灰銀のハイバラ   作:みるちー

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episode5 才能という武器

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『短所を分析し、長所に変えろ!』

 

 これは、俺が前世で読んでいた本の一文だ。色々な自己啓発本に共通して書かれていることでもある。自分の長所、つまり才能を見つけようとした時、自分の短所から見つめ直してみようという考え方だ。

 

 長所とは、他人と比べて突出して優れた能力のことなのだが、"突出した"という意味では短所も同じだ。

 

 ならば、捉え方や環境を変えることで短所も長所となるのではないか、という理屈である。

 

 例えば慎重な性格で行動力がなく、なかなか顧客を獲得できない営業マンは、経理の仕事をすれば注意深くてミスをしない優秀な社員になれるだろう。

 身体が硬く、柔軟な動きができなくて成績が伸びない体操選手は型を大事にする流派の格闘技を習えばたちまち模範生になれるかもしれない。

 

 同じことが俺にも言える。

 

 "持っている魔力が限りなくゼロに近い"。

 

 この世界においては致命的な欠点。だけど俺はこの特性をすごく優位なものとして捉えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃ、行ってくる!」

 

「私も! 行ってきます!」

 

 翌日、朝。天気晴れ。

 朝食を終えるとレオンとアスリカが元気よく孤児院を飛び出していった。俺は他の子達と一緒に二人を見送る。

 

 二人がどこに行くのかというと、冒険者ギルドと魔導ギルドだ。ファンタジーでよく聞くあれである。

 

 冒険者ギルドはその名の通り、冒険者達を取りまとめる組織だ。冒険者とは、魔物退治や未開の地の探索、遠方への遠征・冒険などを生業としている人達のことで、絵本などの物語によく登場する。

 一方魔導ギルドは魔法使いや魔術師が集まった組織で、魔法や魔法の力が込められた道具である魔道具の研究・開発を行っている研究機関。魔法専門ギルドだ。

 

 この二つのギルドの支部がこの街にある。今更ながらこの街の名前がストレインというので冒険者ギルドと魔導ギルドのストレイン支部だ。

 

 レオンは冒険者ギルド、アスリカは魔導ギルドへ日常的に通っている。

 レオンは現役の冒険者達に話を聞かせてもらったり訓練をつけてもらっている。アスリカは魔導ギルドの魔法使い達に魔法を教えてもらっている。

 二人の夢はすごい冒険者になることと偉い魔術師になること。そのために今の歳から勉強をしているのだ。

 

「ねぇルイ君。ルイ君はレオン君やアスリカちゃんみたいに外に行かなくて良かったの?」

 

「はい。ぼくは結構ですのでお気になさらず」

 

「そう? でもやっぱり子供は元気に遊ぶのが一番よ。こうやってお手伝いしてくれるのは嬉しいけど……」

 

「いいんです。外へ行くといってもこの街のことをよく知りませんし、行きたいところも特にないので。それともぼくがいるのは邪魔ですか?」

 

「ううん! そんなことないよ!」

 

 洗濯物が詰まったカゴを持ってミーナさんと二人で庭を歩く。例によって俺の態度が悪いが見ての通りお手伝い中だ。物干し竿に濡れた洗濯物を干していく。住んでる人が多い分洗濯物の量も多い。

 

「よし、洗濯物終わり! ルイ君のおかげで早く終わったよ、ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

「私はこれからお仕事してくるけど、ルイ君は?」

 

「ぼくはもう少しここにいます。日を浴びたい気分なので」

 

「そっか、じゃあ私は先に戻るね」

 

 そう言ってミーナさんは孤児院の中に入っていった。仕事と言っていたから職員室で経営の書類を片付けたりするのだろう。俺は庭にある木でできたベンチに腰掛ける。

 

 おもむろに、庭に生えている雑草を数本引き抜いた。青々とした生命力にあふれた緑の草、それが俺の手の中に収まっている。

 

「……魔力、挿入開始」

 

 ふぅーっと息を吐き目を閉じて、自分への合図を呟いてその草に魔力を流入した。草の中の繊細な化学結合の中を俺の魔力が網目を縫うように入っていくのを感じる。

 だけど集中できたのはそこまでで、近場の化学結合をうっかり崩してしまった。すると草全体の化学結合に綻びが生じ、たちまちぼろぼろと崩れ去る。

 目を開けると、俺の手の中にあった青々とした草は見る影もなく、おが屑のように変貌していた。

 

「まだ無理か」

 

 

 

 俺がしているのはルイの”限りなくゼロに近い魔力量”の活用法、その実験だ。まさに前世に読んだ自己啓発本に従って、短所から才能を発掘しようとしているのである。

 

 魔力量がゼロに近いということは、使用できる魔力量もゼロに近いほど微量だということ。ならば、常人なら不可能な繊細かつ微細な魔力操作ができるのではないかと考えた。物質の組成にまで入り込み、その化学結合や原子の電子をいじくれるほどに。

 

 確かに魔力量は多い方が優秀なのだろうが、出力が大きい分細かい操作は苦手なのだと思う。

 砂場に埋めたガラス玉を掘り出す時、ショベルカーを使ったらやりにくいしガラス玉を傷付けてしまう恐れがある。3歳の幼児がスコップでえっちらおっちらと掘った方が早いし確実だ。

 

 それはレオンやアスリカを見ているとよく思うことだ。

 レオンは冒険者に教えてもらったという炎魔法が得意で、よく孤児院の子供達にねだられて披露している。何もないところから赤く燃える炎を生み出して手足のように自在に操る様は実に見事だ。だが彼が使う魔法は見た目が派手で大雑把なものが多く、繊細な魔力制御に重きを置いたものはあまりない。

 魔導ギルドへ勉強に行っているアスリカも、豊潤な魔力を生まれ持ち、魔法の才に恵まれている少女だ。そんな彼女も魔導ギルドの魔法使いに、魔力の使い方がまだまだ未熟だ、とよく怒られると言っていた。

 

 もちろんレオンもアスリカもまだ7歳の子供。これから鍛錬を積んでいって成長すれば技術が身についていくのだろう。だけど、魔力制御という分野において誰よりも先のスタート地点に立っているのは俺だ。

 

 何せ俺が使える魔力量は元々超微量。どう頑張っても些細なことしかできないから、自然と細かな操作が身につく。緻密で繊細な魔法の活用とか、そういう段階をすっ飛ばして原子や分子といった量子学の世界に踏み込める。

 

 さっき俺がやっていた実験もその一端だ。

 俺の微細な魔力が物質の化学結合の領域まで入り込み、水の共有結合や植物細胞のペプチド結合を切断して内部から草という物質を崩壊させる。

 本当は水の共有結合だけを切って、草を乾燥させるということをしたかったのだが、まだ俺にそこまでの技術がないようだ。

 

 物質に流入した魔力からその組成を感じ取り、目的の化学結合や原子にのみ干渉して世の物質を自在に操る。極めればバラの花を金に変えることだってできる力をルイは秘めている。

 

 魔法全盛のこの世界、きっと誰もが気づかなかった魔力がない者の可能性。理系大学生で化学を学んでいた俺だから気づくことができたルイの才能(ぶき)だ。磨き上げれば俺を支える大きな力になる。

 

 必ずものにして見せる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ルイお兄ちゃん?」

 

「ん?」

 

 雑草を引っこ抜いて魔力を流して壊す。しばらくそんな訓練を繰り返していると声をかけられた。顔を上げると長い黒髪の小さな女の子が俺を見ていた。

 

「ずっとお外で何してるの? もうお昼ご飯だよ?」

 

「……おっと、もうそんな時間でしたか。すみません、少しぼーっとしてました」

 

 さらっとしたストレートの黒髪と漆器のような黒い瞳を持つこの子はメアリー。この孤児院で最年少の、4歳の少女だ。大人達を含め皆から妹のように可愛がられている。

 

「あのね、先生達がお仕事でお出かけするからお昼ご飯はルイお兄ちゃんに作ってもらいなさいって」

 

「分かりました、すぐに作ります」

 

 そんな話は聞いていないが、ミーナさんがそんな大事なことを言い忘れるはずがない。きっと訓練に集中しすぎて聞き逃してしまったんだな。

 孤児院の中に入ると、いたのは小さい子供達だけで5歳の俺が一番の最年長だ。フシト達もどこかへ遊びに行っているらしい。

 日頃からお手伝いをして一定の信頼を得ている俺は台所に立つことを許されている。メアリーに子供達を食堂に集めてくるようにお願いして早速調理に取り掛かった。

 

 調理といってもえらく簡単だ。パスタ用の麺と残っていた昨日の夕食用の野菜と肉、これらをフライパンに放り込んで焼くだけ。いい感じに焼き色がついたらソースを適量加えて炒める。あっという間に完成だ。

 

「できましたよ」

 

 大皿に盛りつけたそれを席について待っていた子供達の前に置く。メアリー達はそれを見て目を丸くしていた。

 

「お兄ちゃん、これ何?」

 

「焼きそばです」

 

「……ヤキソバ?」

 

 首を傾げる子供達に俺は頷く。

 自慢じゃないが俺は料理ができない。食事は安くなったスーパーの総菜とか、カップ麵なんかで済ませていた。野郎の一人暮らしなんてそんなものだ。

 そんな俺が唯一作れるのがこの焼きそばだ。課題やレポートで疲れて、スーパーに行く気力もない時に家にある余りものの食材でよく作っていた。作り方も分量も適当で味も多分濃いめだけど、一食くらいはいいだろう。

 

「ルイ君! これおいしい!」

「食べたことないあじ!」

「ちょっとしょっぱいけどおいしい!」

 

 焼きそばを見たことないらしい子供達は最初こそ恐る恐る食べていたけど、概ね好評だ。その様子を見てメアリーも一口、口へ運ぶ。

 

「……おいしい」

 

 俺用の濃い味付けだから心配だったけど、メアリーの口にも合ったようで良かった。安心した俺も席について食べ始める。その日のお昼ご飯は無事に終えた。

 

 

 

 

 

 

 その後、帰ってきたミーナさん達に子供達が焼きそばのことを話し、興味を持ったミーナさん達にも作ることになった。結果、焼きそばは孤児院で大人気となってしまったので、その日から度々俺も台所に立つことになるのだった。

 

 ……まあ、別にいいんだけどね。少し面倒だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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