諸先輩方が見事な大逃げの投稿ペースの中、恥ずかしながらの出遅れ投稿であります。
頑張って書いたので読んでいただけたら幸いです。
ピンポーン。
扉を開ける。と同時に夏特有のまとわりつくような湿度と暑さの空気が流れ込み、蝉の大合唱が聞こえる。
「いらっしゃい」
「おっはよーございます!トレーナーさん!」
扉を開けた先には担当バのマチカネフクキタルが群青色の空を背景に大きな荷物を背負って立っていた。
今日も今日とて素敵なにこにこ笑顔だ。
「暑い中ご苦労さま」
「いえいえ!こちらこそ毎週お邪魔してしまって申し訳ないです!」
マチカネフクキタル、占いや開運グッズをこよなく愛するウマ娘。以前貯めに貯め込んで雪崩を起こした彼女の開運グッズの一部を自分の部屋で預かってからという物の、一週間に一度程のペースで訪問してくるようになった。
いくら担当バといえ、まだ成人前の女の子を部屋に入れていいものか。と思ったが、トレーナーがウマ娘たちの寮に立ち入ることを禁止する規則はあれど、ウマ娘がトレーナー寮に立ち入ることを禁止する規則は存在しないし、目くじらを立てられるものでもないらしい。
あくまでもトレーナーとウマ娘の良識に委ねる。ということなのだろう。
「ところで、今日は随分と大荷物だけど、なに持ってきたの?」
ひとしきり開運グッズたちを愛でたフクキタルに声をかける。
まさか新しい開運グッズじゃないよな……?
「んっふっふ。良くぞ聞いてくださいましたっ!」
フクキタルは両手を広げて明るく宣言する。
「昨晩の牛乳占いで『親しい人に料理を振る舞うと吉』と出ていましたので!今日のお昼は私にお任せをっ!リュックはその材料たちです」
ほっと胸を撫で下ろすと同時に少し罪悪感。彼女も彼女なりに運に頼りきりでは無くなってきているようだ。
「それは楽しみ。ちなみに献立は?」
「ふっふっふーん。答えはできてからのお楽しみということで!!」
と答えるとキッチンへと向かい、カバンの中から食材を取り出して手際よく調理を始める。
「なにか手伝うことある?」
「いえいえ、トレーナーさんはせっかくのお休みなんですからお手を煩わせるようなことはありませんっ!ご飯ができるまでゆっくりしていてください」
そこまで言われてしまっては仕方ない。リビングで雑誌を片手に楽しげに揺れる尻尾を眺めることにした。
(なんだか、フクキタルがうちの部屋にいる光景も見慣れてしまったなあ……)
彼女が我が家に通うようになってけっこう経つが、ただ遊びにくるのは申し訳ない、と夕飯を作ってくれたり部屋の掃除をしてくれたりと色々と世話をやいてくれている。
最初は遠慮していたのだが、彼女の押しに負けて今はすっかり任せてしまっている。
ただ、問題なのは「トレーナーさん!玄関の右側に鏡を置くと仕事運アップですよ!」とか「この前、仁川のレースに行ったときに買った破魔矢!トレーナーさんの部屋に飾っておきますね!」とか「ご飯を食べた後に歯を磨きたいので歯ブラシを……」「お風呂を借りたとき用に着替えを……」といった具合に彼女の私物が増えつつあることだ。
部屋を見回すと、前述の破魔矢に始まり、ドリームキャッチャーやダルマ、御札、よく分からない人形たちに紛れてフクキタルの衣類や化粧品などが顔を覗かせている。
(寮は相部屋だから気をつかうってこともあるだろうし、これくらいはいいのかな?)
そう自分に納得させることにして、私は引き続き彼女の揺れる尻尾を眺める作業へと戻った。
「はいっ!トレーナーさん!出来ましたよ!机開けてください!!」
なにやらスパイシーな香りと共にフクキタルが運んできた鍋には真っ赤なスープと具材、様々な香辛料が浮かぶ、見るからに辛そうで熱そうな液体がぐつぐつと泡を立てていた。
「マチカネフクキタル特製!!幸運マシマシ!香辛料もマシマシ火鍋です!!実は今日のラッキーアイテムは『激辛料理』。さらにラッキーカラーが「赤」だったので、それならばと腕によりをかけて作っちゃいました!」
「フクキタル……、とても美味しそうだけれども、この季節に火鍋は……」
「いーえ、暑い時こそ辛いの物を食べて暑気払いです!」
道理にはかなっているのだろう。熱い物を食べて汗をかき、体内にこもった熱を排出する。香辛料を効かせた物を食べるというのも東洋医学における医食同源の考えに正しく、夏バテ気味の身体には最適である。などという学生時代に聞きかじった知識が頭に浮かぶ。
「けれど、いくらなんでもこれは……」
「ちなみに、スパイスはドトウさんにご協力いただきました!」
メイショウドトウ、フクキタルと仲のいい後輩だ。激辛派で有名である。嫌な予感しかしない。
とはいえ、食べないという選択肢はない。フクキタルのにこにこしながら鍋の中身をお椀によそってくれてるのを見て、断れるだろうか?断れるわけがない。腹をくくろう。
「「いただきます!」」
二人同時に手を合わせ、
「「ぶへはっ!!」」
二人同時にむせた。
「かっ、かりゃっ、かりゃいです〜!」
「うえっへ、はひっ、か〜っ!!」
慌てて二人で牛乳をぐびぐひ飲み干す。
「しっ、舌が痺れるますぅ!」
「これは強烈な辛さだね……」
一口でこれである。
「ちなみに味見とかは……?」
「いえ、ドトウさんがスパイスと一緒に渡してくれたメモの通りに作ったのですが……」
この辛さはフクキタルにとっても予想外のようだ。
とはいえ、まだ鍋にはなみなみと火口のように赤いスープが鎮座している。
これを?全部?食べなきゃいけないのか?
「トレーナーさぁん。無理して食べなくてもいいですからね?」
潤んだ瞳でこちらを見つめるフクキタル。
しかし、愛する担当バがせっかく作ってくれてた料理。それを残すトレーナーなんているだろうか?
いや!居るはずがない!!
決意した私は火鍋をかきこむ。
「へうあっ!!」
「トレーナーさーん!!」
やっぱり辛い。でも少しずつだけど味わう余裕が出来てきた。
「美味しいっ!」
ただ辛いだけではない。唐辛子と花椒の相乗的辛さ。その辛さの下に確かな旨味。不思議と後を引く美味しさだ。
「トレーナーさん……!私もがんばります!一緒に食べれば量は半分!美味しさと幸せは二倍です!」
そこから激辛火鍋を攻略するべく二人の奮闘が始まった。
「ご飯!一緒にご飯を食べて辛さを中和させよう!」
「生卵を絡めるというのはどうでしょう?」
「ナイスアイデア!ついでチーズも乗せちゃおう!」
「はひー、はひー、辛くて、暑いです……」
「冷房ガンガンに効かせよう。エコとか言ってらんない」
「汗が、汗が止まりません……」
そんな奮闘を続け、ついに、
「「ごちそーさまでしたっ!!」」
食べきった。
もはや目の前の鍋に、赤く熱く辛い火鍋はなく。妙な達成感と満腹感、そして身体の火照りとヒリヒリする舌が食べきったことを証明していた。
「二人でならなんとかなるもんだね」
「ええ!私とトレーナーさんの友情パワーの勝利です!」
お互いにお互いを健闘し合う。
「今日はラッキーアイテムとラッキーカラー。それに最強のラッキーパーソンのトレーナーさんが揃ったとてもいい日です!ありがたやーありがたやー」
なむなむ。とフクキタルは私を拝むように手を合わせる。それに苦笑しつつ、
「少しでもお役に立てたのなら嬉しいな」
そう、この子は少し暴走しがちで自信が持てないところがあるけれど、とても優しくて頑張り屋さんで、自慢の愛バだ。
「おや?トレーナーさんどうしました?そんなに見つめて。ははーん。もしかして私に惚れちゃいましたか?マチカネハルキタルですか?」
本人には絶対に言わないけれど。
照れ隠しをこめて私はフクキタルの目を見つめて、告げる。
「汗で下着、透けてるよ」
抜けるような青空にフクキタルの奇声が響いた。