ココロネ・リンカーネイション   作:rippsan

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研究施設からの脱出を果たした二人は、協力者の提案する拠点作りに向かう。


壱章 飢欲焦木
狭間似世


「毒霧みたいな空だなぁ。てかもう夜なの?」

「ああ。それと空の色はパームミスリルが生み出したエネルギーの塊だ」

「なにそれ、気持ち悪」

 

 奇怪な雲だ。房に実ったブドウのようにまるまるとしたそれは出鱈目なくらいに鮮やかな紫色をしている。

 私の産まれるずっと前。その時代のアニメの世界で見た嘘のような雲が空に広がり、群を成した虫のように蠢く。

 

「....拠点になる場所を見付けて休みましょう....その、なんだか気分が悪くて」

「嘘。やっぱり先に中で休んだ方が良かったんじゃ」

「いや、このまま進んで拠点設営の準備をしてくれ。研究施設を出た時点で魔物に襲われる危険に晒されている。俺達に結衣の状態は分からないが、必要以上に動き回って発見された場合戦闘は避けられない。紗姫も疲労がない訳じゃないだろう」

「アタシの心配なら」

「いえ、まだ動けますから....リッジさんの判断に任せましょう」

「結衣....」

「紗姫。結衣のサポートを頼む。お前は体力に自信もあるし戦いの数も少ない分余裕もあるだろうが、結衣はお前を助ける前にもガードボットを相手にしている。万が一の時にはお前が守ってやるんだ」

「....分かった。広場で良いんだよね」

「ああ、その辺りの商業区なら手頃な土地があるはずだ」

 

 

 研究施設からほど近い商業区の裏路地。幾つかの角を曲がった先の空き地に着き、ビルの壁にもたれて身体を休める。

 見渡して目に入る周囲の外観は、建設時から相応の年季が入っているように見えるが、本来であればそこに存在するであろう草花は蔦はおろか雑草の一つさえ生えていない。人裂症の蔓延から封鎖されて以来、十年近く無人の状態が続いていたにも関わらずこの場には一切の命の気配が無く、治療を受ける前に目にした私達の世界によく似ている。荒津市を複製して作った世界だと言うリッジさんの言葉通りなのだろうか。

 

「ここで良いかな。結衣。ランタンを貰っても良いかな」

「はい。これです」

 

 鞄から角灯を取り出して西園寺さんに手渡す。手に取ったその重さに驚く彼女だったが、すぐに姿勢を戻して空き地の中心まで向かい角灯を地面に置く。

 

「オーケーリッジ。言われた通りにしたけどこれで良いの?」

「ああ、見付けたぜ。すぐそっちに向かう」

 

 角灯から離れて待機していた西園寺さんがリッジさんを呼ぶと、靄が角灯の下で渦を巻き穴を作り出し、中から鉤爪のような刺々しい腕が飛び出す。角灯を鷲掴みにした腕が不自然に細く変形したかと思うと、ゴム紐に引かれたように穴から黒い物体が現れる。遥か上空へと舞い上がったそれは地面と激突して霧散したかと思えば、見覚えのある形を取り戻す。

 

「ようお前達。良い働きだったな」

「ねえリッジ。本当にこんな狭苦しいところで良かったの?殆ど真っ暗なんだけど。こんなんじゃ何も見えないよ」

「まあまあ、その為の俺達だ。魔物共が徘徊している場所にテントと焚き火だけでキャンプをするなんて言ってないだろう」

 

 リッジさんが腕を空に向けて突き上げると、広げられた掌から重油のような黒い液体が飛沫を上げて溢れ出す。

 

「そんなチンケな拠点作りをするだけって言うなら、施設に戻ってシェルターで休んだ方が効果的だろう?待ってな。そうしなかった理由を見せてやるぜ」

 

 べしゃべしゃと音を立てながら地面に広がった液体は、ある場所まで到達すると展開を停止し、湿った地面の上で波打ちながら何かの形を成すようにかさを増していく。

 

「これは....」

「な、何してんの。気味が悪い」

「何って、そりゃ準備だろう」

「何の準備なの。まさか、ここでアタシと結衣を殺して自分だけで隠れようって考えじゃないわよね!?」

「だから何度も言ってるだろう。俺達の目的はRMCの連中を追い出す事。連中の目的であるお前達に死なれたら困るんだ」

「じゃあ何をしてるって言うのよ。それは何!?説明して!」

「chevalierが壊したエントランスの瓦礫だ。俺達の力でここまで持ってきたのを使っているんだよ」

「はあ!?」

「お前達を殺しはしないから静かにしていてくれ。集中出来ない」

「西園寺さん。一度落ち着きましょう。確かにリッジさんの動きは怪しいですけど、私達を殺そうと思えばビルを出た時に出来たと思います。それをしなかったのは何か考えがあったから。今はリッジさんを信じましょう」

 

 興奮した様子でリッジさんに食って掛かる西園寺さんを諭し、私も疑問を投げ掛ける。

 

「あの、リッジさん。瓦礫を持ってきたと言うのは」

「あの施設に張られていたのはお前達を外へ出さない為の魔術だったらしく、二人が脱出してから暫くしてエントランスが崩壊した。それを拠点作りのために運んできたってことだよ」

「....施設からここまで....あのトンネルの中に仕舞ってですか?」

「....ああ、その方が良かったな。いや、液体にして呑み込んだ」

「....」

「ビビるなよ。これも俺達の力だ」

 

 リッジさんが話している間も黒い液体は勢いを緩めず噴出し、いつの間にか足下にはコンクリート製の床が出来上がり、広場の端に広がった液体は腰ほどの高さにまで迫っている。

 

「ここらのビルの情報を基に拠点を作る。訳の分からないシェルターで気を張って居るより少しでも見慣れた場所の方が休息には向いているだろう?」

「そう....ですね」

「むう....やってることは分かったけど、それ大丈夫なの?」

「俺達はこの世界の管理者だぜ?ビル一つ真似できなくてどう街を維持してるってんだよ」

「確かに....ってそうじゃない。安全性の話だよ。壊れたりしないんだよね。その水みたいなやつがビルになるんじゃないよね」

「俺達の力は物事を騙す。人間も、世界も、偉そうに魔術師を名乗っているRMCもな。ここらの建物も俺達の力で作り出した物だが、おかしな所はないだろう?」

「騙すと言うだけなら、はりぼてのように見た目を変えるだけでも良いのでは」

「甘いな。世界一つ騙す仕事だぜ?無論中身も完全再現だ。因みにあそこを見てみな。どうやら自動販売機が作られているようだが、あれもお前達の世界と同じように使える道具になる。しかも中身も健康被害無しの市販品と同じだ」

「そ、それは....どうなんでしょう」

「不満か?この世界はお前達の街を完全に複製している。基になった時間の街に存在していたものは、全て当時のままで使える。ストレスの発散に応急手当に、悪い事でも無いとは思うがな」

 

 想像していた反応と違ったのか、首を傾げたリッジさんの言葉には疑問の色が浮いていた。

 ふと視界が暗くなり、リッジさんの身体が溶けて消えかけているように感じた。周りに目を向けると液体のかさが私達の遥か上にまで伸び、外からの光を阻んでいる。

 

「さて、仕上げも終わりだ。こいつが俺達とお前達の新しい拠点だぜ」

 

 かっと広がる光に目を伏せる。再び開けた視界には煌々と輝く白い蛍光灯の光が溢れており、灰一色の安っぽいロビーが照らされていた。

 

「....凄い!」

「嘘!?何であんな水が」

「どんなもんだ。真っ暗な部屋で座り込んで休むよりずっと快適そうだろう?」

「は....はい」

「と、お前達が休むならこれも必要か」

  

 リッジさんが床に向けて指を指せば、先端からコンクリートの破片が転がり、形を成しながら積み上がると高級感のあるソファが出現する。

 

「コンクリートが....ソファに」

「リッジ!あんた、それどうやってるのよ」

「だから言ってるだろう。騙してるんだよ」

「意味分かんないって!」

「わ、私も知りたいです。一体どんな」

「むう....まあ教えるだけなら時間もとらないか」

 

 軽く息を吐いた後、リッジさんが手を広げると、その上に粉々に砕かれ半ば塵と化したコンクリートの破片が現れる。

 

「お前達の世界には『グリッチ』ってものが存在するらしいな。システムの不具合だとか故障だとか。まあ、その気になって修理をすれば簡単に直せる程度のモノだが。俺達の力はその不具合や故障を自由に引き起こせる」

「....どう言うこと?それとここを作った力とじゃ全く関係ないように聞こえるんだけど」

「さっき見た空の事は覚えているか?」

「あのグロい空ね。ブドウの化け物みたいだった」

「この世界は全て、あれと同じエネルギーで作られていて、エネルギー同士のひっついた塊が一つの物質になっている。俺達はそのエネルギーの塊が持つ情報にスクランブルを掛けて書き換える事で、全く別の物質へと変化させるよう世界に指示する」

「つ、つまり、あのコンクリートの形が変わったのも、建物に変わったのもリッジさんが、その....情報を書き換えたと言う事でしょうか」

「その通り。飲み込みが良いな。コンクリートの情報を水に書き換えて運び、ここでコンクリートに戻してからビルの部品として再び書き換える。それで完成だ」

「....いまいちピンと来ないんだけど、まあ良いか」

「そうだ。何となく分かっていれば良い。お前達には関係のない力だからな」

 

 どうだ。と鼻をならすリッジさんの手に溢れ落ちた液体が巻き戻されるようにして納まり、硬貨の形を成す。

 出来上がった硬貨を半分に割ったリッジさんが、それを指で弾いて私と西園寺さんの手に飛ばす。掌に落ちた硬貨を観察すれば、それは薄緑に輝き、面には文字や凹凸の刻印の存在していないチップのような形をしている。

 

「さて、丁度余りも出来たし、こいつはご褒美とサービスだ。そこの自販機を使って一休みすると良い。さっきも教えたが安全性は保証する。お前達を殺す罠じゃないから安心しな」 

「....西園寺さん。試してみましょう」

「本気?」

「信用出来る物は一つでも多い方が良いですし、リッジさんはchevalierとの戦いでも助言をしてくれました。見た目は怪しいかもしれませんが、何もかも疑っては疑心暗鬼になってしまいますから」

「結衣がそう言うならアタシは構わないけど」

 

 自販機の前に立ち硬貨を投入口に押し込めば、ショーケースに並んだボタンが目を覚ましたように青と赤の光を灯す。

 

「....」

 

 ケースに並んだ飲み物は全て選ぶことが出来るようだが、全てを目で追いながらその一つ一つの前で躊躇う。

 意を決してボタンの一つを押すと、排出口から重い音がする。一歩下がってその中を覗き、慎重に手を伸ばせば、指先に柔らかく生ぬるい物が触れる。ぎょっとして手を引きそうになるが、力んだ拍子に指先で変形した覚えのある感触に再びそれの正体を探り、取り出す。

 五百ミリペットボトル入りの緑茶。見慣れた容器に一先ず安堵し、後ろで心配そうに観察していた西園寺さんの前に出して見せる。

 

「見た目は普通だね。中身も変わったところはない....かな?」

「はい。後は実際に飲んでみて、でしょうか」

「じ、じゃあアタシも」

 

 西園寺さんが自販機の前に立ち、購入した飲み物を取り出す。振り向いた彼女も私と同じ緑茶を差し出し、容器の中の様子を確かめている。

 

「アタシのも大丈夫そう....じゃあ飲んでみようか?」

「....そうですね」

 

 爆弾を取り扱うかのようにぴんと手を伸ばし、指の感覚だけでボトルのキャップを確かめる西園寺さん。縛るように目を閉じ、顔を背けて構える姿はどこか子供っぽく愛らしさを感じる。

 

「せーの!」

 

 西園寺さんの合図に合わせてキャップ捻れば、カチリと軽快な音が数日ぶりの懐かしさを湧き起こす。

 それは突飛な出来事の連続に混乱していた私にとって真っ暗な森の中で見た一筋の木漏れ日のような存在で、漸く何もかもが出鱈目な世界で出会えた拠り所だ。もっとも、自販機が拠り所と言うのも妙な話だろう。

 

「....ここまでは問題....ええいもどかしい!成るように成れ!」

 

 それまでの石橋を叩くような慎重な行動から一転、突如声を上げた西園寺さんは握ったボトルを一気に煽る。

 

「.....味も問題なし」

「西園寺さん。そんな危な....!」

 

 西園寺さんの予想外な行動に驚かされるが、彼女だけに毒味をさせてはいけない。勢いに圧されてボトルの中身を口に流し込めば、普段から口にしている緑茶の味とひやりとした触感が舌を撫で、喉の奥へと降りていく。違和感なくするりと滑り込んできたそれは、渇き切った喉を潤していく。干上がった土が色付いて広がるように、私の心も柔らかく解れていく。

 

「これは、舌触りも普通ですね」

「て言うか、ちゃんと美味しいし」

「だろう?まあ特別味が違うってこともないし、そう感じるのはここまで頑張った身体がご褒美に喜んでいるって証拠だろうな」

「ご褒美....間違ってはいないんだろうけど....ぬぅ」

「ま、まあまあ西園寺さん」

「ヘヘ。どうあれこの世界の物は安全だって事は分かったんだ。それでいいじゃないか」

「ま、まだお茶が安全だって分かっただけじゃない!ジュースに水に、他にも試してみないと分からないことは山ほどあるんだから。まだ勝ち誇るには早いわよ!」

「別に勝ち誇ってるわけでも煽ってもいないんだがな。それで気が済むなら幾らでも試してみればいいさ。誰もが結衣みたく俺達に理解がある人間じゃない。どうあれ俺達はお前たちの味方のつもりで振舞うだけだからな」

「ぐ、なんかアタシが悪者みたく聞こえるんだけど」

「ここまで何度か手は貸してやったつもりなんだがな。とは言え信頼関係は時間を掛けないと築けないと聞くしな。取り敢えず頼まれた物は修理しておくとして、それでポイントにしといてくれよ」

 

 リッジさんは壊れたバックラーの端末を指に載せてコマのように回して見せる。トーンの高い声色からして、おそらくその表情は笑っているのだろう。

 

「そ、それは悪かったわよ。あんたが協力してくれてることは分かってるし、感謝もしてる。別にあんたを敵だとは思ってない」

「協力し合えるならそれでいい。脱出して連中をここから退かせる事がお前達からの最高の礼になる。さて、そいつを飲んだら一休みして行動開始だ。俺達は資料から連中の目的を探って脱出計画を考える。お前達は上の空き部屋で好きに過ごしてくれ。二人分は確実にあるだろうから各々選んでくれればいいさ」

「ありがとうございます。では失礼します」

「あ、待って結衣!」

「な、なんでしょうか」

「怪我の調子は大丈夫だった?ここに来るまでも足を引きずってたみたいに見えたけど」

「はい。そのことなら心配ありません。特異点の回復で動かせるくらいにはなったので」

「そう?アタシも背中をやられたみたいだけど回復しきってないような気がしたから結衣も同じじゃないかなって思ったんだけど」

「い、いえ。そんなことは」

 

 西園寺さんが言うように私の足も完治しているわけではなく、大丈夫だと言えるほど万全の状態ではない。

 

「治っていないなら休んでいるうちにケアはしておけ。特異点の扱いに慣れていないのなら一度の治療で完全に傷を塞げるだけの技術は無いのが普通。お前達の場合酷いのは内側の負傷だ。強引な治療で形だけ保たせている状態ならじきに痛みが強くなるぞ」

「う....」

「やっぱりまだ治りきってないんだね。じゃあ先に怪我の治療だけしておこうよ」

「そんな。このくらいなら」

「遠慮しないで。力ならすぐに回復するし、リッジの話の通りならアタシの怪我も治しておかないと後が大変になるかもしれないから」

「....」

「ささ!行くよ結衣。リッジ。計画が立ったら教えてよ。こっちも準備しとくから」

「ああ。そっちは頼もしいドクターに任せる」

 

 

「なるほどね。結衣は魔術無しであのガードボットを」

「ガードボットに詳しい人に会えたのが運がよかったんだと思います。ジェネレーターを冷やして発電を止めて動きを封じたんだそうです」

 

 鞄から取り出した缶詰の食料を開けば、こちらも何時間ぶりかの小麦の甘い匂いが香る。蓋を開けた一つを西園寺さんに手渡し、もう一つの缶を開く。

 

「結衣はすごいなぁ。アタシなんてあいつを殴って怯んだ隙に逃げるしか出来なかったのに」

「そ、その方が凄いと思いますけど」

「冗談でしょ?ただ逃げてるだけだよ?いつ追い付かれるかも分かんなくて怖いし、捕まりそうになっても動きを止めるだけ。でも結衣は弱点を見付けて戦っているんだからアタシよりずっと賢いし強いよ」

「そんな。chevalierとの戦いは西園寺さんに頼ってばかりでしてた。西園寺さんが居てこその勝利ですよ」

「そうかな。えへへ、じゃあもっと強くならないとね。今以上に結衣が頼れるアタシにならなきゃ」

 

 淡く頬を染めてはにかんだ西園寺さんはそれを隠すようにパンを頬張り、満足げに明るく笑う。

 

「うん。美味しい!」

「良かったです。非常食を食べるのは初めてで味が悪かったらと心配だったので」 

「案外なんともないものだよ。母さんが非常用に買い置きしてるのを食べたことあったけどそれも美味しかったし。因みにこれは家で食べたやつより美味しい」

「RMC特製の物だからでしょうか。何か製法が特別なのかもしれません」

「大企業の技術力ってやつかな。噂じゃ今のフランス経済を席巻するレベルの規模らしいからね」

「そんなに大きな製薬会社があるんでしょうか」

「医療技術全般に手を伸ばしてるんだって。アタシも最初はそんなことあるかと思ってたけど、今のアタシ達の身体の事を考えればそれも納得。て言うかそれ以上に物凄い事をしてるのかもしれない」

「....確かに。間に合わせとは言え人裂症の治療をしてくださったのはRMCの皆さんでしたし」

「まあ、それでこんな死ぬ思いをしなきゃなのは納得いかないけど。戻ったら文句を言ってやらなきゃ」

「そ、そうですね」

 

 命の恩人として感謝の思いはあるが、それと同時にこの奇妙な世界で命懸けの戦いをする目に遭わされているのもRMCの仕業である。

 治療を受けられない患者を思えば罰当たりだろうが、死んだ方がマシだと思った数は片手で収まらない。不満を持つ西園寺さんの言葉ももっともだ。

 

「それで、ひとまずの目的は達成出来たみたいだけど、これから何をするんだろう。リッジが言うには外にも魔物がいるらしいけど、そいつらとも戦うんだよね」

「そうなると思います。出来ることなら避けたいところですが....」

「アタシ達なら倒せる敵らしいけど、だからって敵地のど真ん中に突っ込むなんてのは嫌だよね」

「私達を死なせる訳にはいかないと言っていましたし、無理な作戦を立てることは無いと思いたいですが」

「そうだね....あ、結衣。パンの欠片が」

「え?」

「ちょっと待ってね」

 

 西園寺さんの手が私に伸び、ほっそりとした感触が頬を撫でる。指先を口に含む西園寺さんに突然の事に呆けていた頭が状況を理解し、破裂するように全身が震えて熱を持つ。

 

「なっ....西園寺さん!?」

「ん?どうしたの?」

「い、今何を!」

「....ごちそうさま。美味しかったよ」

「ッーー!」

 

 声にならない悲鳴が結んだ口の中で虫の声のように弱々しく反響する。

 楽しそうに笑う西園寺さんのくだけた表情に頭の中が掻き回されてパニックを起こす。

  

「あはは。そんなに慌てなくても良いのに。結衣は可愛いなぁ」

「か、かわっ。私なんてとても!?」

「そんなことないって。もっと明るく振る舞えば友達出来ると思うよ?ああ、男共にすればその大人しい性格がツボな奴もいるんだったっけ」

「う、うぅ」

「アタシは今の結衣が可愛いと思うけどね」

「す、ストップ!それ以上は止めてください!」

「えー。ここで褒めて伸ばさなきゃ意味ないのに」

「お、おかしくなりそうですから....今は、駄目です」

「それだといつまでも駄目そうだよね。急ぐことじゃないけどさ」

 

 口を尖らせて一言呟き、彼女は吐き出すように笑みを溢す。

 

「さて。傷の治療に腹ごなしも終わったし。リッジに言われた通り休憩しようか。戦いづくしで疲れちゃった」

「そうですね。今はあれこれ考えても仕方ないですし」

「アタシの膝使う?結衣なら歓迎だよ」

「け、結構です!」

 

 自分の膝を叩いて私を呼ぶ西園寺さんの誘いに反射的に答え、深呼吸をして熱を持った身体に空気を送り込む。

 

「そう。別に心配しなくても後で皆に見せたりしないよ?」

「本当に大丈夫なので!そうです。毛布を探して来ますね。きっと備品室にあると思うので!」

 

 跳ねるように立ち上がり、早足で部屋を後にして廊下を歩く。錆びた錻人形のように突っ張った身体を不自由でぎこちない動きが伝えてくる。アニメの世界でならカチカチと強張った音を鳴らしているだろう。

 

「え....と、備品室は」

 

 携帯のライトで幾つかの扉を照らし、倉庫と記されたそれを開いて室内に明かりを向ける。

 

「けほっ。埃っぽいなぁ....」

 

 舞い上がる埃に咳き込みながら倉庫を探索する。溜め込まれた埃まで再現するとは徹底した体勢だが世界を騙すという行為はそれほど複雑なものなのだろうか。

 探索を続け、棚の横に折り畳まれた毛布から表面の埃を払い西園寺さんの待つ部屋へ運ぶ。

 

「お帰り。目的の物は見つかった?」

「はい。埃を被ってはいますが丁度二つ」

「埃って、さっきリッジが作ったばっかりなのに?」

「世界を騙す技なのかと....」

「その世界を騙すってのが分からないんだよねぇ。何をどう騙すのって話じゃない?」

 

 窓を開け、毛布の埃を払いながら西園寺さんは疑問を溢す。

 

「これでよし。漸く一眠り出来るよ。じゃあ、はい。こっちが結衣の分ね」

「ありがとうございます....あの、西園寺さん?」

「ん、どうかした?」

「部屋に戻らないんですか?」

「何で?」

「な、何でって。折角自分の部屋を選んで良いと言われたのに、わざわざ私と同じ部屋を選ぶ必要なんてありませんよ」

「....アタシ最初から結衣と二人で一部屋のつもりだったけど」

「はい!?」

「いくら拠点で安全とは言え、万が一が無い訳じゃないでしょ?そうなった時に助け合えるようにしとかないとだよ」

「そ、それはそうですけど」

 

 西園寺さんと同じ部屋で暮らせる。跳ねて喜びたいほどの幸運だが、素直に受け入れ恥を晒して幻滅されでもしたら自分を呪うだろう。

 

「もしかして、結衣はアタシと同じ部屋は嫌?」

「い、いえ!そんなとんでもないです!」

 

 哀しげに眉を下げて問い掛ける彼女の顔にあれこれと自問自答を繰り返していた自制心が吹き飛ぶ。

 どう断ろうと西園寺さんは肩を落としてこの場を去ってしまうだろう。何より彼女は私の為を思って提案をしている。それを断る方がよほど失礼だ。

 

「じゃあアタシもここに居て良い?」

「は、はい....特別面白い事は無いですけど....それでも良ければ」

「やった!結衣となら何だって特別だよ!ありがとう!」

 

 毛布を抱えている事を忘れ、彼女は飛び付くように詰め寄り、私の手を握って激しく上下に振るう。

 繊細ながらも暖かく力の籠った彼女の感触に心臓が騒がしく脈打ち、異様な世界で漸くこぎ着けた最初の休息の時間は、目が回る思いのまま落ち着かない眠りに着くこととなった。

 

 

「起きろー。計画が整ったぞ」

「....ぅん」

「ふあ....なに?」

「よう、お前達。ちょっとばかり時間に余裕は持たせたつもりだったが、クソ固い床の上でもゆっくり休めたか?」

「リッジ?ごめん。アタシ達どれくらい寝てた?」

「六時間と少し。心配するな。お前達の身体なら半日寝てたくらいでも結晶にやられる事はない」

「そんなに寝てたん....っつ。身体痛い」

「ああ、人間の身体はそう言うところが脆いんだったな。そっちのケアもしないとか....」

「ぅ、痛たた....リッジさん?」

「よう、脱出計画が完成したんで知らせに来たぜ」

 

 ひらひらと手を振って顔の輪郭を歪めるそれはヘラヘラと上機嫌な声で笑っている。

 

「....と。ちょっと待ってて。ちゃんと起きるから」

 

 パチンと甲高い音が弾け、よし。と呟く西園寺さんの声に溌剌とした色が戻る。

 

「オッケー。アタシは準備バッチリ」

「わ、私も大丈夫です。お願いします」

「そんじゃ、早速作戦会議と行こうぜ。まず、連中の研究記録から引っ張り出してきた情報からだが、その病の完全な治療は放置しているだけじゃ現状の維持が良いところらしい。俺達と同じ存在なら問題ないが、人間のお前達はイレギュラーだ。どこでどうなるかは俺達にもさっぱり分からん。で、治療方法についてだが、この世界には魔物が住み着いていて、その中にあるデカブツがいる」

「デカブツって、ボスみたいなやつがいるってこと?」

「まあそんなもんだと思ってくれれば良い。そのデカブツが抱えてる『核』をつかって、パームミスリルが発生させるエネルギーを完全に枯らす」

 

 魔物。でかぶつ。核。エネルギーを枯らす。怒涛の勢いで並べられた専門的な言葉の波に混乱するが、一先ず話の全容を理解することに集中する。

 

「と言うことは、やっぱりその魔物とは戦わないといけないんでしょうか」

「だな。相手は魔物だ。人間のルールで平和的に交渉で片付けるってのはまず無理だろう。当然、身体の核を引き抜かれたら自分が死ぬ事くらい魔物でも分かる。それこそ死に物狂いで抵抗してくるはずだ。勿論人間のルールは抜きでだ」

「そ、それは....魔物を殺す。と言う事ですよね」

「そうだな。核を引き抜かれれば死ぬ。結衣の言う通り、最後には殺すことになるだろうな」

「....」

 

 殺す。当たり前のようにその言葉を肯定されて当惑する。

 顔を向ければ、隣で聞いていた西園寺さんも眉を潜めて目元を歪めているようだった。

 

「人間には縁の無い話の筈だろうが、こうでもしないと助かることは出来ない。まあ、そもそも感染したら最後の余命一週間の病なんてとんでもない物が流行している街。その時点で既に何もかもイカれてるような気もするがな」

「....」

「気に病むなって方が無理な話だろうが、殺すのは魔物だ。向こうはお前達を殺すつもりで掛かってくる。生半可に情なんて抱いて手を鈍らせればお前達の方が不利になるぞ」

「魔物がどんな存在かは分からないです....ですが、私達と同じように生きているのなら」

「魔物がどんな存在か....ね。じゃあお前達の世界の話になるが、魔物ってのはよくある魔王の手先になるような連中だ。もっともこの世界に魔王は居ないが、それは飼い主の無い野良の怪物が自由気ままに生きているってことだ」

「つまりアレ?RPGの魔物みたいな?」

「正解。その解釈で言えば、連中はお前達人間の生活を脅かす存在で、倒すべき敵だ」

 

 ゲームを例えにして説明を始めるリッジさん。飲み込みやすく魔物のイメージは容易に想像出来たが、同時にそれが偏った話にも感じられる。

 オカルトの研究をしてきた影響だろうか。謎に満ちた存在と言う共通点から、それに愛着のような同情を抱いていたのだろう。

 

「兎に角遠慮することは無い。生き残るためには倒さなければならない相手だ。思春期の人間の不安定さもあるし、ひとえに割り切れとは言わないが、情けや容赦って考えはあまり強く抱きすぎない事だ」

「それはまあ、ラストファンタズムみたいな物だと思えば良いんだろうけど....情けとか容赦とかって、そんな必死にならなきゃいけないレベルなの?」

「いや、大抵の魔物に比べればお前達の力は遥かに高い。戦うとなれば負けるなんて事は無いだろうが、それはあくまで一切の油断無く戦った場合の話だ。お前達を見ていて思ったが、二人とも利己的に立ち回れるタイプじゃない。曲がりなりにも心のような物を持ち合わせる連中との戦いは、ガードボットのようなただの殺人マシンを壊すのとでは訳が違う。他人を思いやる人間らしい心の有り様が枷になる時が必ず訪れるだろう。あくまで連中を殺す事は避けられない物だと思っておけ」

「....はい」

「何か嫌な感じだけど、しょうがない事なんだよね」

 

 リッジさんが頷き、続いて最初の計画を話し始める。

 

「まず向かうのはここから東へ向かった葉村区にある自然公園だ。そこを根城にしている魔物の一体を倒し、核を回収する」

「葉山区。そこもアタシ達は知らない場所だ」

「この地区と同じく封鎖対象となった地区であり、今は自然公園の跡地が残るだけの場所だ。勝手の分からない場所だが、開けている分には敵を探すにちょうど良い。よろしく頼むぜ。二人共」

「分かりました。やってみます」

「了解。さっさと終わらせてくるよ」

「そうだ紗姫。こいつが頼まれていたシールドだ。chevalierのパーツをベースにした影響か、出力は格段に上がった。一線級の働きを見せてくれるだろう」

「へえ。ありがとうリッジ。これでもっと戦えるよ」

「ああ。後は二人で上手くやり切って魔物を倒して来てくれ。勿論サポートは任せろ。俺達も準備はしておく」

「そうそう。アタシ達が連絡するまでにここの整理しといてよ。ソファとかベッドとか。そう言うのあるでしょ?多分」

「分からないが探しておく。無ければ作れるか試しておく。兎に角生きて帰れ。迎える準備は万全にしておくからな。頑張ってこい!」

「了解!」

「い、行ってきます」

 

 表情は見えないが、それの声は確かに私達を激励してくれているようだ。

 不安ばかりが積もる現状を打破するため、最初の計画の舞台へと向かう。

 葉村区の自然公園。命の枯れた後の世界と言う不気味なイメージに、私の中には膨れ上がる不安と種火のように小さな好奇心がくすぶり始めていた。

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