ココロネ・リンカーネイション   作:rippsan

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幕を開ける撃退戦。未知の敵を前に、二人は勝利を掴むことが出来るのか。


三種交錯

 

 崩れるように前進する魔物。

 

「アタシが!」

 

 突撃する魔物に向かい西園寺さんが鉄筋を突き出す。鉄筋が硬い外皮に阻まれるが、穂先に巻かれた鉄線が皮を裂き、薄く赤い線が食い込んだ傷口を伝う。

 

「チッ。やっぱり効かないか、クソッ」

 

 鉄筋を引き抜き、流れるように体勢を戻して魔物へ向き直る。

「西園寺さん。私に」

「いや、アタシも少し気合を入れる」

 

 鉄線に付いた血を指先で払い、西園寺さんが両の手を合わせるように鉄筋を構える。いつの日か通り過ぎた校庭から垣間見た道場。夕暮れに溶ける紅い髪を靡かせ、竹刀を振る雄々しい横顔が、魔物を睨む彼女に溶け込んで重なる。

 

「ヤアアアアッ!!」

 

 一足の間に魔物へと距離を詰めたかと思えば、その頭部が割れるようにへこむ。鉄線が深々と皮膚に突き刺さり、潰された部位から追いやられた澱んだ血液がふきだす。

 

「ッギィイ!?」

 

 よろめく魔物から再び距離を取れば、それは項垂れた姿勢のまま一直線に疾走する。

 

「見えてなきゃ当たんないっての!」

 

 横に跳ねて攻撃を避けた西園寺さんがその背を追い、動きが止まると同時に横腹に鉄筋を叩き付ける。

 捻り編み込まれた鉄線を通さない外皮も、特異点の力でその身体ごと吹き飛ばしてしまえば問題はない。

 ポールに激突した魔物が道路にずりおち、痛みに悶える姿はひどく生々しく、気味の悪さに目を背ける。

 

「気持ち悪い。早く倒さないと心も保たなくなりそう」

 

 顔をしかめさせた西園寺さんが私の隣まで敵との距離を離して後退する。

 

「ギアアアッ!」

 

 のたうっていた身体を叩き付けるほどの勢いで横回しに捻って起き上がり、獣のように四つ足で地に這いつくばった魔物は目にも止まらない速さで跳躍する。

 

「ぅぐっ!?」

 

 詰まるような西園寺さんの呻き声が風音に歪む。

 

「くっ。離せこのっ!」

 

 一瞬遅れて目を向ければ、押し倒された西園寺さんとその首をげっそりとした魔物の腕が締め上げていた。

 

「っ!」

 

 私が面食らう間に魔物の右腕が頭上へと浮き上がる。その振り下ろされる先の予想は容易だ。

 

「だ、駄目っ!」

 

 魔術では西園寺さん諸とも攻撃を加える危険がある。

 考えられたのはそこまでで、後は彼女を助けなければならないと言う衝動に動かされるまま覆い被さるようにして魔物に体当たりを喰らわせる。流した力は粗く、力任せな衝突に守りを疎かにした身体に痛みが走るが、幸いその攻撃で魔物を吹き飛ばす事には成功する。

 

「西園寺さん!」

 

 仰向けに倒れている西園寺さんの手首を掴む。それに応えて立ち上がろうと動く彼女の後ろで魔物がゆらりと身体を起こす。

 

「させない。魔弾!」

 

 右目を瞑り震える指先の視界を引き絞り、魔物が動き出すと同時に弾丸を放つ。

 黒い弾丸は枝のように痩せた魔物の腕に直後すると、その肉の大部分を抉り貫いて飛翔する。

 肉と骨を削られ、半月のように欠けた腕が折れ曲がり、魔物は折れ曲がったそれで体重を支え切ることができず不格好に倒れ伏す。

 

「....グギ!」

「っう!」

 

 フラッシュバックする研究施設の惨事に吐き気が込み上げる。

 

「ギィイアアア!」

 

 礫を削り跳躍する魔物。せり上がる吐き気に膝を折る隙にも敵は猛然と距離を詰めてくる。

 

「結衣!アタシを引っ張って!」

「っ。はい!」

 

 目覚ましの鈴のような西園寺さんの声に精一杯右手を引けば、彼女は私とすれ違う瞬間に二度のステップを挟み、Uターンして再び魔物に向かって走る。

 

 

 

「ハアアアッ!!」

 

腰下に構えた鉄筋を突き出せば、その穂先は魔物の肩口に突き刺さる。血管を流れる血は渇いているためか、傷口からピチピチと滴るそれは人の血より遥かに少なく汚れている。

 

「ィグ....ギァァ....アアアア!」

「っづあ!?」

 

 野太く汚れた雄叫びを上げ、鉄筋の刺さった身体で西園寺さんに腕を伸ばす。その爪が彼女の頬を切り付け、彼女が濁った悲鳴を上げる。

 西園寺さんが鉄筋を振り回し、穂先に刺された魔物は地面に叩き付けられて転がる。

 

「っぐうぅ!....こ....の!」

 

 のけ反りながら後退する西園寺さん。掠めた爪は彼女の顔に赤く濡れた線を残す。その一本。目に残された傷痕は眼球には達していないものの、目蓋を裂いたのか流れる涙と傷から伝う血が混ざり、赤く汚れた体液が顔を流れていく。

 

「西園寺さん!」

「見ないで!アタシなら....づぅ....大丈夫だから!」

 

 えづくように短い悲鳴を溢し、しかし彼女は鉄筋を握りしめ顔を手で覆い隠す。

 

「乙女の顔に傷付けて....覚悟は出来てんだよね!」

 

 左手を離した顔からは傷痕が消え、変わりに鬼面のように吊り上がった眉が魔物への敵意を隠すこと無く表している。

 

「結衣。下がってて。あいつはアタシが殺す」

「こ、殺す....」

 

 嘘は無い。不気味なほど冷たい声色。魔物が身を屈めるより早く動いた彼女が、再び肩口に向けて鉄筋を突き立てる。やはり血は流れない。魔物の顔色は変わらず、僅かに身体を強張らせただけのそれもまた、再び攻撃の為に腕を振り上げる。

 

「遅いんだよ!」

 

 引き抜かれた鉄筋の勢いに躓いた横っ腹に横凪ぎの鉄筋が叩き込まれる。痩せた魔物の身体は派手に一回転して道路に落下する。

 

「さーーー」

「....」

 

 地に伏せた魔物の前にまで歩み寄った西園寺さんは鉄筋を胸部に振り下ろす。鉄がしなる程の勢いで叩き付けられた一撃に身体を痙攣させた魔物の動きが止まる。

 

「フゥ....フゥ....」

「西園寺さん!」

「多分、これで死んだと思う」

 

 荒く小刻みな呼吸を繰り返す彼女がそう口にする。

 

「....危なかった」

 

 目元をなぞり傷痕が無いことを確かめた西園寺さんは鉄筋を花壇に立て掛けて溜め息を吐く。

 

「他の敵が来る前に離れ....っ。西園寺さん!」

「なーー」

 

 殺気を感じたか、彼女は鉄筋を握ると同時に新手の敵に向けて振り抜くが、それは高々と叫ぶ金属音に阻まれた。

 唸る音。悲鳴のような金切り音が耳をつんざく。

 

「結衣。避けて!」

 

 飛散する火花と共に増していく金属音に、彼女が身をよじり攻撃を逸らす。

 切断音。遅れて訪れる落下音に西園寺さんが息を飲む。

 地を走る一文字の亀裂。光沢のある直線的なシルエット。その先にあるであろう凶器を想像して背筋が粟立つ。

 敵との距離は全貌を把握出来ないほどに近い。這い回る寒気を振り切り、掌に力を流す。

 

「障壁!」

 

 キュルキュルと音の響く脳内にイメージを広げ、その方に向けて魔術を展開する。

 回転する丸く鋸が切り払うように視界に侵入する。接触と同時に再び響き渡る不快な金属音。早々に次の行動に移る為、鋸の進行方向とは逆に壁を走らせる。押し当てられる刃の感覚が消えると同時に足へ流した力で跳躍し、敵の背中を乗り越える。

 

「く....」

 

 身体に力を広げようとするが目眩がそれを阻む。力が足りない。中途半端な守りでは落下の受け身の代わりとするには不十分で、背を打ち付けた衝撃に動きが鈍る。

 

「ガードボット....」

 

 敵は魔物と交戦していたガードボットのようだ。身体を起こして姿を確かめれば、それは研究施設で戦った機体に比べて小さく背丈は私達と同じくらい。纏う装甲も間接部の機動性を確保された軽量の作りになっている。

 

「それであんなに速く」

 

 西園寺さんの鉄筋を切断し、流れるように私に向けて振るわれた攻撃。魔物よりさらに速い。

 chevalierとこのガードボットの違いは明白。圧倒的火力で相手を制圧するchevalier。機動力と身軽な武器を用いた素早い戦術を扱う目の前のガードボット。chevalierの持つ火力は私達を殺すには有り余る力であり、その代償として失われた機動性の行動は私達でも処出来る。

 

「ぐっ....障壁!」

 

 香るガス臭。全速力で回転する鋸の音は断続的な物からジェットエンジンの鳴らすような甲高い物へと変わっている。

 展開した壁を振り下ろされる鋸に這わせて攻撃から身を守る。音は止まず、再び私に迫る。

 

「し、障....あうっ!」

 

 消滅した壁を再度展開しようと術の展開を試みるが、不完全な状態の壁に鋸が再度衝突し、呆気なく粉砕される。打ち上げられた衝撃でビリビリと手が痺れ、指が満足に動かせない。

 力を回復する間も無く繰り出される攻撃は確実に私の体力を削っていく。

 どんな攻撃も致命傷となる生身の私達の身体には、過剰な火力に重きを置いたchevalierよりも、機動性に任せた攻撃を連続させられるガードボットの方が大きな脅威になる。

 

「うう....」

 

 一度は鋸の勢いを落とすことに成功したものの、それで攻撃の手が止む筈もなく、再びキュルキュルと鋸の回転が始まる。

 

「障壁!」

 

 より厚く展開した光の壁をガードボットに向けて構える。跪いた体勢で避ける事は叶わない。ならその攻撃を受け止めるだけが私の生き残る手段だ。

 ブーストの噴射と鋸の回転音が迫る。額に浮かぶ汗が肌を冷やす。

 瞬く間に爆弾のような拍動へと動きを変えた心臓は肌を震わせて内側から身体を熱していく。広がり行く血は魂を奮わせる燃料か、絶望を孕み私を呑み込む赤い濁流か。

 曇りガラスのようにくすんだ厚い壁の向こうに鼠色の影が浮き上がる。

 振り下ろされる刃。激しい摩擦音と火花が五感を震わせる。私の魔術を破壊する為か、壁を両断せんと一点に集中する力に体勢が崩れる。咄嗟に左手を突いて身体を支えるが、特異点の無いただの人間の力に勝ち目など無い。

 鋸を止めるどころか軌道を逸らして逃げる策まで封じられ、途端に頭が白く染まっていく。

壁を照らす光が強さを増し、恐怖に目を閉じかけた時、重い音に続いて腕に掛けられた圧力が消える。

 

「武器が壊れたら終わりって!?なめるなよ!」

 

 西園寺さんの叫び声が響き、壁の縁から覗いたガードボットの機体が吹き飛ぶ。違和感を覚える不恰好な形姿にそれを目で追えば、装甲の隙間から一本の鉄筋が生えている。

 

「喰らえッ!」

 

 突き刺さった鉄筋を引き抜き、無防備な機体に折れた半分の鉄筋を叩き付ける。吹き飛ばされたガードボットがコンクリートを粉砕して地を転がる。

 

「結衣。立って!」

「っ。ありがとうございます。西園寺さん」

「アタシの方こそ。結衣が堪えてくれたからこれを思い付けた。ありがとね」

「いえ....ですがあのガードボット。やり難い相手です。エネルギーをセーブしてでは特異点の力でも追い付けません」

「結衣は魔術も使わないとだからね。特異点だけで戦うのは難しいかも。でもアタシならやれるよ。さっきは驚かされたけど、折れた鉄筋でも戦う方法は思い付いた。今度はアタシも手伝うよ!」

「はい。お願いします」

 

 西園寺さんの手を借りて立ち上がり、呼吸を整えてガードボットを見つめる。

 

「撹乱しながら戦っても結衣の魔術がガードボットに当たらないと意味がない。今みたいに結衣が魔術で攻撃を止めたところにアタシが攻撃する。この作戦で行こう」

「分かりました。お願いします。西園寺さん」

「任せて。じゃあ行くよ」

 

 炎の唸る音を響かせ、ガードボットが身を起こしながら動き出す。瞬く間に速度を増し、距離を詰めた敵に向かって走り魔術を展開する。

 

「障壁!」

 

 光の壁は薄く、力は特異点による身体強化を優先する。身を捻って正面からの衝撃を受け流し、獣の爪が引き裂くように腕を袈裟状に振り降ろせば、壁に押し切られた鋸の軌道が大きく逸れる。私の横を通り過ぎたガードボットの前に飛び出した西園寺さんが並行に構えた二本の鉄筋を頭部に叩き込む。前後から襲う豪速の衝撃にガードボットがよろめく。続けざまに脳天に振り下ろされる鉄筋。一撃、二撃と叩き込まれる攻撃にそれは頭を押し下げられる。

 

「っし!」

 

 回転を続ける鋸が西園寺さんに突き出されるが、彼女はそれにも鉄筋を打ち付けて弾き返す。

 

「西園寺さん。戻ってください!」

「分かった!」

 

 私の後ろまで飛び退いた西園寺さんが呼吸を整える。体勢を立て直したガードボットが再び鋸の速度を上げて突進を始める。最高速度に達する前に私も走り出す。射程に入り鋸の攻撃に身を固め見据えた敵の動きは予測とは異なるものだった。

 突き出した腕を貫く針のような衝撃。散っていく壁の破片の向こう、拳を振るうガードボットの姿が見える。容易に押し切られた守りで攻撃を押し返すことは叶わず、拳の直撃を諸に受けて地面に叩き付けられた手が爆ぜるように痛む。

 

「づっああ!」

 

 頭上を切り裂く鋸の音に背筋が粟立つ。青い視線が砕けたコンクリートに妖しく揺れる。

 

「結衣!」

 

 唸る鋸の音を掻き消す叫び。黒い影が重なり、打撃音と共に影の一つが吹き飛ぶ。噴射音と共に再び鋸の音が近付くが、すぐに押し留められる。熱く柔らかな手が私を抱えて後退する。

 

「傷の回復。出来る!?アタシが何とかするから逃げて!」

 

 言い終えるが早いか、西園寺さんはガードボットに向けて走り出す。

 右腕に左の手を添え、傷を治療する。

 動かなかった手が温度を感じたかと思えば、それは瞬く間に沸き立つ湯のように熱を持ち、脈を打つ度に内側から爆弾の衝撃のような痛みが繰り返す。

 

「あ....っい!」

 

 歯を食い縛り、傷の痛みが和らぐのを待つ。数秒と待たずに視界を涙が覆い尽くし、ぼとぼととこぼれては溢れてを繰り返す。

 永遠にも感じる苦痛に声を殺して堪え、その痛みが漸く納まる。目蓋を擦って涙を拭き、顔を上げて駆け出した西園寺さんを探せば、見つめる先で彼女がガードボットと交戦する様子が見える。腹部に鉄筋を打ち付け、関節に刺さったもう片方の鉄筋を引き抜いて後退する。金属製の装甲にとって打撃は有効な手段ではあるが、小柄な体格のガードボットを相手に鉄筋という簡素な武器は確かなダメージを与えられない。ガードボットが避けるように動くのは打撃よりも刺突攻撃のようだ。打撃であれば装甲で受ければ損傷を防ぐことが可能だが、刺突攻撃となればそれは装甲の間を縫って内側を狙う。

 ガードボットは当然に内側に損傷を受けることを嫌い、西園寺さんの振るう攻撃を敢えて受ける事で弱点を突かれることを避けているようだ。

 

「西園寺さん。装甲の奥を狙ってください!そこなら攻撃が通ります。ガードボットはそれを避けているんです!」

「装甲の奥!?そんなのどうやっーー危なっ!?」 

「突きです!さっき鉄筋を投げていたように関節を!」

「わ、分かった。やるだけやってみる!」

 

 私の言葉に耳を傾け、一度は体勢を崩すも二本の鉄筋を重ねて振り抜かれた腕に叩き付け、弾かれた腕が彼女のカーディガンを掠める。

 

「チャンス!」

 

 逆手に構えた有刺鉄線の巻かれた鉄筋の一方が、ガードボットの腕の関節部目掛けて突き立てられる。追い討ちは掛けず後方へ着地し、彼女は尺の足りない片割れの鉄筋を短刀のように構える。

 

「私も何....っぅぐ!」

 

 右手に流れた力が強烈な痛みとなって掌に広がる。五指の全てが痺れ、破裂するように痛む。何千ボルトにもなる電流を直接流されるようだ。

 閉じた瞳から涙が血のように溢れる。一瞬のうちにこれだけの涙が流れるものなのだろうか。

 封じられた右腕の代わりに残された左腕を上げ、力を流す。

 火花。金属音。涙の滲む世界でも戦いの痕跡を追うことは出来る。問題はその激闘の中に私の入り込む隙が無いことだろう。

 西園寺さんが離れる瞬間に魔術を撃ち込むか。しかし、それでは彼女の追撃に弾丸が直撃する可能性がある。

 

「西園寺さん。次の攻撃が終わったら敵から離れてください!私が魔術で追撃します。そうしたら最後に止めを!」

「結衣。早く逃げて!そんなことしたら結衣が」

「危険なのは西園寺さんも同じです!私も荷物になりたくて付いてきたんじゃありません!」

「....っ!」

 

 突進するガードボットの拳が彼女の手から鉄筋を叩き落とす。鉄筋は易々とコンクリートを貫く。続く鋸の凪払いをガードボットの懐へと潜り込んで避けた西園寺さんの手には二本の鉄筋が再び握られ、胴体に向けて体当たりと共に突き上げる。

 相手は魔物ではない。無数のシステムの組み込まれた機械の身体は並の攻撃で揺らぐようには作られていないのだろう。僅かに仰け反ったものの、ガードボットは追撃を許すまいと鋸を振り回す。

 

「分かった!構えて、結衣!」

 

 低姿勢のまま這うように駆け出した西園寺さんにガードボットは両腕を広げて構える。挟み込まれたのならひとたまりも無い。彼女に危機を伝えようと飛び出しそうになる声を制し、その戦いを見守る。

 私は私に出来る事に集中するべきだ。彼女の努力を無駄にしてはいけない。

 

「....っ....大人しくしていて」

 

 右腕は脈に合わせて刺すように痛む。だが、それは攻撃を外す理由にならない。不安を孕む長い息を吐き出し、涙を拭い突き出した指先の力を変化させる。

 

「セアアアアッ!」

 

 二本の鉄筋が拳と鋸を弾き返し、押し返されたガードボットに大きな隙を生む。

 狙うのは胴体。ガードボットのコアを引き出すのならそこが最高の弱点になるはずだ。

 頭に浮かんだイメージを組み換え、新しいイメージを作り上げる。

 

「魔弾!」

 

 「弾丸」でなく「矢」として。先は研ぎ澄まされた槍のように。厄介な装甲を破壊し、あわよくばその核をも射貫く一矢を。

 魔術の直撃を受けるガードボット。効果を知るより先に視界が暗転し、吐き気と息苦しさに顔を伏せるが、その答えは間を置かず張り上げられた西園寺さんの雄叫びが示していた。

 ガードボットの胴体に向けて突き立てられた鉄筋。それは装甲の奥にまで深く刺さっており、攻撃を受けたガードボットは虫のように垂れ下がった腕を痙攣させ、光の消えた黒い目で力なく空を仰いでいる。

 

「....」

「倒し....結衣!」

「やり....ましたね。ありがとうございます。西園寺さん」

 

 弾かれたように振り向く西園寺さん。彼女が浮かべるのは感情の入り混じる複雑な表情だが、私を案じてそう声を掛けてくれる事はとても嬉しかった。

 

「結衣のおかげだよ。結衣の魔術が無かったらあのままジリ貧で....結衣?」

「ごめんなさい、西園寺さん。少し眠く....ビルまで運んでもらえませんか?」

「ま、待ってよ結衣。すぐに連れていくから今寝たら駄目だよ。死んじゃうよ!」

「大丈夫ですよ....力も傷は塞がっていますから。力を使いすぎただけです。少し休めば元気になりますから」

「....絶対起きてよ!もし死んだらアタシ怒るからね!」

「はい。戻ったら西園寺さんもしっかり休んでいてください。疲れなら私以上だと思いますから」

 

 西園寺さんはそれ以上の言及は続けることをせず、私を背負うと元来た道を早足に戻り始める

 

「リッジ。リッジ!ねえ聞いてる!?」

「ああ心配するな。聞こえてる」

「結衣がまずい状態なの!急いで怪我の治療の準備をして!」

「待て。治療だと?そっちで何があった。詳しく....いや、あとで良い。いいか紗姫。急ぎ過ぎるなよ。特異点で応急処置はしてあると思うが、俺達にそっちの事情はわからない。下手に傷を悪化させるようなヘマはするなよ」

「分かってる!あんたも戻ったらすぐに治療出来るよう準備しといて。結衣が死んだら許さないから!」

「それは俺達も同感だ。兎に角、結衣を生きて連れてくるんだ。そうすれば俺達に策がある」

「分かった。結衣。聞こえる?絶対に助けるから」

 

 逸る本心を抑える彼女の動きは躓くようにぎこちなく、不安定に速度を変えて、まるで故障したロボットのようだ。

 耳元で反響を続けていた金属音が消え、ダンスのように道路を鳴らす靴音と風の音が静かに流れる。嵐が去った後に残された世界は酷く寂しく、限界まで昂り削られた精神を柔らかく撫でて脆い砂の塔のように崩していく。

 西園寺さんの背中から伝わる体温が冷えた身体に熱を与え、その心地よさに目蓋が落ちていく。

 

 

 白い世界が広がっていた。床に広げられた指の感触に違和感を覚え、右手を顔の前に上げる。傷はない。普段と変わらない整った血色の手からは、ほんの少しの痛みも感じない。

 

「西園寺さん....そうだ。西園寺さん!」

 

 上体を起こして見上げていた視線を前に向けるが、そこにも幻のように澄んだ白一色の世界があるばかりだった。

 

「西園寺さん!リッジさん!」

 

 再度声を上げて名を呼ぶが答えはなく、私の声はどこかへと飛んで消えていく。壁にぶつかり跳ね返る訳でもなく、ただどこまでも遠い場所へと飛び、勢いを失くして消えていく。小さな部屋ではなく、王城の廊下のように広い空間があるのだろうか。

 

 手をついて立ち上がり、おそるおそる足を前に踏み出す。道は在る。続いて一歩二歩と歩みを進めれば、靴はしっかりと地の感覚を捉え、前へ前へと歩いていく。

 何の疑いもなく不気味な世界を歩く。奇妙な寒気に襲われ足を止めるが、不思議な事に止めた足が前へ進めと動き出す。

 止まれ。と理性で踏みとどまっても、前へ前へと身を乗り出すように傾き、体勢が崩れ躓いたのを機に一切の制止を聞かず歩き始めてしまう。

 

「西園寺さん。聞こえませんか!リッジさん。返事をしてください!」

 

 助けを求めて二人を呼ぶもやはり答えはなく、行き先も分からないまま手を引かれて歩くような感覚は、小さな頃聞かされた誘拐の恐怖をひしひしと伝える

 ふと、視界の先が黒に彩られたかと思えば、向かう先が濃紺色に染まりながら広がっていく。正しくは形の分からなかった世界が色づいた事で正しく認識出来るようになったのだろう。見上げる程に高いアーチ状の天井。

 トンネルや聖堂の回廊を感じさせる色の境界に入ると、それまで私を支配していた力が糸が切れるように消える。

 

「っ....あれ?」

 

 突然自由になった身体に不審な箇所を探して全身を確かめる。出血の後も、何かに掴まれたような痕跡も無い。ここに来るまでに感じた不穏な感覚も鮮明に思い出せる。意識を乗っ取られたわけでも、何かに引かれてここにやって来たわけでもないようだ。

 

「自由になったけど。戻っ....ても何も無いよね。ここまで来たんだし、進んで何か見つけた方が良いかな」

 

 怪しい空間への恐怖はあるが、何か脱出の手立てが見つかる可能性もある。なにより、常識の域を越えた不思議な世界を前に、その秘密を知りたいと好奇心が私を駆り立てるのだ。

 トンネルのように続く青い闇へと突き進むうち、周囲で音が発されていることに気付いた。出どころを確かめようと目を向ければ、そこには小さな何かが、雲のように天井や壁を漂っていた。

 

「いらっしゃい。漸く届いたみたい」

 

 真横から発された人の声に飛び退けば、その主はくすくすと笑う。聞き覚えのある主は、いつか出会った私の姿をした何かだった。深い青の世界に浮かぶように立つ私と瓜二つの彼女。その姿を見ていると、まるで自身が海の中に居るように感じられる。

 

「届いた....何がですか?」

「私達の声。だから貴女をここに招くことが出来た」

「この場所について知っているんですか?そうなら教えて下さい。ここはどこで、あなたは誰なのか」

「ふふ。じゃあ少し話をしようか。貴女の質問にも答えてあげる。私達も自己紹介をしないといけないしね」

 

 私の質問に柔らかな含み笑いをした彼女はドレスを指先で摘み、メイドがそうするような丁寧なお辞儀をする。

 

「初めまして、神代結衣。私達は『メディ』いつか出会うことがあったら仲良くしてね」

 

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