったらママはきっと抱きしめてくれた……。
権益争いが付き物の貴族の世界では、親はより優秀な子を育てることを重視する。自分の子が高い地位につけば、影響力が上がり、手にする権益が増すからだ。
ルイは小さくても貴族の子。難しいことは分からなくても、優秀である方が親に大事にしてもらえることは理解していた。
だがルイには、突出した才能というものはなかった。
縁のある家の子は、将来の騎士団団長と言われるほどの剣の天才だったり、次王の良き相談役兼頭脳としてすでに頭角を現している宰相の息子だったり、国の魔法技術を100年分は引き上げるだろうと噂される鬼才の魔法使いだったりと、皆才覚溢れる子供だったのに。ルイだけが、何もなかった。
もちろんルイがダメな子というわけではない。勉学においても、政治の理解についても、剣術や馬術といったスポーツに関しても、ルイは優秀な成績を収めていた。まだ5歳ということを踏まえれば、充分な才覚の持ち主だろう。だけど、前述したような本当の天才達に比べれば、ルイの力はかすんでしまっていた。
それが幼いながらにルイのコンプレックスでもあった。だからルイは思ったのだ。捨てられたのは自分が凡人だからだと。
__力が欲しい。才能が欲しい。皆がぼくを見てくれるような、皆がぼくを褒めてくれるような……。ぼくをルイだと認めてくれるような、力が欲しいっ……!
それが今もなお身体に刻まれているルイの願い、俺と同じだ。
才無き自分を嘆き、自らの存在を認めてもらいたかったルイ。
生きる意義を見つけられず、自分の才すべてをかけて何かを為したかった俺。
環境、状況、程度の違いはあるけれど、求めていることは似ている。
自分という存在を認めてもらいたかった、自分の力がこんなものじゃないと信じたかった、もっと高みへ昇ってみたかった。
暴論になるけど、だから俺達は引かれあったんじゃないかと思う。
肉体と魂の関係なんてまったく分からないけど、仮に俺とルイの魂が全然性質の違うものだったら、肉体に宿るなんてできない、あるいはできたとしても強い拒絶反応が起こるのではないかと思う。ファミコン用のカセットをメガドライブに無理くり突っ込むようなものだ。
俺とルイは根底の部分が同じだった。だからこそ彼の肉体に乗り移って生き返るなんて現象が起きたのだと思う。
ルイの魂がどこにいったのかは分からない。もしかしたらこの身体にまだ残っているかもしれないし、俺の身体の方へいってるかもしれない。ただ俺の身体は外傷と出血が酷くて多分助からないだろうから、その場合はそのまま死ぬことになる。それはあまりにも酷な話なので、今は精神的な疲れから眠っているだけで、この身体に残っていることを願いたい。
「……ルイ君? ボーっとしてるけどどうしたの?」
「…………」
「ル、ルイ君?」
「……すみません、少し考え事をしてました」
「そう? 無理しないでね? 具合が悪い時はすぐに言うんだよ?」
「……はい、ありがとうございます」
孤児院の廊下でぽけーっと突っ立っていると、女性が一人、話しかけてきた。
前髪が右のおでこだけ出すような形をした、腰に届くくらいピンク色の髪が長い女性。上は真っ白なセーターで、下は左足側がチャイナ服のようにスリットが入ったスカート。太ももまである黒のソックスを履いてその服の上にエプロン、頭に三角巾を着けている。
この孤児院で働く従業員、いわばシスター。ミーナさんだ。
誰もいない廊下に佇む俺を心配して声をかけてくれたミーナさんだが、俺はすぐに返答しなかった。戸惑った様子でもう一度を声をかけてくれたミーナさんにやっと返事を返す。といってもそれはよそよそしく素っ気ないもので、会話を終えるとさっさとその場を立ち去った。
態度が悪すぎる。そう思っただろう。
大丈夫だ、俺が一番思ってる。
仮にも命を助けてくれた人に対してひどい態度をとってしまったと内心ビクビクだ。しかもミーナさんは子供が大好きな優しい人だから、俺にそんな態度をされてちょっと泣きそうな顔になっているのがちらっと見えた。とんでもない罪悪感もプラスされる。
じゃあ何故あんなことをするのか。これもルイの記憶に関わる話なのだが聞いてほしい。
壮絶な悲劇を経験したためか、この身体に残るルイは大人に対して強い負の感情を持っていた。
怒り、憎しみ、悲しみ、失望、悔しさ、恐怖、絶望、殺意……等々、大人を見るたびに黒い炎のような感情がどろどろと湧き上がってくる。ルイが死ぬ直前に抱いた憎悪、言うなれば”報復心”というべき感情は、この身体に深く刻まれている。
その影響は、身体に宿っている俺の意思にも関わってくる。この報復心はえげつない程強い。今は俺が理性となって何とか抑え込んでいるが、もし俺というストッパーがいなかったらすぐにでもこの孤児院どころか街中の大人達を惨殺して回りそうだ。
その影響があって、俺はミーナさんを始めとする大人達に好意的な行動ができないのだ。
もし俺がミーナさんのような美人で服装も男心をくすぐるような女性にあんな風に話しかけられたら笑顔100%で対応するところだが、今の俺ができる精一杯の対応がさっきのあれだ。あんなに外面も内面も魅力あふれる人なのに、顔を見るとまず憎悪が先に来てしまう。難儀なことこの上ない。
ルイはきっと誰よりも愛を求めた少年だ。だけど皮肉なことに、そのルイ自身が愛を拒絶してしまっている。
「……悲しいことだな、ルイ」
心臓の辺りに手を当ててそう語りかけると、ゆらりとルイの気持ちが揺れた気がした。
生まれ変わったばかりの頃は状況が分からず、パニックになったりしたけど、あの交通事故で俺は死んだ。過程はどうあれ今は俺が”ルイ”だ。本当のルイがどこに行ってしまったのかは分からないけど、この身体に残していった記憶と感情。これはしっかりと受け入れてあげようと思う。この愛に飢えた少年に、せめて俺だけでも寄り添ってあげたい。絶対に捨てたりしない。
「……いい天気だな」
孤児院の窓から空を見上げる。青空を覆う雲の隙間から太陽が顔を覗かせていた。夏になると憎たらしくなってくる、年中無休のえらい奴だ。前世とその姿は変わらない。
「……生きてみようか、”ルイ”。今度こそ命をかけて」
窓にぼんやり映るルイはどことなく暗い表情をしていたが、俺がそう語りかけると少しだけ笑った気がした。