『願いの果て、結ぶ祈り』   作:OKAMEPON

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第二話『示された道』

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 あれから色々とあったのだが。

 ルフレの身に起こっている『異変』はルキナの血によって元に戻す事が出来る事。

 しかしルキナが幾ら血を与えて変異した部分を元に戻した所で再び時間が経てば『異変』が起こり始めてしまう事……つまりルキナの血には問題を一時的に解消する力はあれども、それだけでは根本的な解決には至れない事だけは分かった。

 だが……そもそもの問題点である、『何故ルフレの身にその様な異変が起こったのか』と言う点に関しては全く分からないままである。

 まあ何にせよ人前に出ても問題ない体を保つ事は可能になったので、この事態を打開するべくしてルフレとルキナはクロムに会う為に王城へと向かった。

 

 ギムレーとの戦いから帰還して直後と言う事もあって今はまだ宮中に奉職していないルフレであるが、イーリス騎士団の軍師と言う立場は戦時から変わらずにルフレのものであるし、もう少し時を置けば何かしらの官職を与えられるであろう事は誰もが知る所である。

 故に、ルフレが登城しても貴族や高官達を含めて誰かに咎められる様な事はなくて。

 強いて言えば、『本来の立場』ではともかくこの世界に於いては自らの在るべき場所ではないと言う事で有事を除いては王城を訪れる事はほぼ無いが故に城の者達にとって見慣れない存在であるルキナは、時折衛兵達に呼び止められる事があったけれど。

 それも、ルフレが一言二言添えるだけで即座に解放される。

 救世の英雄にしてイーリスが誇る神軍師との肩書きは、ルフレ本人がそう呼ばれるのを好むかどうかは捨て置いて、伊達ではないのだ。

 そんなこんなで辿り着いた執務室で書類と格闘中だったクロムは、思ってもみなかった来客の二人が入ってくるなり少し目を丸くした。

 

「どうしたルフレ、今は休養中だったんじゃなかったのか? 

 それにルキナまで……珍しいな。

 ああ折角だから小さなルキナに会いに行ってやってくれ。

 どうやらあの子はお前たちの事が大層好きなようでな。

 こないだも『ねーねとおじたんは?』とねだられたんだぞ」

 

「そうなのかい? あ、いや今はそれどころじゃなくて。

 少し急な話になるんだけれど、どうしてもクロムにしか頼めない重要な案件があるんだ」

 

 常は少し固めのその表情に親しいものへと向ける確かな微笑みを浮かべて、砕けた様子でそう言ったクロムであったが。

 それを遮ったルフレの真剣な眼差しに瞬時にその居住まいを正し、何があったのかと説明を促した。

 クロムのそう言った所を有り難く思いつつ、ルフレとルキナは何が起こったのかを語っていく。そして、その『異変』の証として、右手に生え始めた鱗も見せた。

 ルフレ達の話を聞く内にクロムの表情は次第に険しくなっていき、ルフレが鱗を見せた時にはまるで一軍の主として兵達を率いていた戦時中の様な表情を見せる。

 

「……ギムレーは、この世から消滅した筈だ。

 他ならぬ、お前の手によって。

 ナーガも、ギムレーの消滅を確認したと、言っていた。

 ……俄には信じ難い事ではあるが、そこまでの証拠を見せられては信じざるを得んな……」

 

 そう言いながら、クロムは異形のものへと変わりつつあるルフレの右手を痛ましいものを見る様に見詰めた。

 己の身を捧げギムレーと共に消滅して、そしてこの世界に還ってきて漸く、この半身の如き友は邪竜との宿命から解き放たれたのだと……そう思っていたのに。

 

 何故世界はこうもルフレに対して苦難を与え続けるのだろうかと、その理不尽さに憤りすらクロムは感じていた。

 しかし憤ろうとも嘆こうとも、行動せず感情を爆発させるだけでは、現状は何も変わらない。

 ルフレを思えばこそ、クロムは運命とやらの友への残酷な仕打ちに対する憤りを鎮めなければならなかった。

 ……そして、今や一国を治める聖王としては、友への友情以外にも、万が一にもギムレーが甦るないしはギムレーの脅威が再びこの世に現れる事への警戒も必要である。

 最悪の事態が避けられない場合は…………クロムは辛い決断を迫られるだろう。だからこそ、そんな未来を回避する為にも、足掻かねばならないのだ。

 

「僕にも、何故こうなったのか……何も分からないんだ。

 ……そしてこれからどうなるのか、どうすれば良いのかも。

 だからこそ……」

 

「ああ、ナーガと話す必要があるな。

 覚醒の儀式を行った者とは言え、あれから随分と経つ。

 ナーガが今の俺の声に応えてくれるかは分からないが……。

 ギムレーに関する事となれば、流石に捨て置く事は出来ないだろう。

 十分、俺の声に応えてくれる可能性はある筈だ」

 

 今この瞬間も干渉こそせずとも世界を見守っているのであろうかの神竜が、ルフレを襲う『異変』を関知している可能性は低くはないだろう。

 そうでなくとも、この事態を打開する為の鍵を握っている可能性はある。

 クロムは早速ナーガへと呼び掛けるべく、今現在炎の紋章を安置している場であり、日々ナーガへの祈りを捧げる場として古くから王城内に設けられている祭儀場へと急ぐ。

 元より王族以外は立ち入る事の無い場ではあるが念の為に人払いを行ってから、ルフレとルキナだけをその場に伴ってクロムはナーガへと呼び掛けた。

 

 

「神竜ナーガよ、この声が届いているならば応えてくれ!」

 

 

 厳かな静けさに包まれた祭儀場にクロムの声が響く。

 その声の反響が消えるか消えないかと言う程の時間が経つと、ユラリと祭儀場全体の空気が変わった様な感覚と共に、実体と虚像の狭間の様な出で立ちの神竜ナーガが姿を現した。

 此処ではない何処か遠くを見詰め続けている様なその眼差しが、クロム達へと向けられる。

 

「『覚醒の儀』を行いし者よ。我が力の欠片を宿す者よ。

 ……貴方の求めるものは分かっています。

 ギムレーの血を継ぎし者の事、ですね」

 

 どうやら、やはりナーガの方でも現在ルフレの身に起きている事態を把握していた様だ。

 それでも、この世に直接干渉する術が限られているナーガでは、こうしてクロムなどから呼び掛けられたりするでもなければ、事態に気付いていても何も出来ないのではあるが。

 

「ああ、そうだ。ルフレの身に起こったこの『異変』を解決する術を教えて欲しい」

 

 ナーガの言葉に頷いたクロムへと、ナーガは憂う様な眼差しを投げ掛け、そしてそのままルフレへとその視線を向ける。

 

「ギムレーの血を継ぎし者、ルフレ。

 貴方がその身を捧げギムレーを討った事で、彼の邪竜は完全にこの世から消え去りました……。

 それは、私が確かに観測した事です。

 貴方がこの世界へと帰還しても、彼の邪竜は消滅したまま。

 ……その筈でした、ですが……。

 今の貴方からはかつての彼の邪竜のそれとは比べるべくも有りませんが、紛れもなくギムレーの力を、感じます。

 貴方のその身を蝕むそれは、ギムレーの力によるものです」

 

「それは……何故なのでしょうか」

 

「……私にも分かりません。唯一つ言える事として、このままでは貴方の身はギムレーのものへと成り果てるでしょう」

 

 その事態を考えていなかった訳ではないのだが、やはり改めてナーガからそれを告げられた事は、ルフレ達に少なからぬ動揺を与えた。

 だがそれでこの『異常』を解決する事を諦める訳にはいかないと、ルフレはナーガへと問う。

 

「っ……。ならば、それを解決する術はあるのでしょうか? 

 何故か、ルキナの血にはこの様にギムレーのものへと変異した身体を元に戻す力があります。

 それが神竜の力を所以とするものであるならば、あなたにはこの異変を食い止める術があるのではないですか?」

 

 ルフレのその言葉に、ナーガはその眼差しの翳りを深め、ゆっくりと首を横に振ってそれを否定した。

 

「いいえ、私自身にはそれを解決する術はありません。

 時の異邦人であるその娘の血に、何故その異変を戻す力があるのかすら……。

 私の力でその異変を無理に解決しようとしても、貴方ごと封印するしかないでしょう」

 

「ルフレごと封印するだと!? 何故そうなるんだ!」

 

「私の力では、この者からギムレーの影響だけを取り除く事は不可能です。

 そして……現在、この者はギムレーと不可分の状態にあります。

 その為、ギムレーごと消滅させるか、或いは封印するか……そのどちらかしか……」

 

「そんな……」

 

 ナーガの言葉に、クロムは受け入れられないとばかりに吼え、ルキナは苦しみを堪えようとするかの様に俯いた。

 今この瞬間にも邪竜のそれへと変じ行く、ルフレの身を蝕む『呪い』を解く術はないのかと。

 そんなルフレ達の様子を見たナーガは、暫し何かを考える様に沈黙し……そして。

 

「私に、その異変を解決する術はありませんが……。

 その術が眠っているかもしれない場所になら、心当たりがあります」

 

「……っ!! それは何処なのでしょうか?」

 

 僅かに見えた光明を決して逃すまいと、ルフレはナーガに詰め寄らんばかりの勢いで尋ねる。

 ナーガは……憂いを湛えたその瞳を遥か彼方の地を見詰める様に僅かに細めた。

 

「それは遥かな昔に滅び去った古の魔道の都……『テーベ』。

 遥か遠い昔に、ギムレーが生まれた地です。

 ギムレー誕生の地であるそこになら、もしかすると……」

 

 聞き馴染みのない……しかし以前何処かで目にした事がある様なその名前に、ルフレは記憶を浚おうと僅かに目を伏せてその縁を辿ろうとする。

 

「テーベ……?  英雄王伝承か何処かで聞いた事が……」

 

「……マルス王と幾度となく敵対した闇に魅入られし魔道士ガーネフは、かつて滅び去ったテーベの都に残されていた力を使って彼等を苦しめ……そして彼の地でマルス王達により討たれました。

 ……テーベの地に関して人の世の伝承に残っているものは、今となってはその出来事くらいでしょう……」

 

 二千年前の大英雄であるマルスに関する伝承の中でも、ほんの一文か二文程度の記載しかない……既に滅びて二千数百年もの時が過ぎ去ったその古の都に。

 果たしてこの身を蝕む『呪い』を解く術は遺されているのだろうかと……ルフレはそう思ってしまうけども。

 ナーガはルフレのそんな不安も見透かしているかの様に言葉を続ける。

 

「……遠く、マルス王達の時代よりも遥かな昔に滅び去った魔道の都テーベは、闇魔法を極めた者達が集う地でした。

 彼の地が滅び去って長き時が経った今でも、そこに遺された遺物の中には人の世を滅ぼしかねない程のものも多く存在しています。

 ギムレーもまた、彼の地で生まれた存在……。

 故に、かつてギムレーを封じた後に、私は彼の地を人々が決して立ち入る事の無い様に封じたのです……。

 この世から隔離し封じられた彼の地は、時の流れから半ば断絶されているに等しい……。

 故に、未だ彼の地の遺跡は千年前の姿を保ったままである筈です」

 

「遺跡がどの様な状態にあるのかは、ナーガ様の力でも把握出来ないのですか?」

 

 ルフレの問いにナーガは僅かに頷いた。

 

「ええ……彼の地はギムレーの力の影響が強く……私に出来たのは、一帯を纏めて隔離する事だけでした。

 特に、ギムレーが産まれたと思われる地下に広がる遺跡は、私にも全く探る事が出来ぬ場所です。

 故に、彼の地にどの様な危険が待ち受けているのかも、全く分かりません」

 

 手掛かりが遺されている可能性の高い、ギムレーに深い関係があるのだろうその地下の遺跡とて、既にテーベが滅びて千数百の年月が経っていた事から、果たして何れ程形を保てているのかは分からず。

 そして何よりも、そこに「本当に」ルフレの身に起きているこの異変をどうにか出来る手段やそれへの手掛かりが存在するのかは分からない、と。

 そうナーガは言い、それでもテーベを目指すのかと、選択を委ねる様に静かにルフレ達に問い掛けた。

 その眼差しは『人』のそれとは掛け離れた静謐さに満ちて、人の子が取る如何なる道も見守ろうとするかの様である。

 

 ……古の時代に滅び去った、闇魔法の使い手達の都。

 ギムレーが生まれた地であると言う事からも、そこに待ち受けている脅威は、恐らく想像を絶するものであるのだろう。

 そこに行けば、この『異変』を解決する手懸かりを得るよりも前に命を落としかねないのであろう。……それでも。

 

 このままでは、この身がギムレーへと成り果てるしかないのであれば。

 再びこの身がこの世界にとっての災いと成り果てるのであれば。

 ……このままでは、愛しいルキナと……そして大切な人々と共に生きる事が叶わないと言うのであれば。

 その決断を、ルフレが迷う筈もなかった。

 

「ナーガ様、お願いします。僕をテーベへと行かせて下さい。

 僕は……どんな危険があるのだとしても、僅かにでも可能性があるなら。

 皆と、ルキナと生きる未来を諦めたくはない」

 

 そう頭を下げて神竜に願うルフレのその言葉に覆い被さるかの様に、ルキナも必死な声で希う。

 

「ルフレさん……!  

 ナーガ様、私もテーベに連れて行って下さい……! 

 魔道などの事に関しては力になれなくても、戦力としてならルフレさんを助けられます。

 それに……『異変』を抑える為にも私は必要な筈です」

 

「ルキナ……。止めても、無駄なんだろうね」

 

「当たり前ですよ、ルフレさん。

 私も、貴方と生きる未来を諦める事は出来ませんから。

 だから……絶対に、この手を離しません。

 ……例え、何が起こったとしても」

 

 何が起こるのか予想も出来ぬ危険な場所へ、大切なルキナを連れて行きたくは無かったのだけれども。

 ルキナの決意は固く……何よりも、その意思に救われている自分を自覚して、ルフレは僅かに苦笑した。

 そんなルフレの右手を、ルキナはしっかりと握り直す。

 鱗が生え始めているとは言えまだ人間の手の形を保ったその右手は、ルキナの手を優しく包む様に握り返した。

 

「ルフレ、俺も──」

 

「クロムは絶対に来ちゃ駄目だからね。

 君にしか守れないものは沢山あるんだ。

 こんな、先が全く見えない様な危険なんて、君にだけは何があっても冒させる訳にはいかないよ。

 それは君も十分に分かっているんだろう? 

 ……それでも、その気持ちはとても嬉しいよ。有り難う」

 

 クロムの言葉を遮ったルフレは、先じてその先を制した。

 一国を治める聖王であるクロムは、例えそれが無二の親友の為であっても軽々しく危険に飛び込む事は出来ないし、それだけはさせてはならない。

 それはクロムも分かっている。

 それでも心は大切な友の為に力になってやりたかったのだ。

 

「必ず、生きて帰って来い。俺達には、お前が必要なんだ」

 

「ああ、全力を尽くすよ」

 

 絶対とは言えない事が、少しばかり心苦しいけれど。

 ルフレは、最後まで絶対に諦めるつもりなどない。

 そして、ルフレの手を握ったまま、ルキナも頷いた。

 

「大丈夫ですお父様、私がルフレさんを守ります。

 必ず、ルフレさんと一緒に帰ってきますから」

 

「ああ、ルフレを頼む……。ルキナも無事に帰ってきてくれ。

 二人の無事を、俺は信じているからな」

 

 

 

 

 

 

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