ココロネ・リンカーネイション   作:rippsan

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研究施設からの脱出の為、電力の復旧へと向かう結衣と紗姫。警備システムを潜り抜け、メインサーバーへと到達することは出来るのか。


恐故不解

 呑まれるような黒い空間の中、視界の先に僅かな光がちらつく。

 

「何か変な感じ。向こうだって停電してる筈なのに、ここよりずっと明るく見えるなんてね」

「光の無い場所。と言うことでしょうか」

「光が無い....深海みたいだね。魚でも居たらちょっとは楽しいんだけど」

「ここは寂しいですから、そうだったら少しは明るくなるかもしれませんね」

「でもそうしたら、一層ここが何だか分からなくなっちゃうかもしれないね」

 

 四方を塗り潰す漆色のそれは私達を押し潰すような壁にも、永遠に続く道のようにも感じられ、瞬きの度に変わって見える景色に平衡感覚が乱されていく。

 

「ねえリッジ。このトンネルって灯りとかないの?」

「黙って聞いていれば何を言い出すかと思えば。それはただ目的地に向けて直線距離で移動出来るようになる道だ。ガードボットや人間に見付かる心配もなくショートカット出来るだけで言うことなしだろ?」

「でもここまで真っ暗だと足下が危ないって」

「無理な物は無理だ。閉じ込められる訳でも無いんだから飲み込んでくれ」

「むぅ....」

 

 西園寺さんが携帯電話に向けて話し掛けると、リッジさんの答える声が聞こえる。贅沢な奴だと呆れた声を漏らす電話口のそれは、その後も西園寺さんと言葉を交わしていく。時に呑気な態度で笑い、時に深い溜め息を吐き、西園寺さんとも初対面に比べてすっかり打ち解けているようだ。刺々しかった彼女の態度も変わり友人のように話している姿を見れば、その関係が険悪なものではないと分かる。

 

「....」

 

 リッジさんへの不信感を口にしていた西園寺さんがそれと打ち解けている事に安堵するが、同時に自身が取り残されていくような感覚に言い表せない寂しさも覚える。

 

「結衣?」

「は、はい」

「どうしたの。何か心配事でもあった?」

 

 私を呼ぶ声に気付けば、不思議そうにこちらを見る西園寺さんと目が合う。

 

「え、ええと」

「怖がる事ないよ。アタシが付いてるから。向こうに着いてからもリッジは手助けしてくれるって話だし、新型のガードボットも試作機。それにアタシより結衣の方が強いって話だから、何かあったら助けてもらわないとかもだから」

 

 不安を察してか、西園寺さんは再び明るさを取り戻した声で振る舞う。

  

「後ろ向きな考えはなし!パパっと終わらせてここを出ようよ」

「そう、ですね」

「ん....他にも不安な事ある?何かあったら遠慮しちゃ駄目だよ。アタシも力になるからさ」

「....ありがとうございます」

 

 不安を拭い去る事は出来ないが、それを抱えたままで居る訳にはいかない。西園寺さんに謝礼の言葉を返し、伏せていた目を再び光の瞬く先に向ける。

                           ●

 

 足を進める毎に光を強めて広がる行き先の景色に心臓は脈打つ拍を早め、前を目指す身体は冷気に当てられたように強張り固まっていく。

 隣から気を引き締める西園寺さんの小さな声が聞こえる。手にした鉄筋のグリップを握る指がぐっと締まり、力が籠るのが分かる。

 

「もうすぐ出口だよ。準備は出来てる?」

「はい。行きましょう」

「了解。じゃあ油断しないようにね」

 

 視界を埋める研究施設の景色。楕円形に広がった丸鏡のような空間の境目を抜けると、途端に薬品の青臭さが刺々しい刺激臭で鼻腔を突く。

 

「きっつ....本当嫌だな。病院にいるみたいだよ」

 

 顔をしかめた西園寺さんが鼻の下に腕を押し当てて毒づく。

 

「....西園寺さん。キーカードを」

「分かった。さっさと終わらせよう。気分悪くなりそう」

「はい」

「到着したみたいだな。説明した通りだがそこの扉はカードのデータ認証とカメラの顔認証の二重セキュリティ。カード一枚で同時に二人が通れるわけじゃない。先に一人が進んで、扉が再び待機状態になってから残りの一人が進むんだ。破れば仲良く炭になる。脅しじゃないからな」

「はいはい。そのためにわざわざこれが二枚あるんでしょ?」

 

 携帯からリッジさんの指示が届く。随分と頑丈なセキュリティを構えているが、施設の脳とも言える場所だ。当然の警備体制だろう。

 

「アタシが先に行く。結衣は待ってて」

「分かりました。お気をつけて」

 

 西園寺さんが取り付けられたリーダーにキーカードをかざすと、電子音を鳴らして扉が横にスライドする。

 開かれた奥へと西園寺さんの姿が消え、扉が閉まる。

 息の詰まる孤独感と静寂に堪えていれば、リーダーのディスプレイに映された表示が待機状態へと切り替わる。

 携帯カバーからキーカードを取り出しリーダーに近付け、開いた扉を潜る。厚い扉とを隔てる境を越えた途端、スポットライトのような赤い光が身体を照らす。

 突然放たれた光に身が強張るうち、再び暗い影が視界に落ちる。

 

「登録情報 生体認証完了。ようこそ、神代結衣研究員。作業終了後は迅速な退場をお願いいたします」

 

 女声のアナウンスが止まると目の前の扉が開き、こちらを覗き込んでいた西園寺さんと目が合う。

 

「良かった。結衣も無事だったんだね」

「はい。なんとか」

「じゃあ行こうか。早く出てけとか言われたけど、こっちだって好きで来てるんじゃないっての」

「よし、結衣も紗姫も侵入出来たようだな。目的地はそこまで遠くはない。幸いなことに配備されているのは簡単な防衛兵器だけだ。ガードボットを使ってシステムが破壊されるのは防ぎたいんだろうが、俺達を相手にするには子供騙しな玩具だ。お前達の携帯に兵器の位置情報を送っておいた。危険予知序での地図にでも使ってくれ」

「ありがとうございます」

「お安いご用....とは言え設計段階での図面が元だ。改築がされていないとも限らないから気を付けることだな」

「じゃあ行こうか」

 

 床に突いた鉄筋を握り直し、西園寺さんが先行する形で廊下を進む。

 ガードボットの襲撃を受けていないそこは、上階の惨状からは想像もつかない程に整備されており、一企業の所有する施設として権威を誇るに申し分の無い雰囲気がある。

 不自然さすら感じる景色に妙な肌寒さを覚えながら、無音の廊下に響く靴音を耳に感じる。

 

「そこを直線。そしたら次は右に....」

 

 携帯画面に目を落とし、淡々と行き先を示していく西園寺さん。

 

「にしても妙な話だな。研究員にまで防衛設備が機能するなんて聞いたこともない。どれだけ自分の部下が信用ならないんだ」

「確かに。何か警戒し過ぎな気がする」

「何か理由がーー」

 

 行き先を確かめる為目を前に向け、視界の隅が赤く光ったように見えたかと思えば、静かな駆動音が止まったようだった世界を動かす。

 僅かにへこんだ壁が上方にスライドし、内側から黒い物が姿を現す。

 

「タレット!避けろ!」

「は!?」

 

 携帯から響く叫び声に一瞬怯むが、直前に抱いた違和感と張り詰めたままの緊張感は咄嗟の判断にも反応を手助けしてくれた。

 

「障壁!!」

 

 ガードボットとの戦いで記憶した壁をイメージし、指先に力を送る。

 命令を下す術式より一瞬遅れて光の壁が私と西園寺さんの前に広がる。軽々しく響く弾丸の弾かれる音。無慈悲に放たれる凶弾の悉くは展開された障壁に阻まれる。     

 絶え間ない閃光と銃声が続き、衝突する弾丸は石ころのように床に散らばっていく。

 

「....ふう」

「結衣。大丈夫?」

「はい。急な事でしたけど、なんとかなって良かったです」

「....ごめんね」

「そ、そんな。西園寺さんが謝る事じゃないですよ。情報に無い罠を見つけるなんて私にも出来ませんし」

「チッ....やはりテコ入れもしてやがったらしいな。古い情報をアテにするのもかえって危険か....と、悪い知らせを続けるようで申し訳ないが、今の装置の作動で施設のガードボットどもが一斉に動き出した。お前達の居る階に向かっているのを見れば狙いは察せるな」

「わ、私達を探して....」

「包囲される前に急いで終わらせろ....と言いたい所だが、今ので旧式の地図が役に立たないのは分かった。どれだけそいつに従って進んでも、少なからず痛い目を見る事になる」

「はあ!?じゃあまた兵器に見つかったら結衣の魔術で凌げって言うつもり!?」 

「ガードボットどもが群がる廊下を駆け抜けるのと兵器相手に推し進む。どっちが良い」

「ぐっ....」

「結衣の戦いを見た側としての意見を言わせてもらうが、ガードボットを相手に同じ手は通じないぞ」

「でも今の攻撃は!」

「あの巨人みたいなロボの武器からそこに落ちてるケチな弾丸が出てくるのか?」

「あ....」

「矢面に立たせる結衣には酷な話だが、そうでもしないと生き残る確率は半減するどころじゃないぞ」

「....私で役に立てるんですか?」

「ああ、自分でも分かるだろ?あの数の弾を一発も通さず防ぎきった。奇跡としか言い様がないが、それが魔術の力なんだ。なら今こそお前の出番だ」

 

 出番。その言葉に深い意味など無い筈だが、私の中に落ちた声は心地のよい感触となって染み込んでいく。

 

「元はアタシが起こした問題なんだから、アタシが責任を」

「あのなぁ、責任だとかそう言う問題じゃ」

「分かりました。やらせて下さい」

「結衣!?」

「それで二人の役に立てるんですよね」

「勿論。この問題をスマートに解決出来るのはお前だけだ」

「でも、それだと結衣が....」

「なら最短のルートをーー」

「やっぱ納得出来ない!何か他に策があるって。考えないと!」

「さ、西園寺さん....それは」

「....死にたがりなのか何なのか....なあ結衣。一つ聞いても良いか」

「な、何でしょうか」

「そこにも幾つか部屋があるようだが、中に動かせるコンピュータはないか。パソコンだと一番都合が良い」

「それで何か出来るんですか?」

「分からない。だが、お前達をそこまで運んだようにそいつからデータを吸い出せるかもしれない。どうしてもってなら試してみる価値はあるが....お前はそれで良くても、そうでも言わなきゃ紗姫は納得しないんじゃないか?」

「やるよ。結衣!」

「....反応の早いこと」

 

 岩のように静かだった西園寺さんが勢い良く私に向き直る。凄まじい気迫に怯む私の携帯からは、リッジさんの呆れた声が聞こえる。

 

「どちらにしても決めるのは結衣だ。お前にも考えはあるだろうが、結衣の選択を尊重してやれよ」

「わ、分かってるよそんなこと」

「....無理強いはするなよ」

 

 疑念の滲む言葉を最後に、リッジさんとの通信が終わる。

 

「あいつはああ言ってるけど、アタシは心配だよ。結衣が身体を張る必要なんて無いんだから、時間が掛かっても大丈夫だし、落ち着いて行こうよ」

「で、ですけど」

「結衣の力は信じてるけど、それでも他にも安全な道があるならそっちを選ぶべきだよ」

「....」

 

 安全な方法を探す事が一番だと言う西園寺さん。それは当然に選ぶべき策だったのだろうが、リッジさんが口にしていたガードボットの襲撃と言う外の状況を前に、焦燥感と苦々しい経験の再演に逸らされた判断力はより早く目の前に置かれた問題を解決しろと危険な道を選ぶ。

 

「このまま最短ルートを進みます。リッジさん。兵器を見付けたら教えて下さい」

「お、やる気だな。後手に回ると思ったが、まああれだけ過激な経験があれば感覚も麻痺するか」

「結衣。そんな、駄目だよ」

「結衣の選択を尊重する。そうだったろ。紗姫?」

「だって結衣がそんな!」

「やらせてやれよ。結衣にも考えがあっての事だ。友達なら信じてやらなきゃ可哀想だろ?それとも何か?ガードボットの弾丸を結衣に防がせて渡るつもりか?」

「ぐっ....」

「行きましょう。西園寺さん」

「....ああもう分かったよ!でもまずいと思ったらすぐに作戦は変えても良いからね。アタシは気にしないから」

「ありがとうございます」

 

 何事かを噛み殺した西園寺さんの反応に心が痛むが、寄り道をしたとしてそれが必ず良い結果になると限らないのなら、リスクを取ってこれ以上の危険に身を晒すわけにはいかない。

 

「さて、策が決まったところで行くとするか。予定通り最短のルートでメインサーバーまで突っ切るぞ」

「....了解」

 

 憂うように眉を下げ、雲のかかった暗い顔で私を見つめるを西園寺さんの横を通り、携帯に表示された古い地図を頼りに再び廊下を進む。

 

「ね、ねえ結衣....」

「ごめんなさい」

「やっぱり止めにーー」

「私がやれば西園寺さんも辛い目に遭わなくて済むんです」

「そんな、アタシは」

「それに、幾ら状況が好転していると言っても私達は人裂症に侵されたままです。リッジさんの言葉が正しいのなら、まだ人裂症は完治していない事になります」

「うぅ」

「....ごめんなさい。西園寺さん」

 

 邪魔をされたくない。そう思ったからだろうか。

 リッジさんの言葉が灯した歪な勇気は純粋な親切心と配慮からの西園寺さんの言葉も疎ましい物へと変えてしまう。

 水音のように聞こえて来る電子音に、力を右手の指先に集め通路の角を出る。

 パターンを変えた規則的な電子音に続き、自動ドアのような駆動音が鳴る。

 腕を音の方向に向けて突き出せば、角張ったU字の台座にそれが身を降ろす音が耳に届く。

 

「障壁!!」

 

 脳内にイメージを映し、術式の引き金を引く。

 淡い光が誘蛾灯のように暗闇を照らし、その奥で華のように広がった色が瞬く。

 悪夢の再演。

 火薬の破裂。薬莢の墜下。弾丸の炸裂。

 繰り返される音の波が静寂を裂き、瞬きと共に駆ける弾丸は流星の様に暗闇を焼く。

 至近距離で弾き返される弾丸の音に顰めた視界が狭まる。

 

「....」

 

 次第に動きを緩慢に変え、沈黙したタレットを前に光の壁を納める。

 

「へっ。またも無傷とは....まぐれじゃなかったってわけだ」

「凄い....」

「これならゴールは目前になったも同じだ。残す兵器も完封して、連中の作った壁をぶち抜いてやろうぜ」

 

 

 何機目かのタレットが沈黙する。

 携帯の画面に目を向ければ、メインサーバーの位置を示す大型の部屋が地図上に映し出されていた。

 

「よし、これで施設を再起動させられる。よくやったぜ結衣。大手柄だ」

「あ、ありがとうございます」

 

 昂っていた感情が萎み、途端に粋がり勇んでいた自身が恥ずかしくなる。

 

「扉はここの入り口と同じ方式で開く。次は結衣が先に進んだ方が安全だろう」

「分かりました」

 

 リッジさんの指示を受けて進めば、二台の監視カメラに守られた両開きの自動ドアが視界に入る。

 

「....いかにもって感じだね」

「そうですね。では私から行きます」

「気を付けてね」

 

 西園寺さんの言葉に答え、キーカードをかざして扉を開く。やり過ぎな程に明るい光の歓迎を受け、続くアナウンスに従い室内に入れば、そこには幾つものコンピューターが配置された、アニメの世界で目にする政府組織の指令部のような空間が広がっていた。

 

「ようこそ。神代結衣研究員。音声アナウンスによる管理サポートを開始します。ご希望の作業を回答してください」

「え、あ....」

「うわあ、凄い。何ここ映画の世界じゃん」

 

 後ろから感嘆の息を漏らす西園寺さんの声が聞こえる。私が振り向くより先に新しいアナウンスが再生される。

 

「新規入場者を検知。ようこそ。西園寺紗姫研究員。神代結衣研究員との共同操作が必要な作業でしょうか」

「共同作業....って何?」

 

 リッジさんからの説明にはなかった状況に戸惑うが、それはすぐに私達の会話に割り込んでくる。

 

「はいはい小難しい説明は不要だっての。結衣。操作盤に手を置いてくれ」

「ど、どれの事でしょう」

「あー....そんなにあるのか」

「....はい」

「施設全体を復旧させたいならそうすれば良いんじゃないの?」

「そうも行かないんだよ。この騒ぎでブレーカーがダメになってる箇所がある。ここで下手に弄ってヒューズでも飛んだら復旧の為にブレーカーを直す羽目になる。最悪の場合このまま閉じ込められる事になるぞ」

「マジ?」

「嘘を吐く理由がない。まあ取り敢えず近場の奴で良い。こっちで何とかするさ」

 

 リッジさんの操作を待つ間に幾つかのモニタを眺めていると、その中にプログラムが開かれたまま放置された物があった。

 

「これ....」

「何かあったの?」

 

 後ろを付いてきていた西園寺さんが私の指さす画面を見てその内容を読み上げる。

 

「納品書....圧縮されてるみたいだけど、開けないかな。ね、リッジ」

「何の納品書だ?ここに届く物なんだから相当に重要な情報か送り間違えのゴミかのどっちかだろうが」

 

 リッジさんがファイルを開いてすぐ、苛立ちの透けた文句が上がる。

 

「パスワードだ?小賢しい真似を....けっ。無理だなこいつは」

「無理?あんたの力なら何とか出来るんじゃないの?」

「俺達の力で何とかなるモノならな。こいつはガードボットの製造元で作られたプログラムで組まれたパスワードしか通さない特別製だ。俺達の力で誤魔化すには何一つ代わりに出来るデータがない」

「代わりに出来るデータ?」

「ガードボット共が作られたのは俺達の世界でもお前達の世界でもない別世界だ。この納品書に掛けられているパスワードも、その世界で作られたデータだ。見たこともないプログラムをこっちの世界のデータで偽装するには手段が無い。残念だがそいつを見るのは諦めてくれ。ほら、本命は見つかったからな」

 

 携帯が通知音を鳴らし、新たにファイルが送信される。

 

「サポートなんて言ってるがやるのはお前達をアナウンスしていたAI。結局人に手を出させる気なんて端からないってわけだ。あれに任せたら面倒な事になりかねない。オーバーライドして俺達が手動で操作するから、お前達はあのシステムを破壊してくれ」

「あれって、AIの事?」

「どこかに本体がある筈だ。俺達を繋いでくれれば乗っ取って自壊させる」

「見当は付いてるの?」

「いや、お前達の勘に任せる他無いな」

「何それ」

「厄介なシステムを追い出してからでないと下手に手を出せないんだ。必要以上に干渉したらまたハプニングになりかねない」

「ふぅん、まあそれなら仕方ないか。結衣。手分けして探そう」

「は、はい。分かりました」

「アタシは向こうのコンピュータを。結衣はこの辺りのをお願い」

 

 西園寺さんが通路の対面へ向かったのを見送り、周囲のコンピュータに目を向ける。

 アプリケーションのアイコン一つ無い殺風景なデスクトップが見渡す限りの画面に並んでおり、一様に統一された空間は清潔感よりも不気味さを煽る。

 ディスプレイの薄明かりに照らされた台に目を凝らし、一列に接続された長机の通路を歩く。整理し尽くされた部屋で間違い探しをするような気分だ。

 

「これかな」

 

 巨大なディスプレイの前。最前列にある長机に貼り付けられていた灰色の付箋紙を取り上げコンピュータの灯りで照らせば、無数の英数字が綴られていた。

 

「西園寺さん。見つけました」

「本当?すぐ行くよ!」

「リッジさん。これで出来るでしょうか」

「どれどれ....ああ。バッチリだ。次はそのコンピュータに触れてくれ」

 

 西園寺さんを待つ間に撮影した写真をリッジさんに転送し、指示に従ってキーボードの上に指を重ねる。

 真っ青な画面にウィンドウが立ち上がり、一面黒塗りの背景に赤い危険信号が描かれたいかにもなソフトが現れる。

 間髪入れず複数のセキュリティソフトが現れるが、それもスキャンを開始してすぐに異常無しの通知と共に停止してしまう。

 

「俺達をウイルス扱いとは楽観が過ぎるな。細い壁幾つ並べようが意味ないんだよ。必要なのは守るものを囲める広い壁だ。よし入った」

「早っ。もう出来たの?」

「それは勿論。騙して書き換えるだけなら朝飯前だ」

 

 部屋のモニタ画面が一斉に切り替わり、続いて視界が白く染まる。鈍い頭痛に目を細め、再び開く頃には久しく目にしていなかった明るい世界があった。

 

「よーし。これで良い。案外どうってこと無かったな」

 

 溜め息の後、気の抜けた様子でケラケラと笑うリッジさんの声が携帯から聞こえる。

 

「さて、一階の電力も復帰させた。一度こっちに戻ってから下に降りるぞ。いよいよクライマックスだな」

 

 ニタニタと笑う姿が頭に浮かぶようで、緊張感が少しばかり和らぐ。

 

「帰りましょう西園寺さん。またあのロボットに囲まれたら大変です」

「うん。急がないと。リッジも笑ってないで準備しといてよ」

「心配するな。来た道を戻ればシェルターへの入り口にたどり着く」

 

 廊下に出てすぐに、薬莢の喉を焼くように酸っぱい煙の香りが鼻を突く。光を取り戻した明るい世界に不安を植え付けるそれを避けるように呼吸を浅くしながら歩く。

 

「ふう。これで一安心って感じかな」

「はい。あとはリッジさんのシェルターに戻ってからこの建物を出るだけ。そうしたらこの世界は私達の暮らす荒津市と同じ場所なんだそうです」

「うん。アタシ達のホームグラウンドだからね。どんな化け物がいてもアタシ達の方が有利だよ!」

 

 ふんと鼻をならして西園寺さんは胸元まで上げた拳を握る。気合いは充分といったところだろうか。活気に溢れる姿はやはり頼もしい。

 

 

「ようお前達。無事に辿り着いたようだな。危険なんて目立つものもなかったろうが」

「楽勝だよ。すぐに戻るから待ってて。終わったらアタシ達の脱出にも手を貸してくれるんだよね?」

「当然。お前達を生きて帰すまでが俺達の目的なんだ。途中で放棄したら計画が水の泡だ」

「ふうん。まあいいけどさ」

「さあ、キーカードを使ってくれ。これで一区切りだ」

 

 キーカードをリーダーに向ける。

 

「お疲れ様です。神代結衣研究員」

 

 起動音と共に開いた扉がアナウンスを読み上げる。入場時よりも淡白な物言いに寂しさを感じる。

 赤い光に照され二枚目の扉が横にスライドする。

 

「あれ?」

 

 赤い光は変わらず私の身体を照している。進むべきかを考えあぐねる内、再びアナウンスが読み上げられる。

 

「執行対象を検知。管理部門へデータ送信を要求」

 

 男性の声ではっきりと読み上げられたそれの明らかな違和感に全身が総毛立つ。

 リッジさんはこの階の電力を復旧させたと言っていた。ならば何故これほどに赤い光だけが煌々と私の身体を照らすのか。

 立て続けにフラッシュバックした記憶が奇妙なアナウンスの違和感に繋がり、最悪の予感を想像させる。

 どっと吹き出す冷や汗が肌を撫で、ゾワゾワといやな感覚が夏の蒸れた雨のように身体を濡らしていく。

 

「どうした結衣。そんなところで何を止まってるいんだ。早く戻って来いよ」

「....リッ....ジさん」

「なんだ。声が震えてるぞ」

「助けて下さーー」

 

 チリ、チリと金属の摩擦音が鳴る。数秒で間隔を縮めて甲高い駆動音と混ざり合った偽りようのない機械の音を上げるそれに紡ぎ掛けた言葉が詰まる。

 

「助けるも何もそこには」

「ッ....逃げて下さい西園寺さん!」

 

 今の身体に出せる限界の声で後ろに待っているであろう西園寺さんに叫ぶ。

 どうか生きていてほしい。そう願いながらつんのめるように駆け出す。

 頭上を掠める金属音と生暖かい風。顔を打たれ、押し返されなかった事を安堵すべきだろう。ほぼ零距離にも近い後方で、焼けるような閃光が巻き起こった。

 幾度となく聞いた連続する炸裂音。そのどれの比にもならない速度の爆音が、貫かんばかりの勢いで廊下に反響する。

 壁に打ち付けられる音は跳ね返るボールのように四方八方から押し寄せ、締め上げるような痛みが鼓膜から脳へと突き抜けていく。

 

「っづ....うう!」

 

 耳を手で覆っても、音は指の隙間を乱暴にこじ開けて飛び込む。

 割れるような頭痛にこらえ、防火扉を潜り階段へと飛び込む。

 

「おい何だ今の音は!?」

「わ、私にも分かりません!」

「分からないってお前。目の前で....そんな余裕もなかったって事か」

「....ごめんなさーー」

「謝るのは死んだ時だ。怪我が無いならさっさと逃げろ」

「待って下さい。西園寺さんが!」

「あいつなら無事だ。お前を連れ戻したら助ける。幸い敵の攻撃はあいつに届いてない。狙いもお前に向いている筈だ。時間稼ぎにはお前がーー」

 

 激しい衝突音と共に、防火扉が壁に激突する。風に跳ばされるトタン屋根のように吹き飛ばされたそれは敵の脅威がこれまでの相手とは桁違いだと知らしめるには充分だ。

 

「ッ!?」

「反応の早い....敵は!」

「が、ガードボット!」

「ガードボットだ!?連中の反応はまだそっちには」

「ぶ、武器が違います!盾とガトリングの銃。どちらも大きいです!」 

「聞いたこともない装....なるほど新型って奴か。連中め厄介なデカブツを!」

 

 ガードボット。リッジさんにはそう伝えたが、目の前に立つ敵は形こそ今までに倒してきたそれに似るが、巨大な体躯と全身を覆う程の無骨な武装には明らかな違和感が見て取れる。

 

「し、新型?」

「言っただろう。ここに入ったガードボットの最新型だ。見た限りじゃただ固いだけの機体だって話だったが土壇場で仕上げて来るとは....何かなら何まで録でもないデマか。クソ」

 

忌まわしげに歯噛みをする声に聞き返せば、不機嫌さを隠さない様子の答えが戻ってくる。

  

「神代結衣。最上位優先執行対象に分類。直ちに排除する」

「下の階に入り口を作る。階段から飛び降りろ!」

「え、え!?」

「特異点だ!身を守る事にだけ集中しろ!」

「っ。分かりました!」

 

 ガードボットの背後が燃え上がる。押し出された空気の焦げる臭いが壁を伝い押し寄せる。

 潰されて死ぬかリッジさんを信じて賭けるか。答えなど考える必要はない。

 速く、跳ぶ。浮かべたイメージのままに上階へ続く階段の隙間から宙に躍り出る。眼下に広がる針山のような段差の数々に悪寒が走るが、本能に書き換えられたそれ意識で浮かべたイメージを一新する。

 鉄のように、堅く。階段の角が鋭い衝撃となり身体に突き刺さる。しかし肉は沈み込む事もなく痛みは無い。続けて中頃に落ちた階段から転げ落ち、幾度か打ち付けた身体も痺れや痛みに阻まれることなく立ち上がる事が出来た。

 

「っうう」

 

 力の枯渇で不快感に視界が眩むが、立ち止まっては死が迫る。大きく息を吸って意識を叩き起こす。

 

「そこの扉が入り口だ。迷わず飛びーー」

 

 轟音に携帯からの声が掻き消される。

 

「対象補足。制圧射撃再開」

「っ!」

 

 途切れたリッジさんの言葉を信じ防火扉に突撃する。扉に弾かれる事もなく、身体は扉を抜けて再び暗い空間へと投げ出される。

 

「痛っ!」

「結衣。無事だったか。全くヒヤヒヤさせてくれるなよ」

「うう....」

「ちょっと!命からがら帰ってきた相手にそんな言い方無いでしょ!だいたいあんたが先に見付けられてたらこんなことになってないんだから」

「設備の機能妨害なんて聞いてるわけないだろう。そこまで予知出来たら苦労無いんだよ」

「だとしてももう少し言い方を!」

「わ、私は大丈夫ですので....それよりあのガードボットは一体」

「例の新型『AG-CHEVALI(アサルトガード-シュヴァリエ)』その試作機だ。元は装甲重視の重量機体だったらしいが、急造であそこまで仕上げて納品していたってわけだ」

 

 気合いの入った名前が飛び出し、その迫力にほんの少し気圧される。

  

「結衣もあんたも凄く慌てていたみたいだけどさ、そんなにヤバい奴だったの?」

「カメラのハッキングで俺達も姿こそ見ていないが、結衣の話ではえらくデカい盾とガトリング装備のガードボットだったらしい」

「詳しくは覚えていないのであまり役に立つような事はお話出来ませんけど....ごめんなさい」

「結衣の言う通り。役立つ情報もない。良い話があるとすれば敵に厄介なバケモノが構えている事が分かったくらいだ。言いたく無いが、状況は悪い方向に傾いている」

「なにそれ。折角上手く行く筈だったのに」

「全くだ。ここに来てとんだ邪魔が入った....脱出は後回し。先にあいつを倒さないとならないな」

「た、倒す?」

「ああ、隠れて脱出するのが理想だが、あいつが搭載しているパスルジャマーの影響でカメラ機器が妨害されて使い物にならない。つまり居場所は特定出来ないって事だ」

「....それだけならここから逃げられない事は無いんじゃ」

 

 西園寺さんの投げ掛けた疑問にリッジさんが唸る。

 

「あいつのパルスジャマーが何処まで機能するのかは分からないが、万が一入り口の扉にも影響があるとしたら。それでお前達を閉じ込められる。そうしたら当然一階に張り込む筈だ」

「必ずそうとも限らなくない?陽動作戦で気を逸らせるかもしれないし、そもそも他の階を探索してる可能性もあるでしょ」

「むぅ。確かに一理あるが、いくらポンコツと言えど相手は機械だ。単純な知恵比べなら人間のお前達や俺達は上回って来ると思った方が良いだろう。仮に俺達の考えが当たっていたとしたら、あいつはどう考えるだろうな」

「....なるほど。それでそいつを倒さないといけないってこと」

「待って下さい。倒すと言っても、あんなガードボットをどう倒すんですか?」

「そこだ。俺達は五階に向かってあいつの痕跡と弱点を探ってくる」

「弱点を探る?そんな危険なこと、大丈夫なんですか?」

「心配してくれるのは有難いが、お前達がここから脱出してくれないことには俺達の目的も果たせない。ここまでお前達に働かせていた分は俺達も動く。協力し合うって約束だからな。その間お前達はゆっくり休んでいてくれ。怪我の治療でも、状況の整理でも自由にしてくれて良いぜ」

 

 靄がリッジさんを包むと、それと共に床へと沈んで消える。

 黒いシェルターの中を見回した西園寺さんが感心の籠った声を出す。

 

「案外しっかりしてるんだ。一面真っ黒なの以外は普通のシェルターと同じって感じかな」

「電気も無しにここまで明るいのも不思議ですけど、リッジさんが何かしているんでしょうか」

「ね、結衣。リッジが帰ってくるまで時間もあるだろうし、休憩する前に少し見て回ろうよ」

「見て回る....ですか」

「そう。何か役に立つ物が見つかるかも」

「ですが、勝手にあれこれ触っても良いんでしょうか」

「大丈夫でしょ。協力の為って言えば文句言わないって」

「あ、西園寺さん」

 

 すっくと立ち上がった西園寺さんは早足にシェルターの隅々に置かれた機械や家具に向かって歩き出す。彼女が危険な物に触れないようにと私もその後に続いて立ち上がる。

 黒い空間での探索は、私達の好奇心に何とも言い難い奇妙な感覚を抱かせる物となるのだった。

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