『願いの果て、結ぶ祈り』   作:OKAMEPON

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第三話『朽ち果てた都』

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 ナーガによって導かれたその地は、荒涼とした砂漠の中に沈む、朽ち果てた廃墟の様相を呈していた。

 あちこちに崩れ落ち風化した建造物の数々が立ち並び、そんな建物の中でも最も目を惹く巨大な塔も半ば崩落し、かつてはその塔の一部であったのだろう巨大な瓦礫が彼方此方に散らばっていて。

 そしてそれら全てが砂の海の中へと沈み行こうとしている。

 人影など数千年前に絶えたこの都は、命無き静寂の中で誰に知られる事もなく静かに朽ち行く中で時を止めていた。

 

 ナーガによって隔離され外界とは時の流れすらも断絶された地であるとは言え、そもそも二千年も前のマルス王の時代ですら既にこの都は廃墟であったのだ。

 マルス王の時代には、この地を根城とする盗賊なども居たらしいのだが……。

 最早この様に朽ち果ててしまっていては、根無し草の盗賊たちと言えども、この地をを拠点とするのは難しいであろう。

 今は時の流れから断絶されているとは言え、ナーガに封じられるまでマルス王の時代から更に千年の時が流れている。

 寧ろ、滅びて千数百年経っていたこの地の栄華の残り香が完全には崩壊していない事の方が驚異的であろう。

 

 ルフレ達が目指すべきは、風化の進んだ地上の遺跡ではなく、ギムレーが生まれた場所であると言うこの地の地下に広がる遺跡だ。

 地下に広がると言うそれが果たして何れ程の規模であるのかなどは、ナーガにも分からぬ事であるらしい。

 だが少なくとも、一筋縄ではいかないのは確かであろう。

 未知の地を探索する為に必要だと思われた物資や道具はここに来る前にある程度は揃えてから来たが、果たしてそれで何処まで乗り切れるのやら。

 何はともあれ、先ずはその地下遺跡へと通じる道をこの廃墟の中から探さねばならない様だ。

 

 崩れ落ちた建物を横目に見ながら、足元を砂に取られつつもルフレ達は辺りを探し回る。

 何処を見回しても砂と瓦礫ばかりで、果たしてナーガが隔離し封じなければならぬ程のものがこの地に遺されているのだろうかと思ってしまう程だ。

 が、よく見れば辺りに無造作に転がる瓦礫には、ルフレには理解出来ぬ謎の紋様などが緻密に彫り込まれていたりしていて、風化しつつあるその状態ですら何かしらの力を感じさせる物まであった。

 所々で崩落し風化しつつも、放棄されてから千数百年以上も一切人の手が入っていない建造物が、こうもその形を保っている時点で尋常な事ではないのだろう。

 

 恐らくこれらの朽ち果てつつある建物の中には、歴史家や魔道士や呪術師達が喉から手が出る程に欲する……まさに値千金の知識や道具などが眠っているのであろうけれども。

 それは今のルフレ達には用が無い物であり、何よりこの地にあるものは不用意に持ち出さないとナーガと約束している。

 古の時代に途絶えた旧い闇魔法や呪術の中には、それこそ一国を転覆させても尚有り余る程の力を持つものさえあったと……そう伝承の中に語られる事もある程なのだ。

 その古の時代の闇魔道士達の都であったこの地には、そう言った危険極まりない……今の人の世には過ぎたる物が眠っているのだろう。

 眠りに就いた怪物を態々掘り起こして解き放ちたいと思う程ルフレ達は酔狂ではないし、折角守った世界をそんな事で揺るがせたいとも思わない。

 何が危険なもので何がそうではないのかは闇魔法などの専門家ではないルフレ達には今一つ分からぬが故に、不用意に遺物に触れる事も、建造物の中を必要以上に探索したりする様な事も避けなくてはならないだろう。

 今はただ、地下への入り口を探す事に専念するべきである。

 

 しかしテーベの都はとても広い。

 朽ち果て砂の海に沈み行きつつもかつての栄華の面影が未だ残る都は、隅々まで調べようとすれば、例え一月程の時間があっても全く足りない程であろう。

 地下へと通じていそうな、それらしき場所を探し回っていても中々見付からない。

 自分達以外には動く物の絶えた廃墟には二人が砂を踏み締める音のみが響き、微風すらも絶えているが故に空気自体が死んでいるかの様であった。まるで得体の知れない巨大な怪物の腹に呑み込まれてしまったかの様な、そんな何とも言い難い圧迫感の様な、姿の見えない何かが蠢いている様な……そんな異質な雰囲気がこの朽ち果てた都全体を覆っている。

 それが外界から隔絶され時の流れからすらも断絶されたが故の事なのか、或いはこの地に数多眠る恐ろしき闇魔法や呪術の産物達が故の事なのかは分からないけれど。

 何にしろ、あまり長居したい場所ではない事は確かだ。

 念の為に探索に支障が無い範囲で数日分の食料と水は持ち込んでいるのだが、出来る限り早期に何らかの手掛かりを見付けてこの地を去った方が良いのは間違い無い。

 

 廃墟を歩く内に、ふとルフレは不思議な事に気が付いた。

 テーベを訪れた事など勿論無いのだが、何故か……何処か懐かしさとは言い難い既視感に似たものを感じるのだ。

 崩れ落ち風化した建造物に見覚えなど勿論無いのだが……、強いて言えば、この独特の空気感に覚えがある様な気がする。

 しかし、此処と似たような地を訪れた様な記憶はない。

 記憶を喪う前……クロムと出逢う前に、似たような地を訪れた事があったのだろうか? 

 そう考えるも、かつてのルフレの事を知る者など何処にも存在しないが故にそうであったとしてもその答えはルフレには分からないままであろう。

 

 ふと自分の右手を見ると、随分と『変異』が進んでしまっていて、人間の手から獣染みた手に変わりつつあった。

 姿見の持ち合わせはない為自分では確認出来ないが、恐らく顔の方も大分変わってきてしまっているのだろう。

 ……最初に『異変』が起こった時とは違い、それ以降は何度『変異』が進行しても痛みを感じなくなっていた。

『変異』が起こる度に動く事も儘ならぬ程の激痛に襲われていては、こうしてこの地を訪れる事も叶わなかっただろうから、痛みが無くなった事は決して悪い事ではないのだが。

 しかし、あれ程の痛みを全く感じなくなったと言うのは、どうにも不気味で恐ろしい事であった。

 まるで、ギムレーの力によって無理矢理に姿を捻じ曲げられていくのではなく、本来あるべき姿へと戻ろうとしているかの様ではないかと……そんな恐ろしい事も思ってしまう。

 

 そんなルフレの変異の程度を見たルキナは、懐から小刀を取り出してそれで軽く腕を傷付けた。

 そして、薄く切り裂かれた肌から玉の様な血を溢すその腕をルフレへと差し出してくる。

 

 何度も繰り返していればもう慣れたもので、その一連の動作には何の迷いも無駄は無い。

 そんなルキナの姿に軽く胸の痛みを覚えながら、ルフレはその血にそっと口を付けて飲む。

 喉を滑り落ちるその紅き雫に慣れる訳にはいかないと、そう心を強く保とうとするけれど。

 しかしルキナの献身の結晶とも言えるその命の雫が、壊れつつあるルフレの味覚には何処か甘美なものである様に思えてきてしまっている。

 それは、ゆっくりとであるが、ルフレの心にも着実にギムレーからの侵食が進んでいると言う事なのであろうか。

 何れはこの思考も……ルフレの何もかもが、ギムレーのそれに蝕まれ変わり果ててしてしまうのだろうか……。

 

 恐ろしいその考えに思考を取られ過ぎない様にと思いながらも、それは常に頭の片隅に居座り続けていた。

 悪い考えと言うものは、一度転がり始めると次々と他のものへと波及して不安を呼び起こしてしまう。

 

 もし、このまま地下への道が見付からなかったら。

 もし、やっと辿り着いた先の地下の遺跡が既に見る影も無く崩壊していて探索するどころの状態ではなかったら。

 もし、その地下遺跡にすらもルフレのこの『異変』を解決する手掛かりが何も残されていなかったら。

 もしも…………──

 

 軍師として最悪の事態も常に考える癖が付いてしまった為か、どうしても思考がそちらに傾いてしまいがちになる。

 まさに何も見えぬ闇の中の迷宮に放り出されて、何処にあるかも分からぬ出口を探さねばならぬかの様であって。

 そんな闇の中でも常に傍に居て何があってもこの手を握っていてくれる愛しい存在が居るからこそ、ルフレはどうにか狂乱に堕ちるその手前で正気を保てている自覚がある。

 だからこそ……そんな愛しい人を傷付け、剰え怪物の様にその血を啜る事でしか本来の姿を保てない事が、何よりもルフレの心を苛んでいるのであった……。

 

 ルキナの傷口をライブで癒してから再び二人は地下へと入り口を探し始める。そうやって廃墟を彷徨い歩く内にふと、背筋が粟立つ様な……しかし何故か惹かれてしまう様な、そんな何とも言い難い奇妙な感覚を覚えた。

 その感覚を頼りに、それをより感じる方へと歩いていくと。

 廃墟の群れからは離れた所に、まるで人々の目から隠される様な形の……。今も、尚僅かたりとも風化する事無く残る重厚な大扉によって固く封じられた謎の遺跡へと辿り着く。

 

 それを目にした瞬間、言語化出来る様な理屈を遥かに超越した「何か」で。

『ここだ』と、そうルフレは感じた。

 

 試しに大扉を調べてみると、何かで厳重に封印していた痕跡が見られたがそれは既に破ら風化していて。

 ルキナと二人で押せば大扉はゆっくりと開いていく。

 

 そして、扉が開いた瞬間に。まるで待ち侘びていた主の帰還を歓迎するかの様に、廃墟の中に一斉に灯りが点る。

 幾千年もの静寂の眠りから目覚めたかの如きその遺跡は、所々を灯りに照らされても尚、まるで底の見えない闇を湛えているかの様な恐ろしい気配を漂わせていて。

 石造りの遺跡は所々崩落している様ではあるけれど、地下へと降りる為の階段はまだ比較的綺麗に保たれていた。

 

「ナーガが言っていたのは……ここだ」

 

 確信を持ってルフレがそう呟くと、ルキナも何事かを感じ取ったのか静かに頷く。

 そして共に、遺跡の闇の中へと足を踏み入れたのであった。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 テーベの地下へと広がるその遺跡は、地下遺跡として異様な程に広く、そして何層あるのかも分からぬ程に深かった。

 テーベから滅びてからの時間経過としても千数百年は経っている筈なのだが、地下に広がっているから雨風の影響をあまり受けずに済んでいた為なのか……或いは特殊な建材や経年劣化を防ぐ様な魔法の技術が用いられているのか。

 その仔細は分からないが、地上に多く存在していた遺跡とは全く異なり、地下のそれは往時の状態をかなり留めていた。

 所々で崩落した柱や天井に、割れて抜け落ちた床、ひび割れた壁から少しずつ零れ堆積した砂などはあるけれど、それでもかなり綺麗な形を保てている方なのであろう。

 

 かつてこの遺跡に施されていた魔法は未だ生きている様であり、所々に点る灯りはその魔法によるものである様だ。

 光源としてカンテラを持ち込んではいるが、何れ程の時間を探索に費やさねばならぬか分からぬ現状では出来る限りは温存しておきたいので、光源があるのは有り難い限りである。

 

 しかし、この遺跡の中で千数百年の時を越えて保たれていたものはそれだけではなかった。

 

 

「奥から更に三体、此方に接近してきている! 

 回避するのは間に合わないからここで倒してしまおう! 

 武器は一体が槍、二体が剣だ! 

 僕が槍を持った屍兵を引き受ける!」

 

「分かりました、ルフレさん!」

 

 ルフレが指示を飛ばし、ルキナが頷くのとほぼ同時に。

 通路の角から、見慣れたあの無気味な死者の顔を模した仮面を着けた屍兵が、獣の様な荒々しく知性の感じられない唸り声を上げて飛び掛かってきた。

 己の身を顧みない程の力で振るわれた錆び付き半ばから刀身が折れている剣を、ルキナは冷静に往なしそのままの勢いで屍兵を切り捨て、もう一体の屍兵が突き出す様に繰り出してきた錆と風化の激しい剣をファルシオンの刀身で受けながら砕き、勢いのままその胸を半ばから両断する様に切り払う。

 ルフレもまた、錆び付いた槍を投擲しようとしてきた屍兵へと雷を撃ち込んでその胴体を消し炭に変えた。

 

 三体の襲撃を難なく凌いだルフレ達ではあるが、再度の襲撃を警戒して緊張の糸は未だ保ったままで。

 周囲の戦況などを正確に把握する一種の異能を持つルフレが周囲を探って、近場にいる屍兵は一体も居ないことを念入りに確認してから漸く二人は一息吐いた。

 

 ここがギムレーの生まれた地であると言うのなら、ギムレーの下僕である屍兵もまたこの地に巣食っていても何も矛盾はないのだけれども。

 そうであるとしても、まさに屍兵達の巣窟としか言えぬ状態であり。

 更には、強力な戦士が素体となった特殊な屍兵であったのか、その能力は恐ろしく高い。

 その驚く程古めかしい装備などからしても、恐らくはマルス王の時代か……或いはそれよりも更に前の時代の人々の屍が基になっている屍兵であったのだろうただ、幸運な事に。

 屍兵の肉体は保たれていても、手入れなどされる筈も無い装備は、千数百もの年月の経過を耐えきれなかった様で、屍兵達の持つ武器は何れもが錆び付いていたり壊れていた。

 それ故に、組み付かれる事のみ警戒すれば楽に相手取れる。

 そうでなければ、遺跡内の至る所を徘徊している屍兵達に囲まれて、遺跡の探索どころではなくなっていただろう。

 だが比較的楽に対処出来るとは言っても、屍兵の襲撃を凌ぎながら探索を続けるのは二人に必要以上の疲労をもたらしている為、決して歓迎出来る事ではなかった。

 今の時点で三階層まで潜ってきたが……未だ探し求めるモノは見付からない事も、焦りを助長させる。

 

 そして何よりもルフレを悩ませているのは、繰り返しルフレに襲い掛かる、奇妙な幻覚に似た「何か」であった。

 この遺跡に入ってからと言うもの、『既知感』とでも言うべき「何か」を強く感じていた。

 それに意識を取られ、どうしても精神的な疲労が溜まる。

 それは、ギムレーの力の影響が強い場所にいるからなのか、或いはもっと別の何かが故なのかもしれないが……。

 更にはその『既知感』と共に、時折夢と現の狭間の様な……そんな不思議な光景が時折見えるのだ。

 

 

 先ず初めに「見えた」のは、何処か薄暗い部屋の中で自分を見詰めてくる大きな人間の目であった。

 まるでガラス瓶の中に閉じ込められているかの様な、そんな不思議な場所の外側からこちらを見てくるその巨大な目は、狂気的な何かに染まっていて……。

 そして……何故だかルフレは、自分を覗き見るその目に対して、強烈な憎悪と破壊衝動を覚えて……。

 その瞬間に、剰りにも強烈な憎悪の衝撃によって、ルフレは現実へと還ってきた。

 

 

 ルフレがその奇妙な幻覚を「見ていた」のは、ほんの僅か……一瞬にも満たぬ程の時の事で、横を歩くルキナですらもルフレの異常には気付いていない様であった。

 

 ……あれが一体何であったのかは分からない。

 だが、その幻覚は一度きりではなく、既に三回は見ている。

 そして恐ろしい事に、その幻覚は次第にハッキリと鮮明になっていき……それと同時に。

 ルフレにはそれがまるで現実の事である様にすら……かつて自分が実際に経験したことである様にすら思えてくるのだ。

 勿論そんな経験がルフレにある筈は無い。

 失われ壊れ果て……もう二度と戻る事はない、クロム達に出逢うまでのかつての自分の記憶を浚ったとしても、きっとそこにその様な「経験」があるとは到底思えない。

 

 ルフレ自身のものでは無いのならば、ルフレが垣間見ているその光景は、かつてのギムレーの記憶であるのだろうか。

 だがもしそうであるのならば、「ギムレー」の記憶である筈のそれを自分が垣間見る事など本来は在って良い筈が無いのだし、それを見る事が出来る様になってしまった時点で、ギムレーからの浸食はより一層進んでいると言って良い。

 

『ルフレ』と『ギムレー』の境界が消失してゆく様な。

 そんな悍ましい感覚と、それをその時には自覚出来ない事。

 それらは、どちらもルフレにとっては恐ろしい事であった。

 

 少しずつ……しかし確実にギムレーに影響されている事を、ルフレは嫌でも自覚するしかなく。

 そして、それを防ぐ手立ては、今のルフレには存在しない。

 それは乍ら、どうする事も出来ぬままに蟻地獄の中をもがきながら滑り落ちてゆくかの様で……。

 

 ルフレは、内に潜み侵食してくるギムレーに追い詰められる様に、次第に焦りと恐怖に蝕まれてゆくのであった。

 

 

 

 

 

 

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